1968年 第14回 江戸川乱歩賞
1968年 第14回 江戸川乱歩賞
該当作品無し
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選評
- 荒正人選考経過を見る
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新しい作品に期待
選者の手許に廻ってきたのは、五篇であったが、全体の印象をいうと、出来栄えはよくなかった。私は、緒方晶彦「火山旅」と和久一「有罪と無罪の間」に少しの差をつけたが、いずれも入選作には推薦しがたかった。長篇をかくのは苦労だと思うが、探偵小説家として一人前になろうという野心を抱くほどの新人ならば、五百枚位はないと、自分の才能を証明することはできぬと思う。別に、本格だけを望んでいるわけではないのだから、いわゆる変格ものでもよいから、新しい作品を期待したい。選者たちも、自分の文学観とは別に、良いものはよいと認めるだけの心の寛さをもっているつもりである。
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- 木々高太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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欲しかった当選作
今度は海外出張で六月二十一日迄留守をしたので、二十三日より全部一緒に候補作品をよんで二十八日の審査会に出た。そして、あと用事があったので、中途で帰ることになったのだが、予想では一時間ばかりできまると思っていたのが、コジレた。
僕は意見だけをのべてあとは皆さんにまかせて帰ったが、あとで聞くと、当選作なしという決定であったという。多数決できめたことであるから、僕はその決定に別に不服はないが、実は、僕は当選作をきめて出したいという意見の一人であった。
とういのは、緒方晶彦「火山旅」がずばぬけてよいと考え、たとえ他の年度の当選作と比較して少しは劣っているとしても、その年度はその年度で、当選作を出す可きだという考えを持っているからである。
では、なぜ「火山旅」をおしたかというと、後半に被害者の弟が執念をもって法律を学び、法律の穴をねらって最後の勝利を収めるところがよい。思うに作者もそこが書きたいので、前半は無理が出来たと思う。
志保田泰子「日本女性史」にも惹かれたが、地味すぎる。川奈完「奴隷船」は時代は面白いが構成がまずい。和久一「有罪と無罪の間」はあいまいな癌論争で分がおちたし、無理も多いが、面白くよませる。草野唯雄「転石止まるを知らず」は推理作家を主人公にしたのが、むしろ失敗であった。
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- 角田喜久雄[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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選評
「火山旅」五篇の候補作品中では一番すぐれていた。一種変った面白さのある作品だったが、肝腎な発端の構成に大きな無理があり、尚その上に自動車事故という偶然を重ねて、そこからテーマを発展させている点、どうしても推薦に踏み切るわけにはいかなかった。
「有罪と無罪の間」「火山旅」と競いあう力作ではあったが、これもまた事件の土台になる発端の部分に、大きな不合理を二つも重ねるというミスを犯していた。しかし、この作者は力量ある人だと思う。次作に期待したい。
「日本女性史」女性らしい柔らかいタッチは好感のもてるものだったが、推理小説的構成がやや平坦にすぎた。それが悪いというわけではないが、こういうテーマを生かすためには、もっと人物の陰影を鮮明に書いてもらいたかった。
「転石止まるを知らず」草野氏らしい小味な狙いは結構だったが、幾個所かひっかかる所があって、興をそいだ。草野氏としては練り不足な作品だったと思う。
「奴隷船」明治の奴隷売買事件をとりあげた着想は面白かったが、無理に面白くしようとして却って混乱させてしまったようだ。
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- 中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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兄たり難く
予選の段階では、それぞれ注目すべき持味があって、候補作に挙げられたものだが、さて五篇のうちどれを授賞として推すかという段になると、兄たり難く弟たり難い情勢であった。
優秀作をきめかねるというより、特色と同時に大きな目障りがあって、授賞をためらったのである。
志保田氏の「日本女性史」は、卑小な風俗史家の後継者争いに登場する人物が、かなり描けていたが、事件の設定に無理がある。
川奈氏の「奴隷船」は、明治初年の外国船奴隷救出裁判に着目した点を評価するにしても、あとは通俗時代劇調で折角の着想を自分でぶち壊してしまった。
草野氏の「転石止まるを知らず」は、無難だが、それだけストレートで、斬新さに乏しかったのは惜しい。
緒方氏の「火山旅」、和久氏の「有罪と無罪の間」が入賞を争った。双方法廷審理に特色があり重厚なものだが、事件の前提に誤りを犯している。作品に迫力もあり、場面のおもしろさもあるのだが、偶然性に依存しようとする態度があって、「考え抜かれた推理小説」といえないことが決定であった。
授賞作の出なかったのは七年ぶりだが、なんといってもさびしい。斬新で、しかも隙のない作品の出現を次年度は期待したい。
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- 長沼弘毅[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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候補作選評
「転石止まるを知らず」草野唯雄
文章は平明だが、平凡、内容のバランスに気を使いすぎてヤマがない。ことに弟の死のところで、代作問題がわれてしまっている。この作家は、ときに、八方やぶれのものを書いてみたらどうか。
「日本女性史」志保田泰子
問題を雑然と投げ込んだだけで、交通整理ができていない。わけがわからない。
「奴隷船」川奈完
登場人物多すぎる。制度の説明もくどい。税関の役割を忘れておりはしないか。
「有罪と無罪の間」和久一
よく考えてある。難をいえば、題名不可。もう少し軽い筆致で、テンポを早めて書いたほうが、一層効果的ではなかったか。
「火山旅」緒方晶彦
一、大した意味のない人物を登場させるのは感心しない。二、もう少しジグザグ行進をやめて、まっすぐに進んだほうがよいとおもわれる個所あり。三、新二郎の陳述は、バランス上、長すぎる。
四、誤字多し。
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