松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアスイベント探訪記 第83回
「龍ヶ崎古書モール」に古書販売業界の黄昏を見た!2019年2月20日 龍ヶ崎リブラ閉店(茨城県・龍ヶ崎市)

ミステリコンシェルジュ 松坂健

 たとえば、ヨーロッパでいうなら、アウシュビッツのユダヤ人収容所、日本なら広島・長崎の原爆被災地など、人類が経験した「負」の部分の遺産を訪れ、そこから教訓など様々なものを学ぼう、感じとろうという観光のありかたをダークツーリズムと称する。
 最近では、東日本大震災の爪痕や、福島原発事故の実情を自らの目で確かめようと提唱するダークツーリズムが数多く生まれてもいる。こういう観光を通じて、現場に観光客を招き、経済活動の活性化を促す意味も、そこには込められている。
 ということだが、実は書物の愛好家、収集家にも、この2月に入って、にわかに盛り上がってきたダークツーリズムがある。
 茨城県の南端、龍ヶ崎市にあるリブラという屋号のショッピングセンター(SC)がお目当て。
 1990年代のはじめ、マイカル(元々はニチイの屋号で全国展開していたスーパーマーケットチェーン)がキーテナントになって、開発されたもので、当初は地区最大のSCとしてSMAPが来るなどの隆盛を極めたが、1999年、近隣にイトーヨーカドーの大型SCができると見る見るうちに凋落。関東電鉄竜ヶ崎駅(常磐線佐貫駅から分岐し、たった2駅しかないローカル線)から徒歩3~4分という絶好のロケーションにありながら、テナントがどんどん撤退、果ては4000坪以上はあるだろう店舗面積の大半をパチンコ店が営業していたが、一度、けちのついたロケーションは人が寄り付かなくなるものだ。
 その2階部分を活用したのが、「龍ヶ崎古書モール」なる、複数の古書店が集合して大きな売り場をつくるモール型古書店だった。広く、とにかく質はともかく分量だけは多い。なにか掘り出し物がありそうということで、土浦駅近くにある「土浦古書モール」と並んで常磐線古書の旅を楽しんだマニアも多いのではなかっただろうか?
 その古書モールもこの2月20日、SC全体の閉鎖とともに消滅、全品半額セールをやっていることも伝わってきて、盛り上がってきたわけだ。
 古書店の数は減る一方だ。町を歩いていて、あ、ここにあった古本屋さんがなくなっている、と気づくことが多い。一時は、七、八軒あった池袋も昨年、八勝堂さん、夏目書房さんが相次いで閉店し、古書店のない町になってしまった。
 そして1月の終わりに飛び込んできた大阪の古書店チェーン、天牛堺書店の突然の倒産、全店閉鎖のニュース。12店舗を有していたのが、負債総額18億円で1月27日をもって、全店営業停止。報道によると、売上げのピークは1999年で年商29億円強。それが2018年5月期には16億8000万円に下がっていたという。(ちなみに大阪の天神橋筋、江坂に店舗をもつ天牛書店は経営的に無関係)。
 いやあ、本が売れなくなったなあ、ということがここにも感じられる。飛ぶ鳥落とす勢いだったブックオフもこの数年の決算数字は芳しくない。古書マーケットは結局、新刊の本の売れ行きの勢いを反映するのだから、単にアマゾンに客を奪われたというだけの理由ではないように思う。
 龍ヶ崎のリブラ閉店もまた少子高齢化の影響もあって、地方都市のSCはすぐに地域のオーバーストア化の波をかぶって、客数を落としてしまう。アメリカでは大型ショッピングモールの閉鎖が目立ってきていて、その現象は日本にも起きるだろうと予測されている。
 そんな斜陽の建物の中での古書モールの閉店セール。ダークとまで言っては言い過ぎになるように思うが、少なくともトワイライトではある。
 行ってみると、子供がまったくいないゲームセンター、退店した飲食店が使っていた業務用厨房機器を投げ売りしているコーナーなどがある。エスカレーターが使えなくなって、階段として使うよう指示があったりすると黄昏感が半端じゃない。
 お目当ての古書モールは2階。平台がずらっと並び壮観だが、中身は全集の端本、文庫が主力で、う~ん、これはというものにはお目にかかれないが、なにしろもともと100円、200円のものが多くて、その50%オフだから、6冊買ってもたった500円!
 これでも最終日にはもう少し賑わいがあるのだろうか?
 全体にミステリの含有率が低いのは、コレクターの猛者連中が先にきてさらってしまったのだろう。
 滞在、約1時間半、ここは雑本(本の神様、ごめんなさい)の最後の漂着地という思いを胸に、ここをあとにした。
 どうせなら、日本全国のあらゆるところから、漂着物としての本を百万冊単位で集める古書モールができたら、それはそれで「負」の遺産を、宝物に変えられる町おこしになるのではないか、と考えたりもした。英国の古本の町、ヘイ・オン・ワイのように。
 本の世界がトワイライトからダークツーリズムの対象になるのは困ったことだ。もっともっとミステリやSFが売れまくって、古書の世界も豊かになる。そういうのは、もはや見果てぬ夢だろうか?
 ところで、ダークツーリズムの反対語も誕生している。ホワイトツーリズム? ブライトツーリズム? いずれもNOだ。ダークツーリズムの対抗概念はホープ(希望)ツーリズムといって、最近、福島などで実行されている災害からの復興過程などを見学に行こうというものだ。
 本の世界にも、地方でミステリ専門の古書カフェを開いたり、コツコツ、膨大なミステリ書誌を編纂して世に問い続ける人がいたり、ミステリの読書会も盛況だ。つまり、ミステリにもホープツーリズムはありそうだ。これからは、そういうスポットも行脚していこう。