日々是映画日和

日々是映画日和(111)――ミステリ映画時評

三橋曉

 ローカルな話題で恐縮だが、隣町にこの冬新しい映画館〝アップリンク吉祥寺〟がオープンした。以前はメジャー系の二館に加え、バウスシアターという個性派の映画館があったが、四年前に閉館の憂き目にあっている。地代が折り合わなくなったというが、だったら地主との間に自治体が入り、仲介や支援ができないものかと切歯扼腕した記憶がある。映画館という絶滅危惧種も、地域の文化施設だからだ。新映画館は、5スクリーン300座席と、規模も申し分なし。〈ロング・アイランド・トリロジー〉や「タレンタイム~優しい歌」など、映画ファンの痒い所に手が届くプログラムを組んでくれるので、喜び勇んで通っている。この新たな映画館が、若者の街に根づくことを祈るのみだ。

 さて、ミステリ映画への出演も多いアルベール・デュポンテル監督の『天国でまた会おう』は、同題の小説が原作だ。作者のピエール・ルメートルは日本ではミステリ作家として通っているが、本作でフランスを代表する文学賞のゴンクール賞を受賞している。
 終戦近い一九一八年の西部戦線。和平ムードが漂う中、仏軍中尉のロラン・ラフィットは味方の斥候を背中から撃ち、部下に無茶な突撃を命ずる。指揮官の狂った所業を目撃した兵卒アルベール・デュポンテルは、危うく生き埋めになるところを若いナウエル・ぺレーズ・ビスカヤートに救われる。しかし若年兵は負傷し、ふた目と見られぬ顔になってしまう。
 物語は終戦後、傷痍軍人となった青年が社会に復讐を企む顛末が語られていく。世界大戦に挟まれた間の時代とその世相が克明に浮かびあがる見事な歴史時代絵巻だが、祖国のために戦い傷を負った者たちの間を冷たい世間の風が吹き抜けていく。責任を感じる元中年兵はやむなく計画に加担するが、巧妙な詐欺事件は予期せぬ事態をも招き寄せてしまう。
 デュポンテル監督は、全体の構成や、悪しき中尉の辿る運命に改変を加えている。そのことごとくが画竜点睛の一手で、戦争で失った表情を画家志望の青年が次々に独創的な仮面で表現していくビジュアルも見事だ。原作を磨き上げた映像作品といっていいだろう。
※三月一日公開(★★★★)

 先ごろ、アサド役のファレス・ファレスが、ロバート賞(デンマークのアカデミー賞)に輝いたという嬉しいニュースが伝わってきたが、カール(ニコライ・リー・コス)とアサドが活躍する未解決事件捜査チームのシリーズは、今やミステリ映画界最強のバディ・ムービーといえる。順を追って映画化が進められているが、『特捜部Q カルテ番号64』はその四作目。三十年近く前の女性の連続失踪事件を調べていくと、捜査線上に浮かんできたのは新進政党の関係者だった。彼に迫る謎の人物と、女子矯正施設への収容者がたどった悲惨な過去とは、果たしてどう繋がるのか。
 またも交代した監督は『恋に落ちる確率』のクリストファー・ボーだが、シリーズのクオリティはしっかりキープされている。毎度の社会派としての視点の鋭さに加え、本作がファンの琴線に触れてくるのは、事件を追うカールとアサドのコンビに訪れた試練が描かれるからだろう。憤る部下に対し、素直に気持ちを表せない上司。この不器用なやりとりから、二人の強い絆が伝わってくるのがいい。
※既に公開済みだが、4月にも上映予定あり。(★★★1/2)

 人間とパペットが共生する世界が舞台の『パペット大捜査線 追憶の紫影』もバディ・ムービーの一つだろう。セクシーな依頼人と共に舞い込んだ脅迫事件を追う私立探偵のフィル(パペット)は、調査のために立ち寄ったポルノショップで起きた殺戮騒動で、かつての相棒であるやり手の女性刑事メリッサ・マッカーシーから容疑者扱いされる。上司の警部補レスリー・デヴィッド・ベイカーのとりなしで事なきを得るが、二人はいがみ合いながらも同じ事件を追うことになる。
 ファニーな人形たちと、本国ではR指定のセックス、暴力描写のアンビバレンツなおかしみには、どう反応したらいいか迷ってしまうが、シットコムの常連でエミー賞女優でもあるメリッサ・マッカーシーが見せる人形相手の大奮闘を楽しむ映画だろう。ハードボイルドやサイコスリラーからの本歌取りもあるが、どれもお遊びの域を出ていない。ミステリ映画らしさに際立ったものがないのも寂しい。
※二月二二日公開(★1/2)

 原作ものでは、『マスカレード・ホテル』『十二人の死にたい子どもたち』と、複雑な原典を巧みに咀嚼した映画化が続いているが、ここでは池井戸潤の同題作品をもとにした福澤克雄監督の『七つの会議』を挙げておく。ほぼ忠実に小説を再現した先の『空飛ぶタイヤ』に対し、オムニバス作品集を一つのドラマに再構築した点で、『桐島、部活やめるってよ』を思い出させたりもする。
 万年係長が起こしたパワハラの訴えが、中堅メーカー東京建電の社内に波紋を投げかける。主流派でやり手の課長は左遷、やる気のない係長はお咎めなしだった。後任の課長及川光博は、部下の朝倉あきと事の次第を探ろうとするが。噴飯ものの茶番劇を敢えて様々な分野の芸達者たちに演じさせたところに、本作の面白味がある。係長の野村萬斎はじめ、片岡愛之助、香川照之、藤森慎吾、そして立川談春まで、一癖も二癖もある男達が鍔迫り合いを演じてみせる。こういう組織が日本中に蔓延っているとしたら、笑ってばかりもいられないが。(★★★1/2)

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。