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1996年 第49回 日本推理作家協会賞 評論その他の部門

1996年 第49回 日本推理作家協会賞
評論その他の部門

該当作品無し

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

大沢在昌[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 第四十九回日本推理作家協会賞の選考は、一九九五年一月一日より十二月三十一日までに刊行された長編と、各小説雑誌の一月号から十二月号までに掲載された短編、連作短編集を対象に、例年通り昨年十二月より開始された。
 協会員、出版関係者のアンケートを参考に、長編三五一篇、短編六三四篇、連作短編集三一篇、評論その他の部門三三篇をリストアップした。
 これらの諸作品を協会より委嘱した部門別予選委員が選考にあたり、長編十六、短編三九、連作短編二、評論その他が十一、の各篇を第二次予選に残した。最終予選会は、三月六日、七日の両日、協会書記局で開催され、候補作を決定した。
 候補作は既報の通り、長編五篇、短編四篇、連作短編が一篇、評論その他が候補作なしという内容で、理事会の承認を得た後、本選考委員会に回付した。
 本選考委員会は五月十六日、午後三時より、第一ホテル東京「カトレア」にて開催された。井上夢人、小池真理子、小松左京、志水辰夫、山村正夫の全選考委員が出席、大沢在昌が立合理事として選考をおこなった。本年度は長編部門が二篇、短編および連作短編集部門が一篇の受賞作が決定した。
 選考内容については、各選考委員の選評を参照していただきたい。
 受賞者記者会見には、京極夏彦氏、黒川博行氏と阿刀田高理事長が臨み、梅原克文氏からはファックスによるコメントが寄せられた。また、本年度より短編および連作短編集部門の受賞作の掲載誌が文芸春秋「オール讀物」誌に変更され、それに伴うグラビア撮影もおこなわれた。 
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選評

井上夢人[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 もともと別個の意図を持ち別個の手法によって書かれた作品を比較すること自体が無理難題というものだが、今年の長編部門の候補作のように、多種多様な、しかも力作ばかりが揃っていては、選考作業などほとんど<好み>によって決着をつけざるをえない。乱暴に言い切れば、賞の行方は<運>である。
『魍魎の匣』について時代考証の不備を指摘する意見もあったが、この作品にとっては些細なことと私には思えた。登場人物たちの過剰なまでの台詞の群れが、これまでの探偵小説における<謎の仕掛け>にとってかわるという新手法に感嘆した。作品で扱われている舞台設定やその雰囲気によって懐古趣味といった受け取り方もあるようだが、作品の新しさは材料よりも手法にある。授賞は当然の結果だと思う。
 対して『ソリトンの悪魔』は、素材の新しさと傑出したストーリーテリングによる授賞だ。ホロフォニクス・ソナーの音像美などは実に素晴らしいのだが、私としては肝心のソリトン生命体に関する<造り>が今ひとつ肯首できない部分(例えば生命体の思考形態、意識転移のメカニズムなど)が多く、他の部分の舞台構築が優れているだけに残念に思えたことを付け加えておきたい。
『ホワイトアウト』は、完成度の高いノンストップ・アクション小説で、この作品が賞を逸したことには、やや未練が残る。読者に対する過剰とも思えるサービスは、私にとってはかなり心地好いものでもあったのだが。
『梟の拳』は、身体的ハンディを背負った元ボクサーをあえて主人公においた意欲的な力作だったが、話の流れが時に先を割ってしまう点と、後半作品の力点が二つに分散されてしまったことに不満が残った。
『七回死んだ男』は他四作とレベルが違いすぎた。
 短編および連作短編集部門では、強く推せるだけの作品に出会えなかった。
 受賞作『カウント・プラン』は計算症という特異な人間の描出が素晴らしく、とても面白く読んだのだが、この主人公が作品中の事件とある一点しか接触しないことにやや疑問を持った。
 同様のことは『花の下にて春死なむ』という佳作にも言える。しっとりとした味わいを持った作品であるにもかかわらず死床に咲いた桜に関る事件がかえって邪魔をしている。
 連作短編集の『刑事部屋』は<非ミステリ小説>の佳作だと思う。ミステリ的に書かれた一篇がかえって浮いてしまっているのは、なんとも皮肉だった。
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小池真理子[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 言うまでもなく小説は、丹念な言葉の積み重ねによって織り上げられる一枚のタペストリーである。一瞬にしてすべてを語り尽くしてくれる映像とは、似ても似つかない。
 だが、そうとわかっていて『ソリトンの悪魔』の、荒唐無稽を忘れさせる描写力には圧倒された。読み始めてすぐ、私の頭の中には大スクリーンが広がり、そこに映し出される映像を眺めているような気分にさせられた。未知の領域であったむずかしいハイテク理論も、読んでいて何ひとつ苦にならなかった。人物造詣も巧みである。
"映画のような小説"は数多くあるが、この作品を通して、私は小説でしか読めない
"映画"を感じた。文句なしの受賞作であると言っていい。
『魍魎の匣』は、作者の天真爛漫な筆運びに、読んでいていささか疲労感を覚えた。物語の形式にとらわれず、全体をもう少し短く刈り込んで、余分な贅肉を落とせばよかったような気もする。だが作者は間違いなく、なみなみならぬ力の持主である。中でも作中小説の美しさは、幻想文学の見地から見ても見事と言うほかない。受賞に賛成した所以である。
『梟の拳』は難しい状況設定にチャレンジしてみせた好感のもてる作品であったが、失明したボクサーの一人称視点で描いたために、どうしても描写に限界が生じてしまった。一人称と三人称を使い分ける必要があったのではないか。
『ホワイトアウト』では、何よりも武装したテロリスト集団の思想、目的が不明だったことと、千晶という女性の描き方が類型的であったことなどに不満が残った。彼女がテロリストたちの会話を聞くことによってしか、状況説明がなされなかったのも弱いと思った。テロリスト側の視点をひとつ加えれば、いくつか目立った弱点を難なくクリアできたかもしれない。
 短編および連作短編集部門では、私は『カウント・プラン』を強く推した。計算症という特異な疾病をもつ孤独な男の全貌が、ヴェールをはがすように少しずつ見えていき、最後のオチにきれいにつながる。久々に短編の醍醐味を味わった。文体にも成熟した力強さが感じられた。
『花の下にて春死なむ』は、謎ときに力を入れようとするあまり、終わりのほうで強引にまとめられてしまったため、不自然な印象を残した。匂いたつように美しい文章で綴られた雰囲気のある短編だったのだが、その点が惜しかった。
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小松左京[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 選考会のコーディネイターをつとめた大沢在昌氏の表現によると、最終選考は「激論」がつづいた、という事になるそうだが、私の感想では、むしろ「活溌」で「充実」した議論がつづき、きわめて爽快な会議だった。昨年は、なかなか最終結論が出ず、記者発表が大幅にのびてしまい(私にも責任の一端があったようだが)、事務局が汗をかいていたが、今回はすんなりと予定時間内におさまった。
 しかしスタートの時は長編部門、短編部門とも五人の選考委員の間で意見がわかれ、長編部門五点のうち四点が、一部の重複をふくみつつ推され、しぼりこめるかどうかが、ちょっと危惧された。――私は最初から「ソリトンの悪魔」を第一に推していた。作者の梅原克文氏は、以前長編「二重螺旋の悪魔」を発表しているが、今回の候補作も、上下二巻書きおろしの、大部のSFである。実は、これは昨年、別のSF関係の賞の候補になったが、世代交替によって、やや先鋭化、繊細化しているSF界の傾向のためか賞を逸した。しかし、これは堂々とした雄大な「海洋SF」である。「ソリトン」という、まだ呈示されて間もない物理現象をもとに、それを人間的スケールをはるかにこえる、深海モンスターにしたて、それと海底石油探査の現場と接触させる、というスリリングな導入部も悪くない。最後の方になってちょっと「若さ」が露呈するが、ひさしぶりに日本作家の手になる本格的長編SFである事はまちがいない。
 ただ、最終候補中で、これこそと思ったものの、これは果たしてSFではあるが、推理作家協会賞としてどうだろうか、という一抹の危惧は残った。しかし、だからこそ、という思いもあった。実はこの賞は、二十年ほど前、私の「日本沈没」をえらんでくれていたからである。
 最後にこの作品と京極夏彦氏の「魍魎の匣」が残ってせりあった。この作品も、本格推理というより、日本の中近世以来の「今昔」や「雨月」のような怪異譚、近代では小栗虫太郎の初期作品に見られるような、おどろおどろしい怪奇の世界をあつかい、それでいて「ソリトン」に匹敵する大部をぐいぐい読ませてしまう力をもっている。最後にニ賞受賞という事になったが、どちらの作者も三十代半ばと聞いて、長編劇画や映画で育った世代の構成力やストーリィテリングの力強さを感じざるを得なかった。ただ今後は「古典作品」の文章表現、人間描写をとりこんでほしい。
 短編部門では、黒川博行氏の「カウント・プラン」がはいった。これも第一回のサントリーミステリー大賞の読者賞をとったベテランで、「計算症」の男を登場させたのが面白く、ホームグランドの大阪のある地区の雰囲気もよく出ていた。ある委員から全体のしかけにアンフェアな所があるとの指摘があり、私自身は別の作品を第一候補に推していたのだが、最後は多数決できまった事に異議はない。
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志水辰夫選考経過を見る
 レベルの高い作品がそろい、選ぶのがむずかしかった。最終的には『ソリトンの悪魔』と『魍魎の匣』で落ち着いたものの、今回はあえて異能の作品をという観点から選んだもので、必ずしも作品の優劣の結果ではないと思っている。そのためオーソドックスな作品がはじき出されたかたちとなり、落ちた方には気の毒だった。
 受賞作となった二作は、わたしの守備範囲外に属する作品で、こういう機会でもなければ読む機会のない小説である。どちらも荒削りだが、ぐいぐい押しまくってくるパワーに圧倒された。受賞を心からお祝いするとともに、これからも読者をねじ伏せるような力のある作品を送り出してほしいと願う。
 作品の完成度からいえば『ホワイトアウト』をいちばん高く評価する。文章の緊密度、うまさとも文句のつけようがない。今回はむしろはまりすぎ。この人は題材に頼らなくても読者をうならせる物語をいくらでもつむぎ出せる人だ。ミステリー界を担う逸材として今後をさらに期待したい。
 個人的には『梟の拳』をもっとも買う。力感あふれる文体は一級品だと思うし、むずかしい題材を扱ってけれん味を感じさせない力量はたいへんなもの。あまりにストレートな作品だったため今回は損をしてしまったが、これをさらなる飛躍へのきっかけにしていただけたらと思う。
『七回死んだ男』は必ずしも成功作だとは思えなかったもののわたしにはおもしろく読めた。こういう作品は賞の対象になりにくいうえ、読者もそれほど多くはないはず。しかし小説というジャンルを広げるためにも必要な分野だと思う。作者の意欲を評価したいし、今後の活躍を楽しみにしたい。
 長編に比べ、短編はもうひとつ地味だった。なかでは『刑事部屋』『花の下にて春死なむ』に好感を持った。前者は刑事の平凡な日常を描いた自然体の作品だが臨場感に光るものがあると思うし、後者はしっとりした文体がこの作品によく合っていた。『蝶々がはばたく』の機知、『吾子の肖像』の意外性、どちらも楽しめたものの、もうひとひねりあったらと惜しまれる。受賞作となった『カウント・プラン』は乾いた描写がこのストーリーにぴったりで、大正地区の街や工場の雰囲気がよく出ていた。
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山村正夫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今年度の長編賞の候補作品はボリュームのある作品が多く、読むのにいささか骨が折れたが、五編のうち四編はいずれも力作揃いで質的にはレベルが高かった。その点、西澤保彦氏の「七回死んだ男」は他の候補作に較べていささか力不足の感があり、見送らざるを得なかった。残る作品は甲乙つけ難く、消去法で受賞作を選出するほかはなかった。
 真保裕一氏の「ホワイトアウト」は、発電所ジャックというアクチュアルな設定が抜群に面白く、主人公が単独でテロリストたちに立ち向う「ダイ・ハード」的な物語展開も迫力に富み、とりわけ自然が猛威をふるう雪山の描写は、圧巻だった。だが、さしたる登山歴がないにもかかわらず、ダムの放流に押し流されながら、休む暇なく山を登っていく主人公の超人的な行動には、やはりこだわりを覚えた。それに他の選考委員の指摘もあったが、政府に五十億円を要求するテロリストたちの政治的な背景を、もっと書き込んでほしかったという気がする。
 また香納諒一氏の「梟の拳」は盲目の元チャンピオンのボクサーという主人公のキャラクターが特異で、ユニークなハードボイルド作品の魅力を備えていた。ただ、一人称で書かれているせいか、主人公の視覚的な意味での描写がぼやけ、盲目でなければならない必然性に乏しかった。
 梅原克文氏の「ソリトンの悪魔」はSF的な色彩の強い作品である点にやや抵抗感があったが、海底におけるスケールの雄大な事態の推移はスリリングで、SFや推理の枠を越えたエンターテイメントとしては、高く評価していいと思う。小松左京氏の「日本沈没」以来のこうした作品の授賞に、私も賛意を表した。京極夏彦氏の「魍魎の匣」は夢野久作の「ドグラマグラ」や小栗虫太郎などの作風を思わせる異色の作品で、一見古めかしさを感じさせ、読み辛くもあったものの、強烈な個性が生み出した独自のオカルト世界の構築が、旧来の探偵小説にはなかった新鮮さを感じさせ、私はこの作品を強く推した。
 連作短編集部門の佐竹一彦氏の「刑事部屋」は、警察小説としての価値は十二分に読めるものの、ミステリー的な要素が薄かったのが惜しまれる。
 短編部門は、個人的には積極的に推す作品がなかった。黒川博行氏の「カウント・プラン」は、計算症の男の得意な性癖に惹かれはしたが、それが犯罪と直接結びつかなかった点がやや不満だった。とはいえ、その種のサイコ的な要素を鮮やかに描き出した作者の筆力は並々ならぬものがあり、授賞には異論がない。
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