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2004年 第50回 江戸川乱歩賞

2004年 第50回 江戸川乱歩賞
受賞作

かたこんべ

カタコンベ

受賞者:神山裕右(かみやまゆうすけ)

受賞の言葉

 自分の可能性を試してみたい。
 そんな想いで職にも就かず、これまで習作を書いてきた。その頃の私は、まだ見ぬ前線に憧れ、一人で訓練を重ねてきた志願兵のようなものだったと思う。簡単に作家になれるはずがない。だが悔いは残したくない。三年、いや四年は続けてみようと思った。
 だが目に見える成果は何一つ得られなかった。たとえどれほど努力をしても、結果が出なければ作家になることはできない。私は己の無力さを感じ、作家になることを諦めかけていた。そんなとき、江戸川乱歩賞という大変栄誉ある賞を頂いた。
 喜びよりも恐ろしさが先に立った。私は実戦を知らない。戦いの正しい手ほどきを受けたこともない。そんな未熟な私が、これから先、文壇という戦場で本当に生き抜いていけるのかと考えると恐ろしかった。
 しかし私の資質を認め、信じて背中を押してくれた友人や選考委員の方々がいる。その期待だけは裏切るわけにはいかない。だから勇気を持って戦場に飛び込むことにした。
 最後になりますが、私の拙い作品を選んで頂いた、選考委員、関係者の方々に篤く御礼申し上げます。

作家略歴
1980.1.23~
名古屋経済大学法学部卒

代表作:『カタコンベ』
趣味・特技等:写真撮影、TVゲーム、一人旅

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

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 本年度乱歩賞は、一月末日の締切りまでに応募総数三〇八編が集まり、予選委員(香山二三郎、新保博久、三橋暁、村上貴史、横井司、吉田伸子の六氏)により最終的に下記の候補作五編が選出された。
〈候補作〉
ばら撒け!      藤井 貴裕
裏金街        大久保権八
ゴドルフィンの末裔  永橋 隆介
カタコンベ      神山裕右
孤独な巡礼者     井川 衆行

 この五編を五月十九日(水)午後三時より、第一ホテル東京において、選考委員の綾辻行人、井上夢人、逢坂剛、真保裕一、乃南アサの五氏(五十音順)の出席のもとに、慎重なる審議の結果、神山裕右氏の「カタコンベ」を本年度の江戸川乱歩賞と決定した。授賞式は九月十七日(金)午後六時より帝国ホテルにて行われる。
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選評

綾辻行人[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 神山裕右氏の『カタコンベ』は、物語の大半が洞窟の闇の中で展開されるという、なかなかに魅力的な枠組を持った野心作である。良くも悪くもB級ハリウッド映画的なサスペンス&アドヴェンチャー――ではあるのだが、特異な極限状況下での殺人事件とその犯人探しの興味を盛り込みつつ、ラストまでスピーディに読ませる。せっかくだから犯人探しの部分にもっとひねりの利いたロジックとサプライズの工夫が欲しかったところ――でもあるのだが、結果として、二十四歳という若い作者の今後に期待を込めての授賞となった。
 選考会ではほとんど賛同を得られなかったのだが、今回の候補作中、僕が最も興味深く読んだのは井川衆行氏の『孤独な巡礼者』だった。語り口の平板さや、主人公の心理・行動に関する説得力の乏しさなど、小説としての難は多々あるが、全体に仕掛けられた逆転の構図は大変に面白いと思う。どうにも腑に落ちない気分で読まされた前半部の、その腑に落ちなさが実はことごとく逆転の伏線になっているあたり、作者の筋の良さとミステリへのこだわりが窺えて嬉しい。うまく書けば傑作になりえた作品だとも思うのだけれど、この形ではあまりに問題が多すぎるのも事実だろう。
 「面白く読ませる」という点では、藤井貴裕氏の『ばら撒け!』が高ポイント。誘拐の身代金をビルの上からばらまかせるといったアイディア自体は、長谷川和彦監督の『太陽を盗んだ男』などを知っているとさほど目新しくもないのだが、それでもとにかく、最初から最後まで愉しく読ませてくれた。力のある有望な作者だと思う。しかしいかんせん、「まるで某人気刑事ドラマのような作り」があまりにも目につきすぎてしまうため、それ以上の積極的な評価はためらわざるをえなかった。
 永橋隆介氏の『ゴドルフィンの末裔』は、手堅く書かれた競馬ミステリ。リーダビリティやプロットのまとまり具合という点では、充分に水準をクリアした作品だと思う。が、ストーリーの要となる部分にどうしても見逃せない疵があるという指摘があり、選からは洩れることとなった。
 大久保権八氏の『裏金街』は、候補作の中では恐らく最も達者な筆致で書かれた小説だろう。それは認めるものの、しかしながら正直言って、この作品を読んでいる間中、僕は強い違和感と不快感を覚えつづけるばかりで、まったくエンターテインされることがなかった。「好み」の問題とは別に、いったい作者がどのような同時代認識の下にこの小説を書いたのか、はなはだ理解に苦しむところでもある。
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井上夢人[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 『裏金街』は、今回の候補作中、最も完成度の高い作品だった。作中に描かれた洗脳の方法には説得力を欠くものの、全体が丁寧で緊張感のある物語に組み上げられている。私はこの作品を一位に推したが、作品全体を包む在日朝鮮人及び韓国人問題への作者の姿勢が問題点として指摘され、授賞に至らなかったことは、大変残念に思った。派手さはないが、読ませる小説を書く力は充分にお持ちの方である。
 それに比べ、受賞作『カタコンベ』は未完成な小説という印象を持った。ケイビングを取り上げた着想は面白いし、洞窟からの脱出劇はB級のハリウッド映画を観ているような感覚もあって楽しい。しかし、荒削りという以前のあまりにも稚拙で無神経な文章や、粗雑な小説の造りが、脱出劇の面白さを削いでいる。若い可能性を買われた結果の授賞だと思う。
 『ばら撒け!』は、誘拐事件を縦軸に据え、警察内部の人間模様を横軸に配するという楽しさ溢れる小説だった。劇画調の人物たちがあまりにパターン化されていることも気になったが、私としては、その色調にそぐわない残酷な展開を残念に思った。四歳の女の子を残虐な方法で殺したり、瀕死の重傷を負わせたりするのは、エンターテインメントとしていかがなものだろう。あまりに救いがなさすぎる。
 『ゴドルフィンの末裔』は、物語の展開も小気味よく、とても面白く読んだが、作中の犯罪計画そのものに無理がありすぎた。小説に書かれた方法では、競馬馬のすり替えを成立させられないし、たとえそれがうまくいったとしても、種牡馬としての失敗を挽回できるものではない。架空の組織であれば許されるというものでもないだろう。JRAは現実のものを使っていて、不正を成立されるために架空の組織を作るというのでは都合がよすぎる。
 『孤独な巡礼者』は、逃亡犯が逃亡犯を追うという着想が、もしピッタリとハマって書かれていたとしたら、面白いものになっていたかもしれない。しかし、あまりにも小説の造りが不自然すぎた。長年追い続けてきた犯人を目の前にして、時効が迫っているというのに通報もせず、延々と逃亡犯を相手にお芝居などしている被害者の遺族たち。どう読まれるかを考えずに書かれた小説の典型ではないかと思う。
 なお、授賞決定後に大幅な改稿がなされることを前提として候補作を評価するという今回の選考については、選考委員の一人として、かなり疑問を感じたことを付け加えておきたい。
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逢坂剛[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 『ばら撒け!』は、残念ながらテレビの警察ドラマのノベライゼーション、としか位置づけられない。小説としての、基本的骨格ができていない。筋の運びが一人よがりで、読み手は状況を理解するのに苦労する。キャラクターが立ち上がらず、名前は単なる記号にすぎない。きついことを言うようだが、テレビドラマの脚本を小説に仕立てるつもりなら、乱歩賞には手が届かない。おもしろいストーリーを書きたい、という意欲は伝わってくるのだが、その手法を間違えたとしかいえない。
 『裏金街』は、熱気のこもった業界ものだ。裏金融の世界を、圧倒的なリアリティをもって描き切ったパワーは、大いに評価できる。まず感心したのは、キャラクターがよく立っていること、文章の視点にほとんど乱れがないこと。それだけでも、プロの作家としてやっていける資質がある、と判断できる。ただし、この種の小説にありがちに欠点だが、個々のシークエンスはよく描けているのに、それが全体の大きな流れにつながらない。惜しくも受賞は逃がしたが、このパワーと熱気は貴重なものである。
 『ゴドルフィンの末裔』は、全候補作中でもっとも小説らしく仕上がった作品、といえよう。文章もこなれているし、構成もさしたる欠点がない。ただ、それだけに盛り上がりに欠け、平板な印象を与える。一般人が、イージーに拳銃を撃ったりする不自然さや、人間関係をあまりに都合よくつなげすぎたことも、いちじるしくリアリティをそぐ。他の選考委員から、馬のDNA問題や種付け問題に関して疑義が出され、それが致命傷になった。
 『カタコンベ』は、『裏金街』とはまったく別のタイプの作品だが、やはりパワーと熱気に満ちた佳作である。ことに、洞窟内でのパニックシーンは迫力にあふれ、作者はケイビングの経験をもつに違いない、と思わせるリアリティがある。実際には経験がないそうだから、作家としての想像力には十分恵まれている、といえよう。ただし、意外であるべき犯人の設定に説得力がなく、犯行の動機が弱い。文章も、視点の乱れる箇所がかなりあるほか、「拍子抜かれる」「屈指を誇る」など用語に難点が多く、読みにくい。とはいえ、パニックシーンの迫力には捨てがたいものがあり、将来性を買って授賞作に推した。手直しを条件の授賞には異論も出たが、作品の根幹に関わる部分を改変するわけではなく、単純な文章の手入れが中心なので差し支えない、と判断した。
 『孤独な巡礼者』は、キャラクターに魅力がない。一人称小説だが、肝腎の主人公が真実を隠したまま行動するため、読み手は常に靴の上から足を掻くような状態に置かれる。残りわずかになった時効期限を目指して、主人公が逃げ回るという話なのだが、そこにまた別の時効事件がからんでくる。その設定が、ひどくずさんでご都合主義なのは、あとに続く伏線になると見当がつくからいいとしても、主人公がそのずさんさに気がつかないというのは、あまりにも不自然である。犯罪の加害者と被害者の関係に踏み込もうとする、作者の志はよしとするけれども、小説に要求される緊密性をもっと大切にしてほしい。
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真保裕一[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 『ばら撒け!』実を言うと、最も楽しく読めた作品だった。作者が登場人物に愛着を込め、かつ自分でも楽しみながら書いているのが伝わってくる。情報をセーブしつつ視点人物を転換させて読者の関心を引こうとするテクニック、群集シーンの書き方など、なかなか堂に入っていた。だが、テレビドラマによる知識のみで書いたのでは、と疑いたくなるほどに警察の内部事情が現実から乖離しすぎている。人物の配置も安易で、動機も頷けない。最初の一歩としてはこれでもいいだろう。書ける人でもありそうだ。が、プロを目指すつもりがあるなら、独自の世界観と細部の腕を磨いてほしい。
 『ゴドルフィンの末裔』選考会では、メインとなる犯罪の設定自体に疑問が投げかけられたが、私は徹頭徹尾、主人公の考え方についていけなかった。作中の状況で警察から逃げようとする理由が、まずわからない。今どきあの程度の状況証拠で犯人を誤認する警察はないだろう。友人の妻に思いを寄せていながら、その娘にまで関心を持つキャラクターも成立しているとは言い難い。馬の血統に引っかけたわけではないだろうが、人間にまで親子関係を出しすぎるのは安易に映る。強引に話を進めようとせず、主人公とともに作者も途中で立ち止まってみる必要がありそうだ。一人称は作者の技術がそのまま表れやすい。小説の基礎体力をどうつけていくか、が課題に思えた。
 『孤独な巡礼者』テーマのアプローチには好感が持てる。作者の誠実さはにじみ出ていた。が、小説として消化しきれておらず、生の記述がやたらと目立ってしまった。時効を前に犯人を見つけた被害者の感情はどういうものか、真犯人をめぐる家族の心情、という根幹となる二点において納得ができなかった。作り物を越えて、読み手に迫るものを見せていただきたい。
 『裏金街』私はこの作品を第一に推した。裏金業者をめぐる世界観と人物像には、並々ならぬものがある。特に、冴子や為永の存在感は、候補作中、随一だった。ストーリーも練られている。ただ、洗脳シーンのあっけなさ、問題の多い刑事を拉致する必然性、などが気になり、最後まで強く推しきれなかった。
 『カタコンベ』作者自身が物語を楽しみ、かつ読者をもてなそうという意気込みが随所から感じられた。作者の若さが、いい意味でも悪い意味でも作品に表れていた。まずは長所を大切にして書いていっていただきたいと思う。
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乃南アサ[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 ワクワクしたい。ドキドキしたい。
 これこそが小説を楽しむ場合の大きな醍醐味の一つだと思う。
 読み手もそこまで小説の世界に引き込むためには、作品に、それだけの力がこもっていなければならない。つまり書き手自身が、文章を書くことによって、おのれのエネルギーを爆発させる必要がある。これは、どれほど行儀の良い文章を書くことが出来ても、どんなにほころびのないストーリーを編むことが出来ても、またべつの問題になる。
 『カタコンベ』には、様々な問題があると思う。何よりも心配なのは、あらゆる点において、あまりにも不注意であることだ。文章の書き方、ストーリーの組み立て、下調べ、何ごとに関しても、よくいえば無頓着、大らか。だが、度を過ぎれば褒められない。
 それでもこの作品が残った。なぜなら、他の作品からは感じられなかった「ワクワク感」があったからだ。その魅力は、多くの欠点をカバーするだけの力を持っていた。それを、型にはまらないスケールの大きさと取りたかった。著者の若さと可能性、努力を惜しまない姿勢に期待するのみである。
 残念だったのは『ゴドルフィンの末裔』だった。ミステリーとしての仕立てさえ間違えなければ、文章はしっかりしていて人間も描けている。違う筋立てで読んでみたい。
 『裏金街』は、設定そのものはまずまずだと思うのだが、里親制度や洗脳の問題を始めとして、モチーフの扱い方の多くの部分に安易で乱暴な印象が目立ち、しかもすべてが尻切れトンボになっている感があった。
 『ばら撒け!』は何よりも主人公に魅力がないことが決定的な弱点だったと思う。誘拐をテーマにしたものも使い古された印象は否めない。無駄は省き、犯人を含めて、もっと人間を丁寧に描いて頂きたい。
 『孤独な巡礼者』は時効寸前の逃亡犯の物語にしては、全体の緊迫感のなさと展開の安易さが気になった。また、犯罪被害者と加害者の対比というテーマとストーリーの設定の間に無理があり過ぎ、あるべきところに葛藤が生まれておらず、結局は平板になってしまった。
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選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第50回 江戸川乱歩賞   
『ばら撒け!』 藤井貴裕
[ 候補 ]第50回 江戸川乱歩賞   
『裏金街』 大久保権八
[ 候補 ]第50回 江戸川乱歩賞   
『ゴドルフィンの末裔』 永橋隆介
[ 候補 ]第50回 江戸川乱歩賞   
『孤独な巡礼者』 井川衆行