1991年 第44回 日本推理作家協会賞 短編および連作短編集部門
受賞の言葉
『受賞の言葉』を読むのが好きです。短い中にドラマがあり、書いた方の快い興奮が感じられ、こちらまでわくわくしてきます。人が喜んでるのを見るのは気持ちのいいものです。
さて、それが我がこととなると、嬉しいというより夢に夢みるようで、まったく現実感がありません。受賞作リストを眺めては読み終えた分をチェックしていたような探偵作家クラブ賞であり、推理作家協会賞です。それだけに、客席で観ていた晴れがましい舞台の上に、いつの間にか自分が立っていたような不思議さを感じてしまうのです。
小学生の頃から読者としてミステリを愛して来た私の中に、今は作者として書いてみたい幾つかの物語があります。伝統あるこの賞をいただけたことは、それを形にしろという励ましの声に思えます。
ありがとうございました。
- 作家略歴
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1949~
埼玉県生まれ。七二年、早稲田大学第一文学部卒業。高校教諭を経て、作家活動に入る。八九年「空飛ぶ馬」でデビュー、九一年、「夜の蝉」で日本推理作家協会賞を受賞。
2006年『ニッポン硬貨の謎』にて第6回本格ミステリ大賞評論・研究部門を受賞。
2009年『鷺と雪』にて第141回直木賞を受賞。
2016年第19回日本ミステリー文学大賞を受賞。
作品に、「覆面作家は二人いる」、「冬のオペラ」、「スキップ」などがある。
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
- 山村正夫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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第四十四回日本推理作家協会賞の選考は、平成二年一月一日より十二月三十一日迄に刊行された長編と、各小説雑誌の一月号から十二月号迄に掲載された短編および連作短編集を対象に、例年通り昨年十二月より着手した。
まず協会員をはじめ出版関係者のアンケート結果を参考にして、長編四〇八編、短編五六八編、連作短編集三〇編、評論その他の部門一二編をリスト・アップした。
これらの諸作品を、協会より委嘱した部門別予選委員が選考に当たり、長編部門は十六編、短編部門は四一編、連作短編集部門は二編、評論その他の部門は六編を二次予選に残し、二月十八日と二十日の両日、協会書記局において最終予選委員会を開催、候補作を選出した。
それにもとづき既報の通り、長編四編、短編三編、連作短編集二編、評論その他の部門四編を、理事会の承認を得て本選考委員会に回付した。
本選考委員会は三月二十六日午後五時より、新橋第一ホテル柏の間において開催。石川喬司、北方謙三、伴野朗、皆川博子、連城三紀彦の五選考委員が出席。理事山村正夫が立会い理事として司会し、各部門別の候補作について活発な意見が述べられ、慎重な審議が行なわれた。
その結果、短編および連作短編集部門のうち短編は昨年に引きつづき該当作なしとなったが、長編部門と連作短編集それに評論その他の部門では、別項のように受賞作が決定した次第である。選考内容については、各選考委員の選評を参照して頂きたい。閉じる
選評
- 石川喬司[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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長編部門の候補作は、いずれも従来の推理小説の型から一歩踏み出そうと試みた力作ぞろいで、どれが受賞してもおかしくない出来栄えだったが(ノミネートされなかった中にも傑作が一つあったように思う)、各委員の推理小説観が真剣に戦わされたあげく、多数決で『新宿鮫』に決定した。現代の息吹きに溢れた歯応えのある警官もので、つくりものめいた隙間風を感じさせない表現力にうならされた。これからがさらに楽しみである。
短編部門では、『天使たちの探偵』を最良だと判断しこれを推したが、他の委員がそろって『夜の蝉』に票を入れたので、抵抗なくそれに従った。というのは、殺人のまったく出てこないこの連作集はぼくの好みにぴったりで、前作「空飛ぶ馬』以来愛読しているのだが、個人の好みに偏った選考はいかがかと思い、次点に繰り下げておいたからである。とはいうものの、やはり原尞作品にも心を惹かれる。
評論その他の部門も、それぞれに感心させられたが、中でも、百年前の怪事件の真相に迫った『横浜・山手の出来事』の丹念な追跡調査と目配りのきいた構成力に感服した。故竹中英太郎の画業を集大成した『百怪・我ガ腸ニ入ル』は、ひとつの骨太な人生が圧倒的な迫力をもって見る者の胸に伝わってくる。編者の情熱にも敬意を表したい。閉じる
- 北方謙三[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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長編部門『新宿鮫』は、順当であっただろうと思う。選考時、すでに声価の高い作品であった。『霧越邸殺人事件』と『レベル7』は、ともに豊かな力量と資質を感じさせる。今回、賞は逸したが、いずれ近いうちにという位置につけていると思う。『貧者の核爆弾』は、最後がボーイスカウト風になってしまったのが惜しかった。
短編部門は、よほどの傑作でなければ出さない、という了解事項がある。三人の候補者の方たちの最良の作品であるとは言えないだろう、という結論に私は達した。
連作短編集部門は、『夜の蝉』の、日常的な、それゆえミステリーとしてはいっぷう変ったところが買われた。惜しかったのは、『天使たちの探偵』である。光る短編がありながら、連作集という綜合的なかたちで評価されることになってしまった。
評論その他の部門は『横浜・山手の出来事』と『百怪・我ガ腸ニ入ル』に私は票を投じた。『探偵小説の饗宴』は小笛事件を除いて寄せ集めの感じがあり、『ミステリーの魔術師』は、克明だが批評精神に欠けているところがあると私は思った。
本格部門で、特に豊穣な年だったと思う。その大きな波の、紛れもない機関車であり、峻立した塔を築きつつある島田荘司氏の辞退が、私には残念でならなかった。
今回で、選考委員の任期を終了する。正直なところ、不思議な解放感がある。閉じる
- 伴野朗[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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長編では、『貧者の核爆弾』を推したが、多くの賛同を得られなかった。短編、評論その他の部門では満足する結果となった。
『新宿鮫』は、この筆者の最高作であることを認める。エリート警察官の世界を描いているのに、そのなかでミスがあった点に引っ掛った。だが、その点を指摘した上で受賞に賛成した。書き下しに徹した大沢氏の精進を望みたい。
短編では、『夜の蝉』にひかれた。殺人のない作品が、これほど新鮮で、みずみずしいとは思わなかった。その発見に感謝したいくらいだ。落語のからみも、古典落語ファンである私には楽しかった。
『天使たちの探偵』も心に残る作品であったが、やはりチャンドラーを、いまの日本に持ってくる意味に疑問を持った。
評論その他の部門では、『横浜・山手の出来事』が一番面白く読めた。前半の裁判記録は交通整理の必要があるが、筆者が英国へ取材旅行するあたりから俄然面白くなる。まさにドキュメンタリーの持つ強みだろう。筆者は視力を失いながらも、執拗に事実を追う。この迫力は、鬼気迫るものがある。労作といってよかろう。
『百怪・・・・』も、大変な労作である。乱歩の挿絵画家としか知らなかった竹中英太郎の世界を堪能した。英太郎その人が、大いなるミステリーであったことを痛感した。受賞作とするには異色すぎるの声もあったが、敢えて推すことにした。閉じる
- 皆川博子[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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論理で構築する本格ミステリーと、日常の論理から飛翔した幻想小説は、対極にあります。この相反する二つを融合させてミステリーを成立させるという至難なことに挑戦したのが、綾辻行人さんの『霧超邸殺人事件』でした。溶剤に、作者は、ニューサイエンスの理論をもちい、融けあうはずのないものを、みごとに一つにしたのでした。
この作のほんとうの主人公は、<時>だと私は思います。そうして、相対的な世に絶対をもとめたものの悲しみというふうにも読み取れます。候補長編の中では、唯一、形而上的な領域に作者の目がとどいた作品でした。
しかし、他の選考委員の方々は、<本格>のほうに主眼をおかれたのでしょう、<幻想>の部分にかなり強い違和感をおぼえられたようで、この作の深い美しいイメージに共感していただけず、残念でした。
この幻想ミステリーの手法は、一回かぎりのものです。新たな幻想ミステリーが生れるのは、ずいぶんと困難なことでしょう。『霧超邸』の美しさと手法のみごとさを他の方に伝える力のなかった私は、今は自分の無力を悲しむのみですが、でも、この傑作は、同じ感性を持つ読者に、長く愛されてゆくことでしょう。
受賞作やその他の候補作については、他の委員の方々が詳述されると思いますので、私だけが一位に推した『霧超邸殺人事件』に、与えられたスペースのすべてを費やしました。閉じる
- 連城三紀彦[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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小説は模倣から出発しても結局は"自分"受賞作以外にも受賞の機会をもった作品が並んだ充実の年でしたが、最後の決定は自分の小説世界を持っているかどうかに掛かっていたと思います。そんな"自分"、の好例を皮肉にも辞退作「暗闇坂の人喰いの木」に見てしまう、自我=幹の凄じさの上に小説の枝葉を繁らせたあの一本の樹には揺ぎなく島田氏その人が棲んでいます。それに較べると、「霧超邸」は華麗さの点でかつての本格名作群を凌いでいながら、まだ自分が淡く所々の文学が借り着ですし、「レベル7」も前半のこの作者独自の小説的魅力が後半の事件部では社会派の借り着になり、「天使たちの探偵」になると借り着どころかソックリショーでミステリーとしての密度高さまが嘘になり、「貧者の核爆弾」もドラマの魅力に人の魅力が追いつかず、翻訳物の完璧な類似品にとどまってしまいます。
「新宿鮫」の町の方が「貧者」の地球より大きいのは作者の視線が感じとれるからで、その目と上質のペンとで仕上げられたこれは人と町の見事な風景画、若さを残したまま大沢氏が巧く若さを卒業していることが新鮮な驚きでした。
「夜の蝉」も安楽椅子探偵の類型を独自の小説世界として斬新に読ませてくれ、その他部門の二作もそれぞれ百年前の事件と竹中英太郎への執着に作者と編者の濃密な自己投影を感じさせる点が賞に繋ったのだと思います。閉じる