2000年 第53回 日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門
受賞の言葉
まず、この短くはない物語を読み、選んでくださった予選委員及び、本選考委員の皆様に感謝申し上げます。そして幻冬舎のスタッフはじめ、作品に協力してくださった人々、なにより刊行後も共感を持って支えてくださっている読者には、深く感謝申し上げます。
今回の受賞は、心に傷を負いながらも、懸命に生きている人々の存在を、選考委員の皆様が讃え、おおやけに励ましてくださったことにもなるだろうと思います。
一方で、この作品は、心に傷を抱える人物たちが主人公であり、テーマには賞や名声に価値を置き過ぎる社会への疑問も内包しています。評価をいただいたことを心から喜びながらも、浮かれた言動は厳に慎み、襟を正して受け止めねばならないと考えています。
今回の受賞が、心身に傷を抱えながらも、懸命に生きている人への、共感のメッセージになることを願っています。生きることに息苦しさを感じているのは、あなただけじゃない、多くの人が理解し、思いを寄せているという事実が届けば、なによりの喜びです。
- 作家略歴
-
1960~
愛媛県松山市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業。一九八六年、「白の家族」で第一三回野性時代新人文学賞受賞(栗田教行名義)。映画の原作・脚本などを手掛けたのち、一九九三年、「孤独の歌声」で、第六回日本推理サスペンス大賞優秀作を受賞。一九九六年、「家族狩り」で、第九回山本周五郎賞を受賞。一九九九年、「永遠の仔」。
二〇〇〇年、「永遠の仔」で日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門受賞。
2009年『悼む人』にて第140回直木賞を受賞。
受賞の言葉
二年と少し前、江戸川乱歩賞をいただいてこの世界に足を踏み入れたばかりのころ、「推理作家協会賞は、候補作も一線の作家が選ぶ賞だから、本当の意味での重みがある」と担当編集の方に教わった記憶があります。なるほどと思うと同時に、当分は無縁な話だろうと半分聞き流していたのですが、それが思いも寄らぬ早さで拙著に冠される運びとなったのですから、人生はわからないものです。
受賞作に関しては、すでに十二分に報われている自覚があるとはいえ、新たに賞をいただいた喜びが減衰するものではありません。併せて次作に課せられるプレッシャーが増大するという意味では、またひとつ宿題を頂戴した気分でもありますが、それも受賞作がもたらしてくれた勲章であり、財産であるとも思っています。今回、拙著を通じて得た先輩作家の方々の諌言や、編集の方々との人の輪を宝にして、これからも個人の戦いに邁進する所存です。ありがとうございました。
- 作家略歴
-
1968~
東京生れ。私立千葉商科大学中退。
警備会社に勤務のかたわら、一九九七年「川の深さは」を江戸川乱歩賞に応募、受賞は逸したものの高く評価され、のちに刊行されて好評に迎えられた。翌九八年、第四十四回乱歩賞を受賞した「Twelve Y. O.」は毀誉褒貶分かれたが、前記二作と三部作をなす「亡国のイージス」は各方面から絶賛され、第五十三回日本推理作家協会賞を受賞している。作品には、ほかに「∀ガンダム」がある。
2003年『終戦のローレライ』にて第23回吉川英治文学新人賞を受賞
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
- 斎藤純[ 会員名簿 ]選考経過を見る
-
第五十三回日本推理作家協会賞の選考会は、去る五月十一日、第一ホテル東京において行なわれ、別掲のとおり受賞作が決定した。
選考対象となった作品は一九九九年一月一日より一九九九年十二月三十一日までに刊行された長編小説、連作短編集、および評論集など、各小説誌の一月号より十二月号までに掲載された短編小説で、ここから協会員と出版関係者のアンケートを参考に長編三五八、短編七八一、連作短編集四二、評論その他四四をリストアップした。
リストアップされた作品は、協会が委託した部門別予選選考委員が選考にあたり、長編十四、短編三九、連作短編集四、評論その他十六を第二次予選に残した。なお、本年度から本選考会は「長編及び連作短編集部門」、「短編部門・評論その他の部門」の二選考会となった。三月十三日から十五日にかけて行なわれた部門別の最終予選会において、本年度の協会賞候補作は既報のとおり、長編三、連作短編集一、短編五、評論その他五が残った。
「長編及び連作短編集」本選考会には選考委員全員の大沢在昌、北上次郎、高見浩、辻真先、西木正明(立ち会い理事・斎藤純)、「短編部門・評論その他の部門」本選考会には選考委員全員の阿刀田高、生島治郎、小池真理子、佐々木譲、佐野洋(立ち合い理事・真保裕一)が出席し、真摯な議論が交わされた。選考内容については各選考委員の選評を参照していただきたい。
選考会後、第一ホテル東京で開かれた記者会見には全受賞者が出席し、活発な質疑応答があった。
以上のとおり、大きな変更後、初めての協会賞を滞りなく終えることができたのは本選考委員、予選選考委員をはじめとする協会員ならびに関係者各位の協力のたまものである。協会賞には年々注目度が高まっているが、さらに実り豊かなものにしていくためにも協会員諸氏からの率直な意見を賜りたい。閉じる
選評
- 大沢在昌[ 会員名簿 ]選考経過を見る
-
当初からニ作を推す覚悟で選考会に臨んだ。「永遠の仔」は、「生・老・病・死」という人間の四大苦を大きなテーマにすえ、最初の殺人の犯人は誰かという、はっきりした縦糸をもっている。しかもこれほど救いのない物語でありながら、作者の人間を見る目は、肯定的である。これだけの長さが必要であったのか、とか、トラウマを抱えるすべての人がこうした人生を歩むわけではない、といった疑問が、読後生じないとはいわない。しかし、百万を越える人に、決してかりそめではない問いかけをしたこの作品の業績は大きい。受賞は当然であったろう。
「亡国のイージス」は、すでに他の文学賞を受賞し、評価の定まった、すぐれた冒険小説である。一作授賞に選考委員会が拘泥すれば、ワリをくったかもしれない。私は「すでに他賞を受賞しているから」という政治的な判断が下されなかったところに、協会賞の真価を感じた。既受賞者、そして選考委員のひとりとして、本年度の二作受賞は、胸を張れる結果だと思う。
「てのひらの闇」は、手練れの作品である。文章は心地よく、キャラクターの配置に過不足がない。だが、主人公の「父親殺し」のシーンに抱かせられた違和感が、すべてを壊した。組織の頭を張る男が、一匹の鉄砲玉と命をひきかえるこの場面は、絵的には凄絶で、言葉には美しいが、おのれの立場を考えれば、無責任な犬死でしかない。このような死に方をした「親」を「子」は決して敬えないのではないか。きれにこだわるあまり、作者は物語を浅くしてしまった。
本年度から協会賞の部門が改変され、連作短編が長編部門に組み入れられることになった。これは、長編の体裁をとった「実は連作短編集」という作品が昨今増えたことに起因している。純粋な短編集は、商業的な成功が難しく、出版社も著者もそのあたりを考えているからだろう。
ところがその初年度に、純粋な連作短編集があたってしまった。
「法月綸太郎の新冒険」は、損をした。作者の久しぶりの新作であり、切れ味のよい本格作品が詰まった贅沢な作品集ではある。しかし例えるなら、チェスの試合とボクシングの試合、どちらに心を奪われるか、という選考会になってしまった。必ずしもボクシング有利という立場を私はとらないが、本年度に限っていえば、この結果となった。これを機に、作者の旺盛な執筆再開を願ってやまない。閉じる
- 北上次郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
-
今回は、天童荒太『永遠の仔』と、福井晴敏『亡国のイージス』の二作が受賞したが、妥当な結果と思われる。ただし、二作ともに完璧な作品ではけっしてない。『永遠の仔』は登場人物の感情が最初から沸騰しているのが気になるし、『亡国のイージス』もその荒さを指摘されるだろう。しかしこの二作にはそういう瑕瑾を押し流してしまうものがあふれている。それを作品に充満する熱気と言い換えてもいいし、あるいは志の高さと言い換えてもいい。特に後者に対しては、一部の選考委員から荒唐無稽であるとの指摘もなされたが、冒険小説の場合、ある程度それは止むを得ないと考える。もちろん許容範囲を越えるものであってはいけないが、この作品にかぎってはその範疇内だろう。質量ともにこれだけ本格的な海洋冒険小説がわが国で書かれたのは初めてではなかったか。その出現を喜びたい。『永遠の仔』は、過去にどんどん遡りつつ真相を徐々に明らかにするという点で、構造的にはトマスH・クックの「記憶」シリーズに似ているものの、この作者でなければ書き得ないオリジナリティと力技に圧倒される。
実は今回の候補作中、もっとも個人的に惹かれたのは藤原伊織『てのひらの闇』である。一部の選考委員からは主人公の行動原理の甘さを指摘されたが、それは許容範囲だと私は考える。しかしミステリーとして読むとプロットに欠陥があるので推しきれなかった。法月綸太郎『法月綸太郎の新冒険』は事情が異なる。今年から連作短編集がこちらの部門にまわることになったその第一回目に、皮肉なことに純然たる短編集が候補になるという不運といっていいような気がする。これはやはり短編部門で検討されるべきだろう。形式にこだわらず、その内容に則した部門分けが必要なのではないか。閉じる
- 高見浩選考経過を見る
-
自衛隊の一護衛艦による反乱の一部始終を、精緻なプロットと、リアルな細部描写によって興趣豊かに描き切ったのが、「亡国のイージス」である。そこには読者を徹底的に楽しませてやろうという作者の意志が一貫していて好感が持てた。数ある戦闘シーンはいずれも凄まじい迫力に満ちているが、それが決して上っすべりになっていないのは、この“異変”の国際的な背景や、そこに巻き込まれていく人間たちののっぴきならない情念が、冷静に、緻密に書き込まれているせいだろう。英米の冒険小説の秀作群に優に比肩する完成度を示した本書を受賞作に推すことに、何のためらいもない。
「永遠の仔」を一読して伝わってくるのは、不条理な心の傷と戦う人間たちに寄せる、作者の熱い共感だ。主人公たちの少年期の部分では、その共感がやや生な形で奔出しているせいか、子供たちの会話がいささか観念的なのが気になるが、宿命と苦闘しながら三人が歩む道は、少年犯罪の多発に揺れる現代の病根の一端をも照らしだしているかのようで、重い感動を誘う。時代の深層をえぐって一編のミステリーを構築し得る作者の力量を十分に証した一編で、「亡国のイージス」と共に受賞作とすることにまったく異存はない。
文章、会話、人間描写、といった小説の基本的な構築要素が熟成されている点で、「てのひらの闇」は傑出していた。読者は企業内の一匹狼である主人公に心地よく身を添わせて日本的な“ハードボイルド”の世界に遊ぶことができる。が、「亡国の――」や「永遠の――」と比べると、予定調和的な日常感覚を揺るがすようなインパクトに欠ける物足りなさが、どうしても残った。
「法月綸太郎の新冒険」は、パズラーとして出色の出来だと思う。なかでも「現場から生中継」の切れ味には唸った。が、この感動を重量級の長編の与える感動と同じ土俵で論じなければならないのは、作者、評者、双方にとって不幸なことではないのか、という気がする。閉じる
- 辻真先[ 会員名簿 ]選考経過を見る
-
選考は盛り上がった、といっていいと思う。揉めたのではないが、すんなり決まったわけでもない。どの作も誰かが一位に押したのだから、候補作それぞれに充実しており、高いレベルの争いだったといえるだろう。
残念なのは今年から選考の形式が変わって、連作短編と長編がおなじ土俵で選ばれたため、『法月綸太郎の新冒険』が不運な結果になったことだ。長編として収斂する形の連作短編集が多かったので、このジャンルを長編と並べたそうだが、あいにく今年の連作は文字通りのシリーズ短編だった。一編ごとにパズラーとして傑出していたにもかかわらず、一方で大長編が目白押しだったから割を食った。知に訴える作と情に斬りこむ作を、おなじ秤にかける点でも無理を覚えて、推しきれなかったことに悔いがのこる。ウェルメイドな作としては『てのひらの闇』がトップだろうが、作者の志に圧倒された『永遠の仔』の熱気の前に、いささか霞んだのはやむを得ない。この作といい『亡国のイージス』といい、欠点をいいたてればあれこれあるのに、ズシンと応えた読後の重さが瑕瑾を忘れさせる。ともに今日的な主題を明確に打ち出しているが、中でも『永遠の仔』のミステリーとしての強固な構築に感嘆した。テーマとミステリーの手法を不即不難の関係でからませ、陰影豊かに描出された人物像で裏打ちしている。作品の長さを厚みに置き換えた筆力に、敬意を表したい。
去年につづいて二作入賞の結論になったが、決してバラマキではなく、賞のレベルの低下ではないことを強調しておこう。候補となった四作それぞれを、ぼくは一読者として喜びをもって読みおえた。純粋な読書の楽しみをあらためて教えてもらったことに感謝している。その後で、強引に順位をつけなくてはならぬ辛さは待っていたけれど。閉じる
- 西木正明[ 会員名簿 ]選考経過を見る
-
法月綸太郎さんの『法月綸太郎の新冒険』は、今回の候補作の中で、唯一の連作短編である。いずれもひねりの効いたまとまりのいい作品で、これ単独で読んだかぎりにおいては、十分に楽しめる佳編ばかりである。この作品にとっての不幸は、他の三作品が、いずれも重量級の大作ばかりだったことだ。たとえて言うなら重機関銃で武装した相手に拳銃で立ち向ったようなもので、迫力不足はいなめない。同じ土俵上で勝負させたことに、問題があるような気がした。
藤原伊織さんの『てのひらの闇』も、まとまりの良さが光る作品である。うまさという点では、今回の候補作の中で一番だったと思う。本賞はプロの賞だとわたしは考えているので、十分に受賞に値する作品だと思って押したが、残念ながら賛同が得られなかった。
受賞作のひとつ、福井晴敏さんの『亡国のイージス』は、熱気あふれる作品である。とりわけ前半は凄い。デティールの描写、登場人物の描き分け、出し入れのタイミングとも申し分なく、これは文句なしだと思って読み進んで、後半に入って驚いた。正直言って、前半と後半は別の作品のような気がした。とりわけ登場人物の体温が感じられなくなってしまったこと、ストーリーの進め方がうってかわって乱暴になったことは問題である。
だが、前半のすばらしさが群を抜いていたことから、最後は納得して受賞に賛成した。
天童荒太さんの『永遠の仔』は、すでに高い世評を得て、ベストセラーになっている作品である。一読して感じたことは、これは世評どおりだという、賞の選者として、はなはだふさわしからぬ思いだった。要するに、それだけ良く出来ていたということである。もちろん、細かいことを言おうと思えば言えることはある。しかし、これだけのボリュームの作品を、いっきに読ませてしまう迫力と熱気には、何を言っても無駄だ。というわけで、ためらうことなく受賞作に押した。閉じる