一般社団法人日本推理作家協会

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2006年 第52回 江戸川乱歩賞

2006年 第52回 江戸川乱歩賞
受賞作

とうきょうだもい

東京ダモイ

受賞者:鏑木蓮(かぶらぎれん)

受賞の言葉

 受賞の知らせを受けた時、気が動転してその後何を話したのか定かではありません。徐々に時間が経ち心が落ち着くにつれて、伝統の重みと責任の大きさに戦き、プレッシャーも感じています。
 小説家への夢を抱いたのは江戸川乱歩の随筆『探偵小説』の「一人の芭蕉の問題」という一編に感銘を受けたからです。貴族歌人嘲笑のもとにあった俗談平話の俳諧を、悲壮なる気魂と全身全霊をかけての苦闘によってついに最高至上の芸術、哲学とした松尾芭蕉。大乱歩はその先例にならい、探偵小説を芸術にまで高めることは、その芭蕉の道にほかならないとして「ああ探偵小説の芭蕉たるものは誰ぞ」と呼びかけました。
 力不足を顧みない無謀な挑戦かもしれません。けれどもせっかく頂いたチャンスと舞台です。苦闘して悶絶しながら、芭蕉の道を目指したい。人工の謎を推理によって解き明かす面白さを損なわず、人生の謎にも光を当てられる娯楽作品を書いていきたいと考えています。
 最後になりましたが、選んでくださった選考委員の方々に心より感謝いたします。ほんとうにありがとうございました。
 ただ時化の海原へ出航していく前に、長年私を支えてくれた妻と美酒に酔いたいと思います。暫しの間。

2006年 第52回 江戸川乱歩賞
受賞作

さんねんざか ひのゆめ

三年坂 火の夢

受賞者:早瀬乱(はやせらん)

受賞の言葉

 二十年近く個人事業主をしていた私は、さまざまな経緯で借財を抱え、仕事に対する燃え尽き感や健康問題を背負っていました。小説を書くことでその解決作業を始めたのは三年前の五月です。仕事がら速く書けましたので、一ヵ月に一作、長編か短編を応募しようと決めました。早速その月に一作(未完成のまま送付、落選)、六月に一作(二日で書いた短編、落選)。その後、八月に書いた長編が別の賞の最終候補となり、文庫本になります。でも残念ながら問題解決には至らず、半年に一作のペースで応募を続けます。結果、二賞にまたがって四度連続で最終候補に残り、今回の正賞受賞に至ったわけです。
 落選を続ける方、最終候補で終わる方もおられます。受賞のことは、審査員の先生方へ感謝の念を述べるにとどめましょう。今改めて感じるのは、よくもまあ最終候補に残り続けたものだということです。応募が三百篇もあれば、それぞれ立派な完成作品でも、最終候補の前に二百九十五篇は落選する世界です。そこを四度連続で通過した……。
 私の個人事情が知られているわけではないでしょう。でも、自作の質以外に何かあったような気がしてなりません。下読みの皆さんの、御好意に満ちた後押しの力。「こいつ、何か必死だな」とか、「作品はともかく、おもしろそうな奴だ」などの気持ち。そういう機縁とか機運といったものに恵まれた……。何よりもそのことに深く感謝致します。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 本年度乱歩賞は、一月末日の締切りまでに応募総数三二三編が集まり、予選委員(佳多山大地、末國善己、西上心太、細谷正充、三橋暁、村上貴史、吉田伸子の七氏)により最終的に下記の候補作五編が選出された。
 <候補作>
オクタゴンの密室   井川 衆行
東京ダモイ      鏑木  蓮
メッセージ      松浦 茂史
三年坂 火の夢    早瀬  乱
ライダーズ・ハイ   横関  大

 この五編を五月十六日(火)午後三時より、第一ホテル東京において、選考委員の綾辻行人、井上夢人、大沢在昌、真保裕一、乃南アサの五氏(五十音順)の出席のもとに、慎重なる審議の結果、鏑木蓮氏「東京ダモイ」と早瀬乱氏「三年坂 火の夢」を本年度の江戸川乱歩賞と決定した。授賞式は九月十五日(金)午後六時より帝国ホテルにて行われる。
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選評

綾辻行人[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 『三年坂 火の夢』が大変に面白かった。作者の早瀬乱氏は昨年も『通過人の31』で最終候補に残っていて、僕はこれをかなり興奮して読んだのだが、残念ながら小説としての完成度その他に問題が多かったため、強くは推しきれなかった経緯がある。その早瀬氏の、前回とはまたタイプの違う試み。明治初期の東京を主な舞台に描かれる物語は、既存のミステリの定式には安易に嵌まらない作りで、なかなか展開を先読みさせない。世界を俯瞰する"作者の視点"が随所に入る語り口も、僕は好感をもって読んだ。兄の不審死をきっかけに単身上京、一高受験に挑む若者の青春小説としても楽しめるし、彼が「いくつもある三年坂」を探して町を歩きまわるくだりも、たいそう興味深く読ませる。冒頭に置かれた謎の俥夫と人魂のエピソードには怪奇小説的な華があるし、鍍金先生の颯爽たる活躍には古き良き探偵小説の香りも漂う。結果として、「これまであまり読んだことのない種類の推理小説を読ませてもらった」という充足感と余韻に浸れた。好みは分かるかもしれないが、こういった異色作が乱歩賞作品となるのも悪くないはずである。大いに喜びたい。
 同時受賞となった鏑木蓮氏の『東京ダモイ』は、戦後のシベリア抑留兵の実態を描きつつ、強制収容所内で発生した不可解な殺人の謎を六十年後の現代から解き明かそうという、なかなかに壮大な構想。現代の事件の展開やその捜査・解明に緊迫感・意外性が乏しいことなど、気になる点は多々あるものの、この心意気や良し、と評価して差し支えのない作品だろう。
 候補作中、最も平均点の高かったのは横関大氏の『ライダーズ・ハイ』である。小説の書きっぷりだけを取り出せば、もうプロでも通用する人だと思うのだけれど、この安易なストーリーはいただけない。ハードボイルドとして見ても、一発一発のパンチがどうも軽すぎる憾みがある。冒頭から読み手を引き込む「勢い」を最も感じたのは松浦茂史氏の『メッセージ』だが、筆力の不足ゆえか、プロットの面白さを充分に生かしきれていない。井川衆行氏の『オクタゴンの密室』については、とにかくまず核心となるトリックがあまりに使い古されたもので、ヴァリエーションとしての工夫も足りないのが問題だと思う。
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井上夢人[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 一長一短のある三作が鎬を削る選考会となった。『東京ダモイ』『三年坂 火の夢』『ライダーズ・ハイ』の三作だ。いずれも捨て難い力作だが、同時にいずれも強く推すことはできなかった。二作授賞となったのは、競り勝った結果というよりも、絞り込めなかったという意味合いが大きい。
 『東京ダモイ』は、六十年前の過去を掘り起こすための装置を「句集の自費出版」に設定したことが成功している。落ち着いた筆致で丁寧に書かれた物語は、読んでいてとても好感が持てた。ただ、作中のトリックにかなりの無理が感じられ説得力に欠けていたことや、六十年の恩讐が今ひとつ表現し切れていなかったことがマイナス点を生んでしまった。
 『三年坂 火の夢』は、明治時代の東京を坂の都市として描き、夢幻味の漂う魅力的な世界を構築している。都市の生成を地勢から辿るという視点は興味深く、作者の独創に惹かれた。しかし、この作品の面白さは、あまりに題材自体のものでありすぎた。小説が生み出す面白さではないのだ。せっかくの魅力的な『三年坂』というキーワードや、大火の度に目撃される人力車が生かし切れていなかった。
 『ライダーズ・ハイ』は、三作の中で最も達者な文章と、こなれたストーリーの展開を持っていた。私は途中まで、これで今年の乱歩賞は決まりだと思っていたのだ。バイク便のライダーという主人公の設定も上手く嵌っていたし、謎の転がし方や人物たちの描き方も楽しく読んだ。ところが、小説が三分の二を過ぎたあたりで突然失速する。事件設定の甘さがボロボロと露呈し、脱力状態の中で読み終えることになってしまった。ただ、この作者には実力がある。諦めることなく、再度挑戦していただきたいと思う。
 残る『オクタゴンの密室』と『メッセージ』の作者は、お二人とも、もう一度、小説を基本から勉強していただきたい。
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大沢在昌[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 七年ぶりに乱歩賞の選考に加わらせていただくことになった。新人のつもりで、気合を入れて候補作にのぞんだが、正直、印象としては物足りないものを感じた。以下、各作に触れる。
『オクタゴンの密室』
 登場人物の事実認識に矛盾が多い。数ページ前に「知っていた」ことが、「知らなかった」となってみたり、明らかに作者の勘ちがいと思われる記述のミスが見られる。脆弱な土台では大嘘のミステリを支えることはできない。
『メッセージ』
 自殺願望者版ハンニバル・レクターといった趣きのある主人公の設定はおもしろいが、そこにリアリティをもたせる努力が足りていない。登場する捜査一課の刑事やプロファイラーがそろって有能に見えないのも損をした。
 それらしく見える描写、というものを、作者は、小説や映画などで学んでほしい。
『ライダーズ・ハイ』
 この人の文章には味があり、会話のキレもいい。書ける人だ、と思った。だがかんじんの事件構造があまりに単純で、敵役が「巨悪」に見えないところが最大の欠点である。現代を舞台にこうしたミステリを書くのなら、社会や企業のありようを踏まえて、そこから犯人像を作りだす必要がある。主人公とその周辺が生き生きとしていただけに、犯人の貧弱さが目立ってしまった。
『三年坂 火の夢』
 奇妙だが、魅力的な"謎"をもつ作品だった。明治を舞台にしていて、登場人物の描写にも無理がない。ただアイデアを詰めこみすぎた感があり、それが物語の全体像をつかみにくくしたうらみがある。だが、この作者でなければ書きえない物語ではないか、と思う。今後もきっとそんな作品を生みだせる人だと考え、授賞に賛成した。
『東京ダモイ』
 もうひとつの受賞作であるこの作品は、なんといっても、シベリアの俘虜収容所のシーンが秀逸だった。そこで詠まれた俳句から、殺人の凶器と犯人を推理する部分もおもしろい。そのリアリティは、私には許容範囲ぎりぎりだったが、現代部分の女性編集者の描写にも深みがあり、一番に推した。
 お二方とも、受賞を機にさらなる飛躍を期待できる新人だ。
 おめでとうございます。
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真保裕一[ 会員名簿 ]選考経過を見る
『オクタゴンの密室』無人島での定番とも言える連続殺人に挑みたかったのは理解できても、最初の爆破事件で大方の読者には真犯人の見当がついてしまう。多くの登場人物を描ききる造形力も不足し、大人を感じさせる人物が一人も出てこないのは致命的だった。動機もいただけない。もう一度腰を据え直して、物語造りに向かっていただきたい。
『メッセージ』次の展開がどうなっていくのか。という点においては読ませる力があった。だが、失敗をくり返す自殺願望がカリスマになるとは思えないし、舌を噛むという自殺方法が抜け落ちているのには疑問を感じた。プロファイリングにも驚きがないため、それを語る人物が小物に見えてしまう。隔離された人物の意見を捜査に生かすという設定自体が、もはや手垢がつきすぎているためだろう。似た設定を使いたいのなら、独自の人物像をもっと磨いていただきたい。
『ライダーズ・ハイ』文章には安定感があり、バイク便仲間の造形もいい。が、肝心の事件にリアリティがなさすぎた。大手企業が社名に傷をつけるような商品テストを実行するとは思えず、アイドル登場に対決場面も強引で下手なマンガになってしまった。書ける人であるのは間違いない。次作に期待したい。
『東京ダモイ』シベリア抑留を回想する原稿を挟んだ物語造りと、その誠実な筆致には好感が持てた。自費出版の裏話と女性上司の人物造形に作者の力量がうかがえた。ただ、刑事と主人公たちが二手に分かれて謎を解く手続きには、もたつき感と歯切れの悪さが残った。この点は今後の課題だろう。
『三年坂 火の夢』個人的には、昨年の候補作と同じ弱点が感じられた。題材は興味深く、導入部もいい。その後なかなか本筋を見せないのは作者の狙いでもあったろうが、もう少し読者へのもてなしに力をそそいでいただきたい。
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乃南アサ[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 『東京ダモイ』は、日本兵のシベリア抑留をテーマに、緻密なストーリーの組み立てを安定した文章力が支えており、落ち着きとともに作者の自信さえ窺える作品に仕上がっている。主人公・槙野が自費出版専門の出版社に勤めているという設定も、また彼の中途半端さも、現代の一つの断面を切り取っているし、彼の妹や上司・朝倉晶子の、主人公よりもしっかりしていてキビキビと働く姿などは、実に魅力的に描けている。
 だがその一方で、物語の「コマ」にしか使わない人間の描き方には雑さが感じられ、描写も冗長で平板になるために、スピード感が失速し、物語の魅力そのものを奪ってしまう。ここに配慮がなされていれば、多少の無理な設定も力業で乗り切れる。より確かな説得力が生まれてくるのだろうと思う。
『三年坂 火の夢』は明治時代の古い地図をメインに、独特の作品世界を作り上げている。東京の「坂道」に注目した着想点も面白いし、それなりにノスタルジックな雰囲気を醸し出そうという努力は感じられるのだが、明治という時代のとらえ方と、それを表現する方法が、ある時はガイドブック口調になり、またある時はシナリオのト書きのようにもなって、私には「小説」として読むことは難しかった。
『ライダーズ・ハイ』は、前半非常に魅力的だっただけに、後半ガタガタとなった展開が残念だった。慌てず、丁寧に、よく考えて、是非再チャレンジしていただきたい。
『メッセージ』は自殺の連鎖という、ある意味で新鮮なテーマに取り組んでいるが、全体に頭でっかちな印象が強い。資料をかき集めるだけでなく、ご自分の中で消化したものを作品に盛り込んでいただきたい。
『オクタゴンの密室』は早々に犯人の予想がついてしまう点と、安直かつ偶然に頼りすぎる部分が多く、また犯罪の動機が陳腐過ぎる点が致命的だった。
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選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第52回 江戸川乱歩賞   
『オクタゴンの密室』 井川衆行
[ 候補 ]第52回 江戸川乱歩賞   
『メッセージ』 松浦茂史
[ 候補 ]第52回 江戸川乱歩賞   
『ライダーズ・ハイ』 横関大