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1978年 第31回 日本推理作家協会賞 短編部門

1978年 第31回 日本推理作家協会賞
短編部門

該当作品無し

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

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 第三十一回日本推理作家協会賞は、三月二十八日、東京丸の内の山水楼で、南条範夫、戸板康二、中島河太郎、河野典生各氏および協会理事長佐野洋氏の五選考委員によって、前記のように決定した。贈呈式は四月二十五日、新橋第一ホテルにおいて行われる。なお今回の各賞候補作は、受賞作を除くと、次の諸作品だった。
 〔長編部門〕「燃えつきる日々」(海渡英祐氏) 「陽はメコンに沈む」(伴野朗氏) 「優しい滞在」(三浦浩氏) 「死者の柩を揺り動かすな」(麗羅氏) 〔短編部門〕「次号予告」(石川喬司氏) 「蜂と手まり」(日下圭介氏) 「闇の人力車」(多岐川恭氏) 「街に殺意が一杯」(藤本義一氏)
 なお、これらの作品は、一九七七年一月より十二月までの期間に発表された単行本および雑誌のなかから協会の依託した十二名の予備選考委員会によって選ばれたものである。
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選評

河野典生[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 <短篇>日下圭介氏『蜂と手まり』。文章が、いささか手垢にまみれたハードボイルド調で、感心しない。石川喬司氏『次号予告』氏の散文詩を思わせる、すぐれたファンタジーの愛読者である小生としては、なぜ、これがノミネートされたか分からない。藤本義一氏、多岐川恭氏の作品は、さすがに手なれた語り口だが、ベテラン両氏の作としては、特別に、いい出来とは思えず、結局、四作とも推せなかった。
 <長篇>海渡英祐氏『燃えつきる日々』。力作であり文章にも風格がある。しかし構想自体に大きな計算違いがあったのではないか。小道具を散りばめた、いささか古風なパズル小説の装いをしていながら、結末はパズル小説のものではないし、氏自身の言葉のように「時代が主人公であり犯人でもある」作品が狙いならば、パズル小説の装いはじゃまでしかない。結局、単なるノスタルジーとしか読めないのだ。
 麗羅氏『死者の柩を揺り動かすな』。シチュエイションは面白いが、文章があまりに俗悪であり、感心しなかった。主人公の性格設定、心理描写、それらにもリアリティがない。
 伴野朗氏『陽はメコンに沈む』。現役の新聞記者らしく、臨場感のある描写はすばらしく、わくわくされられたが、辻政信の「うっかりしたミス」が、キー・ポイントになっているなど、ストーリーに無理がある。また小説らしい文章を書こうとした部分が浮いている。結城昌司氏、三好徹氏の作品など、もっと研究してみて下さい。次作を期待します。
 三浦浩氏『優しい滞在』。知的で洒落た文体に、ときに心がふるえる思いをした。わが国のミステリー界で、最もなおざりにされている部分を埋めるものとして、なんとか賞をさしあげられないかと思ったが、読み進めるにつれ、ストーリーの不自然さが気になり、無念だが見送らざるを得なくなった。しかし、氏は、いずれ大傑作をお書きになるだろうと思う。
 泡坂妻夫氏『乱れからくり』。遊びに徹した作品であり、ユーモアもペダントリーも過不足なく、やや消極的ながら推させていただいた。ただ「探偵小説」は「復活」させるものではなく「継承発展」させて行くジャンルでなければ意味がない。これは氏の責任ではないが、本文中の悪趣味なさし絵などを見ると、そのことが気になってくるのだ。
 大岡昇平氏『事件』。ミステリーとして書かれなかったにもかかわらず、最も強烈なサスペンスをおぼえたのは、この作品だった。簡潔平明な文体で、すべての登場人物を鮮やかに浮き彫りにして行く「作家の眼」に魅了されたし、構成にも全く無駄がない。この作品が協会賞受賞作となることによって、ミステリー専門の作家も読者も、かならず刺戟されるものがあると信じ、強く推させていただくことにした。
 <評論その他>青木雨彦氏『課外授業』。軽妙洒脱なエッセイ。いかなるミステリーも、ミステリーである前にまず小説でなければならぬというのが氏の意見だが、そんなあたり前のことが、やや、なおざりにされている昨今、充分、刺戟的なエッセイである。また石川喬司氏『SFの時代』は資料的価値が大きいし、やはり昨今、ブームと言われ、幾分、冷静さを失っているかに見えるSFの読者や作家志望者などに、ぜひ読んでいただきたいと思い、両氏とも推させていただくことにした。
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佐野洋[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 『推理小説として書かれたのではない作品を、推理小説として論議するのは失礼だ』というのが、昨年、五木寛之氏の『戒厳令の夜』が協会賞候補になったときの、選考委員会の公式見解だった。
 従って、今回の大岡昇平氏の『事件』のついても、当然、このことが問題になるだろう、と考えながら、選考委員会にのぞんだ。
 ただ、私は『戒厳令の夜』と『事件』との間には、決定的な違いがあると思っていた。前者には、推理小説として読む場合、黙過し得ない諸問題を含んでいる(それが、小説上の効果を上げているには違いないが)、つまり、推理小説として読まれることを拒呈しているのに反し、後者には、そのような点がないということであった。とすれば、推理小説として読み、推理小説として論議することも、決して作者に対して失礼には当らないはずである。
 同様な考えは、全選考委員が持っておられたらしく、その点についての疑問は、議題にならず、大岡氏に協会賞を贈呈することは、すんなりと決まった。
 『事件』が出版された直後、なぜ、推理作家があのような小説を書かなかったのか、という声を聞いた。たしかにその通りであり、推理作家の怠慢を責められてもしかたがあるまい。
 大岡氏への贈賞が決まったあと、専門の推理作家の作品が選ばれないのはさびしい、という意見が出、多くの委員が同調した。二年間、長編部門で贈賞作が出ていない事情もあったろう。私自身も、もし、『事件』がなければ、泡坂妻夫氏『乱れからくり』が、伴野朗氏『陽はメコンに沈む』のどちらかだろう、と考えていた。
 ことに『乱れからくり』は、昨年の候補作品『十一枚のトランプ』にあった、トリックとプロットの著しい遊離などの欠点が、全く姿を消し、特異な世界を創造しているのに感服した。類のない貴重な才能というべきであろう。
 『事件』が、極めて現実的な世界を描いているのに対し、『乱れからくり』は、この上なく非現実的であり、今回は、期せずして両極端の作品が並んだことになるが、あるいは、これは、今後の推理小説の方向を暗示しているのかもしれない。
 短編部門では、多岐川恭氏『闇の人力車』を、過去の業績をも含め、推したのだが、多岐川氏の作品としては、必ずしも優れたものではなく、これで賞を受けることは、多岐川氏も不本意であろう、という意見が強かった。
 評論随筆部門に関しては、私は、贈賞作品なしとの意見だった。石川喬司氏『SFの時代』は、SFのみを論じている点で、青木雨彦氏『課外授業』は、外国ミステリーに関するエッセイである点に、私はこだわったのである。だが、一方が労作であり、他方が、実に楽しいエッセイであることを認めるには、やぶさかではなく、他の委員諸氏の意見に同調した。
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戸板康二[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 大岡昇平氏の「事件」は、裁判というものを、じつに丹念にこまかく書き、少年の殺人事件がどういう過程を経て、判決に至るかを、公判の傍聴席にいるかのような迫力で、読者に教える、みごとな小説である。
 推理作家協会賞の対象として考えるのにも、決して的はずれと思われないが、これは同時に、純文学の作品としても秀作である。
 じつは、こういう長編は、読むのに難渋する場合がありそうなのに、終始ほどのいいリズムで、読み進んだ。筆力もさることながら、犯人、被害者、それぞれの家族、証人、そして裁判官と検事と弁護人、犯人の先生といった人々が、人間として精確に見つめられ、あざやかに描かれているためであろう。
 「事件」とはまったく対照的なのが、泡坂妻夫氏の「乱れからくり」で、このほうは、どこからどこまで、こしらえ上げられた、空想のフィクションである。作品のふんい気は、からくりを仕掛けた人形、奇妙な迷路やぬけ穴というような大道具小道具の前で演じられる、妖気そのものであるが、いつの間にか、そういう作中の風土になじんでしまい、殺人事件にも、登場人物にも、リアリティーが出て来る。
 かなりペダンティックではあっても、泡坂氏の作風は、それがあってこそ成り立つのである。やはり、おもしろい小説であった。
 ほかの候補作の中では、三浦浩氏の「優しい滞在」が、ぼくは好もしいと思った。後半アメリカの活劇ふうな場面はかならずしも適当とは思われなかったが、導入部から前半の描写は、さわやかな筆致で、こころよく読んだのである。
 短編の中では、日下圭介氏の「蜂と手まり」をぼくは推したかったが、結局、この部門に入選作がなかったのは、残念だった。
 評論その他の部門では、石川喬司氏の「SFの時代」が、何といっても労作である。ぼくには教わることの多い本であった。
 青木雨彦氏の「課外授業」は、まことにシャれた本で、雑誌に連載されたものだが、はじめから計画をたてて、ていねいに書かれたエッセイといえる。
 外国の推理小説の中に出てくる男女の会話をとりあげて、人間について思考する趣向だが、こんなふうな読み方も出来るという、その見方が、都会的で、そして気障なところが、ぼくには嬉しい本だった。
 推理小説を書くのに、トリックやプロットだけでなく、人間がちゃんと書けていなければ作品としては評価しにくいという、わかりきったことを教える本ともいえる。まさに、課外事業で、この二冊同時の受賞は、めでたいことだったと思う。
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中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 協会賞が三部門建てになってから三年目だが、長篇部門は合憎これまで受賞作がなかった。ところが今回の候補作には、大岡昇平氏の「事件」や、三浦浩氏の「優しい滞在」のような、著者自身推理小説を意図したわけでもない作品が挙げられていた。
 これらを他の候補作品と同列に扱っていいか疑点は残ったが、著者が候補作に挙げられることを諒承しておられるのだから、こちらでそれ以上の判断は差控えるべきだと思った。
 「事件」は変哲もない田舎の殺人事件を、審理と裁判の目を通して、人間の真実を明らかにしようとした著者の熱意にうたれた。きめのこまかい筆致は他の作品を寄せつけず、すぐれた成果として推称に価する。
 推理小説として見るべきではなく、犯罪文学の収穫であって、この作品だけでは昨年、一昨年と専門作家の受賞者がなかっただけに淋しい。いわば対極的な探偵小説として泡坂妻夫氏の「乱れからくり」を配するのが、かえって妙味を覚える。
 短篇部門の候補作四篇を通読して、これらを選んだ予選委員会も難航したろうと臆測された。近年のように粒が揃ってきた時代に、一作だけを抜いた場合、よほど一般を首肯させる斬新さを具えていなければなるまい。
 纏まりのある点では、藤本義一氏の「街に殺意が一杯」だと思ったが、それに比べると推理仕立ての三氏は分が悪い。また藤本氏にしても多岐川氏にしても、直木賞受賞者であって、こんどの受賞作は当時を凌駕するものでなくては意義が薄い。あれこれと勘案したあげく、授賞作なしという論におちついた。
 評論その他の部門では、石川喬司氏の「SFの時代」を推した。石川氏はすぐれた幻想作家であるが、長年に亙ってSF評論に犀利の筆を揮い、その業績の一巻に纏められた機会に表彰するのが時宜を得ていると思われたからである。SF界を展望するのに恰好の著作を得たことは嬉しい。
 青木雨彦氏の「課外授業」は洒脱なスタイルで、海外ミステリーの味読に示唆を与える好著である。いわば硬軟二つをとり合わせた形になったが、日本ミステリーを素材にして、こういうスマートな著作が生まれたらと思った。
 以上通観して大岡氏の裁判を通して真実を追及する文学、石川氏のSF評論、青木氏の海外ミステリーの受容法など、協会賞も幅広い視野に立脚して、選考するようになったことは特記すべきであろう。ややもすれば狭い推理文壇に閉じ籠りかねない傾向に対して、今回の選考が振興の刺戟になればありがたい。
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南條範夫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 長編部門では「事件」が群を抜いており、終始緊張して読了した。鍛え上げた筆力の冴えと云うか、見事である。他の作品にとってはこの作品と並んで候補に挙げられたことは不運だったと云ってもよい。私はこの一篇しか推さなかったが、多数決により「乱れからくり」も同時授賞となった。私としては泡坂君の作品は前回の候補作のほうが良かったと思う。からくり人形や地下洞窟や埋めた財宝などの出てくる大時代な舞台装置はどうにも好意が持てない。
 「事件」をのければむしろ「優しい滞在」の方に良い点をつけたい、スピーディな文章で軽快に読めたが、ただ、余りに簡単に人を殺し過ぎるし、文中の比較文化論めいたものも、無い方がよいのではないかと感じた。
 「陽はメコンに沈む」は、モデルの興味につられて読了したが、人から特に依頼された品を間違えて簡単にガイドにやってしまうなどと云う愚かなことが重要な鍵の一つになっているのはどうしても肯けない。また、sukoshi がミツコシであることなど誰でも即座に分ることなのに百頁も後でやっと解答が出てくるのはおかしい。
 「死者の柩」と「燃えつきる日々」については特別の感想なし。
 短篇部門は受賞該当作品なしと決めて出席したが、そのような結果になった。四篇の中では「街に殺意が一杯」が良かったと思うが、ところどころ文章の乱雑さが気になった。表題も「殺意が」よりも「狂気が」とした方が適切な感じである。
 評論その他の部門は審査員の評点がやや甘かったように感じたが、重量感のある「SFの時代」と軽妙な「課外授業」のどちらか一方だけに軍配をあげることがむづかしく、両者授賞となった。異存はない。不勉強な私にとっては、こんな機会にまとめて新しい知識を獲得できたのが有難い。
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選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第31回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『次号予告』 石川喬司
[ 候補 ]第31回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『蜂と手まり』 日下圭介
[ 候補 ]第31回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『闇の人力車』 多岐川恭
[ 候補 ]第31回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『街に殺意が一杯』 藤本義一