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1982年 第35回 日本推理作家協会賞 長編部門

1982年 第35回 日本推理作家協会賞
長編部門受賞作

ありすのくにのさつじん

アリスの国の殺人

受賞者:辻真先(つじまさき)

受賞の言葉

 テレビやアニメはべつとして、活字の世界で賞らしいものを貰ったことのないぼくが、やにわに協会賞というのは、荷が勝ち過ぎるような気持です。
 などといいながら、(いつか賞をとりたい、とったら受賞のことばをこう書こう)と、あつかましく考えをめぐらせていたことも、ないとはいえません。ほんものの賞をいただいたとたん、そんな「ことば」なんて、どこかへふっ飛んでしまいましたけど。
 好き、というだけで学生のころから漫然と書きつづけたミステリーが、いつの間にやら骨がらみになって、たとえフルタイムではなくとも、熱い思い入れだけはひけをとるまい、腕をまくり手に唾つけてぶつかろうと、覚悟をかためていた矢先の受賞でした。
 ありがとうございます。
 腕まくりだけではおっつきません、上衣をぬぎベルトをしめ直して、協会賞の名を汚さぬよう励みます。諸先輩の皆さん、どうかよろしくお願いいたします。

作家略歴
1932~
名古屋に生まれ。名古屋大学卒。テレビ草創期のNHKで、「バス通り裏」などの演出に従事。一九六二年フリーとなり、「ジャングル大帝」「巨人の星」「デビルマン」「サザエさん」等アニメ脚本を多作した。推理小説歴は旧『宝石』から。「アリスの国の殺人」で推理作家協会賞長篇賞を受賞する。2020年第23回日本ミステリー文学大賞を受賞。近作は「サハリン脱走列車」「赤い鳥、死んだ。」汽車と船と温泉の旅が好きで、その方面の著作もある。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

石川喬司[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 第三十五回日本推理作家協会賞の選考委員会は、三月二十四日午後五時から東京新橋第一ホテル新館柏の間で開かれ、別項のとおり授賞作が決定した。
 推理作家協会賞の前身である探偵作家クラブ賞が設定されたのは昭和二十三年で、第一回受賞者は長篇賞が『本陣殺人事件』の横溝正史、短篇賞が『新月』の木々高太郎、新人賞が『海鰻荘綺談』の香山滋だった。その後、江戸川乱歩、坂口安吾、松本清張ら錚々たる顔ぶれを受賞者に加えながら定評ある文学賞として成長、第十六回から推理作家協会賞と改称、現在に至っている。
 今年度の選考経過を簡単にご報告すると――まず例年どおり前年(昭和五十六年一月一日~十二月三十一日)刊行された単行本と各雑誌の一月号から十二月号までに掲載された諸作品を対象に、協会員や出版関係者など各方面に配布したアンケートの回答結果を参考にして、予選のための作品リストを作成、これをもとに協会から委嘱した予選委員十一氏が、長篇部門、短篇部門、評論その他の部門それぞれに数次の委員会を重ねて審議した結果、最終候補作品を選出(長篇部門は百八十三篇を二十七篇にしぼり最終的に五篇を残した。短篇部門も同様に五百五十三篇→二十八篇→七篇、評論その他の部門も六篇→三篇→一篇と厳選された)、これを本選考委員五氏(小松左京、権田萬治、戸板康二、山村正夫、結城昌治)に回付、選考会開催となった次第である。
 なお選考会の立会いは石川喬司常任理事。二時間半にわたる選考の内容については各委員の選評をごらんいただきたい。
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選評

小松左京[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 私は、短篇部門では日下圭介氏の「木に登る犬」を、長篇部門では辻真先氏の「アリスの国の殺人」を、そして評論その他の部門では横田順彌氏の「日本SFこてん古典」を、それぞれ受賞の第一候補ときめて銓衡会にのぞんだ。
 日下圭介氏は、もう一篇「鶯を呼ぶ少年」が、同じ短篇部門の候補にはいっていた。私は新参の銓衡委員であるため知らなかったが、同氏の短篇は前回も候補に上がっていたときいた。いかにも短篇の手だれという感じで、私も諸候補作を読んだ時、氏の作品に鮮烈な印象をうけた。話の展開が、末尾の方にたたみこまれすぎの感があるが、文体といい、描写力や短篇をしあげる上でのセンスといい、最近の諸作の中では出色のレベルに達していると思った。今後とも氏の一層の活躍を期待したい。
 辻真先氏の名は、テレビ関係では早くから有名だったが、氏の長篇ミステリーに接するのは今回がはじめてだった。日本のアニメの主人公達も登場する「不思議の国のアリス」の奇妙な世界と、現実の、少年週刊誌や若いマンガ家、編集者たちの熾烈な競争の世界に起こる殺人事件とが、交互に展開する技巧的な構成は、途中までは、いったいどうなるのかと思ったが、後半から最後にかけて、作品の中の二つの次元が見事に一つの構図の中にまとまり、さながらエッシャーのだまし絵を見せられる思いを味わった。やっぱりミステリーというものは、最後まで読まないとその値うちはわからないと痛感させられた次第である。横田氏の労作が選にもれたのは私個人としては残念であるが、しかし、銓衡会の雰囲気は、始終常識ある「おとな」のそれであって、その意味で今日の決定には、何ら間然する所ではない。
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権田萬治[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 ことしはとくに長編の候補作に個性的な作品が多かったため、意見が分かれて授賞作なしに終るのではないかという不吉な予感があった。それだけに、余り論議が難航せずに、長編と短編の両部門で授賞作が決定し、正直の所ほっとした。
 長編部門では消去法によって、私は辻真先の「アリスの国の殺人事件」、笠井潔の「サマー・アポカリプス」、落合恵子の「氷の女」の順に候補作をしぼった。
「アリスの国の殺人事件」は都筑道夫の初期の「誘拐作戦」や「三重露出」など叙述形式を重視した実験的な作品に連らなるもので、現実のマンガ雑誌の世界の殺人事件をルイス・キャロルの「ふしぎな国のアリス」を讃美する超現実的な夢の世界と重ね合わせた所に新鮮な魅力がある。マンガやアリスや言葉遊びなどいかにも若い世代に受けそうな状況設定である。現実の事件にはやや弱い所があるが、協会賞の授賞範囲を新しい実験的試みを広げる意味で、授賞に賛成した。
 「サマー・アポカリプス」は力作という点では一番だが、遅れて来た小栗虫太郎といった趣きが感じられる古めかしさとややサスペンスに欠ける小説技法が気になった。しかし、粗製乱造の量産作品と違って確固とした個性的世界を持つ作品としてシリーズがある程度完結した時点で総合的に評価されるべき作品といえよう。
「氷の女」は細部に問題があり、結局授賞にはいたらなかったが、心に残る作品だった。第一作が候補作になるだけでも立派だと思う。
 短編部門は率直にいって昨年度のほうが全体として水準が高かったと思うが、多彩な短編技法を駆使した日下圭介の二作に授賞が決まった。
「日本SFこてん古典」は若い世代の目でSFの古典を再発掘したもので、面白く読んだが、日本SF大賞との関係もあり、協会賞の性格上、残念ながら授賞を見送った。
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戸板康二[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 身辺の都合があり、申し訳ないのだが、短篇賞部門の審査だけ、させていただいた。
 日下氏の二つの作品は、それぞれ、少年少女の心理を基礎におき、独特のふんい気を、都会から離れた場所に設定、筋も手のこんだものがたりとして仕組まれている。
 ひとつの作風を確立している点で、いい小説だが、欲をいえば、枚数のわりに、いろいろなデータが多すぎるのをスッキリさせたいと思う。逆にいえば、二編とも、もう十枚宛多く書けば、ゆとりのある、いいものになったのではないだろうか。
 私としては、梶氏の「ピンクの好きな女」も、いい小説として推したかった。マネーという愛称で呼ばれる、頭の弱い女がよく描けていたし、色彩に敏感な画家が、表面ピンクが好きといっていながら、じつは紫を好むマネーが、紫色の煙草を吸って死ぬという結果を用意したトリックがおもしろい。
 ここでは、マネーをとりまく若者たちの生活が、事件をおこす前提として、やはり迫力を持っていた。
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山村正夫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今年は例年以上に候補作の数が多く、読みでがあった。各作品の傾向もバラエティに富み、それぞれ特色を有していたので、選考委員諸氏の評価が分かれ、難航するのではないかと心配していたが、予想に反して選考がスムースに運び、比較的早い時間にすんなりと授賞が決定したことは喜ばしい。
 長編部門の授賞作である辻真先氏の「アリスの国の殺人事件」は、きわめて個性的な異色のミステリーである。童話と現実とを融合させてパロディー化し、見事な大人のメルヘンを作り上げた、大胆な構成が優れていた。氏は既にアニメの分野で一家を為し、ヤング向けのコミカルなシリーズ作品にも定評があるが、その特異な才能が本書で結実したと言えるだろう。この種の遊戯性を発揮した作風のものは、都筑道夫氏以来絶えているだけに、ユニークさがひときわ光っていた。
 笠井潔氏の「サマー・アポカリプス」は、候補作中随一の力作だった。古めかしいという批判もあったが、私は従来の伝奇本格に思想性を加えた新機軸を買いたい。ただ、いささか観念的過ぎて読み辛い部分があり、それがサスペンスの盛り上げにマイナスに働いているのは一考を要すると思う。いずれにせよ作者が連作を意図しているらしいので、その完結を待とうという他の委員諸氏の意見に私も賛意を表した。落合恵子氏の「氷の女」は、小説的には面白く読めたが、アリバイ・トリックの無理や裁判制度の誤りなどが目立ち、推理小説的な欠点が多過ぎた。
 短編部門では、日下圭介氏の「木に登る犬」を第一位に推した。そういえば、昨年も氏の「紅皿欠皿」がこの部門の候補に上り、その捨て難い味を選評で惜しんだ覚えがある。氏は好んで少年少女を主人公に扱い、巧みな描写力で作中に独特のリリカルなムードを醸し出すのが持ち味だが、本篇でも犬が木に登れるかどうかで言い争う二人の少年の姿が生き生きとして描かれ、導入部として成功を収めているばかりか、殺人事件の解明の伏線となっている設定が鮮かである。日下氏の本領は短編にあるのではないかという気がするだけに、「鶯を呼ぶ少年」と二作併せての授賞は時宜を得ていた。
 評論その他の部門は残念ながら授賞作なしと決まった。横田順彌氏の「日本SFこてん古典」は文字通りの労作で、こうした書誌学的な地味な仕事は、どこかで報われなければならない。小栗虫太郎や夢野久作、城昌幸、香山滋など、これまで推理畑でしか論じられなかった作家の、SF的な評価には教えられるところが多く、その意味で賞を差し上げてもいいという気が個人的にはしたが、SF大賞ができた以上、推理小説の賞である協会賞の方は、やはり見送らざるを得なかった。
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結城昌治[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 「アリスの国の殺人事件」は、夢と現実の二重構造に巧妙な仕掛けがあって、犯行の隠蔽工作はいかにも無理だが、マンガ・ジャーナリズムの世界を戯画化したお遊び精神と相まって、この無理を救っている。さまざまな人物のキャラクターもよく書けているし、とくにすぐれているのはユーモアのセンスであろう。とにかく愉しい作品で、感心した。協会賞にこのようなしゃれた作品を得たことを喜びたい。
 私は「サマー・アポカリプス」も授賞圏内に置いていたが、本篇は雄大なスケールを準備しているようで、作者の思想がまだ全貌をあらわしているとは言い難く、今後を期待するという意見が大勢であった。志の高い野心作である。
 短篇では「鶯を呼ぶ少年」がいちばんすぐれていると思ったが、二重三重のドンデン返しが一読しただけではわかりにくいところがあり、他の委員は「木に登る犬」のほうに高点をつけているので、二作合わせての授賞という案で意見が一致した。いずれにせよ、短篇における作者の技倆は信頼できる。
「日本SFこてん古典」は八方無礙のおもしろさに溢れた労作で、小松左京氏の讃辞に同感であった。しかし、さきにSF大賞を逸していることと協会賞とのかかわり合いに疑問があり、小松さんに頭をかかえさせてしまった。今回は見送る結果になったが、それが本書の価値を減じるものではないことを念のため言い添えておきたい。
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立会理事

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第35回 日本推理作家協会賞 長編部門  
『氷の女』 落合恵子
[ 候補 ]第35回 日本推理作家協会賞 長編部門  
『サマー・アポカリプス』 笠井潔
[ 候補 ]第35回 日本推理作家協会賞 長編部門  
『山口線“貴婦人号(エレガンス・トレイン)”』 草野唯雄
[ 候補 ]第35回 日本推理作家協会賞 長編部門  
『代言人落合源太郎 肌絵の女』 和久峻三(和久一)