日々是映画日和(148)――ミステリ映画時評
米本国では7月に公開済みだが、その後なかなか日本公開の日程が公表されず、やきもきさせられた『ザリガニの鳴くところ』だが、やっと情報解禁となった。1950年代のノースカロライナ。湿地帯で人目を忍ぶように暮らす少女カイアに、殺人容疑がかけられた。殺された青年は裕福な家の出で、少し前に彼女と交際していた。事件はなぜ起きたのか?物語は、家族を失い、湿地の生態系の中で生きるしかなかった少女の時間を過去へと遡り、事件に至った道のりをふりかえっていく。
監督のオリヴィア・ニューマン、カイア役のデイジー・エドガー=ジョーンズともに知名度は低いが、自然描写に長けた演出といい、芯の強さを隠し持ったヒロイン役といい、持ち味を十分に発揮している。原作を見出し、自らは製作に回ったリース・ウィザースプーン、原作者ディーリア・オーエンズと女性たちの映画といえなくもないが、男性陣ではデヴィッド・ストラザーンが弁護士役を好演、物語の味わいを深めている。原作の自然と生態系の美しさを映像に再現し、少女の人生そのものを映し出した見事な映画化だと思う。(★★★★)※11月18日公開
ボビー・ウーマックのソウルナンバーが流れる中で幕を開けるのが『グッバイ・クルエル・ワールド』だ。売人たちからのあがりをヤクザが集金して金勘定するラブホテルの一室。ド派手なサンダーバードで乗り付け、武装した目出し帽の男女五人組がその現場を強襲する。実は彼らは一夜限りで結成された強盗団で、金を奪うと思い思いの方角に逃走を図る。ヤクザ側は汚職警察官を参謀に引き込み、それを炙り出しにかかるが。
タランティーノの『パルプ・フィクション』と『トゥルー・ロマンス』を足して二で割ったような物語だが、強奪計画の面白さよりも、登場人物たちの人間模様を描くことに重きが置かれている。強盗団のリーダー格の三浦友和、ヤクザ幹部の奥田瑛二と鶴見辰吾をはじめ、斎藤巧の闇金業者、大森南朋の悪徳刑事と出演者は豪華だが、主役級の西島秀俊がちっともヤクザに見えないのが痛い。群像劇もどこか散漫で、一発の銃声が響く問題のシーンも、わざとらしく白々しさだけが残る。(★1/2)※9月9日公開
コロナ禍でロックダウンされたベルファストで撮影された『ナイトライド 時間は嗤う』は、全編をワンショットで撮影した一夜の物語だ。麻薬の密売から足を洗い、恋人のソフィア(ジョアナ・リベイロ)と心機一転、新しい生活を始めようとしているバッジ(モー・ダンフォード)は、悪名高い金貸しから大金を引き出し、最後のひと儲けを企んでいる。しかし予期せぬ事態から、計画は頓挫してしまう。高利貸しが差し向けた使いの男(ジェラルド・ジョーダン)は、彼にとんでもない提案を持ちかけてくる。
実際の出演者は僅か三人で、残りは声の出演。主人公は町中を車で流し、矢継ぎ早に電話の通話相手を変えていく。ワンショットにも必然性があるが、すぐにハリウッドでもリメイクされたデンマーク映画『ギルティ』のアイデアを下敷きにしていることに気づく。しかし後発の有利さを活かし、通話のやりとりを通じて、電話相手の様子も目に浮かぶようだし、緊張感も終始途切れることがない。基本的なアイデアを十分に活かし切っているのがいい。(★★★1/2)※11月18日公開
『犯罪都市 THE ROUNDUP』は、人気者のマ・ドンソクが、ソウル衿川警察強力班の刑事マ・ソクトを演じるシリーズ五年ぶりの第二作。今回、自首した韓国人犯罪者を引き取るため、ソクトは班長(チェ・グィファ)とベトナムに出張する。しかし小者が自首してきた背景には、韓国人ばかりを狙った誘拐事件の真相が隠されていた。ソクトは、凶悪犯カン(ソン・ソック)の暗躍を嗅ぎつけるが、息子を誘拐されたローン会社の会長が送り込んだ殺し屋たちが、カンの返り討ちに遭い、全滅するのを目の当たりにする。
どうやら強力な敵役はシリーズのお約束のようで、ドラマの人気者ソン・ソックの不敵な面構えも悪くない。一方、今回脇役のトップに躍り出るのは班長チョンで、主人公とのベトナム珍道中が実に楽しい。前作に引き続いて小悪党のチャン役のパク・ジファンもいい味を出しているし、姉御肌を剥き出しにするパク・チヨンの誘拐被害者の妻役もいい。もとよりミステリ味は薄いが、頼れる兄貴分マ・ドンソクの一人舞台とならず、脇役と一体のチームプレーを見せる。安心して見られる娯楽作になっているのはそのせいだろう。(★★★)※11月3日公開
次号が合併号なので、今月はあと一本行きたい。『君だけが知らない』は、滑落事故で記憶を失ったスジン(ソ・イェジ)が病院で目を覚ますところから始まる。ジフン(キム・ガンウ)の献身的な介助で、彼女はカナダへ旅立つ準備をしていたという夫婦の平穏な生活を取り戻す。しかし、彼女をフラッシュバックのような後遺症が襲う。エレベーターに乗り合わせた少女たちとのどこか噛み合わないやりとりが、彼女を不安に陥れていく。
フラッシュバックがもたらす幻視は、ヒロインの過去に繋がる重要なピースなのだが、そこに加えられた捻りが絶妙で、まるで予知能力であるかの如く本人や周囲を惑わせる。よく出来た脚本で、ヒロインの心の揺れを濃やかに描き、彼女を訪ねてきた刑事が目ざとく見つけた手がかりが、やがてすべてを鮮やかに解き明かすドラマを締めくくる手腕も実に見事だ。本作でデビュー、次が『言えない秘密』のリメイクだという女性監督ソ・ユミンの名前をしっかりと記憶に留めたい。(★★★★)※10月28日公開
※★の数は4つが最高です。
監督のオリヴィア・ニューマン、カイア役のデイジー・エドガー=ジョーンズともに知名度は低いが、自然描写に長けた演出といい、芯の強さを隠し持ったヒロイン役といい、持ち味を十分に発揮している。原作を見出し、自らは製作に回ったリース・ウィザースプーン、原作者ディーリア・オーエンズと女性たちの映画といえなくもないが、男性陣ではデヴィッド・ストラザーンが弁護士役を好演、物語の味わいを深めている。原作の自然と生態系の美しさを映像に再現し、少女の人生そのものを映し出した見事な映画化だと思う。(★★★★)※11月18日公開
ボビー・ウーマックのソウルナンバーが流れる中で幕を開けるのが『グッバイ・クルエル・ワールド』だ。売人たちからのあがりをヤクザが集金して金勘定するラブホテルの一室。ド派手なサンダーバードで乗り付け、武装した目出し帽の男女五人組がその現場を強襲する。実は彼らは一夜限りで結成された強盗団で、金を奪うと思い思いの方角に逃走を図る。ヤクザ側は汚職警察官を参謀に引き込み、それを炙り出しにかかるが。
タランティーノの『パルプ・フィクション』と『トゥルー・ロマンス』を足して二で割ったような物語だが、強奪計画の面白さよりも、登場人物たちの人間模様を描くことに重きが置かれている。強盗団のリーダー格の三浦友和、ヤクザ幹部の奥田瑛二と鶴見辰吾をはじめ、斎藤巧の闇金業者、大森南朋の悪徳刑事と出演者は豪華だが、主役級の西島秀俊がちっともヤクザに見えないのが痛い。群像劇もどこか散漫で、一発の銃声が響く問題のシーンも、わざとらしく白々しさだけが残る。(★1/2)※9月9日公開
コロナ禍でロックダウンされたベルファストで撮影された『ナイトライド 時間は嗤う』は、全編をワンショットで撮影した一夜の物語だ。麻薬の密売から足を洗い、恋人のソフィア(ジョアナ・リベイロ)と心機一転、新しい生活を始めようとしているバッジ(モー・ダンフォード)は、悪名高い金貸しから大金を引き出し、最後のひと儲けを企んでいる。しかし予期せぬ事態から、計画は頓挫してしまう。高利貸しが差し向けた使いの男(ジェラルド・ジョーダン)は、彼にとんでもない提案を持ちかけてくる。
実際の出演者は僅か三人で、残りは声の出演。主人公は町中を車で流し、矢継ぎ早に電話の通話相手を変えていく。ワンショットにも必然性があるが、すぐにハリウッドでもリメイクされたデンマーク映画『ギルティ』のアイデアを下敷きにしていることに気づく。しかし後発の有利さを活かし、通話のやりとりを通じて、電話相手の様子も目に浮かぶようだし、緊張感も終始途切れることがない。基本的なアイデアを十分に活かし切っているのがいい。(★★★1/2)※11月18日公開
『犯罪都市 THE ROUNDUP』は、人気者のマ・ドンソクが、ソウル衿川警察強力班の刑事マ・ソクトを演じるシリーズ五年ぶりの第二作。今回、自首した韓国人犯罪者を引き取るため、ソクトは班長(チェ・グィファ)とベトナムに出張する。しかし小者が自首してきた背景には、韓国人ばかりを狙った誘拐事件の真相が隠されていた。ソクトは、凶悪犯カン(ソン・ソック)の暗躍を嗅ぎつけるが、息子を誘拐されたローン会社の会長が送り込んだ殺し屋たちが、カンの返り討ちに遭い、全滅するのを目の当たりにする。
どうやら強力な敵役はシリーズのお約束のようで、ドラマの人気者ソン・ソックの不敵な面構えも悪くない。一方、今回脇役のトップに躍り出るのは班長チョンで、主人公とのベトナム珍道中が実に楽しい。前作に引き続いて小悪党のチャン役のパク・ジファンもいい味を出しているし、姉御肌を剥き出しにするパク・チヨンの誘拐被害者の妻役もいい。もとよりミステリ味は薄いが、頼れる兄貴分マ・ドンソクの一人舞台とならず、脇役と一体のチームプレーを見せる。安心して見られる娯楽作になっているのはそのせいだろう。(★★★)※11月3日公開
次号が合併号なので、今月はあと一本行きたい。『君だけが知らない』は、滑落事故で記憶を失ったスジン(ソ・イェジ)が病院で目を覚ますところから始まる。ジフン(キム・ガンウ)の献身的な介助で、彼女はカナダへ旅立つ準備をしていたという夫婦の平穏な生活を取り戻す。しかし、彼女をフラッシュバックのような後遺症が襲う。エレベーターに乗り合わせた少女たちとのどこか噛み合わないやりとりが、彼女を不安に陥れていく。
フラッシュバックがもたらす幻視は、ヒロインの過去に繋がる重要なピースなのだが、そこに加えられた捻りが絶妙で、まるで予知能力であるかの如く本人や周囲を惑わせる。よく出来た脚本で、ヒロインの心の揺れを濃やかに描き、彼女を訪ねてきた刑事が目ざとく見つけた手がかりが、やがてすべてを鮮やかに解き明かすドラマを締めくくる手腕も実に見事だ。本作でデビュー、次が『言えない秘密』のリメイクだという女性監督ソ・ユミンの名前をしっかりと記憶に留めたい。(★★★★)※10月28日公開
※★の数は4つが最高です。