1992年 第38回 江戸川乱歩賞
受賞の言葉
遠い昔、初めて『Yの悲劇』を読んで結末までたどり着いたとき、茫然として、時間とまわりの空間が凍りついてしまったように感じたことを覚えています。今回、受賞の通知をいただいて、また同じような経験をすることとなりました。中学生時代からのあこがれの乱歩賞に名前を連ねることができるとは、本当に夢のようです。
元々運のいい方ではないので、最終選考に残ったという通知をいただいても、受賞の可能性はなるべく考えないようにして生活してきました。ちょうど子供が二人とも高熱を発し、一人はひきつけを起こすというくちゃくちゃの状態で発表の日を迎えました。受賞の電話をいただいて最初にしたことが、あわてて床屋に行くことでした。
ミステリーは小学生の頃から読んでおり、長い間心の慰めであり、心の支えであり、雑多な知識の源泉でした。山のような本を抱えて引っ越しを繰り返し、やどかりのようだと評されてきました。好きな作家の名前は書き切れませんが、まずロス・マクドナルドとディクスン・カーで、この二人は似た所があると勝手に思っています。医学ミステリーではハドスン、クック、ケラーマンという三人の先達を尊敬しています。
今回の受賞は、私に最大、最高、最後のチャンスを与えてくださったのだと深く感謝しています。チャンスをものにできるように死に物狂いで頑張りたいと思います。
- 作家略歴
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1948~
出身地 三重県松坂市
学歴 名古屋大学医学部卒
デビュー作 「白く長い廊下」
代表作 「ローマを殺した刺客」
職歴 医師
趣味 ランニング、競馬
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
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本年度乱歩賞は、一月末日の締切りまでに応募総数二七九篇が集まり、予選委員(香山二三郎、郷原宏、関口苑生、松原智恵、山前譲、結城信孝の六氏)により最終的に左記の候補作五篇が選出された。
<候補作>
ヘルン先生行状記 千葉 良
村正殺人事件 松本 豊
夏の果て 若竹 七海
至福のとき 森 健次郎
長い廊下 川田弥一郎
この五篇を六月二十四日(水)福田家「扇の間」において、選考委員・阿刀田高、生島治郎、井沢元彦、西木正明の四氏の出席のもと(五木寛之氏は書面にて回答)慎重なる審議の結果、川田弥一郎氏の「長い廊下」に決定。授賞式は九月二十八日(月)午後六時より帝国ホテルにて行われる。閉じる
選評
- 阿刀田高[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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選考の基準は、文章力、現実感、ミステリーとしての味わいなどにしぼられるだろう。現実感は、登場人物が生きて動いているか、それなりに破綻のない事件構成と解決になっているか、ということであり、ミステリーとしての味わいは、トリックの意外性やサスペンスの盛りあげかたなどを含んでいる。
「夏の果て」は、高岩青十という実在しない文学者とその記念館を作りあげているところは巧みであったが、事件そのものは現実感を欠く。刑事は刑事らしくないし、ユーモアも楽しめない。全般的に薄味であった。
「至福のとき」は、おもしろく読んだ。謎の深まりやサスペンスの盛りあげかたにも趣向が感じられ、いったんはよい作品と思いかけたのだが、結末が納得できない。ミステリー作家が犯しやすいあやまちとして、さんざん謎を仕かけておきながら、最後に「なんでそんなむつかしいこと、しなくちゃいけないの?」と尋ねたくなるような不思議な筋立てを作ってしまうことがよくあるのだが、この作品にもそれを感じてしまった。犯人は結局どんな犯行を企て実行したのかよくわからないし、篠原という男が“私”に弁護人を依頼したわけも曖昧である。
「ヘルン先生行状記」は、ラフカディオ・ハーン、松江の町、老舗の菓子屋、コレラの発生など、歴史の骨組みをうまく利用しており、一応は楽しめたが、二番目の事件が安易であり、小説の屋台骨を支えきれないうらみがあった。わるくはないが、もっとよい作品があったということであろうか。
「村正殺人事件」は、よい作品であった。何よりも警察と刑事の描写が生きている。刀の寸法のトリック、密室のトリックなども唸らされてしまう。これも第二の事件が甘いのだが、私としては水準に達していると思った。
しかし「長い廊下」を読むと、やはりこちらのほうがまとまりがよい。医療のトリック、その背後に潜む病院経営の問題など、テーマそのものにも広がりがあった。閉じる
- 生島治郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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推理小説に謎解きや意外性はつきものだが、ここにあまりこだわりすぎると、説明的になりすぎたり、ストーリイの展開にむりを生じたりすることになる。つまり、小説の味わいを損ねないようにするテクニックが必要になるわけで、その点の筆さばきに失敗した作品が多かった。
せっかく途中まではよく描かれているのに、作者の推理小説的にしようというような思い込みが足かせになってしまうのである。
「ヘルン先生行状記」「村正殺人事件」「至福のとき」いずれも、最初は身を乗り出す感じになるにもかかわらず、あとの部分でがっかりさせられる。
特に、「村正殺人事件」は主人公の設定もよく、村正に関する資料の使い方も面白いのだが、いざ殺人ということになると、そのこじつけがいかにも無理だなあと思わせられた。その点をうまくクリアできれば、この人は充分にプロになれる素質はある。
「夏の果て」は文章的にも構成的にも、自己陶酔がひどすぎる。もう少し、自分を客観的に捕え、ユーモア感覚も磨かなければ、読者にうっとうしさを与えるだけである。
「長い廊下」は文章、構成、ストーリイの展開といずれもバランスがよく取れている。特に、伏線を張り、それが意外な展開となってゆくところに切れ味がある。
医学の専門知識を扱いながら、それをふつうの読者にも通じるような平明さで描いてあるところはさすがである。
この新人は今後も医学的な世界を描くだろうが、専門的な知識を武器にしながらも、専門的でない読者を魅了する世界を描ける書き手ではないかと思う。
乱歩賞は視野がひろがり、いろんなタイプの推理小説を産み出す可能性が大いにあることを、今度の候補作を読みながら、力強く感じた。閉じる
- 井沢元彦[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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「ヘルン先生行状記」この作品を一言で評すれば「もったいない」となる。アイデアもいいし登場人物と事件のからみも悪くない。しかし、全体のバランスが極めて悪い。おそらく作者は長編小説のペースというものがよくわからず、書いていくうちに枚数が足りなくなったのではないか。「もったいない」のはその点だ。もう少し頭の部分を刈り込んでヘルン先生の登場を早くすべきだと思う。
「夏の果て」不思議な作品である。ミステリーとして一応まとまっている。だが、私を除く選考委員すべてがこの作品に最低点をつけた。この作品には不倫や未婚の女性の妊娠といったことが重要なモチーフとなっているが、それにリアリティがない。生きてセックスしている人間ではなく「人形」の動きを見ているような気がする。それが最大の欠点だろう。
「至福のとき」全体の四分の三まではとても面白く読めた。しかし、やはりちょっと「事件」に無理があるのではないか。犯人が女高生を殺す行動が特にそうだ。あんな短時間に計画的に出来るものかどうか。ここを読者に納得させるように細かく書き込んでいれば、評価はもう少し変わったかもしれない。
「村正殺人事件」受賞作との差はほとんどないと言っていい。村正の長さに関する謎あるいは密室。また警察部内の人間関係についての描写などは、こちらの方が優れている。ただし、小説としては受賞作の方が面白かった。むしろこの作者は「警察殺人事件(このタイトルは嫌だが)」を書いた方がよかったのではないか。
「長い廊下」私はこの作品を推した。ワープロの印字が上下左右等間隔(これはやめて頂きたい)で、極めて「読みにくい」原稿であったにもかかわらず、実際は五作中一番短時間で読めた。小説とは料理と同じで、栄養とか外見をいう前にまず「おいしい」ことが第一である。そして、その一点が「村正」との明暗を分けたと言えるかもしれない。閉じる
- 五木寛之[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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今回も力のこもった長篇ぞろいで、圧倒される思いがした。読むのに苦労したと言っては悪いけれども、それも作品の質と大いに関係がありそうな気がする。
トリックとストーリーが良くできていれば及第点、というふうには私は思わない。できればこくも香りもある語り口であって欲しいのだが、時代は必ずしもそんな古風な趣向を求めてはいないようである。
候補作五篇のうちでは、その意味で比較的バランスがとれていたのが松本豊氏の「村正殺人事件」だった。つづいて若竹七海氏の「夏の果て」、三位に千葉良氏の「ヘルン先生行状記」を推したが、全作品の点差はそれぞれ〇・五点であったから、実際はほとんど全作品がゴール前一線に並んだという感じだろう。
受賞作の川田弥一郎氏の「長い廊下」に関しては、医学の専門家でなければ書けない作品であるとうなづきつつ読みながら、乱歩賞が一作の完成度を問う賞であるべきか、その作家の期待度を加点すべきかに、いささか悩むところがあったのも事実である。
現代の病院というのは、ミステリーのみならず、小説のもっとも興味ぶかい対象であると言っていい。そこには科学から経済、行政から宗教にいたるまで、目のくらむような巨大な深淵がよこたわっている。川田氏が、その世界に果敢に踏みこんでゆくとすれば、どこかで必ずミステリーの約束と正面から対決せざるをえない時がくるのではあるまいか。この作者の今後の仕事に、ことに興味を抱くゆえんである。閉じる
- 西木正明[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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「長い廊下」を読みはじめてしばらくは、何度もはらはらした。ストーリー展開にもはらはらしたが、それよりもこんな形で人間を登場させて大丈夫だろうかという、いわば危惧を感じてのはらはらである。
しかし、そうした心配は、読み進むうちに安心感に変わって行った。一見唐突に登場した人物が、実はちゃんとした必然性にもとづいて物語の中に組み込まれていることが、しだいに明らかになるからだ。
人物にかぎらずつぎつぎに敷設される伏線のいずれにも、きっちりとした答えが用意されている。すべてに目配りが行き届き、安心して物語の世界に身をゆだねることが出来た。
文章も平易で読みやすく、むずかしい医学上の事柄が、素人にもよくわかるように書かれている。登場人物のデッサンが適切なのでひとりひとりが行間から立ち上がって来る。人物描写をなおざりにしたミステリーが多い中で、これは貴重である。
というわけで、今回はこれしかないと心に決めて選考会に臨んだが、先輩選考委員の方々の意見も一致していたのは幸せであった。「村正殺人事件」も力作である。途中三分の二ぐらいの所までは「長い廊下」と甲乙付けがたく、これは大変だ、どっちにしようか、ひょっとすると二作受賞ということもある得るかと思いつつ読み進み、ある時点で、「惜しい!」と思わず叫んでしまった。
犯人を明らかにする方法として、供述調書の形を取っているのだが、この処理がまずかった。隣町の警察署に乗り込んだ若い刑事が、その署員とやりあっている間に、彼の相棒が犯人から調書を取るのだが、その調書が丸一日かかっても取れないほどの量なのである。それまでの展開がまことに良かっただけに、上手の手から水が漏れた形になってしまった。
ほかの三作も力作だったが、以上二作にくらべれば、今一歩力不足だったと思う。閉じる
選考委員
予選委員
候補作
- [ 候補 ]第38回 江戸川乱歩賞
- 『ヘルン先生行状記』 千葉良
- [ 候補 ]第38回 江戸川乱歩賞
- 『村正殺人事件』 松本豊(『凶刀「村正」殺人事件』として刊行)
- [ 候補 ]第38回 江戸川乱歩賞
- 『夏の果て』 若竹七海 (『閉ざされた夏』として刊行)
- [ 候補 ]第38回 江戸川乱歩賞
- 『至福のとき』 森健次郎