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1997年 第50回 日本推理作家協会賞 評論その他の部門

1997年 第50回 日本推理作家協会賞
評論その他の部門受賞作

ちんもくのふぁいるせじまりゅうぞうとはなんだったのか

沈黙のファイル 「瀬島龍三」とは何だったのか

受賞者:共同通信社社会部(きょうどうつうしんしゃしゃかいぶ)

受賞の言葉

 このたび共同通信社会部が取材、編集し、株式会社共同通信から出版した「沈黙のファイル」が第五十回日本推理作家協会賞を受賞し、部員一同大変喜んでおります。団体の受賞は初めてとのことで、あらためて日本推理作家協会と選考委員の皆様にお礼を申し上げます。「沈黙のファイル」は戦後五十年に際し、太平洋戦争を推進した大本営参謀、瀬島龍三氏が敗戦、シベリア抑留を経て伊藤忠商事の特別顧問として対韓国賠償などを通して政財界に重きをなしていく足跡を追い、戦後史の謎に迫ったルポルタージュの大型連載企画でした。一九九五年六月から十二月まで計七十回にわたって加盟社に配信しました。
 デスク一人、記者三人がチームを組み、一年半かけてモスクワ、ハバロフスク、長春、ソウルなどに足を運んだ力作と自負しております。受賞をきっかけにさらに多くの読者に読んでいただけるものと期待しています。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

大沢在昌[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 第五十回日本推理作家協会賞の選考は、一九九六年一月一日より十二月三十一日までに刊行された長編と、各小説雑誌の一月号から十二月号までに掲載された短編、連作短編集を対象に、例年通り昨年十二月より開始された。
 協会員、出版関係者のアンケートを参考に、長編三二四篇、短編五七七篇、連作短編集四〇篇、評論その他の部門二三篇をリストアップした。
 これらの諸作品を協会より委嘱した部門別予選委員が選考にあたり、長編二三、短編四一、連作短編二、評論その他が十一の各篇を第二次予選に残した。最終予選会は、三月五日、六日の両日、協会書記局で開催され、候補作を決定した。
 候補作は既報の通り、長編四篇、短編五篇、連作短編が一篇、評論その他が三篇という内容で、理事会の承認を得た後、本選考委員会に回付した。
 本選考委員会は五月二十六日、午後三時より、第一ホテル東京「カトレア」にて開催された。勝目梓、小池真理子、志水辰夫、船戸与一、山村正夫の全選考委員が出席、大沢在昌が立合理事として選考をおこなった。本年度は長編部門が一篇、評論その他の部門が一篇の受賞作が決定した。
 選考内容については、各選考委員の選評を参照していただきたい。
 受賞者記者会見には、真保裕一氏、共同通信社社会部長江畑忠彦氏、阿刀田高理事長が臨んだ。 
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選評

勝目梓[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 倉知さんの『星降り山荘の殺人』は軽快な語り口のさわやかさがよい。だが、他の長篇候補作の中では小粒の印象を避けがたい。軽少かならずしも欠点とはいえないが、そのこと自体によって他の三作の重量級のパワーに拮抗するものがないと、やはり分がわるい。
 白川道さんの『海は涸いていた』は筆力十分。いくつものストーリーをモザイクのように散りばめて進みながら緊張を高めていく手並みも堂に入っている。難点はすべてがあまりにも型にはまりすぎたところではないだろうか。そのためにかえって物語自体が生み出すはずのエネルギーがそがれて、感傷性が前に出てしまったように思える。
 坂東眞砂子さんの『山妣』は、何よりも目配りの確かな描写と、長い物語を支えてゆるぎのない文体に注目した。だが疑問は残る。作中の鍵蔵という人物は、結末の惨劇の引鉄を引く役割を物語の中で担う位置にいるのだが、その大役に見合うほどの造型は施されていない。そのために大詰めの破局が唐突に思えてならない。大きな、惜しむべき瑕である。
 真保裕一さんの『奪取』を私が推したのは、他にくらべて瑕が少なかったからである。欠点を残しながらも、痛快な物語を書いてやろうとする意気ごみとパワーの面でも、この作品は他を押えていた。
 安孫子武丸さんの『猟奇小説家』はギャグが不発に終っているのではないか。
 歌野晶午さんの『プラットホームのカオス』はていねいな作りで後味もよいが、切れ味が足りなかった。
 中嶋博行さんの『鑑定証拠』はサスペンスたっぷりの素材だが、これを短篇に仕立てるのは無理ではなかったか。
 貫井徳郎さんの『子を思う闇』は、悲劇の種をまいた当人を語り手に選んで、後味をそこねている。話しぶりもまわりくどい。
 渡辺容子さんの『右手に秋風』は、保安士の仕事の楽屋噺が面白いわりに、本筋の運びがいささか呆気ない。余分なおしゃべりが過ぎたかもしれない。
 今邑彩さんの『つきまとわれて』は、連作の形式に面白い工夫がなされているし、全篇に流れるシニカルな味わいが印象に残った。私はこの作品を推したが賛同は得られなかった。
 角田昭夫さんの『推理小説医学考』は、医学的な論考が専門的なところで終っているのが難点。もう少し一般性がほしかった。
 月山照基さんの『渡邉崋山の逆贋作考』はきわめて挑戦的でスリリングな題材だが、自意識過剰とも思える饒舌な文章はいささかうるさい。こういう文体で語られる必要性があるのだろうか。
 共同通信社社会部の『沈黙のファイル』は、文学賞の対象としてはなじまない、という考えを私は持っていたのだが、ここには推理小説の砿脈が埋もれている、という他の選考委員の発言に啓発されて支持票を投じた。
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小池真理子[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 長編部門に関しては力作がそろった。度の作品が受賞しても不思議ではなく、そのような心づもりで選考会に臨んだ。短編部門、評論部門でも、予想していた通り、各作品における選考委員の意見はほぼ一致し、始まってから終るまで、選考会は一時間という短時間のうちに円満に終了した。
『星降り山荘の殺人』は、素直に書かれ、器用にまとめられた好感のもてる作品だが、私にはやや、幼さが感じられた。各章のはじめに設けられた、枠囲みの中のナレーション的文章も、ただ遊び感覚を強調してみせるだけで、その役割を果たしていないように思われた。
『山妣』は、他の三作品を軽々と押しのけ、文句なく突出した力量を見せつける作品だった。描写力も並はずれており、うねっていく物語の波の中に、文句なく読者を包み込んでしまえるだけの力もあった。だが、一部と二部の完成度が高かった分だけ、三部での物語の失墜が顕著に目立った。一部二部を強引にまとめようとするあまり、三部における登場人物のキャラクターが、作者の都合のいいように変容してしまっている。すでに直木賞を受賞している作品であるが、他の文学賞を受賞しているから、という理由からではなく、三部の傷を看過できないという点において、今回の受賞は見合わせる方向に傾いた。残念だった。
『奪取』と『海は涸いていた』を私は個人的に等分に評価した。小説としての完成度の高さからいうと、『奪取』のほうがはるかに上だが、欠点だらけでありながらなお、『海は涸いていた』がはらむ清々しい魅力は捨てがたかった。
『海は・・・』は、現在進行形で進む物語よりも、過去の出来事のほうに重心が偏っており、そのバランスの悪さが構成上の失敗を招いている。とはいえ、作者の言わんとしていることは明確に伝わった。今後が楽しみな作家である。
『奪取』の真保さんは、昨年の『ホワイトアウト』よりも格段に力をつけた。エンターテインメントの極意を見せられたような思いがした。満票を得ての受賞を心から喜びたい。
 短編および連作短編集部門においては、どの作品も水準に達していないように見受けられた。短編小説とは何か、ということが理解されていない。長編を縮めたり、あるいは、或る出来事を説明しただけのものが短編小説ではないことを、もう一度、念頭におくべきだと思う。
 評論部門では、『渡邉崋山の逆贋作考』に関心をもったが、ひとりよがりな筆運びがいささか鼻についた。『推理小説医学考』は、評論というよりはエッセイの域を出ていなかった。結局、『沈黙のファイル』が圧倒的な支持を得ての受賞となった。共著でありながら、文体、視点、取材姿勢にばらつきが一つもなく、何よりもその構成の妙に小説的な興味を惹かれる作品だった。
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志水辰夫選考経過を見る
 長編部門では『奪取』が着眼点のよさと巧みなストーリー展開で傑出していた。偽札づくりという、ともすれば重くなりかねない素材を、これほどからっとおもしろく仕上げてみせた作者の力量に敬服する。日本には少なかった本格的なコンゲームが、ようやく登場してきたという意味でも、記念碑的作品といえるだろう。
 問題は『山妣』の扱いだった。圧倒的な迫力と読後感を持っていることは、今回の候補作中でもずば抜けていた。とくに一部、二部は作者の力技が存分に発揮され、物語のもつ醍醐味を満喫させてくれたと思う。それだけに三部のあわただしい終息が惜しまれ、推理作家協会賞としての賞の適否もあって、今回は見送らせてもらうことにした。
『海は涸いていた』も好きな作品で、わたし自身は『奪取』とともに二作受賞でもいいと思った。明晰で重厚な文章は読んで快く、これが二作目だとはとうてい思われなかった。それだけ作者の力量がうかがえるのだが、だからこそもっと個性のあるものが書けるはず、という声が強くて、結局推しきれなかった。つぎの作品に期待したい。
『星降り山荘の殺人』は読みやすさ、ストーリーテリングの巧みさ、ともにそなわった作品で、とくに欠点はないといっていい。逆にそれが個性の欠けることにもつながり、前三作に比べると訴える力が弱かった。今回の選考委員に本格派系の人がいたら、もっとちがう評価が出ていたかもしれないが。
 短編は『つきまとわれて』をいちばんおもしろく読んだ。しかし受賞作とまでは強く主張できず、最後は受賞作なしということに同意した。力作の多い長編に比べると短編はどうしても不利で、同じ土俵で論じるのは気の毒だ、という気がしないでもない。選考方法を再検討してもいいのではないだろうか。ただいかにも短編らしい、切れのある作品が少なかったことも事実。短編小説が隆盛になって欲しいと願っている人間のひとりとしては残念でならない。
 評論その他の部門では『沈黙のファイル』が文句なしに突出していた。神話がひとり歩きしている一私人の足跡を克明にたどることで、隠された現代史の検証を試みようとした努力は十分に報われており、スリリングで重い読後感は衝撃的である。共同執筆作品の受賞は今回が初めてだそうだが、これを機会に評論その他の部門の視野がもっと拡がってくれるよう期待したい。
『渡邉崋山の逆贋作考』もおもしろく読んだが、『推理小説医学考』と同様、個人的趣味の領域が多すぎ、受賞作に比べるといまひとつ説得力に欠けた。
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船戸与一[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 みずからのションベン作品を棚に上げて他人の作品をいいの悪いのとほざくはまことに破廉恥千万、余はくたばったあと傲慢の罪によって地獄の業火にによって焼かれるであろう。とは言え、任務は任務、いざ参る。長編部門受賞作『奪取』は偽札造りの興奮、コンゲームの軽快感、左中間まっぷたつの快作、真保裕一はここ当面不純文学界をリードすることとなった。『星降り山荘の殺人』はどこひとつ欠陥がないが、魅力もない。ただ、倉知淳の癖のない実に読みやすい文章力は新しい鉱脈さえ発見すれば数十万の読者を獲得する可能性を持つ。『海は涸いていた』は眼差しが甘過ぎる。白川道よ、一度は臭い飯を食ったんだろ、市民的価値観を汲み込んだバケツなんか蹴飛ばしてしまえ、次作はもっと凄味の利いたハードボイルド小説を期待してるぜ。『山妣』の坂東眞砂子の作家的器量の大きさは四人の候補者のうち抜きんでている。彼女は数年の研鑚を経たあと、日本版『百年の孤独』を書くだろう。土俗と闇とそこに隣接する村落共同体。この地平に足を踏み込んで来る近代からの使者としての両性具有者。発想は壮大で、物語ろうとする志はとてつもない射程を有していた。第二部においてあのような生いたちを持つ女があのように抽象言語を駆使するのは違和感を否めないが、そうでなければ語りえないとすれば、これは看過できる。問題は第三部だ。急速に登場人物たちがかちゃかちゃと有機的な関連性を持ちはじめて安易に収斂していく。発想時の志か、小説的結構性か?このことはおそらくすべての作家が一度ならず直面する問いである。彼女は安直に後者を選択した。それはそのままみずからの志に唾することを意味するのだ。坂東眞砂子の才能のために第三部のこの姿勢を惜しむ。短編および連作短編集部門の候補作は論ずる価値なし、どれもこれも気合てえものがはいっていない。次回は小太刀の冴えですっぽり余の喉を掻っ切ってくれい。評論その他の部門受賞作『沈黙のファイル』は現代史をテーマとする小説家ならだれもが興奮を覚えるルポルタージュである。瀬島龍三的なる存在とは何か、それは戦前戦中戦後の日本においてどのように機能したのか。受賞作はその核心へと踏み込んでいくのだ。今後ともこのクラスの作品が候補作となって欲しい。他の二作とは明らかにレヴェルがちがう。てなわけでこれが死刑執行人の弁。落選したかたがたよ、恨むなら余を強引に選考委員に指名した北方謙三を恨んどくれ。摩訶般若波羅密多、沈。
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山村正夫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 例年通り今年も、三部門別に選考が行われ、まず評論その他の部門から着手したが、全選考委員一致で共同通信社社会部の「沈黙のファイル」に授賞が決定した。これまでは個人のミステリー評論や研究書のみが、賞の対象になってきただけに、今回のように何人かのチームの共同作業による著書に授賞したのは、初めてのケースといえるだろう。それにしても、元大本営参謀瀬島龍三にかかわる戦時中の秘史は、グループの共同取材による成果が存分に発揮されていて、詠みごたえがあった。今後もこの種の著書がもっと注目されるべきで、本書がその先鞭をつけた意義は大きかったと思う。
 月山照基氏の「渡邉崋山の逆贋作考」は、幕末の洋学者であると同時に画家としても著名で、その作品が国宝や重美の扱いを受けている渡邉崋山の偉大な画業の真偽に、問題提示を行った着眼は興味深かった。だが、私自身はこの素材を、評論よりも小説で扱ってほしかったという気がしないではない。
 また、角田昭夫氏の「推理小説医学考」は、古典から現代に至る内外のミステリーに扱われている医学的なペダントリーを、詳細にピックアップして論じ、その意味では労作だという気がしたが、全体的に著者の趣味の範囲にとどまり、半ば道楽的な色彩が強かった点が惜しまれた。
 短編賞は残念ながら、連作短編賞をふくめて、強力に推す作品がなかった。今邑彩氏の「つきまとわれて」が、唯一、議論の対象になったが、全委員の積極的な支持が得られず、授賞を見送らざるを得なかった。
 長編部門では、倉知淳氏の「星降り山荘の殺人」が、四篇の候補作の中の唯一の本格推理物で、設定のトリックや論理性に独自な面白さはあったものの、他の作品と比べるとやや見劣りがした。また白川道氏の「海は涸いていた」は、構成といい筆力といいなかなかの力作だった。ただ、リアルの作品だけに捜査本部をはじめ、警察関係の知識の誤りが随所に散見されるのが気になり、その点のマイナスが大き過ぎた。
 結局、最後に真保裕一氏の「奪取」と坂東眞砂子氏の「山妣」の二篇が残り、活発な論議が戦わされた。だが、既に直木賞を受賞している「山妣」は、重厚な作風の魅力が十分に認められたが、推理小説的な見地から検討すると、作品の後半の第三部に前半に比べて設定に問題があり、最終的に「奪取」一作が受賞となった。
 今年は委員間でかなり揉めるのではないかと予想していたのだが、意外に選考はスムーズに進み、久しぶりに選考委員全員一致で、授賞作二作を決定することができたのは、喜ばしい限りといっていい。
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立会理事

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第50回 日本推理作家協会賞 評論その他の部門  
『渡邉崋山の逆贋作考』 月山照基
[ 候補 ]第50回 日本推理作家協会賞 評論その他の部門  
『推理小説医学考』 角田昭夫