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2024年 第77回 日本推理作家協会賞 短編部門

2024年 第77回 日本推理作家協会賞
短編部門受賞作

ベルを鳴らして

講談社『小説現代7月号』 掲載

受賞者:坂崎かおる(さかさきかおる)

受賞の言葉

 本作はそもそも、別のSF賞の公募に出していたものでした。最終選考まで残ったものの、受賞を逃した、という経緯でしたので、まさかそれが別の賞の、しかもミステリ、さらに日本推理作家協会賞になろうとは思ってもおりませんでした。望外も望外、別の世界線に迷いこんでしまったような気分です。選考委員の皆様、協会の皆様、編集部の皆様、本当にありがとうございます。
 そのような経緯もあり、特段ミステリを意識して書いた作品ではありません。ただ、私は過去の歴史を舞台にした小説を好んで書くのですが、その時代の当事者ではないため、資料をよく調べ、証言を聞き、補完をしながら、彼らのことを知ろうとします。これは確かに、探偵に近い役回りかもしれません。
 そして、現在進行形で様々な戦争・虐殺が行われている今の世界で、当事者でないわけがなかろうとも思っております。「ベルを鳴らして」で、先の戦争を扱いましたのも、そのような意識が働いております。周縁や中心の曖昧な境を意識しながら、今後もよい作品が書ければと思います。

2024年 第77回 日本推理作家協会賞
短編部門受賞作

ディオニソス計画

東京創元社『紙魚の手帖vol.14』 掲載

受賞者:宮内悠介(みやうちゆうすけ)

受賞の言葉

 このたびは「ディオニソス計画」を日本推理作家協会賞に選んでいただき、ありがとうございます。嬉しく、光栄に存じます。
 本作は謎解き型のミステリを志向しつつ、それと同時に、アフガニスタンに住むハザラ人という被差別の人々にスポットライトをあてることを意図したものです。
 今回、作中で視点人物の日本人が「十年が過ぎたら、またいらっしゃい」と言われるシーンがあります。十年後にはもっといい国になっているというのがその真意ですが、残念ながら、本作の舞台は一九六八年。十年後に待っているのは紛争です。
 この台詞は、実は二〇〇三年に私自身が現地で聞かされた一言でもありました。十年後に待っていたのは、故・中村哲医師が「大都市の一部を除けば、ほぼ完全な無政府状態」と呼ぶような状況でした。現在は、それよりも悪いかもしれません。それでもなお、願います。十年後が、彼の国の人々にとって、よりよい国になっていますように。
 このたびは本当にありがとうございました。

作家略歴
2017年『彼女がエスパーだったころ』にて第38回吉川英治文学新人賞を受賞
2017年『カブールの園』にて第30回三島由紀夫賞を受賞

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 第七十七回日本推理作家協会賞の選考は、二〇二三年一月一日より二〇二三年一二月三一日までに刊行された長編と連作短編集、および評論集などと、小説誌をはじめとする各紙誌や書籍にて書き下ろしで発表された短編小説を対象に、前年一二月よりそれぞれ予選を開始した。
 長編および連作短編集部門と短編部門では、例年どおり各出版社からの候補作推薦制度を適用。長編および連作短編集部門では、予選委員による推薦も採用した。なお、推薦枠を持たない出版社からの作品については、従来どおり予選委員の推薦によって選考の対象とした。
 また、二〇二五年度からの新設を目指す翻訳部門についても、昨年同様賞の試行をおこなった。各出版社からの候補作推薦制度と予選委員による推薦も採用した。
 長編および連作短編集部門では五九作品、短編部門では六七四作品、評論・研究部門では三二作品、試行第二回の翻訳小説部門では二一作品をリストアップし、協会が委嘱した部門別の予選委員がこれらの選考にあたり、各部門の候補作を決定した。
 本選考会は五月一三日(月)午後三時より日本出版クラブホール・会議室にて開催した。
 長編および連作短編集部門は選考委員・芦辺拓、宇佐美まこと、葉真中顕、月村了衛、喜国雅彦、立会理事・薬丸岳。短編部門と評論・研究部門は、選考委員・今野敏、柴田哲孝、湊かなえ、恒川光太郎、柚月裕子、立会理事・真保裕一。翻訳小説部門は、選考委員・阿津川辰海、斜線堂有紀、杉江松恋、三角和代、三橋曉、立会理事・西上心太。各部門ごとに選考会がおこなわれた。
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真保裕一[ 会員名簿 ]選考経過を見る
短編部門
「一七歳の目撃」は文章と特定少年のリアルさが評価されながら、一部にフェアとは言いがたい展開があると指摘された。「夏を刈る」は王道の展開や小道具の扱い方のうまさが認められたが、やや盛りこみすぎの嫌いがあり、長編で読みたいとの意見が多かった。「消えた花婿」は時代物としての評価が高かった。ただ遺体の時間経過や先が読みやすい点に疑問が出された。授賞した二作は最初の投票から高得点だった。が、反対する委員もいて、議論が進められた。すると、それぞれ強く推す委員の解説に反対者も納得されていき、二作がほぼ満票に近くなった。持ち味の違う作品であるため、二作授賞にすべきと意見が一致した。
評論・研究部門
『謎解きはどこにある』は読者を選ぶ文章と扱う作品の偏りが目立つとの意見が多かった。『舞台の上の殺人現場』を強く推す委員もいたが、演劇レビューの比重が大きく、ミステリ的な切り口がもっとあれば、と惜しまれた。授賞二作は、最初の投票からほぼ満票だった。『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション』は資料価値の高さのみでなく、親切かつユーモアある筆致が高く評価された。『江戸川乱歩年譜集成』の面白さは乱歩の文章に頼っているとの意見も出たが、その編集と丹念な収集の熱意あってこそ成立している点は見逃せず、当協会がこの作品を顕彰しないわけにはいかないとの意見が大勢を占めた。
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選評

今野敏[ 会員名簿 ]選考経過を見る
短編部門
「一七歳の目撃」天祢涼
 少年の心情を見事にすくい取っている。仕掛けとしては、「特定少年」のアイディア一発なのだが、安定した書きっぷりで最後まで興味を引かれる。ただ、短編としての構成にやや難があると感じたが、それはシリーズだからだろうか。
「夏を刈る」太田愛
 一人語りというのは、両刃の剣だが、違和感なく読めるのは筆力の賜物だろう。ミステリーとしても魅力がある。
 風鈴や写真など小道具の使い方が見事。ただ、登場人物がゲームの駒のように感じられるのが惜しい。
「消えた花婿」織守きょうや
 首がない死体というだけで、ミステリー読みは「ああ、すり替えだな」と思ってしまう。
 しかし、時代小説として読むと印象が変わる。丁寧できめ細かな文章は魅力に満ちている。登場人物もそれぞれ活き活きとしている。珠玉の時代小説短編だ。
「ベルを鳴らして」坂崎かおる
 一番判断に困った作品。そういう意味では名作だろう。ファンタジーとして評価したという選考委員もいたが、私の中ではどうしても合理的な説明がつけられず、戸惑いながら最後まで読み進んだ。
 ただ、合理性はないが、それぞれのシーンは実に叙情的で印象に残る。
「ディオニソス計画」宮内悠介
 壮大で仕掛けは緻密。完成度、読み応えともに抜群だと感じた。すべてが計算されていて読み返しても隙がない。
 アポロ11号の月面着陸映像はフェイクだという噂はかなり一般的。それを逆手に取った設定でそこにも企みを感じる。最後の「覚え書き」での仕掛けに感心した。
評論・研究部門
『舞台の上の殺人現場』麻田実
 ミステリー評論というより、演劇レビューなのだろう。舞台に対する熱い情熱を感じる。資料的価値は高い。
『江戸川乱歩年譜集成』中相作
 乱歩についての第一級の資料。特に「譜」は力作で貴重。すべて読む必要はないと思いながら、ついつい読み耽ってしまった。
『謎解きはどこにある』渡邉大輔
 力技という意味で力作。時代とミステリーの関わりを可能な限り言語化しようとした意図は評価に値する。ただ、切り口は斬新に見えて意外と新しい発見がないと感じた。
『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション』川出正樹
 膨大な翻訳ミステリ叢書の収集には恐れ入った。かつて傾倒した翻訳ミステリーの世界に浸ることができて幸福な読書体験だった。特に「河出冒険小説シリーズ」は涙がこぼれんばかりの懐かしさだった。
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柴田哲孝[ 会員名簿 ]選考経過を見る
短編部門
 短編推理小説の真髄は起承転結のキレが良く、いかに一気に読ませるかにある。
「消えた花婿」は佐吉という岡っ引きを主人公にしたシリーズの一編だが、だらだらと時間が流れていく中で都合よく謎が解決していく。しかも最初に〝首のない死体〟が出てきたところで結末が読める失敗があった。
「夏を刈る」は文章のリズムが良かった。だが、トリックを何重にも仕掛けすぎたことが災いし、最後のネタ明かしの説明がくどくなりすぎてキレが悪くなった。
「一七歳の目撃」も読みやすく、少年の心理分析がリアルで面白く読めた。だが、女性刑事が少年に嘘をついて誘導するあたりは、どうしても納得がいかなかった。
「ベルを鳴らして」は、私が最も推した作品だった。全編に登場する和文タイプライターの扱いが効果的で、主人公の心理描写も上手く、圧倒的な文章力を感じた。ただ、ストーリーの中に明確な謎が存在せず、推理小説といえるのかどうかという疑問は残った。
「ディオニソス計画」は逆に起承転結のはっきりとした、最も推理小説らしい作品だった。舞台はアフガニスタンで、アポロ計画を題材とするなど仕掛けが大きく、最初から評価を集めた。だが、私はそこにリアリティを感じられなかったのだが。
 結果、推理小説としての斬新さで「ディオニソス計画」、小説本来の完成度と文章力で「ベルを鳴らして」の二作同時授賞となった。
評論・研究部門
 最初に、候補となった四作品すべてに、これらの偉業に対し私のような一小説家が評価を下してよいものなのかどうか、素直な疑問を感じたことを付け加えておく。
『謎解きはどこにある』は、近代ミステリ論? 哲学? と解釈すればいいのだろうか。とにかく論評の対象となる作品の内容がほとんど説明されていないので、難解で読みづらかった。内容以前に、本として出版する以上、もう少し読者を選ばない書き方をするべきだったのではないか。
『舞台の上の殺人現場』は、特に古い演劇や海外の舞台に関しては知らないことばかりで、小説家として勉強になった。中でも「毒薬と老嬢」の一節や「ホームズ」の論評などは面白く読めた。一方で全体的に広く浅くの感は否めず、物足りなさが残った。
『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション』は論評の対象となる作品の説明が丁寧で、読みやすかった。「叢書」の小宇宙の中心に誘う力があり、コレクターとしての楽しみが理解できた。
 一方、『江戸川乱歩年譜集成』は歴史に埋もれた乱歩の膨大な散文、雑文、エッセイなどを発掘して編纂した大著だが、編纂者の文章はほぼ加えられていない。だが、乱歩の文章そのものが抜きんでて面白く、これだけのものを集める労力を考慮すると、授賞から外せないと思わせる作品だった。
 結果、後者二作の同時授賞に落ち着いた。
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恒川光太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
短編部門
 今回の選考もまたハイレベルな短編が揃っており、選考委員の推す小説がばらけた。私は「ベルを鳴らして」を推した。タイプライターを教える中国人の先生と、それを習う女学生の戦前、戦中の話である。静かでひたむきな文体で綴られる、時代の災禍に圧された人生が胸を打つ。ある種の超自然小説で、作中人物が予知能力者であることを浮かび上がらせるような結び方で、ミステリとして読めば超偶然、超自然は反則かもしれない。この点について議論があった(作者はそもそもミステリを書こうとしたわけではないだろう)。作品の力がジャンル評価の関門を突破した。もう一つ、票を集めたのが「ディオニソス計画」である。陰謀論界隈ではおなじみのアポロ計画(実は着陸映像は捏造だった)を題材にし、六十年代のアフガニスタンを舞台にしたこの作者ならではの新奇な推理小説で、センスの良さに唸った。「ベルを鳴らして」と票が分かれた結果、二作授賞となった。坂崎さん、宮内さんおめでとうございます。
「夏を刈る」は「ベルを鳴らして」と同時に私が推していた作品である。短編ながら分量があり、そのまま一本の映画になりえる読み応えがある。物語全体に漂う昭和の闇ともいえる陰鬱な不気味さ、後半の締めなど、さすがは手練れのストーリーテラーの一品であった。「消えた花婿」は岡っ引き捕り物帖で、首なし殺人を追ううちに、芯の強い一人の女性の怒りと決意が浮かび上がってくる。「一七歳の目撃」は、いじめの描写がリアルで素晴らしい。短編らしくキレが良いという評価があった。
評論・研究部門
『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション』を推した。戦後の翻訳ミステリを各出版社のシリーズごとに紹介するもので、紹介される書籍は一流から四流まで幅広い。どこかの書棚に並んでいるのを見たような七十年代~八十年代前後の軽薄で、昭和的いかがわしさを感じるB、C級作品群の内容紹介が興味深い。つっこみをいれながら、帯や裏表紙のあらすじを引用するライトな叢書レビューは読んでいて楽しい。
『江戸川乱歩年譜集成』は乱歩があちこちに書いた文章を年表と共に編纂したものである。交流した同時代作家とのやりとりや、大正、昭和の日本の風俗も透けて見え、特別級に面白かった。だが面白いのは乱歩の文章であり、編纂者が何かを考察、論じているわけではない。推しはしたが、こうした〈資料集〉は、本賞における研究、評論の分類になるのかという疑問もあった。膨大なテキストを収集して編纂するには多大な労力と環境が必要であり、資料として高い価値があると評価され、二作授賞となった。
『舞台の上の殺人現場』は、ミステリ演劇のレビューで私にはなじみのない舞台演劇の世界を、演劇愛に溢れた筆致で語っており、楽しく読めた。
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湊かなえ選考経過を見る
短編部門
「ディオニソス計画」○をつけました。一つの出来事でも価値観の違いで複数の解釈の仕方ができるミステリとして完成された作品だと思います。フェイク映像を作るドタバタ劇としても楽しめました。
「ベルを鳴らして」ファンタジー小説が推理作家協会賞を取ることには賛成です。しかし、ファンタジーであっても最低限の伏線は必要だと思います。心地よい夢の中にいる感覚で読んでいたのに、「あの先生、私の父だったの」といういきなりの台詞に、えっ? と目が覚め、その後、物語の中にうまく入り込むことができませんでした。しかし、不思議な魅力のある力強い作品だとは思います。タイプの違う作品の同時授賞は、ミステリの多様性、もしくは、可能性を広げるものになったのではないでしょうか。
「消えた花婿」○をつけました。トリックは早々にネタバレしやすいものですが、主人公をはじめとする女性たちの物語として、好感を持って読むことができました。
「一七歳の目撃」「特定少年」について興味を持ちながら読むことができました。「想像」を少年に促す女性刑事が、少年に嘘をついて証言をさせたのは、不誠実だと感じました。
「夏を刈る」読者を世界観に取り込む文章力の高い、重厚な作品です。しかし、短編の分量に対して謎が多く、婚約者の死、精神分裂病(原文より)、そして……、といった早すぎる展開は、物語全体の説得力を欠いてしまっているのではないかと惜しく思いました。
評論・研究部門
『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション』ハズレも込みでおもしろい、叢書・全集の魅力をこれでもかというほど教えてもらえる、一家に一冊ぜひ、とおすすめしたい楽しい本。親の集めた叢書を夢中になって読んでいた子どもの頃を思い出しました。
『江戸川乱歩年譜集成』たった数行の雑記やくだらない一問一答のアンケートまで、膨大な量の乱歩にまつわる文章を集め、年次に沿ってまとめた労力に脱帽。そして、乱歩ファンとして、乱歩のさまざまな顔を見せてもらえたことに感謝しています。
『舞台の上の殺人現場』授賞作二作にまったく欠点を挙げることはできませんが、私はこれに○をつけました。演劇が好きです。劇団四季の『オペラ座の怪人』を三〇年以上観劇し続けながら、一つの小説が長く生き残れる方法を考えていましたが、自分で答えを見つけることができずにいました。そんな中、筆者の半世紀以上に渡る観劇の体験を、ミステリに重点をおいて考察したこの本を読み、ヒントをたくさん与えてもらうことができました。書いてくださり本当にありがとうございます。選考委員として力は及びませんでしたが、最大の感謝の気持ちを込めて!
『謎解きはどこにある』帯に書かれた興味深い問いの答えを、本文中に見つけることができませんでした。初出がいくつかの決まった文芸誌だったこともあり、作家や作品の取り上げ方に偏りがある点も気になりました。
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柚月裕子[ 会員名簿 ]選考経過を見る
短編部門
 毎年、想像はしているが、候補になった作品はやはりみな面白く、今回もどれを推すか大いに悩んだ。どの作品もそれぞれの魅力があり一気に読んだ。読書を楽しみながら、自分自身が勉強になるいい時間をいただいた。ありがとうございます。
 天祢涼さんの「一七歳の目撃」は、多感な少年の心が繊細な筆致で紡がれ、なおかつ主人公の不器用ながらも必死に自分なりの正義を貫こうとする姿がまぶしかった。その一方で、女性の刑事が主人公の証言を引き出す方法が受け入れられなかった。どこまでもフェアに書こうとしている作者の意図は伝わってきたが、その部分が最後までひっかかってしまった。
 太田愛さんの「夏を刈る」は、自分が好きな世界観でわくわくして読んだ。発見された骨は誰のものか、といったストレートな謎をどのように追っていくのか夢中になって読み、終盤に繰り返されるどんでん返しはとても面白かった。しかし、途中、謎を解くためだけに作られたエピソードが散見され、そこがストーリーを作った感じを強くしてしまったように思う。事件の成功を、人の心に委ねた部分が多すぎたかもしれない。なおかつ面白いエピソードが満載にもかかわらず、書き込みが足りず後半が駆け足になってしまったように思う。
 織守きょうやさんの「消えた花婿」は、冒頭の「首無し死体」から概ねのストーリーが見えてしまった。あとは、それをどのような形で結ぶのかを楽しみにしていたが、そのまま素直に進んでしまい、少々物足りなさを感じてしまった。もうひとつ、医者を目指す人間はどのような事情があっても命を大切にする立場でいてほしい、その思いも推しきれなかった理由だ。
 坂崎かおるさんの「ベルを鳴らして」は、一番推した作品だった。タイプライターの描写、登場人物たちの心の動き、ストーリーの運び方すべてがすばらしかった。少々、ファンタジーの要素が強すぎるようにも感じたが、それを補って余りある―いや、それが逆に作品の深みとして感じられて、読み終わったあとはしばらく余韻に浸っていた。受賞おめでとうございます。
 宮内悠介さんの「ディオニソス計画」は、史実や海外の事に詳しくない自分にとっては、苦手な舞台設定だった。しかし、そのような者でも歴史的な背景や国の事情がすんなりと入ってきて、最後まで面白く読んだ。文章のうまさにも唸った。過不足のない巧みな文章とはこのような事を言うのだろう、というお手本のようなものだった。それぞれの国、宗教、個人の事情が丁寧に描かれていて、これぞ推理小説、というような作品だった。受賞おめでとうございます。
評論・研究部門
 どの書籍も著者の熱量が込められていて、圧倒されながら読んだ。『舞台の上の殺人現場 「ミステリ×演劇」を見る』『謎解きはどこにある 現代日本ミステリの思想』ともに著者の膨大な知識を感じさせるもので、思わず唸ってしまった。そのなかで授賞の二作は、私のように知識に乏しいものでも、本の面白さがよく伝わってくるものだった。
『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』は、叢書の歴史がよくわかり、当時の帯まで載っていて、すぐにでも取り寄せて読みたい本がたくさんあるものだった。面白さ、資料的価値ともに一級品でとても勉強になった。受賞おめでとうございます。
『江戸川乱歩年譜集成』はこの本を読まなければきっと知らずにいたであろう乱歩の足跡や、乱歩が書いた言葉がたくさん載っていて、この本に出合えてよかった、と心から思う一冊であり、改めて乱歩の魅力を感じる本だった。受賞おめでとうございます。
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立会理事

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第77回 日本推理作家協会賞 短編部門 別冊文藝春秋3月号 掲載
『一七歳の目撃』 天祢涼
[ 候補 ]第77回 日本推理作家協会賞 短編部門 光文社『Jミステリー2023 FALL』 掲載
『夏を刈る』 太田愛
[ 候補 ]第77回 日本推理作家協会賞 短編部門 オール讀物7月号 掲載
『消えた花婿』 織守きょうや