2024年 第77回 日本推理作家協会賞 翻訳部門(試行)
2024年 第77回 日本推理作家協会賞
翻訳部門(試行)受賞作
トゥルー・クライム・ストーリー
受賞者:ジョセフ・ノックス・著 / 池田 真紀子 訳
受賞の言葉
日本推理作家協会賞翻訳部門に『トゥルー・クライム・ストーリー』が選ばれたこと、翻訳を担当した者としてたいへんうれしく、光栄です。
今作には、いわゆる地の文がありません。6年前に起きた女子大学生の失踪事件に関し、ある作家のインタビューに応じた関係者の怪しさいっぱいの証言を中心に物語が進みます。また結末も、提示された謎のすべてがすっきり解決するわけではなく、注意深く読めば正解に気づけるはずと突き放すような、ミステリーとしてはいくぶん危なっかしい種類のものです。今回の受賞は、読者を信頼してあえてそのようなトリッキーな形式を選択し、しかもそれを極上のページターナーにまとめ上げた著者の心意気と力量が評価されてのことではないかと思っています。
新潮社のみなさん、邦訳刊行にお力添えをくださった方々、そして選考委員と協会事務局のみなさん、このたびは本当にありがとうございました。
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
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第七十七回日本推理作家協会賞の選考は、二〇二三年一月一日より二〇二三年一二月三一日までに刊行された長編と連作短編集、および評論集などと、小説誌をはじめとする各紙誌や書籍にて書き下ろしで発表された短編小説を対象に、前年一二月よりそれぞれ予選を開始した。
長編および連作短編集部門と短編部門では、例年どおり各出版社からの候補作推薦制度を適用。長編および連作短編集部門では、予選委員による推薦も採用した。なお、推薦枠を持たない出版社からの作品については、従来どおり予選委員の推薦によって選考の対象とした。
また、二〇二五年度からの新設を目指す翻訳部門についても、昨年同様賞の試行をおこなった。各出版社からの候補作推薦制度と予選委員による推薦も採用した。
長編および連作短編集部門では五九作品、短編部門では六七四作品、評論・研究部門では三二作品、試行第二回の翻訳小説部門では二一作品をリストアップし、協会が委嘱した部門別の予選委員がこれらの選考にあたり、各部門の候補作を決定した。
本選考会は五月一三日(月)午後三時より日本出版クラブホール・会議室にて開催した。
長編および連作短編集部門は選考委員・芦辺拓、宇佐美まこと、葉真中顕、月村了衛、喜国雅彦、立会理事・薬丸岳。短編部門と評論・研究部門は、選考委員・今野敏、柴田哲孝、湊かなえ、恒川光太郎、柚月裕子、立会理事・真保裕一。翻訳小説部門は、選考委員・阿津川辰海、斜線堂有紀、杉江松恋、三角和代、三橋曉、立会理事・西上心太。各部門ごとに選考会がおこなわれた。閉じる
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最初の投票で、上位三作品、やや得点が低い二作品に分かれた。二つのグループ内での得点はほぼ横並びだった。
『死刑執行のノート』はメインストリーム寄りの作品で、昨今流行しているトゥルークライムものにカウンターを浴びせる作品であり、被害者側から神格化されがちな殺人者を解体する試みが評価された。だが人物配置があまりうまくいっていない点や後半が凡庸であるという意見があった。
『厳冬之棺』は稚気があり原初的な情熱が感じ取れ好感が持てたが、肝心の密室トリックに物理的な無理があるなど、粗が多いというのが一致した意見だった。
次いで上位三作品の検討に入った。
『哀惜』は実績のある作者の新シリーズで、小さな共同体を舞台に、現代的なテーマを盛り込み、クリスティー的な技法を継承した緊迫感のある作品で、筆力が素晴らしいという評価だった。その一方で、序盤の出来事が都合良すぎること、主人公のキャラクターが物語の進行に奉仕しているのではという意見もあった。
『トゥルー・クライム・ストーリー』は作品全体が偽書という凝った形式を取っており、やりたい放題の作者の悪乗りぶりが狙いでもあり愉快だった。前半はやや冗長で、話が一本道のところがあるが、後半に至ってもテンションが落ちず、リーダビリティがあり、完成度が高いという評価を受けた。
『頰に悲しみを刻め』は正統的なクライム・ノベルで、暴力に彩られた物語ではあるが、主人公の倫理観がよく考えられていた。最も記憶に残る作品だが、主人公の過去の設定や、後半のあまりに大がかりなアクションシーンに白けたという意見もあった。
タイプのまったく異なる三作品で、どの作品も強く否定する委員もおらず、選考は難航したが、議論を尽くした結果、ジョセフ・ノックス著・池田真紀子訳『トゥルー・クライム・ストーリー』を授賞作とすることに決定した。閉じる
選評
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ダニヤ・クカフカ『死刑執行のノート』は、近年流行りの「実録犯罪(トゥルー・クライム)もの」において、犯人側の人生ばかりが取りざたされ、被害者の人生が顧みられないことからアイデアを得たという。死刑執行間際の男を二人称で記述し、彼を取り巻く三人の女性から過去を点描していく構成は面白く、文章も瑞々しい(これは訳文の素晴らしさでもある)ものの、二人称を採用した効果が上手く出ているとは言えず、人物の配置にも疑問が残ったため、積極的には推せなかった。
孫沁文『厳冬之棺』は、候補作中唯一の本格ミステリであり、トリッキーなアイデアの連打と全編に溢れる稚気は好意的に評価したい。一方で、トリックについて、仮に物理的実現性に目を瞑ったとしても、確実性を上げるための手当てが行われていないことや、現代ミステリの基準としては看過出来ない、犯人側の属性の記述が散見され、賞として推すことには躊躇った(版元はその問題に自覚的であり、巻末に但書をつけていることを付言しておく)。
S・A・コスビー『頰に哀しみを刻め』は、古典的な復讐譚のプロットに、黒人や同性愛カップルの問題を投じ、現代の犯罪小説として昇華させている。コスビーの作品では、「自ら」のリアルとして黒人を描く際の克明で繊細な心理描写と、著者自身の好みなのだろう犯罪小説のプロットとの間に、どこか断裂があるように感じてしまうのだが、本作の文章の熱量は、その温度差ごと呑み込んでしまうポテンシャルがあるのではないかと思う。
アン・クリーヴス『哀惜』は、〈シェトランド四重奏〉シリーズで、オールド・スタイルのフーダニット・ミステリを極めた著者が送り出した新シリーズである。先のシリーズで極めた、複数の視点から事件を描写し、そこに心理の陥穽を仕込むクリスティーはだしの技はいよいよ熟達しているが、ボランティア施設を中心に据えた事件運びは、現代ミステリとして大きく一歩前に踏み出した感がある。ダウン症の娘を抱えた老境の親の視点から描いた文章は胸が詰まる。末尾3章の熱量は飛びぬけている。現代随一のミステリとして『哀惜』を強く推したが、力及ばなかった。
ジョセフ・ノックス『トゥルー・クライム・ストーリー』は、近年の翻訳ミステリの一つの流行である「実録犯罪もの」へのカウンターパンチとして、他のあらゆる「実録犯罪もの」を過去にする破壊力を秘めている。実録犯罪ものへのカウンターパンチという点で、『死刑執行のノート』と本作には共通点があるが、ノックスは実録犯罪もの自体や、それを好んで視聴する人々の下世話さそのものを茶化し、作者自身が顔を出すモキュメンタリーの構造によって読者を(誉め言葉として)弄ぶ。そこに飽き足らず、推理作家ならではの技巧で一本筋を通したところも素晴らしい。試行第二回にふさわしい風格と技量を兼ね備えた力作である。閉じる
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個人的に推していたのは『厳冬之棺』と『死刑執行のノート』の二作である。『厳冬之棺』は日本の新本格ミステリ黎明期の際の熱を思わせるような、ミステリの楽しさとハッタリの効いた一作であると思ったからだ。魅力的なキャラクターや大胆かつ不敵なトリックに惹かれる読者は多いと思い、推理作家協会賞を獲らせることによって中国から来た新たな波を広めたいと思った。しかし、他の選考委員の方が指摘された点を覆すことが出来ず、強く推し切れなかった。
もう一つの『死刑執行のノート』はある種のカリスマ性を付与されがちな「殺人犯」というものを解体する意欲的な小説だと思った。被害者が顧みられず、犯人だけが犯罪ドキュメンタリーの中で〝スター〟となっていく現代において、この小説は光の当たらない箇所を照らし出すものになるのではないかと思った。文章の方も、翻訳を担当された鈴木美朋さんの功績もあり、とても心に訴えかけるものに仕上がっていると思う。ただ、ミステリ的な大仕掛けがあるわけではなく、ただ物語に沿ってアンセルという人間の神性を剥いでいくことに終始している小説ではあるので、推理作家協会賞を授賞するに相応しい作品ではないという点には全面的に同意した。
『哀惜』はあまり強く推せなかった作品である。被害者であるサイモンの起こした交通事故が単なる目眩ましとしか機能していないように見え、彼がトラウマを負わせられるのであれば他の要素でも良かったのではないか? と思わされた。その他にも、この物語を成立させる為に逆算して付けられたのではないかという都合の良い動きや設定も多く、精緻に組み上げられた閉鎖的コミュニティの造形と合っていないように思えた。
『頰に哀しみを刻め』はコスビーの良さが全面的に出ている一作。最後はこちらと『トゥルー・クライム・ストーリー』のどちらに票を投じようか迷った。最善の選択肢を選べなかった人間が、よりよい方向に進む明日の為にもがき戦う物語である。すさまじく無知でも学ぶことが出来る、という言葉に救われる人間は多いだろう。途中で明かされる謎解きにも大いに驚きがあった。
『トゥルー・クライム・ストーリー』は、前回の推理作家協会賞候補であるジャニス・ハレット『ポピーのためにできること』のような複数人証言によって事件の全容を明らかにする小説だ。私は実作者として前回『ポピーのためにできること』を強く推していた為、比較する形になってしまったのだが、こちらは更に人間の悪辣な好奇心や、人間をエンターテインメントとして消費することなどが全面的に押し出されており、人を食ったような作品に仕上がっている。しかし、その強い風刺性に惹かれ読む手が止まらなかったのも事実である。こういったモキュメンタリー形式の作品の到達点の一つとして、こちらを授賞作に推した。閉じる
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今回から本選とは別に予選委員に着任いただいている。予選会議では四時間近い議論を経て最終候補作が決定された。密度の高い予選会議だったことを冒頭に記す。
『哀惜』は登場人物の書き分けを作劇の要とし、彼らの証言を突き合わせることが推理のためのヒントとなる、というアガサ・クリスティー的な犯人当ての技法を得意とする作者の新シリーズ長篇である。その技法に加え、共同体内の歪みが次第に浮かび上がってくる物語展開など完成度は候補作中随一だと判断した。関係者の性格描写に無駄が一切ない。悲劇を醸成する展開に作為を感じるとの批判もあり、意外に支持は集まらなかった。
『厳冬之棺』は稚気に満ちた楽しい作品で、注ぎ込まれたアイデア量は候補作中でも抜きん出ていた。新本格ムーヴメント以降の読者には、実に親しみやすい内容である。日本推理作家協会賞を授与したら最も注目される作品はこれではないか、という意見も出た。ただし、推理については作者に都合よく書かれており、各事件を細かく見ていくと粗も目立つ。その中には目をつぶるには大きすぎるものもあり、授賞には至らなかった。
『死刑執行のノート』は死刑が執行されるまでをリアルタイムで綴っていき、それに過去の視点を並走させていくという構成になっている。ミステリー的な仕掛け自体は凝ったものではないが、それだけで評価できない作品である。犯人の精神がいかに歪んだ惨めなものかを示し、一方で犠牲者に光を当てようという作者の意図は成功している。ただ、中途の展開は徒に尺を長くしている印象もあり、個人的にはそこまで感心しなかった。
『トゥルー・クライム・ストーリー』は流行のモキュメンタリーを意図したもので、作者が物語に自分の影を落とすことを楽しんでおり、悪ノリぶりが目立つ。しかしそれによって破綻していないのが評価点で、登場人物の証言のみで進行していくという特殊な叙述方式であるにもかかわらず、読みづらさを感じないのは驚異的である。謎のまま放置されたピースがあってどこまでも引きずる読後感がある点も評価したい。
『頰に哀しみを刻め』はLGBTQに対するものと人種偏見という二重のヘイトクライムを事件の出発点とする犯罪小説で、主人公への共感を誘う書きぶりが巧い。横軸として我が子との対話を怠った父親の悔恨という図式を絡めてあるので、普遍性が高まっているのである。個人の抵抗としての暴力を肯定すべきか否かというのが主題だが、前作に比べ抑制が利いていて、爆発までの過程に違和感がなかった。よく計算されている。
『哀惜』『トゥルー・クライム・ストーリー』『頬に哀しみを刻め』に均等に支持が集まり、長い議論となった。最終的には、どの作品を推理作家協会賞として現代の読者に提示したいかという点で意見が一致し、『トゥルー・クライム・ストーリー』の受賞が決まった。閉じる
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翻訳部門の試行第二回は今回からお願いした予選委員のみなさまの熱かったと漏れ聞く選考のおかげで、それぞれに系統が異なる作品が出揃ったいいラインナップだった。
アメリカが舞台の『頰に哀しみを刻め』は、息子カップルが何者かに殺害されたそれぞれの父親の復讐の物語。彼らは生前の息子たちをありのままに受けいれられず、仲違いをしたまま死なれてしまった。絶対にもう子供に謝ることのできないこの地獄。やり直しのきかないことに折り合いをつけて前に進まねばならない父親たちの姿に人生が凝縮されているようで、人は一朝一夕で変われるものではないが、それでもまちがいながら努力していく描写が優れた作品だった。
『トゥルー・クライム・ストーリー』はインタビューと少しのメールと記事で構成され、著者までもが、こんなのアリ? という絡みかたをしてくる変化球の実録風小説だ。イギリスのマンチェスターで失踪した大学生を取り巻く人々へのインタビューが進むにつれて、いくつものあらたな謎や事実が発見され、誰もが怪しく思えて信じられなくなっていく不安定さが癖になる。
今回の候補作でいわゆる正統派の推理小説と表現できるのは『哀惜』だろう。イギリスのノース・デヴォンの海岸で発見された遺体について、規律のきびしい宗教コミュニティ出身の警部が捜査を進めていく。いちばん印象に残るのはとにかく綺麗にまとまっていること。奥のほうには警部のアイデンティティ、やんちゃな女性部長刑事らのアシスト、隠された膿というパンチも潜んでいるのだが、まるでターナーの絵をながめているように全体がふわりと同じトーンで包まれている。
『厳冬之棺』は、上海近郊のお屋敷に間借りした声優女子が巻きこまれる連続密室殺人事件ものだ。探偵役が漫画家で現代的な要素もあれば、一癖ある旧家の古くからの呪いや、J・D・カーがにんまりしそうな密室とあれこれ盛りこまれ、この心意気に好感を持たずにいられない長編デビュー作だった。見取り図があるミステリは裏切らない。
『死刑執行のノート』はニューヨーク州北部において劣悪な環境で育ち、結局は両親から捨てられる形となった死刑囚を描いた作品だ。彼が思いを綴ったノートと周囲の女性たちのエピソードから、彼の二面性が見えてくる。死刑囚と過去に接点のあった女性刑事が好きで、彼女の物語が特に興味深かった。
候補は最終的に3作まで絞りこまれ、さらに、『トゥルー・クライム・ストーリー』か『哀惜』かとなったが、系統が異なるゆえに大いに悩んだ。個人的には目新しさと、特殊な構成でぶ厚い文庫なのに圧倒的なリーダビリティがある作品を推し、『トゥルー・クライム・ストーリー』が受賞となった。おめでとうございます。閉じる
- 三橋曉[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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ロングリストにあった二十一編から五編に絞りこんだ予選委員各位のご苦労も相当だったと思うが、最終候補に残った顔ぶれは安易に甲乙を付け難く、今年の選考会は難航が予想された。案の定、議論を尽くした後も授賞作を決めかねる事態となった。
まず、中国発の孫沁文『厳冬之棺』は、古き良き本格ミステリの芳香に好感が持てた。背景や人物には現代的なセンスもあり、ややライトだが親しみやすい語り口や、知的だがそれが鼻につかない探偵役など口当たりも良く、気持ち良くページをめくることができた。ただ、マニアックな愉しさはあるものの、連続密室殺人は、内容的に古色蒼然たる感は否めず、家系や呪いなどの要素も、現代ミステリに持ち込むにはなんらかの工夫がほしかった。
次に、昨年のエドガー賞を受賞しているダニヤ・クカフカ『死刑執行のノート』だが、女性たちの物語から死刑囚の生涯が浮かび上がる異色作で、豊かな文学色に個性が感じられる。一方、脱獄計画が織り込まれたり、犯行の一部が伏せられるなどの工夫はあるものの、トータルでのミステリ度が低く、ジャンル小説の読者には物足りないところもあった。二人称のパートに、もっと明確な意味付けがあっても良かったとも個人的には思えた。
当初の議論では、これら二作に対する高い評価もあったが、後半の議論から外れざるをえなかったのは、残る三作のレベルが非常に高かったからだろう。
S・A・コスビー『頰に哀しみを刻め』は、前作から長足の進歩を遂げており、エンタテインメントとしての正統派の読み応えを高く買う。シチュエーション、テンポの良さ、人物造形の旨さ、会話の妙味など、いずれも素晴らしく、復讐譚の骨格を持ちながら、安易に正義を気取らない点もポイントが高い。だが、よくできたアメリカ映画を思わせるまとまりの良さには、どこか型にはまったような物足りなさもあった。その点で、後述の二作には一歩及ばなかった。
『哀惜』は、英国のベテラン作家アン・クリーヴスの新シリーズ第一作で、イングランド南部を舞台に、海岸で男の死体が見つかり、さらに学習障害のある女性たちが誘拐されるという事件が相次ぐ。社会性にも敏感で、現代社会の問題点をローカル都市の閉鎖性と対比して描く点にも長けており、社会的弱者の連帯を描き、読者に希望を与えてくれる読後感も悪くない。ただ、物語の進行に奉仕するためとしか思えない、納得のいかない主人公の行動が複数あり、気になった。シリーズの今後に期待するという意味も込め、今回の授賞は見送られた。
ジョセフ・ノックス『トゥルー・クライム・ストーリー』に栄冠が輝いたのは、所謂実録ものが世界的に増加傾向にあるという時流を反映したものでもあるかもしれない。しかし、取材記録やメール、写真やスクラップ記事などからなるドキュメント形式に徹しながら、作者自らが信頼できない語り手となり、多重解決の迷宮に足を踏み入れていく。遂にはメタ・ミステリの様相も呈する中を、目を瞠るようなヒロインの活躍がリーダビリティを加速させていく終盤のラストスパートもあり、盛り沢山であるだけではなく、再読に耐えうる面白さもあった。
混戦の場合はこの作品を推すつもりで選考会に臨み、個人的にも納得のいく結果となったが、海外からの新しい風に敏感であるべき本賞にふさわしい斬新な作品を選べたと思う。閉じる
立会理事
選考委員
予選委員
候補作
- [ 候補 ]第77回 日本推理作家協会賞 翻訳部門(試行)
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