2000年 第53回 日本推理作家協会賞 短編部門
受賞の言葉
地味だとよく人に言われます。作品、タイトル、名前や顔まで・・・・・・。自分でもそうかなぁ、と思い始めていたころだったので、受賞の報は、薄暗い舞台の袖でポーンと背中を押された思いでした。華やかな、そして、温かいスポットライトを当てて下さった選考委員並びに予選委員の皆様、心より感謝申し上げます。さて、短編で賞を頂戴したのですから、ご恩返しの気持ちを込め、この場をお借りして受賞後第一作の十行短編を。
盗作での受賞。私はショックのあまり寝込んでしまった。お祝いならぬ、お見舞いの花が続々届く。真の作者Y氏からも鉢植えの見事な胡蝶蘭が・・・・・・。鉢に差された給水器には酸性の風呂洗剤。鉢の底には塩素系洗剤。まぜるな危険!の殺人タイマーが作動し、深夜、私は塩素ガスで絶命。病死として処理されそうな気配だ。願わくば、どなたかY氏のミスを指摘してほしい。病床に『根付き』の花を届けるのは非常識ではないか、と。 (終)
- 作家略歴
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1957~
執筆信条――『一筆入魂』
'57年1月17日、東京生まれ。都立向丘高校、国際商科大学(現在の東京国際大学)卒。群馬県の地方紙・上毛新聞社で12年間の記者生活の後、フリーライターに。子ども向けのノンフィクションや漫画の原作を手掛けながら、大好きな推理小説に挑戦。'91年、『ルパンの消息』で第9回サントリーミステリー大賞佳作。'98年、『陰の季節』で第5回松本清張賞受賞。'00年、『動機』で第53回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。警察組織を舞台とした地味な作品が多い。
前橋市在住。趣味は悪魔犬ミルク(ラブラドールレトリバー♀)との飽くなき闘い。松井秀喜のホームランカード収集。特技は雑談と空手と華麗なドライブテクニック。性格は多重人格?人前で喋るのがとっても苦手。口癖は「書かないブタはただのブタ」。推協会員番号763(南無三!)
《著作》 連作短編集『陰の季節』(文藝春秋)。推理短編集『動機』(同)。若者向け小説『出口のない海――人間魚雷回天特攻作戦の悲劇』(講談社)。児童向けノンフィクション『平和の芽――語りつぐ原爆・沼田鈴子物語』(同)。漫画の原作に『語り継がれる戦争の記憶(1)~(3)』、『事件列島ブル(1)~(2)』など多数。
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
- 斎藤純[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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第五十三回日本推理作家協会賞の選考会は、去る五月十一日、第一ホテル東京において行なわれ、別掲のとおり受賞作が決定した。
選考対象となった作品は一九九九年一月一日より一九九九年十二月三十一日までに刊行された長編小説、連作短編集、および評論集など、各小説誌の一月号より十二月号までに掲載された短編小説で、ここから協会員と出版関係者のアンケートを参考に長編三五八、短編七八一、連作短編集四二、評論その他四四をリストアップした。
リストアップされた作品は、協会が委託した部門別予選選考委員が選考にあたり、長編十四、短編三九、連作短編集四、評論その他十六を第二次予選に残した。なお、本年度から本選考会は「長編及び連作短編集部門」、「短編部門・評論その他の部門」の二選考会となった。三月十三日から十五日にかけて行なわれた部門別の最終予選会において、本年度の協会賞候補作は既報のとおり、長編三、連作短編集一、短編五、評論その他五が残った。
「長編及び連作短編集」本選考会には選考委員全員の大沢在昌、北上次郎、高見浩、辻真先、西木正明(立ち会い理事・斎藤純)、「短編部門・評論その他の部門」本選考会には選考委員全員の阿刀田高、生島治郎、小池真理子、佐々木譲、佐野洋(立ち合い理事・真保裕一)が出席し、真摯な議論が交わされた。選考内容については各選考委員の選評を参照していただきたい。
選考会後、第一ホテル東京で開かれた記者会見には全受賞者が出席し、活発な質疑応答があった。
以上のとおり、大きな変更後、初めての協会賞を滞りなく終えることができたのは本選考委員、予選選考委員をはじめとする協会員ならびに関係者各位の協力のたまものである。協会賞には年々注目度が高まっているが、さらに実り豊かなものにしていくためにも協会員諸氏からの率直な意見を賜りたい。閉じる
選評
- 阿刀田高[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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短編部門の賞について私は若干の危機感を抱いている。三~四十枚の短編小説が、ボリュームたっぷりの長編部門や評論その他の部門の賞によく匹敵するためには、よほどのソフィスティケーションと、短い作品に対する愛着が必要だ。ミステリーの隆盛にもかかわらず、この方面は手薄い。「短編賞なんか、なくてもいいんじゃない」といったムードに傾かないよう短編ミステリーの質的向上を願ってやまない。今回も充分に満足できたわけではなかった。
が、そういう情況の中にあって、〈動機〉は安心して読むことができた。短編にふさわしい題材を選び、その枠組の中でストーリーの展開、人物への目配り、描写力、みんな整っている。そして、なによりも横山さんは、このテーマに関してご自身の型を持っている。これからも警察内部の人間関係を素材にして、刑事が大活躍する警察小説とは一味ちがった名作を書いてくださるだろうと、その期待が〈動機〉に一票を入れた動機である。
評論その他の部門は、どれも読みごたえのある力作ぞろい、どれが受賞してもおかしくないと思った。選考のポイントは作品のよしあしを離れて推理作家協会の賞としてふさわしいかどうかに傾く。はっきりとは規定できないが、おのずと良識の赴くところがあるだろう。
〈三鷹事件〉は綿密な調査と畳みかける筆致を備えた力作だが、ノンフィクションとして評価されるべきものだろう。〈現代の精神鑑定〉はミステリーの書き手にとって必読の文献だが、文字通りの学術書だ。〈LAハードボイルド〉は都市論として読むべきものと私は考えた。〈ホラー小説講義〉は、この賞にふさわしく、タイムリーでもあったが、総花的で、まとまりを欠くうらみなきにしもあらず。〈ゴッホの遺言〉も、本来は絵画論に分類されるものだろうが。分析の手法が、とりわけ画家の義妹ヨーの企みを追究する手法が、ミステリー作品そのものであることを高く評価した次第である。閉じる
- 生島治郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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今回の『評論その他の部門』の候補作はいずれも力作ぞろいで、大いに読み応えがあった。
中でも受賞作となった『ゴッホの遺言』はゴッホの生涯を詳しく描くとともに、贋作にあらゆる角度から迫って、その遺言を明らかにした手法は見事である。
また私の好みで云えば、ロスアンゼルスという街の進化を克明に辿りながら、それとともに生じた腐敗を描き、その痛恨をテーマに発生したハードボイルド小説を分析した『LAハードボイルド』が興味深かった。
短編賞の候補作で私が面白いと思ったのは『動機』である。この作品は文章の切れもよくて、伏線がきいていて、警察官の哀愁がうまく描かれている。
結局、この作品が満場一致で受賞作となったわけである。
ほかにも私が良いと思っていたのは『審判は終わらない』である。事件の推移が明確に描かれると同時に少年審判の背景もわかりやすく描かれている。
『畳算』はテーマが大きすぎて、この枚数におさめるのに無理があったのではなかろうか。長編作家としての力量は充分にあるだけに今後は短編にも磨きをかけてもらいたい。閉じる
- 小池真理子[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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小説の真髄は文章にある、と考えている。どれほど読者をあっと驚かせ、唸らせる物語だったとしても、それが上質な文章で紡がれていない限り、読み手に届くものは希薄になってしまう。文章は物を書く人間にとって、最大の武器になると同時に、最大の難関にもなる、と言うことができるだろう。
そんな視点に立って読んだ五作の短編のうち、横山秀夫氏の『動機』は群を抜いていた。ミステリー短編において、構成とオチ(仕掛け)の優劣が問われるのは当然のことであるが、それ以前に、作者がいかなる文体を自家薬籠中のものにしたか、ということが問われる。この作品は構成も巧みなら、さらに文章も巧みであり、作品にふさわしい文体が出来上がっている。ほのぼのとしたヒューマンドラマ、センチメンタルなドラマでありながら、決して辛口の視点を失っていないことも、成功した一因だったろう。久しぶりに良質の短編ミステリーを味わったという思いを抱いた。この作者は警察を舞台にしたミステリーだけではない、別の世界をも自在に操れる能力の持ち主ではないか。今後の活躍が楽しみである。
評論部門では、『ゴッホの遺言』を強く推した。ゴッホのスケッチとされていた一枚の絵が贋作であることの論拠が綴られるあたりでは、その巧みな誘導に思わず興奮し、引き込まれた。作者は二枚残されている『ドービニの庭』というゴッホの絵の不思議を分析し、ゴッホを自殺に追いやったのが誰だったのか、贋作を描いたのが何者だったのか、推理する。そのまなざしの透明さに読み手は素直に引き寄せられるのである。まさしく上質な知的遊戯を存分に味わったような読後感であった。
選考会の折に他の委員からも同意見が相次いだが、今回、推理作家協会賞の対象外と思われるものが候補にあがってきた。そう思いつつ、私は『日本の精神鑑定』と『三鷹事件』を大変興味深く読んだ。きわだってすぐれたノンフィクションだと思ったことをつけくわえておく。閉じる
- 佐々木譲[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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今年から、委員構成を分けての選考となった。長編部門と、短編それに評論その他の部門というふたつだ。昨年度のボリウムを考えると、この制度変更は選考委員の身にはありがたい。とはいえ、これまで短編部門で選考されてきた連作短編が長編部門に入ったことは、よいことだったかどうか。いっそ連作短編という取り上げかたをやめて、連作短編の場合はそのうちの一本の作品だけを賞の対象としては?
さて、短編であるが、わたしも推した横山秀夫さんの「動機」にすんなりと決まった。素材の選びかたといい、結構の作り方といい、読後感のよさといい、手だれと言いたくなるだけの技量から生まれた作品である。読んだあと、わたしは「ER」とか「サード・ウォッチ」のようなアメリカ製連続群像テレビ番組の一篇を観たあとのような読後感を持った。登場人物がそれだけ的確かつ簡潔に、十分なだけの遠近感を持って描き分けられているということで、これは賛辞である。
評論その他の部門では「ゴッホの遺言」が満場一致。昨年も書いたが、それが犯罪事件を取り上げている、というだけでは、どんなに優れたルポであろうと、あるいは研究書であろうと、推理作家協会賞が顕彰すべきものではないとわたしは考える。顕彰の視点は、それがミステリーという文芸ジャンルを豊かにしてくれるかどうか、というところにある。その意味から、一読後「三鷹事件」と「現代の精神鑑定」は、対象外であると思った。
逆に「ゴッホの遺言」は、絵画論であるだけでなく、じつはサスペンスフルな「とある死の真相」の究明レポートである。加えて、ミステリーのジャンルに越境するきわめて知的な遊戯的感性を持ったノンフィクションである。なにより掲示される謎が魅力的であり、その謎を解きあかす手際も見事だ。ミステリーの書き手をすこぶる刺激してくれる文芸作品であった。閉じる
- 佐野洋[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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短い枚数の中に、ミステリー的な趣向を盛り込み、一つの完結した世界を築き上げた作品。それが、『優れた短編ミステリーとは何か』という問いに対する答えだと思っている。
私の見たところ、候補五作品中、この条件に合致しているのは三作であった。ただ、三作の中にも、登場人物の配置が不自然だったり、すでに多くの作家が扱っている趣向に頼ったりで、積極的に推す気持ちになれないものもあった。つまり、私が本当に推したいのは、横山秀雄氏の『動機』だったのだが、横山氏が松本清張賞を受賞した際の選考委員であった私には、どうしても横山氏に肩入れしたい気持が働くから、同氏の作品を見る目が甘くなっている恐れがあった。
そうした理由から、仮に他の委員各位が、この三作のどれかを評価なさった場合には、それが横山作品でなくても、賛成の票を投ずるつもりだった。
だが、第一回の投票で、満票を集めたのは横山氏だけであった。私は自分の評価が『贔屓目』によるものでないことに満足した。
次に『評論その他の部門』だが、この部門は、「推理小説の評論、または推理小説界に貢献する評論・エッセー」を顕彰するという目的で作られた。(その当時、私は理事長であった)。
小林英樹氏『ゴッホの遺言』は、優れた推理小説を読むときの興奮を味合わせてくれたし、推理の過程も見事な、まさに第一級のノンフィクションだとは言えるものの、果して協会賞の対象にしてもよいものかどうか。
これに対し、阿刀田さんは「あまり固い枠をはめない方がいい」と言い、立ち合い理事の真保さんも「協会賞の枠は、第四十六回の『文政十一年のスパイ合戦』で、すでに広がっている」と説明して下さった。
それならば問題はない。喜んで、『ゴッホの遺言』を協会賞にお迎えしたい。閉じる