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1990年 第43回 日本推理作家協会賞 評論その他の部門

1990年 第43回 日本推理作家協会賞
評論その他の部門受賞作

ゆめのきゅうさく

夢野久作

受賞者:鶴見俊輔(つるみしゅんすけ)

受賞の言葉

 思いがけない賞をいただきました。ありがとうございます。
 こどものころ夢野久作の小説を読みその印象を誰と語りあうこともなく二五年すごしました。今ふりかえると、彼の作品が発表された時ただちに読者となった人びとは私の近くにいたので、そのうち加太こうじ氏が『氷の涯』派、中井英夫氏が『ドグラ・マグラ』派、そして私が『犬神博士』派になります。夢野久作はこんなに多様な影響を同時代の年少の読者にあたえた多面的な作家でした。その生誕百一年をむかえて読みつがれてほしいと思います。

作家略歴
~2015.7.20
東京生まれ。ハーヴァード大卒業。京都大学、東京工業大学、同志社大学をへて文筆生活。『柳宗悦』、『太夫才蔵伝』、『アメノウズメ伝』、『夢野久作』、『竹内好』、『高野長英』、「黒岩涙香」(『限界芸術論』所収)、趣味、特技はありません。字はとても下手で出版社に御迷惑をかけています。余生がかぎられていますのでワープロにきりかえません。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

山村正夫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 第四十三回日本推理作家協会賞の選考は、平成元年一月一日より十二月三十一日迄に刊行された長編と、各雑誌の一月号から十二月号迄に掲載された短編および連作短編集を対象に、例年通り昨年十二月から着手した。
 まず協会員をはじめ出版関係者のアンケートの回答結果を参考にして、長編四四一編、短編五四七編、連作短編集三〇編、評論その他の部門一四編をリスト・アップした。
 これらの諸作品を、協会より委嘱した部門別予選委員が選考に当たり、長編部門は二〇編、短編部門は四一編、連作短編集部門は八編、評論その他の部門は四編を二次予選に残し、二月十九日と二十一日の両日、協会書記局において最終予選委員会を開催、候補作を選出した。
 それにもとづき既報の通り、長編三編、短編五編、評論その他の部門二編(連作短編はなし)を、理事会の承認を得て本選考委員会に回付した。
 本選考委員会は三月二十六日午後五時より、新橋第一ホテル柏の間にて開催。北方謙三、権田萬治、伴野朗、半村良、連城三紀彦の五選考委員が出席。理事山村正夫が立会い理事として司会し、各部門別の候補作について活発な意見が述べられ、慎重な審議が行なわれた。
 その結果、短編部門は残念ながら該当なしとなったが、長編部門と評論その他の部門では、別項のように受賞作が決定した次第である。選考内容については、各選考委員の選評を参照して頂きたい。
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選評

北方謙三[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 佐々木譲氏は力技に加えて、物語のダイナミズム、スケールという点で、新しい大きさを見せた、と私は思った。
 原尞氏は、協会賞というものの性格上、ミステリーの部分をシビアに読まれることになった。となると、結末のつけ方にどうしても不満が出てくる。佐々木氏との競り合いになった時に、その不満が足を引っ張った。
 折原一氏は、かなりのエネルギーを持った作家だと思う。ただ、すべてがマイナスの方向にむいたエネルギーで、ここにもうひとつマイナスを掛け合わせて、全体をプラスに転じる、ということがなされていない。そのため、エンターテインメントとしては読後感の悪いものに仕上がってしまっている。前々回の乱歩賞候補の最終候補作品で、選考の任に当たった私には再読ということになったが、今回もその印象は変らなかった。
 短編賞では、山崎洋子氏を私は推したが、いまひとつ強く推しきれなかった。
 評論部門は私には馴れない分野で、選考というより、一読者として興味深く読んでしまったような気がする。
 今井金吾氏の『半七は実在した』は、読んでいて私自身が勉強させて貰った。丁寧な考証を重ねた労作であると思った。ただ、厖大に存在する江戸研究の中で、どれほどの独創性を示すことができたのか、という判断は他の委員に委ねることになった。
 鶴見俊輔氏のものは、評伝というより、ほとんど小説を読むような面白さに惹かれて読んだ。描かれた人物が生き生きとしていた。したがって、受賞に対する異議はまったくない。
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権田萬治[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 推理作家協会賞の選考に当たったのは、これでニ期四回目である。協会賞の権威のためにも厳選主義を貫くことが必要であることはいうまでもないが、評論家という立場から、私はできるだけ許される範囲で、一つの流れにこだわらない多彩な授賞作を出したいと常々考えて来た。
 今回は、長編部門で私の好きなレイモンド・チャンドラー風のハードボイルドである原尞の作品が選にもれたのは残念だが、最終的には、二つの部門で授賞作が決まったのは良かったと思っている。
 佐々木譲氏の『エトロフ発緊急電』は、ケン・フォレットの『針の眼』との類似点を指摘されたが、前の候補作『ベルリン飛行指令』に比べると格段に優れていると思う。ただ、この人の作品は重厚でいや味がないのはいいが、ストーリー展開の面ではややもするとスリルとサスペンスに欠け、途中退屈させられる所がある。受賞を機にそういう点を克服して新しい飛躍を遂げてほしいと思う。
 短編部門は最終的には授賞作なしという結果になったが、山崎洋子の「人形と暮らす女」と吉村達也の「留守番電話をかける女」を支持する意見が多かったように思う。お二人とも実力派なので今後を期待したい。
 鶴見俊輔の『夢野久作』は、長年にわたり夢野久作に関心を持ち続けた氏の、哲学者らしい独自の視点に裏付けられた労作で、私は評論部門で文句なし、この作品を推した。
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伴野朗[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 長編三点、短編五点、いずれも積極的に推すものがないまま、選考委員会に臨んだ。長編では『エトロフ・・・』『私が・・・』、短編では『人形と・・・』『留守番・・・』が推されれば反対はしない、というのが基本態度だった。
 受賞となった『エトロフ・・・』は、シチュエーションがどうしてもケン・フォレットの『針の目』を思い出させ、マイナスに作用した。
 サスペンスの盛りあげ方を佐々木氏にはもう一工夫してもらいたい。ともあれ、冒険小説の分野の受賞を喜びたい。
『私が・・・』は、困難な誘拐をテーマに捉えた意欲を買いたい。だが、前半で話の底が割れてしまい、最後が効果的なドンデン返しになっていない。それに一人よがりの修飾語が鼻につく。文章にも不注意な用語が目についた。チャンドラーを日本の舞台に移しかえる意味を、もう一度考えてみる必要があるのではないか。
『倒錯の・・・』は、主要登場人物が全員精神異常者というのでは話にならない。読者をなめてもらっては困る。
 短編はそれぞれ個性的で、おもしろく読んだが、切れ味という点でものたりなかった。
『西郷星』はモースの探偵役がよく、ベテランらしい筆捌きは見事だが、表題の西郷星が生かされていない。『玄海灘・・・』も、元寇の神風の秘密は魅力的な設定だが、それが現在の話にからんでこない。『人形と・・・』『留守番・・・』は、女心の心理を巧みに扱った好編だが、前者は本物の赤ん坊を借りるご都合主義、後者は犯人が途中でわかることの欠点があった。
『夢野久作』は、私の世界を越える久作の異次元を解明しようとする労作だが、なにぶんこちらの勉強不足もあり、理解できたとはいえない。受賞を機に、この種の本が読まれることを期待する。『半七は・・・』はおもしろく読めた。受賞は逸したが、その努力を高く評価したい。
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半村良[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今年も面白い作品をたっぷり読ましてもらった。自作にかまけて、人の作品を読む機会がだんだん少なくなる中で、選考委員の役につくのは、ありがたい面がある。
 ただし、選ぶとなると話は別だ。みなそれぞれに面白く、力作である。その中で、長編部門では<エトロフ発緊急電>が賞を得た。
 これに最後まで対抗したのは<私が殺した少女>であった。<エトロフ・・・>は名作『針の目』に近すぎるという問題点を持っているのは認めるが、私は支持にまわった。まるまる下敷きにしたのではなく、共通の歴史的状況があったからだと解釈したのだ。
 <私が殺した・・・>はたしかに面白い作品だが、推理小説としては、開幕そうそうに真犯人が推定できてしまい、その点で直木賞の評価と差がでたようだ。
 評論部門の<夢野久作>の受賞に私は異議がなかった。<半七は実在した>はたしかに面白いが、その面白さの内容は、半七を軸にした江戸案内であって、ポスト半七の捕物帖の展開に深く関わってくれればと、惜しく思った。
 短編部門に中野の隠居が出ていた。私にとってはやりにくい。勘弁してくださいよ!
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連城三紀彦[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 候補の中に"都筑道夫"などという名前があると若輩はただ戸惑ってしまう。文章やらトリックの遊び方、ただもうご立派ですとしか言い様がなく、他の方たちの意見を拝聴している他なかった。山崎洋子さんは今度の候補作も面白い。平均点の非常に高い作家だし軽さもこの人の芸だとは思うのだけれど、この作品の場合、しつこいほどの女性心理の濃度があった方がいいんじゃないか・・・と迷っているうちに次作に期待しましょうということになってしまった。他の短編もどれも面白かったけれど全体に密度不足。長編の場合は多少密度に欠けても面積で誤魔化せるが、短編は密度勝負ですから。
 というわけで長編の方は密度には問題があっても面積は充分にもっている「エトロフ発緊急電」に決まった。島田荘司氏の辞退が痛く、「エトロフ」と「私が殺した少女」はどちらも適度に面白く適度に退屈で、「エトロフ」のスケールと「私が」の新鮮さ、どちらに転んでもちょっとため息ついて賛成しておこうと思っていた。「倒錯のロンド」は若いハッタリが可愛らしく、後半は小技ながら逆転の連続で一気に読んだが、前半に感じた登場人物の痩せ方と文章の幼さが最後まで尾をひいてしまった・・・
 水準作が並んで不作とは言えない年だったはずですが、決定打というかホームランのない試合運びはさびしく、そんな中で唯一、「夢野久作」という僕には無縁の作家の"人"と"作品"を重厚な文章と文学風展開とで面白く感銘深く読ませてくれた評論部門の鶴見氏の作品だけが、選考会に赴く前からの僕の「授賞作」でした。
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立会理事

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第43回 日本推理作家協会賞 評論その他の部門  
『半七は実在した』 今井金吾(『『半七捕物帳』江戸めぐり』として刊行)