新入会員挨拶
その昔、『料理の鉄人』というTVバラエティがありました。当時現役の和洋中のシェフたちが料理バトルする番組です。関連書籍も出版されたのですが、じつはその一つにノベライズ(!)がありました。その名も『小説 料理の鉄人』。文庫オリジナルで全五巻。その「構成」を務めたのが、私の出版業界でのキャリアの始まりです。大学の七回生でした。
いわゆる社不であり就活絶対したくないマンだったので、卒業後もなし崩し的に編集者さんに紹介してもらった編集プロダクションに入り、ライターとしてのキャリアをスタート。そこでは主にTVドラマを中心に、映画、漫画、ゲームと、ありとあらゆるジャンルのノベライズをもっぱら担当しました。
その後いろいろあって、会社員、電気工事士等を経て2004年に里見蘭として作家デビュー。デビュー作のレーベルの関係で女性と思われることもあるペンネームですが男性です。
2008年にはマルチヴァースもののSF『彼女の知らない彼女』で第二十回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。その後いろいろあって、一昨年二十年ぶりくらいに就活して現在は兼業作家。とっちらかってますね。
小説は子供の頃から読んでいました。中学生になり、一般向け小説にも手を伸ばすようになってSFやミステリーを読むように。この頃、最寄り駅近くに誕生した図書館が、学校嫌いで家庭も心安らげる場所とは言いがたかった孤独な少年にとってのシェルターとなってくれたおかげでここまで生きてこられたかもしれません(いきなり重いw)。学校の図書館と違って本がきれいで小説のラインナップも新しくて幅広い! しかもタダ! ここでその後の人生を決定づける出会いがありました。たまたま手に取った、複数の書き手によるブックガイド(タイトルは失念)に「冒険小説」という項目があり、読んでみたところ、紹介文が軽妙で面白かったんです。気取らない語り口で、なんだかお茶目で、こんな文章を書く大人っているんだ、と胸を開かれるような感じ。レビューを読んだだけでワクワクして、紹介されている本を早速借りてみました。あっ、このレビューアーは内藤陳、という人でした。
最初はたぶん川又千秋の『幻獣の密使』。これを皮切りにまず高千穂遥、鏡明、平井和正といった日本のSF作家たちの冒険小説を読んで夢中になりました。ほどなく内藤陳の単著『読まずに死ねるか』というレビュー本が出て、これが当時の私にとってのバイブルになりました。
中学から高校にかけて、『鷲は舞い降りた』『高い砦』『女王陛下のユリシーズ号』『深夜プラス1』といった海外の名作に魂をぶち抜かれる読書体験をしたのが、作家としての私の核になっていると思います。この時期はちょうど日本の冒険小説の興隆期でもあって、船戸与一や志水辰夫、佐々木譲さん等々の日本の作家の作品にもリアルタイムで胸を躍らせました。
なかでもとくに好きだったのはトニー・ケンリック。コミカルで、最上の場合にはスラップスティックな笑いが持ち味の作家です。一作選べと言われたら『リリアンと悪党ども』でしょうか。昔も今も一人の作家の作品をたくさん読むタイプではないのですが、ケンリックの作品は読める限り読みました。俺もこんな小説が書ける作家になりたい―!そう思った作家です。今でも、笑える小説こそ至高! と考えていて、自分でも書きたいと思っています。この会報の十月号で栗木さつき氏が採り上げられていたドナルド・E・ウエストレークのドートマンダーシリーズも大好きで、『天才詐欺師・夏目恭輔の善行日和』(宝島社)という連作短編集は、ドートマンダーへのオマージュ作だったりします。
内藤陳を通じて阿佐田哲也、北上次郎、小林信彦といった書き手を知ることができたのも貴重な経験です。『麻雀放浪記 青春編』のドサ健の言葉のおかげでここまで生きてこられましたし、北上次郎によって冒険小説の指針を得、小林信彦という越境的な作家には、やはり越境的な作家である筒井康隆と同様に、小説や映画の読み方や観方、批評的に小説を書く姿勢や方法論を学んだように思います。
大学で文学部に進んだことで、『ボヴァリー夫人』『ロリータ』『キャッチ=22』『詩人と女たち』といった作品にぶち抜かれるきっかけを得ました。ミステリではその後エルロイの『ホワイト・ジャズ』やル・カレの『スクールボーイ閣下』といった作品にぶち抜かれ、死ぬまでの目標が新たにできた感じです。
剣道三段なので剣道ミステリ、TOEIC965点なのでTOEICミステリ、宅建士試験と登録販売者試験に合格しているのでそっち方面のミステリも書けるかもしれませんし、書けないかもしれません。
最後になりますが、佐藤青南さんはじめ加入に際してお世話になった方々に改めて御礼申し上げます。また、会員の皆様、ふつつかな作家ですが、この会の先輩会員である関根亨さんに編集を担当していただいた最新作『人質の法廷』(小学館)ともども、よろしくお願い申し上げます。