2023年 第69回 江戸川乱歩賞
2023年 第69回 江戸川乱歩賞
受賞作
蒼天の鳥(「蒼天の鳥たち」を改題)
受賞者:三上幸四郎
受賞の言葉
真正面を向く主人公が好きです。
時には顔をそむけたり落ちこんだり、泣いたりわめいたり、見苦しく逃げ出したりするかもしれません。それでも最後は立ち上がり、両目をしっかりと見ひらき、たとえ負けようと堂々と前を向き、困難にぶつかっていく。
そんな〝生きぬこうとする姿勢〟を見せてくれる主人公が大好きです。
この物語の主人公・田中古代子は百年前に鳥取に実在した女流作家です。ほんの一瞬だけ、吉屋信子や尾崎翠に肩を並べ、あっけなく消えていきました。今回は、その人生に触発された自分の想いを物語に託し、クライマックスでは娘や友人に助けられながらも前を向く女性の姿を描きました。
果たして、それがどこまで伝わっているかはわかりません。それでも私は、これからもただひたすらに、そんな主人公たちの物語を紡いでいきたいと思っています。
すべての関係者の皆様、選考委員の皆様、最終選考会の諸先生方、また、いつも叱咤激励してくださる知り合いの方々に深く感謝いたします。本当にありがとうございました。
この物語が、自分が生まれ育った鳥取という地を少しでも知っていただける機会になれば、うれしく思います。
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
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本年度江戸川乱歩賞は、一月末の締切りまでに応募総数三九〇編が集まり、予選委員(香山二三郎、川出正樹、末國善己、千街晶之、廣澤吉泰、三橋曉、村上貴史の七氏)による選考が去る四月十三日行われ、最終的に下の候補作四編が選出された。
「ホルスの左眼」 竹鶴銀
「籠城オンエア」 日野瑛太郎
「蒼天の鳥たち」 三上幸四郎
「おしこもり」 八木十五
この四編を五月二十四日十五時より選考委員の綾辻行人、京極夏彦、柴田よしき、貫井徳郎、横関大の五氏により協議。結果、三上幸四郎氏の「蒼天の鳥」を本年度の受賞作と決定した。閉じる
選評
- 綾辻行人[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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三上幸四郎『蒼天の鳥たち』に最も強い〝小説の力〟を感じた。同時に「探偵小説」としての、良い意味で王道的な面白さも堪能できた。過去数回の受賞作のいずれとも異なる味わいの、称讃されるべき力作だと思う。
大正十三年の鳥取を舞台に、実在した女流作家・田中古代子(当時二十七歳)を主人公に、この物語は進行する。映画『探偵奇譚 ジゴマ』の上映中に勃発する火災と正体不明の怪人「ジゴマ」による殺人、という外連味たっぷりの開幕。古代子の身辺で続発する、さらなる怪事件。古代子自身とその七歳の娘・千鳥が「探偵」となり、謎に挑む。─そんな「探偵小説」の筋立てと並行して、あるいは密接に絡み合いながら、「新しい女性」として時代を生きようとする作家・古代子の心情・思考・行動が丁寧に描かれる。このバランスが実に良い。
百年前のこの国の、山陰地方の町や村の風景、風俗、文化、人々の生活や価値観、社会運動のありよう……それらが、百年後の現代に身を置く僕などの目にはいっそ新鮮に映ったり、どうかすると眩しく映ったりもする。「結び」で語られる古代子たちの「その後」の現実も含めて、切々と胸に迫るものがあった。
作者の三上氏は脚本家として長く活躍してきた人で、当然そこで培われた技術が物語作りに大きく貢献しているに違いない。それでいて、この作品には「小説を書く」という揺るぎない意志が見て取れる。「小説的に優れた文章・表現」が随所に光っていて、氏の〝本気〟が窺われる。
今後の、小説家としてのご活躍を大いに期待したい。
日野瑛太郎『籠城オンエア』。日野氏の作品は前々回と前回も最終候補に上がってきていて、どちらも決して悪い出来ではなかった。『籠城オンエア』もなかなか大胆な仕掛けを盛り込んだ快作で、充分に楽しく読むことができたのである。しかしながら今回は、『蒼天の鳥たち』があっただけにどうしても、〝小説の力〟において見劣りしてしまった。
八木十五『おしこもり』。「現代」を構成する新しいツールやアイテムをふんだんに動員しつつの、「とにかく読者を騙してやろう」というスタンスは決して嫌いではない。だが本作については、この書き方はアンフェアだろう、という部分を指摘せざるをえない。「感心できない叙述トリック」とでも云おうか。結果として、『蒼天の鳥たち』の〝王道性〟の良さが際立つことにもなった。
竹鶴銀『ホルスの左眼』。狙いは分からないでもないが、それを達成するための小説作法上の技術に難あり、だろう。多くの事件・多くの登場人物についての「説明」だけで作者が手いっぱいになってしまった感があり、そのため肝心の物語になかなか乗れない。長編を面白く読ませるための、書き方のメリハリについて一考してほしい。閉じる
- 京極夏彦[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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例えば「ミステリーとしては優れているが小説としては未熟である」という評価はよく耳にするところである。これは直せるだろう。文章なり表現なりプロットなりをブラッシュアップすることは可能だし、それによってミステリーとしての核が変質してしまったりすることがないのであれば、どれだけ改稿しても作品の同一性は保たれる。しかし「小説としては抜群に面白いがミステリーとしては凡庸」という場合はどうだろう。いわゆるトリックに相当する部分が破綻しているだけであれば、修正できるケースもあるだろう。だが、瑕疵はないが「ミステリーとしては弱い」と評価される作品の場合、それは「そういう作品」として完成しているのである。本来、ミステリーと小説は不可分であり、乖離してあるものではない。ミステリー「そのもの」が小説を構成する形が望ましいと考える。
「ホルスの左眼」は、ミステリーたらんとする強い意志こそ感じられるが、過剰に折り畳まれた事件とエピソードが総体としての小説を破綻させてしまっているように思う。細部の描写は丁寧だし、部分としては面白く読めるのだが、キメラのように嵌め込まれた複数の事件を包括するだけの大きな舞台が用意されていないため、最後まで焦点が定まらない。汲み取れるテーマ性も一貫していない。結果的に、表題と作品の間にまで離隔が生じてしまっている。整理が必要だろう。
「おしこもり」は愉しく読んだ。引きこもりを始めとする時事問題をモチーフとして選んでいるが、地に足のついた書き振りで付け焼き刃の感はない。過酷な現実に対する軽妙な筆致も、バランスが良く好ましいと思う。ミステリーとして読み解いた場合、厳密にはフェアな構成とはいえない個所があるのだが、トリッキーな小説としては良く出来ている。何より、この小説はこの形でないと成立しない。ミステリーという枠に閉じ込めない形のプレゼンテーションを考えた方が良いタイプの小説なのではないだろうか。
「籠城オンエア」も今日的な題材を縦横無尽に使いこなした快作である。可読性も高く伏線回収も巧みで、用意周到な書き振りだと思う。先端の文化や技術を自家薬籠中のものとしていなければ構築できない作品であることは間違いない。商業出版されていてもおかしくはない。ただ、作中で〝できること〟と〝しなければならないこと〟は違う。もっとローリスクで簡単な解決法はあるだろうし、狂言という結末も含めるなら興醒めともなりかねない。一考の余地はあるだろう。
受賞作となった「蒼天の鳥たち」は過去の地方を舞台に実在の人物を中心に配する。大きな仕掛けこそないのだが、外連味は大いにあり、謎も解決も舞台に見合ったスケールで無理はない。タイトルを考慮するに登場人物の生き様にフォーカスした小説という性格が附与されていると思われるのだが、そのテーマもミステリーとしての仕掛けと有機的に結び付いている。そのあたりに、作品を小説たらしめんという研鑽が強く感じられる。甲論乙駁はあったものの、「蒼天の鳥たち」が頭一つ抜けた。受賞を喜びたい。閉じる
- 柴田よしき[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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今回の選考会は、自分のミステリ観を問い直す機会ともなり、刺激的だった。
受賞作『蒼天の鳥たち』に大変惹きつけられ、面白く読んだ。冒頭の鳥取駅の描写から始まって、情景が映像的に次々と目の前に浮かび、登場する女性たちの服装などにもワクワクさせられた。実在した人物たちをうまくフィクションに溶かしこみ、時代性を存分に描いて鮮やかな作品世界を作りあげている。活動写真と弁士をああした形で探偵小説の様式美に合致させるなど、アイデアも楽しい。本文の後の後日譚で、小説としても充実し、読後に切ない思いを抱かせるのも巧みだと思った。何よりこの作品は、作者が描きたかったものが明確で、文章に作者の思いを表す力があり、新人賞の応募作でありながら、作者が魂を込めていると伝わるものがあった。選考会で指摘のあったミステリとしての骨格の細さは確かに弱点ではあるが、この作品はこれでいいのではないかと、個人的には思っている。江戸川乱歩賞には何よりまずミステリ小説として優れていることが必須という意見は正しいと思うが、同時に、ミステリ小説の門口をどこまで広げて考えるかも大切な論点ではないだろうか。
『おしこもり』は好きな作品だが、ミステリ小説と考えるとこれはさすがに弱すぎた。叙述トリック部分は読者に手がかりがなさ過ぎてミステリとして不完全。ただ雰囲気は温かくて、嫌いになれない。そうした作品の性格はこの作者の強みだ。昨年の候補作も同じように温かくキュートな作品だった。この路線を極めれば、人気作家になれる人だと思う。
『籠城オンエア』は受賞まであとひと息だった。構成の問題として、冒頭にあの場面を置いたことでかえって読者がトリックに気づきやすくなってしまったのではないか。Vチューバーをどう利用するかのアイデアは面白いと思ったが、ネットでのアンケートで処刑を決めるという展開はテレビドラマなどで使われていて既視感がある。さらに受賞に推せなかった一番の理由は、そこまで大掛かりな仕掛けをしなくても目的は達せられたのではないか、という点だ。これだけの罠に嵌めないとならなかった状況をもっと練って作りこんであればと残念である。しかし昨年の候補作も非常に面白く受賞まであと一歩だったので、毎年安定して水準の高い小説を書く力をお持ちなのは間違いない。
『ホルスの左眼』は部分的にはとても面白く読んだのだが、全体としてあまりにも詰め込み過ぎ、しかも詰め込んだそれぞれの細部がおざなりで印象が薄く、結果、何を読まされたのか判然としないという妙な読後感になっていた。殺人が多過ぎ、登場人物の過去が一様に悲惨で、それらの過剰さに飽きが来てしまう。なのに肝心の真犯人については何も描かれず終わっているので、ミッシングリンクが見つかっても読者にカタルシスはない。ホルスの左眼にまつわる物語もそれ自体は濃厚で興味深いのだが、この作品に充分に活かされてはいない。とにかく、小説の要素を整理し、最も効果的に配置する工夫が必要だと思う。閉じる
- 貫井徳郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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正直に言いますと、受賞作と決まった『蒼天の鳥たち』をぼくはまったく楽しめませんでした。ですが、読み進むのがあまりに辛いため、これはぼくの側に問題があるのではと思い始めました。果たして、選考会ではぼく以外の選考委員全員が高評価をつけました。ぼくはこの作品に選ばれなかったようです。ぼくのような読者が他にひとりもいないことを、強く願います。
『籠城オンエア』の作者は、これで三年連続の最終候補です。ぼくはおととし、この方の作品を読みました。そのとき、実は狂言という真相は白けると選評で書きました。それなのに、今回もまた狂言でがっかりしました。発想の幅が狭いのではないかと危惧してしまいます。連続で最終候補になると不利になる場合もあると、知っておいた方がいいでしょう。
『おしこもり』はミステリー味が薄く、そのために推せませんでした。ですが、読んでいて楽しい作品ではありました。乱歩賞ではなく、非ミステリー系の新人賞に応募すればよかったのにと思います。カテゴリーエラーがもったいなかったです。
『ホルスの左眼』は、刑事が主人公なのにまったく捜査をしないという、世にも珍しい小説でした。本来ミステリーとは、謎を解く手がかりを主人公が手にし、それを手繰っていくことでまた新たな謎や展開が発生し、物語が進んでいくものです。それなのに捜査をしないから、エピソードひとつひとつに繋がりがなく、点でしかないため、非常に読みにくいです。作者も書くことがなくて困ったのか、捜査本部が立っているのに主人公は他の事件に首を突っ込んだり、バーに飲みに行ったりします。読書量が足りない人なのかなと思いました。もっとたくさん小説を読めば、書き方が自然とわかるでしょう。閉じる
- 横関大[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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この度、選考委員という大役を務めさせていただくことになった。現在の選考委員中、唯一の乱歩賞作家であり、四度も最終候補に残ったという、ありがたくもない実績がある。応募者へのアドバイス等も含め、賞の発展に助力したい。
非常に悩ましい選考会だったように思う。選考が膠着状態に陥った場合、最終的に勝負を分けるのは突破する力、筆者の志のようなものではないか。そんなことを痛感させられた次第である。
『ホルスの左眼』は刑事と異能者によるバディ物。キャラ同士のやりとりにも風情があり、ダークな感じの世界観は嫌いではない。しかし次から次へと説明されるト書きの事件の数々に、少々食傷気味になってしまった。ほかにも偶然の多用も気になった。作者の都合に合わせ、事件や関係者が品川署近辺に配置されているように感じられた。事件の数ではなく、質で勝負した方がよいのではないかと感じた。
『籠城オンエア』は技術的には非常に高いものがあった。安定感さえ漂っていた。その分、物語が小さくまとまってしまったのは残念だった。なぜ実行犯があそこまで派手な計画を遂行しなければならなかったのか、その必然性も弱かった。この作者には力があるというのが選考委員全員の共通した意見であり、私もその通りだと思う。手を替え品を替え、チャレンジするしか道はない。
『おしこもり』は四作品のうち、私がもっとも楽しく読んだ作品だ。引きこもり同士がお互い入れ替わる。先の読めない展開にワクワクした。三つの視点が終盤に向けて重なっていく様も楽しく読めたが、期待した分、説明不足や表記の乱れが気になり、強く推すことができなかった。ただし、よくわからないけど読ませてしまうという不思議な魅力のある作品であるのは事実だった。読者への配慮を忘れずに書くことも大事であると作者にはアドバイスを送りたい。
『蒼天の鳥たち』は大正時代に実在した女流作家を主人公に据えた作品だ。女性たちの姿が活き活きと描かれているし、クライマックスの活動写真上映における女性弁士の口上は秀逸だった。ミステリーとしての弱さを指摘する声が選考委員から出たが、私もそこには同意できる部分があった。ほかの三作に比べ、本作が秀でていたのは、作者の熱い志だったように思えた。私はどうしてもこの主人公を、この時代を、この地を舞台にした作品を描きたい。そういう熱意が作品から感じとれた。受賞を心よりお祝いしたい。
今回選考委員を務めて感じたのは、ミステリーとしての弱さだった。どの候補作もメインとなる謎に物語を引っ張る力が弱いように感じられた。今後はさらに魅力的なミステリーに出会えることを期待したい。閉じる
立会理事
選考委員
予選委員
候補作
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- 『ホルスの左眼』 竹鶴銀
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- 『籠城オンエア』 日野瑛太郎
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