健さんのミステリアス・イベント探訪記 第46回
2014年12月13日 成城大学 にて
学園創立100周年記念講座
「本格推理小説の可能性」 島田荘司氏VS綾辻行人
2015年1月17日~3月22日
町田市民文学館ことばらんど にて
「常盤新平―遠いアメリカ」展
ミステリ研究家 松坂健
いやいや、ミステリも社会的にこんな存在になったのか、とちょっと驚かされたイベントが東京の成城大学であった。
全3回にわたる講演、ディスカッションで構成されたイベントの「成城と本格推理小説」がそれ。なんとまあ、成城学園創立100周年・成城大学文芸学部創設60周年記念講座としての開催。
総合大学の周年記念事業としての講座だと、ふつうは哲学系、社会諸科学系になるのが普通だと思うのだが、ここは本格推理小説ときた。僕などはミステリ自体がマイナージャンルで、陽の目をみない道を行くのが当たり前だと思っていたのだが、いつのまにか、本格推理がここまで明るく、にぎにぎしい場所に出られるようになったのだろうかと感慨にふけってしまう。
全3回の構成は以下の通り。
第1回 島田荘司氏講演「ポーの伝統──最新科学と本格推理」(2014年11月22日)、第2回 映画監督藤井道人氏講演「映画『幻肢』が完成するまで」(12月6日)、第3回が綾辻行人氏VS島田荘司氏の対論「本格推理の可能性」(12月13日)。
全体の監修を島田荘司氏が行っているとのことだが、島田氏自身は作品の舞台に何度か成城付近を使っただけで、成城大学の出身者でもなんでもない。ひとえに、学内のミステリファンと先生の力添えによるものだろう。
僕が参加したのは、3回目だが大教室が押すな押すなの大盛況。おー、新本格といわれるジャンルがなんとなく成立して30年ほどだろうと思うが、これほど善男善女が集まることになろうとは夢にも思わなかった。
島田氏と綾辻氏の対談は作家になるまで、なってからのエピソード披露が中心でたいへん人懐こいものだったが、島田氏の本格推理はヴァンダインに帰っていいのじゃないかという議論も出たし、本格推理はもはや日本のもの。パズラーとかの用語を使わず、“HONKAKU”で新たに輸出したらいいのじゃないか、といった風のマニフェストもあったことを報告しておこう。
たしかに、世界的には本格推理はマイナージャンル化していて、日本でもてはやされているのがある種の世界の奇観と僕は思っている。HONKAKUを英語化する試みも面白い。それはちょうど「根付け」という江戸時代の装飾品が、日本ではほとんど誰も顧みていないのに、欧米では“NETSUKE”という高尚な趣味の一環として成立しているのと同じような感じがする。
今回はもうひとつイベントを紹介しよう。
2015年1月17日~3月22日まで開催されている「常盤新平―遠いアメリカ」展だ。場所は町田市民文学館ことばらんど。
常盤新平さんは1987年に小説集『遠いアメリカ』で第96回の直木賞を受賞した作家。
というより、僕たちにはミステリ雑誌EQMMとHMM(ハヤカワミステリマガジン)の第4代編集長としてのイメージが強いのではないだろうか。
田中潤司氏が初代をつとめたエラリークイーンズミステリマガジンは都筑道夫さん、小泉太郎氏(生島治郎氏)とつづき、32歳で彼が編集人の位置についた。
彼の時代のEQMMはアーウィン・ショーを紹介した都会小説特集や西部小説特集など、ミステリプロパーの枠をこえた編集ぶりで、とても新鮮な風が吹いていたと思う。アメリカ一辺倒かと思うと、戦前の新青年特集をやったり(この号の目次構成は本当に傑作だと思う)、一方でイアン・フレミングの007の新作を連載したり、都会派の雑誌としての水準は、今の一般雑誌よりはるかに高かったと思う。
そんな新しい風は1931年生まれ、ものごとにいちばん好奇心が湧くティーンズ後半で戦後を迎えた世代に共通の「アメリカ」への憧れがもたらしたものだろう。
展示はそうした常盤氏のアメリカ信仰の軌跡をペーパーバックスや映画のポスターなどよく保存されている資料で丁寧にたどっている。彼が最初に憧れたハリウッド女優、スージー・パーカーのコーナーなど微笑ましい。彼女の映画の代表作はゲーリー・クーパーと共演した『秘めたる情事』。原作は「ノースフレデリック10番地」で、常盤氏がショーとともに愛したジョン・オハラだ。
展示の総合監修は常盤氏の晩年、親交のあった文芸評論家の坪内祐三氏。作家としては通好みの常盤氏のような地味な作家がこのように顕彰される機会は少ないと思う。
常盤氏は2013年1月22日没(享年81歳)。良い三回忌になったものである。
全3回にわたる講演、ディスカッションで構成されたイベントの「成城と本格推理小説」がそれ。なんとまあ、成城学園創立100周年・成城大学文芸学部創設60周年記念講座としての開催。
総合大学の周年記念事業としての講座だと、ふつうは哲学系、社会諸科学系になるのが普通だと思うのだが、ここは本格推理小説ときた。僕などはミステリ自体がマイナージャンルで、陽の目をみない道を行くのが当たり前だと思っていたのだが、いつのまにか、本格推理がここまで明るく、にぎにぎしい場所に出られるようになったのだろうかと感慨にふけってしまう。
全3回の構成は以下の通り。
第1回 島田荘司氏講演「ポーの伝統──最新科学と本格推理」(2014年11月22日)、第2回 映画監督藤井道人氏講演「映画『幻肢』が完成するまで」(12月6日)、第3回が綾辻行人氏VS島田荘司氏の対論「本格推理の可能性」(12月13日)。
全体の監修を島田荘司氏が行っているとのことだが、島田氏自身は作品の舞台に何度か成城付近を使っただけで、成城大学の出身者でもなんでもない。ひとえに、学内のミステリファンと先生の力添えによるものだろう。
僕が参加したのは、3回目だが大教室が押すな押すなの大盛況。おー、新本格といわれるジャンルがなんとなく成立して30年ほどだろうと思うが、これほど善男善女が集まることになろうとは夢にも思わなかった。
島田氏と綾辻氏の対談は作家になるまで、なってからのエピソード披露が中心でたいへん人懐こいものだったが、島田氏の本格推理はヴァンダインに帰っていいのじゃないかという議論も出たし、本格推理はもはや日本のもの。パズラーとかの用語を使わず、“HONKAKU”で新たに輸出したらいいのじゃないか、といった風のマニフェストもあったことを報告しておこう。
たしかに、世界的には本格推理はマイナージャンル化していて、日本でもてはやされているのがある種の世界の奇観と僕は思っている。HONKAKUを英語化する試みも面白い。それはちょうど「根付け」という江戸時代の装飾品が、日本ではほとんど誰も顧みていないのに、欧米では“NETSUKE”という高尚な趣味の一環として成立しているのと同じような感じがする。
今回はもうひとつイベントを紹介しよう。
2015年1月17日~3月22日まで開催されている「常盤新平―遠いアメリカ」展だ。場所は町田市民文学館ことばらんど。
常盤新平さんは1987年に小説集『遠いアメリカ』で第96回の直木賞を受賞した作家。
というより、僕たちにはミステリ雑誌EQMMとHMM(ハヤカワミステリマガジン)の第4代編集長としてのイメージが強いのではないだろうか。
田中潤司氏が初代をつとめたエラリークイーンズミステリマガジンは都筑道夫さん、小泉太郎氏(生島治郎氏)とつづき、32歳で彼が編集人の位置についた。
彼の時代のEQMMはアーウィン・ショーを紹介した都会小説特集や西部小説特集など、ミステリプロパーの枠をこえた編集ぶりで、とても新鮮な風が吹いていたと思う。アメリカ一辺倒かと思うと、戦前の新青年特集をやったり(この号の目次構成は本当に傑作だと思う)、一方でイアン・フレミングの007の新作を連載したり、都会派の雑誌としての水準は、今の一般雑誌よりはるかに高かったと思う。
そんな新しい風は1931年生まれ、ものごとにいちばん好奇心が湧くティーンズ後半で戦後を迎えた世代に共通の「アメリカ」への憧れがもたらしたものだろう。
展示はそうした常盤氏のアメリカ信仰の軌跡をペーパーバックスや映画のポスターなどよく保存されている資料で丁寧にたどっている。彼が最初に憧れたハリウッド女優、スージー・パーカーのコーナーなど微笑ましい。彼女の映画の代表作はゲーリー・クーパーと共演した『秘めたる情事』。原作は「ノースフレデリック10番地」で、常盤氏がショーとともに愛したジョン・オハラだ。
展示の総合監修は常盤氏の晩年、親交のあった文芸評論家の坪内祐三氏。作家としては通好みの常盤氏のような地味な作家がこのように顕彰される機会は少ないと思う。
常盤氏は2013年1月22日没(享年81歳)。良い三回忌になったものである。