日々是映画日和

日々是映画日和(73)

三橋曉

 現在公開中の『ラブストーリーズ エリナーの愛情』と『ラブストーリーズ コナーの涙』は、いったん別れたカップル(ジェシカ・チャスティンとジェームズ・マカヴォイ)が互いの信頼関係を取り戻すまでを描く恋愛映画だが、それぞれ単体では、実はあまりぱっとしない。しかし両作を観終えて初めて湧いてくるカタルシスは、ミステリ映画のそれと共通する。というのも、この二作には一つのストーリーを、片や女性の側から、片や男性の側からと、別々の視点から描くユニークな趣向があるからだ。ガス・ヴァン・サント監督の『エレファント』を引き合いに、同じ時間の流れを別々の視点からたどることにより全体が見えてくる面白さと説明すれば、お判りいただけるだろうか。どちらを先に観てもいいし、二巡目以降もさまざまな発見があるかもしれない。

 監督がデ・パルマから『エクスペンダブルズ2』のサイモン・ウェストに交代したものの、無事完成に漕ぎ着けたジェイソン・ステイサム主演の『ワイルドカード』。実はリメイクで、二十九年前の『ビッグ・ヒート』では、主役のギャンブラー役をバート・レイノルズが演じていた。ラスベガスで用心棒稼業に身をやつすステイサムは、女友だちのソフィア・ベルガラを遊び半分にレイプしたマフィアのボスの息子をコテンパンに痛めつけてしまう。しかし盗んだ金で逃亡する計画も、ギャンブルですってしまいパア。一方、顔役のスタンリー・トゥッチは二人をとりなそうとするが、耳を傾けようとしないボスの息子は、ステイサムに仕返しをたくらむ。
 格闘シーンのステイサムの動きはシャープだが、物語の紆余曲折はアクション映画らしくない。だがそれも、脚本のクレジットに御大ウィリアム・ゴールドマンの名を見つけて納得。自身の原作を自ら脚色したこの映画は、「マラソン・マン」やその続編「ブラザーズ」の作家らしさがにじむ、先の読めないオフビートな犯罪映画なのだった。主人公を取り巻く脇役の一人一人に味があるのも、この巨匠らしいところ。監督とステイサムがゴールドマンにさりげなくリスペクトを捧げているように思えるところもいい。(★★1/2)

 『罪の手ざわり』、『薄氷の殺人』と、中国初の犯罪映画の秀作が相次ぎ公開されているが、天安門事件を描いた作品で当局から映画製作を禁じられていたロウ・イエが五年ぶりに撮った『二重生活』も、そのひとつだ。夫と娘の三人家族で幸せな日々を送る妻のハオ・レイ。しかし、親友のチー・シーに配偶者の浮気を相談されたことから、その幸福にひびが入る。夫のチン・ハオは、思いもかけない相手と不倫の関係にあったのだ。
 冒頭、雨の中を車で飛ばす無軌道な若者たちが、若い女をはねてしまう一連のシークエンスが印象的だ。この眩暈を起こさんばかりの交通事故のシーンは、やがてメインのストーリーと鮮やかに交錯する。この作品で描かれる二重生活は、現代中国においてさほど珍しいことではなく、富裕層たちが抱える深刻な問題なのだという。二重という言葉が意味する虚飾や偽りに向ける監督の鋭い目線の先には、国家の指導者たちの姿もあることが容易に想像できる。(★★★)

 ハリウッドでのリメイクが決まっているという『女神は二度微笑む』は、ボリウッド製ミステリ映画だ。地下鉄サリン事件をいやでも思い出す無差別テロで畳み掛ける幕開きから二年後へと飛び、行方不明になっている夫を探して、ロンドンから一人の妊婦が訪ねてくるところからお話は始まる。コルカタ(旧カルカッタ)の地で彼女の夫はなぜ消えたのか?また、二年前のテロ事件との関係は?
 ヒロインのヴィディヤー・バーランと、彼女に好意を抱く心優しい警察官のパラムブラト・チャテルジーが消えた男を捜し歩く二人三脚は、まるでヒッチコック映画のカップルを見るようだ。巧みなミスリードと丁寧な伏線の数々は、二度観ることをお奨めしたいほど凝っている。ヒンズー教の女神とヒロインの姿が鮮やかに重なり合うお祭りのシーンは、その衝撃とともに本作のクライマックスに相応しい。監督は、『容疑者Xの献身』の三度目の映画化が噂されるスジョイ・ゴーシュ。(★★★1/2)

 稀覯本として名を馳せたキリル・ボンフィリオリの「深き森は悪魔のにおい」だが、ジョニー・デップ主演で映画化され、そのおかげで新訳版にお目にかかれるなんて夢にも思わなかった。デイヴィッド・コープ監督の『チャーリー・モルデカイ華麗なる名画の秘密』は、盗難にあったゴヤの名画をめぐり、MI5の協力依頼を受けたモルデガイをはじめ、アメリカの大富豪、ロシアン・マフィア、テロリストらが争奪戦を繰り広げる。
 インチキ美術商モルデガイ役はデップ、その妻にグウィネス・パルトロウ、ライバルの警部補はユアン・マクレガーという豪華キャスト。映画は原典のやや大味なところを踏襲しているが、それでもブラックな笑いを随所にちりばめ、愉快な作りになっている。めでたく完訳なった原作だが、映画は第一巻「英国紳士の名画大作戦」を中心に、全四作を幅広くゆったりと下敷きにしているようだ。(★★1/2)

 通常の封切り作品とは別に、国別の映画祭イベントでは思いがけない作品に出会えることがある。〈トーキョー ノーザンライツ フェスティバル2015〉で上映された『湿地』もそのひとつ。原作は、ご存じアイスランドのアーナルデュル・インドリダソンの同題小説で、数年前に翻訳紹介されている。湿地に佇むアパートで発見された男の死体が、やがては意外な事実を浮かび上がらせていくというお話だ。レイキャヴィク署のエーレンデュル警部を演じるイングヴァール・E・シーグルソンは、見た目のイメージこそ原作と異なるが、芯の強いプロフェッショナルと愛情深い父親という主人公の両面を見事に演じている。ハリウッドでも活躍するバルタザール・コルマウクル監督の冴えた演出は、雪と氷に覆われた舞台の空気をそのままスクリーンに再現したかのようだ。(★★★★)

※★は四つが満点(BOMBが最低点)。日程の特記ない作品は、すでに公開済みです。