一般社団法人日本推理作家協会

推理作家協会賞

2020年 第73回
2019年 第72回
2018年 第71回
2017年 第70回
  • 長編及び連作短編集部門愚者の毒宇佐美まこと
  • 短編部門黄昏薬丸岳
2016年 第69回

推理作家協会賞を検索

推理作家協会賞一覧

江戸川乱歩賞

2020年 第66回
2019年 第65回
2018年 第64回
2017年 第63回
2016年 第62回

江戸川乱歩賞を検索

江戸川乱歩賞一覧

1967年 第20回 日本推理作家協会賞

1967年 第20回 日本推理作家協会賞
受賞作

ふうじんちたい

風塵地帯

受賞者:三好徹(みよしとおる)

受賞の言葉

   感想

 協会賞を頂けたことは、本当に幸運だったと想っている。ある人が「そもそも作家は作家になれたこと自体が幸運なのだ」といっているが、いまの私には、この言葉の意味がじつによくわかるのだ。
 むかし、といっても十数年のことだが、新聞記者になって二、三年目に、胸を病んで入院生活を送ったことがある。早生まれの旧制高専出で、おまけに入社試験がすむとその翌月には記者生活をはじめた私は、正直なところ、それまで小説をあまり読んでいなかった。ノンフィクションものや旅行記などは、職業的な必要もあって時間のあるかぎり読んだが、小説までは手が回りかねたのである。だから、小説というものを、大文学から娯楽作品まで手あたりしだいに読んだのは、この入院期間中だった。
 喀血して咽喉からこぼれ落ちる血を見たとき、私は自分の人生に対する考え方がそれまでと変ったような気がしたものだが、いまにして想えば、病床の二年間に読んだ小説の方が私に大きな影響をあたえたのだとわかる。といっても、作家になろうなどとは考えたこともなかった。ただ、自分にも小説が書けたらいいなア、と想っただけであった。
 そう考えると、私は自分が恵まれていたとおもわずにはいられないのである。ここまでこられたのは、むろん私に才能があったからではない。良き先輩や僚友のおかげである。いいかえれば、そういう人にめぐり逢えたこと自体が幸運だったのだ。しかし、そういつまでも幸運の女神に甘えてばかりもいられないだろう。これからは、自分で自分に鞭をあてるしかない。こりゃ、大変なことになった、というのが偽りのない現在の気持である。

作家略歴
1931.1.7~
東京生れ。旧制横浜高商(現・横浜国立大学経済学部)卒業、読売新聞記者となり、一九六五年に退社。
一九五九年「文学界」新人賞に「遠い声」で次席。第二〇回日本推理作家協会賞を「風塵地帯」で、第五八回直木賞を「聖少女」で受賞。
「閃光の遺産」や「天使」シリーズなどのミステリーのほか、歴史に題材をとった「興亡と夢」「夕陽と怒涛」「興亡三国志」などの作品がある。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 三月四日午後五時から東京虎ノ門晩翠軒において、松本清張、高木彬光、南条範夫、佐野洋、中島河太郎の五選考委員により、本年度推理作家協会賞の選考が行われた結果、三好徹氏の『風塵地帯』(三一書房刊)に授賞がきまった。
 授賞式は四月八日午後四時から東京日比谷日活国際会館シルバー・ルームにおいて行われる。
閉じる

選評

中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 本年度の協会賞の候補作はすくなかった。小説では陳舜臣、西村京太郎、三好徹の三氏のもの、評論では石川喬司氏のものにすぎなかった。
 スパイ小説はこれまでぼつぼつ手掛けられていて、結城昌治氏の「ゴメスの名はゴメス」、中薗英助氏の「密航定期便」、三好徹氏の「風は故郷に向う」というような佳作があった。近年はなおこの分野が関心を惹くようになったが、三好氏は引き続いて熱意を傾けている。
 この「風塵地帯」は、東南アジアの政情に密着している点が気になるが、綿密な描写力に加えて、ストーリーの展開に難がすくない。「組織に捲きこまれるがわ」から描こうとする意図が見事に活かされている。
 西村氏の「D機関情報」もスパイ小説である。二十年前の終戦秘史を背景にしているが、若い読者を捉えるのに損をしている。その反面戦争を経過したものにとって、特異な状況を設定した作者の彗眼と努力は注目に値する。部分的に無理な点はあるが、新領域に挑んだ若々しさを買いたい。
 陳氏の「炎に絵を」は、謎の解明に都合のよすぎる設定があったが、その構成と意外性において、群を抜いている。あざやかなうっちゃりをくったばかりに、いろいろ難癖をつけたくなるが、その点にこだわる人と、その感動に目をつむるものとあるだろう。私は後者で久しぶりに、サスペンスに陶酔した。
 石川氏の丹念で溌刺とした批評に敬意を表するが、時評性が強くて、氏の造詣が十分に窺われない憾みがある。
 私ははじめ「炎に絵を」を推したが、他の同意が得られず、「風塵地帯」説に賛成した。
閉じる
高木彬光[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 この賞の審査をひきうけたのは今度が初めてだが、いちおう活字になって、評判になった作品だけを読むのだから、量の割合に楽しみがあったことはまことに有難かった。
 ただ「極楽の鬼」については、私は最初から評決があっても棄権するつもりだった。もちろん、評論なり随筆集なりがこの賞の対象として不適格だとは思わないが、この本を一読したところでは、これを良心的に評価するには、バックになっている海外推理小説にのこらず眼を通さなければいけないわけだし、私には短時間でそれだけの準備をすることは到底不可能と思われたからである。
 あとの四作中、陳舜臣氏の「影は崩れた」は、同氏の「炎に絵を」にくらべて、底が浅いように思われた。もちろん、逆にいえばそれだけ現実性が強いという見方も出来るし、審査員の中で前者を推したお方があったのもふしぎはないが、私としては後者をとるほかなかった。これは推理小説独特の「作りものの世界」をどれだけ認めるかという見解の相違で、理屈で割り切れるものではない。
 西村氏の「D機関情報」も私にはたいへん面白かったが、スパイ小説としては、いろいろな点で、三好徹氏の「風塵地帯」のほうに一日の長があるように思われた。ただし、私個人の採点では、その差は微差だったというほかはなく、西村氏の今後の精進を期待することでは人後におちないつもりである。
 それで結局、最後は「炎に絵を」か「風塵地帯」に絞られたのだが、私としてはこの二作にはぜんぜん甲乙がつけられなかった。
 本格推理の味を尊ぶならばもちろん前者だが、小説の面白さとしては断然後者であり、私もずいぶん迷ったのだが、陳氏には私の未読の作品の中に、これよりもさらにすぐれたものがある――という某氏の意見を尊重して三好氏のほうに一票を投じたのである。受賞者の三好氏に対してはもちろん、陳氏に対しても、この作品を一つのスプリング・ボードとしてさらにいっそうの傑作を期待してやまない。
閉じる
南条範夫選考経過を見る
 風塵地帯――私は最初からこれを最も高く評価していたので、当選と決って嬉しかった。第一、文章が群を抜いて優れていた。スピーディな描写にも拘らず荒れた処がない。ストーリーも面白い。現地の雰囲気も出ている。難を云へば、最後の黒崎の死があまりに呆気なさ過ぎると云う点であろう。この作者の今後は刮目してよいと思う。
 炎に絵を――陳氏は私の好きな作家だが、この作品にはかなり難点が多い。父の雪寃と、財産横領と、産業スパイと三つを一緒に折り込んだのが拙かった。兄嫁の隠密の活躍も超人的に過ぎる。信州の殺人に当って、当然最も問題にすべき毒酒を運んだ女に対して警察が全く追求の手を伸ばしていないのも肯けない。
 影は崩れた――前作より、この方が素直に読めたが、これは全体の構成も文章も、イージーに過ぎた恨みがある。作者としても決して全力投球の作品ではないだろう。
 D機関情報――非常に巧みな構成だが、背景となっている外国の雰囲気が極めて稀薄である。外地に舞台をとる以上、もっとその他の風物をリアルに描写すべきであろう。関谷の心理的転向もやや説得不充分の感じがある。
 極楽の鬼――機智に富んだ才筆。翻訳ものばかりでなく、日本物もこの調子で大いに論評して貰いたい。前回当選が評論であったので、今回は小説の方にしたいと思ったし、この筆者はもっとよい論集を続々出せるような気がしたので、私はこれを一応圏外においた。
閉じる
佐野洋[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 私は三好、陳両氏を推すつもりで選考委員会へ出席した。
 石川喬司氏の『極楽の鬼』は、雑誌連載中から欠かさず愛読したものであるし、いろいろ教えられることも多かった。だが、ここでは、石川氏は、いわゆる全力投球をしていない。彼の好きな競馬にたとえれば、他日の重賞レースに備えた、調教代りの出走とも言える気がする。私としては、氏が『この一叩きで重目を脱し』、本格的な推理小説評論に取り組まれることを期待している。
 西村京太郎氏『D機関情報』では、氏が前作と打って変った世界を見せてくれたことに驚嘆もし、その意欲に敬服した。正直なところ、私は前作の『天使の傷痕』を高くは評価していない。それだけに『D機関情報』の面白さが、意外であったのだ。これを書くには、時代背景の考証など、ずいぶん調べたことであろう。氏は、ことによると、調べて書くタイプのものに適しているのかもしれない。だが、筋の運びが、定石に当てはまり過ぎていること、ところどころに、ご都合主義的な箇所が見られたこと、さらに、同じく外国を描きながら、三好氏の『風塵地帯』に比し、臨場感が稀薄なことなどの不満が残った。
 こうした理由で、私は、一応、両作品を除外したのである。
 さて陳氏の『炎に絵を』『影は崩れた』では、私は後者の方がいいと思った。『炎・・・』は、例えば、産業スパイ云々のあたりは、欲ばり過ぎで、作品の主調と不協和な感じがあった。これに反し、『影・・・』の方は、ストーリーがすっきりしており、主人公、犯人を始め、副人物まで行動に首尾一貫性がある。ことに、"過去"の皮を徐々にむいて行く作品構成の巧さに感服した。(復讐が動機の場合、"過去"が明らかになると同時に、犯人が割れるということになり易いのだが、この作品で、そのあたりに技法の冴えが見える。)
 ところが、中島、高木両氏は『影・・・』よりも『炎・・・』に、高い点を入れておられた。すっきりしている、と私が感じた首尾一貫性が、むしろ物足りないと言われるのであり、私には意外であった。
 ただ、『影・・・』にも、不満な点はあった。探偵役が、あっちこっちに聞きこみに行くと、相手が実にすらすらと話してくれたり、何年も前のことを正確に記憶していたりする点(警察以外の者が探偵役の場合、聞きこみ方などにも、作家の趣向の凝らされるべきではないだろうか?)さらにより根本的に、私たちが陳氏に求めているのは、このような作品ではなく、『枯草の根』『方壺園』に見られた、重厚味に富んだ作品のはずだということである。つまり、陳氏でなくては、絶対に書けないという作品を私をも含めて読者は求めているのだ。そして、陳氏はこの要求に応えられる作家だと思う。
 三好氏の『風塵地帯』では、私は彼の飛躍を感じた。氏の作品の多くは、実際にあった事件に材をとっており、これも例外ではない。しかし、従来の作品と根本的に違っているのは、『風塵地帯』には、一つの解釈があることだ。よく知られた事件を背景に、小説を仕立て上げたというのではなく、主人公が事件そのものに機能的な関わりを持っているのである。つまり、解釈が外交評論家的ではなく、作家的である点に、この作品の一つの特色を見たと思った。そして、インドネシヤの風物の描写力には、私は嫉妬めいたものさえ感じた。
 作家は、自分に書けそうもない世界を出されると、無条件で帽子を脱ぎたくなる。
 私は、冒頭に、二氏に授賞という提案をしたのだが、もっと議論をつくそうということになり、結局三好氏に一票を投じた。
 三好氏は、常々『全くの虚構は不得手だ』と洩していた。しかし『風塵地帯』で試みた解釈には、『全くの虚構』以上に、想像力が必要だったはずである。私としては、氏がもっと、この点に自信を持ち、新しい試みをされることを望んでいる。
閉じる
菊村到[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 私は勝負ごと、あるいは賭けごとには全く興味をおぼえない。新聞社にいた頃、仲間とトランプでオイチョカブをやったことがある。その時はどうやら一通りルールものみこめ、結構楽しく遊べるのだが、翌日になると、きれいさっぱりルールを忘れてしまっていて、もう一度初めから手ほどきして貰わないと駄目なのだ。花札にいたっては絵柄を見ても、チンプンカンプンである。だから私は勝負ごとに強い人間に対しては、どうしても劣等感を抱かざるを得ない。私はときどき佐野洋や三好徹と一しょに飯を食ったりするが、その点でいつもかれらに気おくれをおぼえてしまう。勝負ごとに強い人間は、私の見るところ、ヴァイタリティにめぐまれているようだ。とりわけ三好徹という男は、人生そのものに強いという気がする。
 文学賞にもやはり勝負運はつきまとう。勝負に強い三好徹も、五木寛之とぶつかったために惜しくも直木賞を逸してしまった。だが、その直後、推理作家協会賞を獲得して、やはり人生に強いところを見せてくれた。三好は読売新聞に入社した時は十九才で、しかも成績は一番だった。新聞社の入社試験に一番で合格するというのは、私なぞ考えただけでも気が遠くなりそうだ。
 かれは文部省のクラブ詰め時代には、「大学の裏窓」という書きおろしのノンフィクションを出版している。また水戸支局時代には原子力研究所にかよって完全に原子力問題をマスターしてしまっていた。私も彼と一しょに水戸で原子力の取材に当ったことがあるが、かれの理解の深さ、知識の広さには驚嘆した。かれはどんな問題でも食いついた対象は完全に噛みくだき、消化吸収してしまう。五木寛之は大型新人と言われているが、むしろスケールの大きさでは三好のほうが上回っている。五木もハンサムだが、三好はファリー・グレンジャーばりの二枚目である。ヒッチコックの「見知らぬ乗客」や「ロープ」に出て来る青年俳優である。
閉じる

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第20回 日本推理作家協会賞   
『D機関情報』 西村京太郎(黒川俊介)
[ 候補 ]第20回 日本推理作家協会賞   
『炎に絵を』 陳舜臣
[ 候補 ]第20回 日本推理作家協会賞   
『影は崩れた』 陳舜臣
[ 候補 ]第20回 日本推理作家協会賞   
『極楽の鬼』 石川喬司