2025年 第71回 江戸川乱歩賞
2025年 第71回 江戸川乱歩賞
受賞作
殺し屋の営業術
受賞者:野宮有(のみやゆう)
受賞の言葉
初めて小説を書いたのは中学生のときでした。当時は携帯小説が大流行しており、人類史上初めて小説を読む人より書く人の方が多かった世代なのではないかと思います。自力で通える範囲に書店がなく、ほとんど小説を読む機会がなかったにもかかわらず、当時の私は物語に人生を捧げることを決意しました。小説の作法すらろくに知らない癖に、なぜか「いつかベストセラー作家になれる」という確信があったのです。
二〇代半ばでライトノベル作家としてデビューしたとき、根拠のない自信は容易く打ち砕かれました。面白い作品を書けている手応えはあるのに、売上にはほとんど結び付かない。同時期にデビューした作家が大きく飛躍していくのを、膝を抱えて眺めるしかない毎日。自分のやってきたことは根本的に間違っているんじゃないか、と疑う夜も数えきれないほどありました。
その中で書き上げたのが、今回の受賞作です。会社員としての経験や、仕事で出会った人々の影響を大きく受けた本作は、すんなり売れて専業作家になっていたら絶対に書けなかったことは間違いありません。
この名誉ある賞をいただけたことで、ようやく中学時代に描いた理想の輪郭がぼんやりと見え始めてきたように感じています。何も知らないがゆえに自信過剰でいられた当時の気持ちをたまには思い出しつつ、今後も邁進してまいります。
最後になりましたが、選考に携わってくださった皆様と、我が事のように喜んでくれた家族・友人に、この場をお借りして感謝を申し上げます。
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
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本年度江戸川乱歩賞は、一月末の締切りまでに応募総数四〇二編が集まり、予選委員(佳多山大地、香山二三郎、川出正樹、関口苑生、細谷正充、村上貴史、若林踏の七氏)による選考が去る四月七日(月)開催され、最終的に左記の候補作五編が選出された。
「Vintage Drift」 ジョウシャカズヤ
「浚渫船は秘湯に浮かぶ」 髙久遠
「殺し屋の営業術」 野宮有
「カーマ・ポリスの執行人」 平野尚紀
「メアリがいた夏」 山本エレン
この五編を五月二十二日(木)帝国ホテル「松の間」にて選考委員の有栖川有栖、貫井徳郎、東野圭吾、湊かなえ、横関大の五氏により協議。結果、野宮有氏「殺し屋の営業術」を本年度の受賞作と決定した。閉じる
選評
- 有栖川有栖[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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今年の候補作は平均点が高く、どの作品も楽しめた。その上、頭一つ抜けた作品があったので、結果はスムーズに出た。
『カーマ・ポリスの執行人』は、法廷で傍聴人が被告人を射殺する幕開けから引き込まれた。多彩な登場人物たちの視点に切り換わりつつ物語は進み、複数の事件がどう絡むかの興味で読ませる。前半は快調だったが、カーマ・ポリスが何かが明かされ、各パートがつながりだしてから作品の力が弱まった。よくあるアレか、と。罪と罰をめぐる物語として充分に踏み込めているとは思えず、ラスボスの正体は予想がつく。法廷に凶器を持ち込むトリックも、「案外、できるんです」という感じで、物足りなかった。
『メアリがいた夏』は、英国が舞台の田園ミステリ。一九五〇年の事件を老いた主人公が回想し、最後に真相が浮上する。クリスティ風の本格で、がんばって書かれているが成功はしていない。あの状況で死体が手中のものを握ったまま池に浮かぶのはあり得ない。沈みます。ある人物の手紙に真相が綴られているのはNGだし、犯人だと判る人物の印象が薄いので、衝撃が小さい。しっかり描いていたら物語としても面白くなったはず。動機にも、もっと創意がほしかった。
『浚渫船は秘湯に浮かぶ』は、スーパー銭湯でピエロの覆面をした凶漢が立てこもり事件を起こす、という設定が実にユニークで、期待をしたのだが……。犯人が人質たちにデスゲーム(我慢比べ的なもの)をやらせるあたりから気分が下がっていった。事件の全容が判ると、「その犯人は、その目的のためにこんなことをしない。もっと別のやり方をするだろう」としか思えない。ただ、あの手この手で作品を面白くしよう、という意欲は伝わってきた。
『Vintage Drift』の主人公は、タトゥー入りまくりの古着屋の若い店主。店に持ち込まれたヴィンテージもののアロハがきっかけで、ヴィンテージTシャツの贋作やハワイで起きた過去の殺人事件の謎にまきこまれ、途中で舞台はバンコクにも飛ぶ。説明が足りない点があり、欠点とされたのはやむを得ないのだが─私はこの作品が大好きである。「ミステリに出てくる時はどうせ脇役」になりがちのキャラクターたちの捜査と冒険が心地よいし、もやもやが残る過去の事件の割れ方すら、どこか夢のようで楽しめてしまった。驚愕の結末はないが、〈意外な捜査〉がある。私はこれを書いたジョウシャカズヤさんの別の作品が読みたい。読める日を待っています。
『殺し屋の営業術』は、全委員から高い評価を得て、他の作品と競り合うことなく受賞が決まった。殺し屋に消されそうになった主人公は、営業マンとしての手腕で協力すると命乞いをして、生き残るチャンスをもらう。課されたノルマはとてもヘヴィーだったが、彼は不可能を可能にすべく奮闘する。機知で読ませるユーモアミステリかと思ったら、ダークな展開があって読者は油断ができない。乱歩賞作品の中でも異彩を放つ一作だろう。作者がすでにプロの書き手として活躍中であることは読後に知り、「なるほどな」と納得した。
野宮有さん、おめでとうございます。新たなフィールドに、ようこそ。
受賞は予想どおりで、私もそれに賛成したのだが、引っ掛かっていることがある。予断なく本作を楽しみたい方は、以下の拙文を読まないでいただきたい。
この主人公は、生き残るため極度にブラックな状況に服従し、適応しようとする。その姿を現実への過剰適応の戯画とするか、彼が才覚をもって最後に状況を食い破るところを描いてもらいたかった。閉じる
- 貫井徳郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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選考委員を務めるのは今回で七回目になりますが、候補作の差が最も小さい回でした。どれも面白く、落選した四人も遠からずプロになるのではと思わせてくれました。そんな中、受賞作となった『殺し屋の営業術』は頭ひとつ抜けた出来でした。まず、設定がユニーク。これだけで一ポイント獲得です。加えて、後半はコンゲームになるのですが、互いの命を狙う血腥い知恵比べになります。コンゲームは流血を伴わないものと思っていたので、これは発明だと感心しました。他にも予想外の展開が続き、読んでいてまったく飽きませんでした。続編があるなら、自分でお金を払って買って読みます。それくらい、この物語に惚れ込みました。堂々の受賞です。
『メアリがいた夏』は、まるで翻訳小説のような悠々たる筆致でした。展開が遅いのは減点ですが、翻訳小説と思えば許せます。とはいえ、乱歩賞はミステリーの賞ですから、小説がうまいだけでは駄目です。そう思って読んでいたら、ミステリーとしてもなかなかの出来栄え。『殺し屋~』とダブル受賞でもいいと考えていましたが、トリック部分のミスを指摘されました。言われてみればそうです。『殺し屋~』と並ぶほどではないという評価に落ち着きました。
『カーマ・ポリスの執行人』も、他の年であれば受賞していたかもしれません。新聞記者視点と刑事視点の切り替えで物語が進みますが、どちらも取材に裏打ちされた堅実さがありました。ただ、法廷にどうやって凶器を持ち込んだか、という謎は、「きっとどうにかしたんだろう」と思われてしまい、長編を引っ張る謎としては弱いです。むしろこの作品はハウダニットではなく、何が起きているのかわからないホワットダニットとして描くべきではなかったでしょうか。とはいえ、ホワットダニットは一番扱いが難しい謎です。堅実ではあってもあまり小説のうまさは感じなかったので、ちょっと手に余ったかなと思いました。
『浚渫船は秘湯に浮かぶ』は、スーパー銭湯ジャックというアイディアで一ポイント獲得です。人質を取った立て籠り、人質から通信手段を奪うのが難しいですが、スーパー銭湯ならみんな裸だからその点をクリアーできます。すごく感心しました。しかし楽しみながら読めたのは第一幕の途中までで、だんだん陰惨な話になってしまいます。しかも、リアリティーを失います。反社の人なら殺人を犯しても警察に知られない、という認識はかなり安易です。今どきの高級マンションはセキュリティーが厳しく、入り込んで人を殺すのはほぼ不可能です。その問題をきちんとクリアーしていれば、もうちょっと推せたのですが。
『Vintage Drift』はミステリーとしての骨格が一番弱かったです。犯人の意外性はないし、組織犯罪だから真相がわかっても面白くありません。物理トリックは実現不可能だとの指摘も受けました。受賞には遠かったですが、しかし面白く読めたのも確かです。面白い物語を書く力はあるのですから、乱歩賞を狙うならもっとミステリーとして練ってください。ミステリーが苦手なら、他のジャンルの賞を狙うのも手でしょう。
ハイレベルの争いは、選考委員として大変幸せでした。いい受賞作を世に送り出せて、嬉しく思っています。そして、今回惜しくも受賞に至らなかった四人の皆さんも、あともう少しというところまで来ています。諦めず、がんばってください。閉じる
- 東野圭吾[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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『Vintage Drift』
怪しかった人間が最後やっぱり悪者でした、では読者を満足させられないだろう。静電気のトリックも説得力に乏しい。しかし物語全体を分解し、要素の一つ一つを見れば悪くない。主人公に強烈な探偵動機を与え、意外な人物の化けの皮を剝がす、というオーソドックスな構成で書いていたなら、それなりの佳品に仕上がっていたのではないか。
『カーマ・ポリスの執行人』
冒頭、法廷での狙撃事件は衝撃的で、一気に引き込まれた。無期懲役は確実でも、不同意性交等罪が加わったぐらいでは死刑に格上げされない、という着眼は斬新だ。このテーマを中心に書かれていたら、傑作になったのではないか。ただしこの犯行では、強盗殺人ではなく傷害致死及び窃盗で、無期懲役とはならない可能性が高い。さらに残念なのは、その最も大きな真相が中盤で明かされるため、それ以外の謎の影が薄くなってしまった点だ。肝心の「カーマ・ポリス」という闇サイトも、リアリティという点で疑問が残る。不特定多数の者が簡単にアクセスできるようなシステムでは、たちまち当局に見つかってしまうだろう。参加者が運営者の思惑通りに動いてくれるとも思えず、ストーリーに無理を感じた。
『メアリがいた夏』
イギリスの田舎町を舞台に丁寧に描かれた少年小説という印象で、いつかどこかで読んだことのある物語という既視感がぬぐえなかった。中盤でようやく事件が起きるが、ミステリ色は薄い。回想部分が終わり、いよいよ現在の描写となった際、意外な真相が明かされるのではないか、との期待がずっと頭の片隅にあった。残念ながらその予想は見事に外れて、やや肩透かしの気分で読み終えることになってしまった。だが筆運びは安定しており、小説としてはとてもよくまとまっていた。もし戦後日本を舞台に書かれていたなら、評価は違っていたかもしれない。
『浚渫船は秘湯に浮かぶ』
スーパー銭湯を舞台に殺人犯が立てこもるという設定は、十分に魅力的で、一気に引き込まれた。しかもそこからの展開は全く予想外で、復讐計画が明かされる謎解きパートでは意表をつかれた。複雑なピースを見事にはめ合わせたパズルというより、いびつな形のブロックを絶妙のバランスで積み上げた、という印象だ。ただし細かく検証すれば、小さな矛盾はたくさん出てくる。共犯者たちとの絡みや動きなど、説明不足と感じる点も多々ある。「これだけの大仕掛けを仕組む理由がない」という指摘にも反論できなかった。だが大胆な発想を高く評価したい。どうかチャレンジを続けてほしい。
『殺し屋の営業術』
主人公の特異な個性の説明から始まり、殺し屋の営業マンにならざるをえなくなるまでの展開は、スピーディーなうえにシュールでユーモラスで、読み手の心を摑む力に満ちていた。ここから主人公の手腕を発揮したシーンがいくつか始まるのかと思ったが、ストーリーは一筋縄ではいかず、次々と困難が押し寄せるのでページをめくる手が止まらない。鷗木という強力な敵との駆け引き、知恵比べも読み応えがあった。ただ、主人公の少年期のエピソードは不要ではないか。平凡な人生を送ってきた男が変貌していくほうが面白いと思う。ラストのトリックなど気になる点はあるが、受賞にふさわしい傑作だと思う。閉じる
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最終候補五作すべてが受賞してもいいと思えるくらいレベルの高い回でした。だからこそ、一部修正を条件とした受賞作が出ず、完成度の高い一作の単独受賞になったのではないかと思います。
『殺し屋の営業術』面白く、一気読みしました。営業術を駆使する様もよかったのですが、それ以上に、主人公の内面の変化にワクワクしました。おめでとうございます。
以下、受賞を逃した作品は、欠点ではなく、惜しく思ったところを挙げていきたいと思いますので、次回作の参考にしてください。
『メアリがいた夏』次点をつけました。減点するところは特になく、世界観に浸り、楽しむことができました。しかし、どこかで読んだことのある海外ミステリの寄せ集めのような感覚も残り、この舞台にこれを持ってきたか! といったオリジナリティがあれば、と惜しく思いました。
『Vintage Drift』登場人物が魅力的で、ビンテージの世界にも興味が湧く物語でした。しかし、ミステリ部分はもう少し丁寧に書いてほしかった。たとえば、廃工場で生地を見つけ、同じ生地のシャツも手に入れる、そこから、「俺の実の両親は殺された」は唐突すぎます。しかも、殺したのは育ての親。そのうえ、何もひっくり返ることなく、育ての父親が自白。もう少し、見せ方に工夫があってもよかったのではないでしょうか。また、私は大学時代、被服学科で繊維について学んでいたため、遺体が着ていたポリエステルシャツの状態について、大きな疑問が残りました。誤字脱字が多く、推敲の時間があまりなかったのではないかと思います。次回はどうか、最後まで丁寧に作品に向き合ってください。世界観は大好きです。
『浚渫船は秘湯に浮かぶ』スーパー銭湯が舞台のミステリというアイデアはすばらしいと思います。しかし、せっかくおもしろい舞台を用意しているのに、狭い視点で描写されており、物語を映像で思い浮かべた際、他の客は何をしているのだろう、というふうに、広範囲での画がイメージしにくく、そこがミステリとしての隙になってしまっているように思いました。一階で籠城を装っていたのなら警察は二階から突入を試みるのではないか。野地という人物は、なぜ社長に内緒で、息子の無謀な要望に応じる必要があったのか。ヤクザが弱すぎるのではないか。そういった、小さな疑問も残りました。あと、最初の下水処理センターの場面は必要ないと思います。それでも、おもしろかったです。
『カーマ・ポリスの執行人』物語として大きな瑕疵はなく、完成度は高いと思います。しかし、登場人物に魅力を感じることができず、特に、刑事のあずさと新聞社の弥生を区別するのが難しかったです。中盤で、「性格というか、生き方が似ている」と出てきたものの、書き分けができてないだけでは? と言い訳のように捉えてしまいました。女性の性暴力について調べる弥生の描き方にもう少し配慮が必要だったのではないかとも思います。また、肝心の「カーマ・ポリス」が誰でも書き込みや閲覧のできるただの2(5)ちゃんねるのような様式で、「新たな希望」と言われてもなあ、と物語への集中力が途切れてしまったのを惜しく思いました。また、こちらも最初の場面は必要ないと思いました。二時間ドラマのようなつかみのシーンは小説には必要ないと私は思います。つかみを意識するなら、一行目ではないでしょうか。テーマはこの作品に一番惹かれました。
最後に、繰り返しますが、落選した四作品は、他の年に応募していたら、受賞していたかもしれません。最初に順位はつけましたが、僅差の勝負でした。皆さん、実力は充分にあります。自信を持ってください。来年以降、最終候補作のレベルはさらに上がっていくことが推測されます。その中で、受賞を勝ち取るには、自分の武器が必要です。まずは、そこを探してください。そして、必ず推敲してください。
次回作を期待しています。閉じる
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二年振り、二度目の選考委員である。選考会の前、「今年は割れそうだね」とか「もめるかもしれない」といった声が、選考委員や関係者の間から聞こえたが、蓋を開けてみれば受賞作が得点的に抜きん出ていた。
『Vintage Drift』はビンテージTシャツ業界を巡るミステリー。門外漢である私も夢中になって読めてしまうほど、アウトローな主人公やその周辺のキャラクターが活き活きと描かれており、出だしは悪くなかった。ただ、視点が変わるあたりで情報が錯綜して、読み手にストレスを与える結果になった。その他の物理トリックにも難があり(他の選考委員も指摘されていた)、強く推すことができなかった。
『浚渫船は秘湯に浮かぶ』の冒頭は物語の広がりを予感させた。スーパー銭湯にピエロが立て籠もり、理不尽なゲームを要求するという、冒頭部分の引きは強く、期待度も高まったが、物語が進むにつれて詰めの甘さが目立ってしまった。主犯格の動機が復讐であるのなら、もっと違う方法で復讐できたのではないかと首を傾げてしまった。ピエロとスーパー銭湯という派手な舞台演出を選んだ以上、なぜそうする必要があったのかという動機付けは必要であろう。
『殺し屋の営業術』はクライム・ノベルとして極めて面白く、個人的に推すつもりで選考会に臨んだが、私が推すまでもなく自然と得点を集める結果となった。スピーディーな展開と、アングラ的な独自の世界観。このままコミックや映画の原作として使えるほどの完成度を誇っている。他の選考委員が指摘していたように、とってつけたような主人公のトラウマが気になったが、そこは改稿でカバーできると信じている。個人的にはミステリーの部分が少々頼りなく感じたので、たとえば冒頭で後半のワンシーンを出すなどして、もっと魅力的に謎を提示する方法があるのではないかと思った。新人賞のレベルを超えた優れたエンターテインメント作品であり、受賞を心からお祝いしたい。
『カーマ・ポリスの執行人』は冒頭の謎(公判中に傍聴人の一人が被告人に向けて発砲する)が魅力的で、新聞記者という視点が独自の世界観を作っていた。新聞業界に精通しておられる書き手なのか、その豆知識が非常に興味深かったが、個人的には少々書き過ぎのように感じられた。闇サイトを使った復讐代行という設定自体は面白いが、裁判員の入れ替えのトリックも、果たして可能であるのかとマイナス面ばかりに目が向いてしまった。
『メアリがいた夏』は構成も巧みで、ミステリーとして高い完成度を誇っている。選考会の前、この作品が受賞するのではないかと私個人はひそかに思っていたが、得点の平均点は高かったものの、この作品を一位に推す選考委員はいなかった。二十世紀半ばのイギリスが舞台という、難易度の高い設定に挑戦しているが、逆にそれがオリジナリティの不足に陥っているように感じられた。異国の地を舞台にした作品は受賞の難易度が相当高く、それ相応の必然性がなければ受賞は厳しいが、敢えて高いハードルを選んだ著者には感服する。
今回、最終候補に残った五作品はいずれも文章力が高く、娯楽作品として一定水準を保っていたのが賞としての大きな収穫であった。明暗を分けたのは書き手としての「持ち味」ではないかと分析している。自分の「持ち味」が何であるか明確に把握したうえ、その「持ち味」が一番活きる物語を書いたのが受賞者であったように思う。惜しくも受賞とならなかった四名の候補者も、創作意欲が残っている限り、挑戦を続けてもらいたいと願っている。閉じる
立会理事
選考委員
予選委員
候補作
- [ 候補 ]第71回 江戸川乱歩賞
- 『Vintage Drift』 ジョウシャカズヤ
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- 『浚渫船は秘湯に浮かぶ』 髙久遠
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- 『カーマ・ポリスの執行人』 平野尚紀
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