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1976年 第22回 江戸川乱歩賞

1976年 第22回 江戸川乱歩賞
受賞作

ごじゅうまんねんのしかく

五十万年の死角

受賞者:伴野朗(とものろう)

受賞の言葉

   受賞のことば

 まさに「瓢箪から駒」であった。脱稿したのは、インドシナ取材に出発する日の朝であった。妻に清書と投稿を頼んで機上の人となった。四ヵ月の特派員生活を終え、帰ってみると、候補作に選ばれていた。幸運というよりない。そのためか、受賞の重みが、日一日と大きくのしかかってくる。根っからの新聞記者であるが、こうなった以上、時間の許す限り全力投球で、受賞の栄誉に応えるしかあるまいと、いささか開き直りの心境である。

作家略歴
1936.7.16~2004.2.27
愛媛県松山市出身 東京外国語大学中国語科卒 朝日新聞記者(主に外報部で中国問題担当)昭和六三年上海支局長を最後に退社
第二二回江戸川乱歩賞受賞の『五十万年の死角』で文壇デビュー 『傷ついた野獣』で第三七回日本推理作家協会賞受賞 代表作『大航海』『必殺者』『始皇帝』『九頭の龍』『霧の密約』『砂の密約』『呉三国志・長江燃ゆ』など 趣味はラグビー、落語

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

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 本年度の江戸川乱歩賞は、二月末日の締切までに応募作品総数一六二篇に達した。予選委員会は、去る五月十七日、青木雨彦、大谷羊太郎、権田萬治、氷川瓏、渡辺剣次氏ら五予選委員が出席して開催。第二次予選で九篇を選び、さらに左の五篇を候補作品として選出した。
 五十万年の死角    伴野 朗
 ライン河の舞姫    高柳芳夫
 殉死の設計      嵯峨崎遊
 魔性の石       川奈 寛
 虎の目は青かった   余志 宏 
 この五篇を本選考委員に回読を乞い、去る六月三十日午後五時半より赤坂“清水”において、佐野洋、菊村到、笹沢左保、都筑道夫、三好徹氏の五選考委員出席のもとに慎重なる審議の結果、伴野朗氏の「五十万年の死角」が第二十二回江戸川乱歩賞に決定した。
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選評

菊村到[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 「五十万年の死角」のよさは、とにかく理屈ぬきに面白い、という点にある。全くいい題材を掴んだもので、しかもそれが付け焼き刃でない。ジェームス・ハドリー・チェイスを思わせる才筆だ。
「ライン河の舞姫」は私には探り難い作品で、この作品も「五十万年・・・・」といっしょに受賞してもいいと思ったのだが、賛同を得られなかった。アンフェアすれすれのところを狙った野心作で、ただ前作の「禿鷹城の惨劇」を前提にしたのが失品として評価されたのが残念である。
「虎の目は青かった」は壮烈な失敗作。書出しから暫くのあたりはじつに素晴らしいのだが、本筋に入ってからがどうにも退屈で、作者はエンターティンメイントについて考え直すべきだろう。しかしこの作者は何かを持っていそうである。
「殉死の設計」は時代推理で、これもなかなか面白かった。殉死に見せかけて殺す、というアイデアもいいし、字がへたなために劣等感を持つサムライというのも面白い。ただし後半はご都合主義的な筋立てで、すっかり講談調に崩れてしまった。
「魔性の石」は、高価な宝石をめぐってうずまく人間の欲望をテーマにしたもので、宝石ツアーの話など面白いし、多彩な登場人物群像もそれぞれ魅力的なのだが、視点がめまぐるしくかわるのが難点。視点を一人の探偵役にしぼったほうがよかったと思う。
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笹沢左保[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 長篇小説は読む者を引っ張ってくれなければ、とてもついて行けないものである。最後まで読み続けるのに苦痛を感じさせるようでは、商品として通用しないし、作者にプロの資格がないということになる。ましてや推理小説なのだから、まず読む者を引きずり込むストーリーの展開がなければならない。そうした意味で、長篇小説になり得る作品は『五十万年の死角(伴野朗氏)』と、『ライン河の舞姫(高柳芳夫氏)』の二作しかなかった。
 それにもう一つ、専門的な知識を織り込まないと作品に重厚さが欠ける、あるいはリアリティに不足するといった考え方があるように見受けられる。それは、とんでもない誤解である。推理小説に専門的な知識を延々と織り込んだりすれば、かえってストーリーをつまらなくするし、冗漫で退屈な作品になるだけである。『魔性の石(川奈寛氏)』の宝石に関する専門的知識などは、明らかにマイナス点になっている。『虎の目は青かった(余志宏氏)』のエッセイに近い思想や国際感覚、日本観などの披瀝は、推理小説にまったく無用なものと言っていいだろう。『殉死の設計(嵯峨崎遊氏)』は力作だが、江戸時代の結婚制度を無視するといった時代考証に難点がある。角度を変えて、長篇時代推理を書いてみたら、いかがだろう。
 結局、『五十万年の死角』の着想の面白さと、文章の読みやすさを買った。今後の作品によって、構成力と書き込みの点の進歩を望みたい。
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佐野洋[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 題材偏重の風潮、とでも言えるものが、候補作全体を通じて見られるように思った。新奇な人目を惹くテーマを見つけ、それを中心に一編の小説を構成する――という傾向である。それの方法自体は、決して悪いことではない。ことに新人の場合、このような大きなテーマに取組む努力、意欲は、是非とも必要なものであろう。
 そして、各候補作とも、その中心テーマ、題材については、丹念な取材、研究を重ねており、その限りでは成功している。
 しかし、逆にそれが小説としての失敗につながっているのではないか、という感じは全体に否めなかった。素材への打ち込みが、それへのよりかかりとなり、人物設定、ストーリーの展開、全体の構成など、小説にとってより重要な要素の軽視を招いている・・・・。
 素材の研究に費したのと同量の周到さを、小説を創ることにも当ててもらいたかった。
 以上は一般論だが、このことは、受賞作『五十万年の死角』にも、あてはまるように思う。水準に達しており、最も失点が少ないということで全選考委員の支持を受けたが、緊張の配分に成功していれば、もっと魅力的な作品になっていたはずである。十分に筆力のある人だけに、注文をつけた次第だ。
 その他では『ライン河の舞姫』に魅かれた。ただ前作が一種の伏線になっていること、アンフェアを高めざるを得ない技法などのため、賞を逸した。また、『オール読物推理新人賞』のころにくらべ、文章が荒くなっている点が気になる。
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都筑道夫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今回は当選作なしか、それでは淋しいということになれば、細部に手をくわえてもらって、伴野朗氏の「五十万年の死角」が当選、ということになるだろう、と思って、私は選考会場に出かけた。
 五篇の候補作のなかでは、伴野氏のものがいちばん苦労せずに読め、いちおうストーリー・テリングのおもしろさを持っていたからだ。とはいっても、ほかの四篇もそうだったが、書きだしの魅力にはとぼしくて、読むのはだいぶあとまわしになった。
 とにかく、どの書きだしも食欲をそそらないので、前回に私が推した余志宏氏の作から読みはじめたが、ひどい苦しみを味わって、あとに影響した。この人、前回の各委員の選後評を、読みちがえたのではあるまいか。通俗映画的な達者さでは、プロに近い筆力が、まったくかげをひそめて、ぎこちない政治経済解説プラス生ぬるい冒険小説になっていた。
 酷評しすぎたかも知れないが、今回の候補五作に共通する欠点を、余志氏の作に代表させて、いってみたのだ。大きな問題をまんなかにすえて、その生な解説のあいだに、小間切れにしたストーリーをはさみ、その推理的興味を、登場人物を都合よく動かして解決する。そんな読者を甘くみた態度で、推理小説に書けるものではない。小さな町の小さな事件を、小味に書きこんだ作品がまじっていたら、それはきっと光って見えたことだろう。
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三好徹[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 候補作五篇のうち、時代ものの一篇を除く他の四篇は、すべて外国を舞台にするか、あるいは外国に関係してくる作品だった。なにも舞台設定にこだわることはないのだが、これほどまでに揃ってしまうと、偶然として片付けられないものを感ずる。しかし、四篇とも、読者をして異国にあらしめるような臨場感に欠けていたのは物足りなかった。
 「五十万年の死角」(この題名は平凡すぎる)は、北京原人を話のタテ糸にした作品で、着想のよさがなによりも強味だった。選考委員が全員、高い点数をあたえたのも当然である。ただ、この作者は小説をちょっとあまく考えているようなところがあるように感じられた。人物の造型に、もう一くふう欲しいところである。
 「ライン河の舞姫」はなかなか面白い作品である。だが、前作の姉妹編というところに不満があった。かりにそれに目をつむったとしても、クリスティー作品と同巧異曲であるのは致命的である。この手法を使うなら、クリスティーを超える何かがなければなるまい。「殉死の設計」は、字の下手な武士という設定は面白いのだが、時代考証に難点があった。時代物の場合、それを無視するわけにはいかないのである。他の二編、作者の意欲や苦心はよくわかるのだが、それぞれトリックやプロットに大ざっぱなところがあって選に洩れた。次回の奮起を期待したい。
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選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第22回 江戸川乱歩賞   
『ライン河の舞姫』 高柳芳夫(『「ラインの薔薇城(ライン・ローゼンベルク)」殺人事件』として刊行)
[ 候補 ]第22回 江戸川乱歩賞   
『殉死の設計』 嵯峨崎遊
[ 候補 ]第22回 江戸川乱歩賞   
『魔性の石』 川奈寛
[ 候補 ]第22回 江戸川乱歩賞   
『虎の目は青かった』 余志宏