一般社団法人日本推理作家協会

推理作家協会賞

2020年 第73回
2019年 第72回
2018年 第71回
2017年 第70回
  • 長編及び連作短編集部門愚者の毒宇佐美まこと
  • 短編部門黄昏薬丸岳
2016年 第69回

推理作家協会賞を検索

推理作家協会賞一覧

江戸川乱歩賞

2020年 第66回
2019年 第65回
2018年 第64回
2017年 第63回
2016年 第62回

江戸川乱歩賞を検索

江戸川乱歩賞一覧

2011年 第64回 日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門

2011年 第64回 日本推理作家協会賞
長編及び連作短編集部門受賞作

せきがんのしょうじょ

隻眼の少女

受賞者:麻耶雄嵩(まやゆたか)

受賞の言葉

 昨年は本厄でした。親からは「なんかしろ!」とせっつかれていたのですが、執筆同様に万事ぐずぐずする性質なので、重い腰を上げ厄除けに行ったのは七月に入ってからのこと。そのせいかどうか、人生初めての人間ドックでは身体のガタが色々判明したりと、年の前半は散々なものでした。
 ただ、時期を逸した厄除けにも効果はあったらしく、十月に上梓した『隻眼の少女』で今回、日本推理作家協会賞という大きな賞をいただけることになりました。嬉しい限りです。
 もしかすると、厄除けという我が国の伝統行事と、戦前からの伝統芸である本格ミステリーは、某かの親和力があるのかもしれません。ないか……。
 ともかく、みなさまありがとうございました。

作家略歴
1969.5.29~
三重県上野市生まれ。京都大学工学部卒。
大学在学中の1991年、「翼ある闇」でデビューして話題に。つづいて、「夏と冬の秦鳴曲」「痾」「あいにくの雨で」「鴉」「木星の王子」と長編を発表。短編集に「メルカトルと美袋のための殺人」がある。

2011年『隻眼の少女』にて第64回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門と第11回本格ミステリ大賞小説部門を受賞
2015年『さよなら神様』にて第15回本格ミステリ大賞小説部門を受賞

2011年 第64回 日本推理作家協会賞
長編及び連作短編集部門受賞作

おれたりゅうこつ

折れた竜骨

受賞者:米澤穂信(よねざわほのぶ)

受賞の言葉

 推理作家協会賞の受賞、とても光栄に思っています。
 とにかく目の前の小説を良く出来ればと思い続けてきました。「こうした方が面白い気がする」というエゴイズムだけで突き進んできたような気もします。それが可能だったのは、もし自分のエゴが間違っている時は編集者が正してくれるはずという信頼があればこそ。また、拙作を楽しんで下さる読者の皆さんが共にいてくれたからこそです。
 小説を書くとは、本質的には孤独な作業です。私も最初は、たった一人でノートの片隅に書き始めました。しかし、もし一人のままだったなら、今日を迎えることは到底できなかったでしょう。
 お礼は新作をもって代えさせていただきます。出来るだけ良いものを、近いうちに。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

柳広司[ 会員名簿 ]選考経過を見る
≪長編及び連作短編集部門≫ 柳広司

 本年度の本賞候補作は『明日の雨は。』『華竜の宮』『アルバトロスは羽ばたかない』『隻眼の少女』『折れた竜骨』の五作品。
 最初に、各選考委員から「本年度の推理作家協会賞に相応しい」と考える作品を推薦して頂きました(但し、各委員最大二作まで)。
 この時点で最も評価が高かったのが『折れた竜骨』。次いで『隻眼の少女』と『華竜の宮』が同票で並び、以下『アルバトロスは羽ばたかない』『明日の雨は。』の順位となりました。
 右結果を踏まえて、各作品への講評が行われ、まず『折れた竜骨』の受賞が決定。さらに議論を経て『隻眼の少女』との二作受賞とする旨、合意に達しました。

≪短篇部門・評論その他の部門≫ 大沢在昌

 評論その他の部門から始まった選考会では「現代本格ミステリの研究『後期クイーン的問題をめぐって』」が、早い段階で外され、残る二作品について議論がおこなわれたが、「エラリー・クイーン論―」は、筆者の思い入れの強さが、評論というよりはファンブックであるという指摘があり、一方の『遠野物語と怪談の時代』は、「怪談という窓からのぞいた近代文学史」とも読めるなどの評価に加え、東雅夫氏のこれまでの実績も踏まえると、授賞にふさわしいのではないかという結論に至った。
 短編部門においては、五作品のうち二作品が上位を占め、これに入らなかった「原始人ランナウェイ」「芹葉大学の夢と殺人」「天の狗」がまず選から漏れた。
「殷帝之宝剣」と「人間の尊厳と八○○メートル」の争いとなり、それぞれを推す選考委員との間で、議論の決着がなかなかつかなかった。そこで「二作授賞とするかどうか」の投票をおこない、一作授賞まで絞り込むという意見の一致をみたところで、再度討議をおこなった結果、「人間の尊厳と八○○メートル」に決した。
閉じる

選評

赤川次郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 どこまでを「ミステリー」の範囲に含めるのか? 二年目の今年も、候補作を読みながら絶えずその疑問が頭の中を巡っていた。
 中でも「華竜の宮」は書き手も明確にSFとして書いた作品だろう。「広義の冒険小説として読める」という評価もあったが、そうなるとミステリーとSFの間に境界線が存在しなくなる。
 エンタテインメントという視点で見ると、SFに弱い私など、作者の想像力と科学的知識に感服しながらも、「楽しむ」ことはできず、読み通すのに苦労した。
 その点、中世ヨーロッパを舞台にした「折れた竜骨」にもファンタジーの要素があり、ミステリーとしてそこをどう評価するか迷った。しかし騎士物語として面白く書かれており、異世界の描写に熱中し過ぎることもなく、バランスがいい。消去法の犯人探しは少し単純すぎる気はしたが、ともかく作者の安定した筆力に、安心してついて行けた。受賞作として私は第一にこれを推した。
 SFやファンタジー風の設定ではなく、あくまで身近な日常を描いて最もミステリーらしさがあったのは、「アルバトロスは羽ばたかない」だろう。児童養護施設の雰囲気や、色々くせのある子供たちの描写もうまく行っている。これは一種の叙述トリックで、狙いはよく分かるが、仕掛けのための仕掛けになって、騙されたときの爽快感がない。
 もう一つの受賞作となった「隻眼の少女」は、TVの「トリック」に出て来そうな、呪いのかけられた山奥の村に起る連続殺人という、いわばミステリーの典型的パターンである。舞台といい、巫女のような装束の十七才の少女探偵といい、ゲーム的で、リアリティは初めから無視して書かれている。
 横溝正史のようにおどろおどろしくなく、首を切られた死体が続出しても少しも残酷な感じはしない。ただ、架空のお話をお話として楽しめるところまで達者だとは私には思えなかった。少女探偵とワトソン役の青年のやりとりは、ユーモアと言うには洗練が足りない。だが、作者の実績も考えて受賞作とすることに賛成した。
 「明日の雨は。」は、候補作中唯一の連作短編集。音楽の臨時教師と小学生たちの日々に起る色々な事件、ということだが、全六話の内、ミステリーらしいのは初めの二話くらいで、書下ろされた残りの四話はただの学園小説になってしまっている。切れ味のいい短編を書くのは千枚の大長編より難しいのだ。
閉じる
恩田陸[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 『華竜の宮』と『隻眼の少女』を推すつもりで選考会に臨んだ。
 『明日の雨は。』は、連作短編集であるが、最初の二編がミステリの形式を取っているのものの残りの書き下ろし部分は青春小説であり、好感は持てるが推理小説かと言われると疑問を抱かざるを得ない。『アルバトロス……』とミステリのタイプが重なり、しかもミステリとしては『アルバトロス……』の完成度が高いのは明らかなので、候補作として上がってきた時点で既に不利であり、気の毒なことだった。『アルバトロスは羽ばたかない』はとても上手な小説で、丁寧な描写、緻密な構成で、挟み込まれた短編の謎と解決に地に足の着いた必然性があって感心しただけに、いわゆる「どんでん返し」の部分の必然性にどうしても納得できなかった。なまじヒロインに感情移入していたため(それも企みのうちだろうけれど)、確かに衝撃的なのだが、どうにも全体のトーンと馴染まず、「なぜ?」という不満ばかりが残ってしまった。『折れた竜骨』は米澤作品ではベストだと思うし、すんなり世界に入っていけて設定もうまく使って本格ミステリの面白さを味わわせてくれる。が、筆者もあとがきで言及しているように、SF的設定を使った本格ミステリという点では先行作品の山口雅也氏や西澤保彦氏の作品群のインパクトには及ばなかったのと、論理性というよりは消去法という手法に頼った推理なので、設定の面白さに比べてミステリとしては小さいのではないかと思い、積極的には推さなかった。米澤氏には期待が大きいせいか、いつも「君の実力はこんなもんじゃないだろう」と思ってしまうのが不思議である。
 対照的に、麻耶雄嵩氏はデビュー当時から何を書いても麻耶雄嵩氏で、たぶんこれは氏の作品でも読み易い作品だろう。むろん、こんな動機があるか、こんな動機でこんなに大勢殺すのかと言われれば「めちゃくちゃですよね」と答えるしかない。しかし、本格ミステリは様式美の世界だというのが私の持論で、こんなに「いかにも」な典型的展開を逆手にとって連れていかれた場所に突き抜けたものがあり、私はそこに異形の美を感じたので推す事にした。『折れた竜骨』と構造が似ているという意見もあったが、逆に似た構造でもここまで違うことができるというのがミステリの面白さで、『折れた竜骨』が受賞するのであれば『隻眼の少女』との二作受賞がよいのではないかと思った次第である。
 さて、問題になったのは『華竜の宮』である。内容があまりにタイムリーで、読んでいて恐ろしかったことを告白する。そして、あとの四作が本格ミステリであったため、当然相当な違和感があった。筆力、世界の構築力から言えばぬきんでているし、小説のできばえとして言えばこの作品は当然選ばれるべきだと思う。が、これが推理作家協会賞なのか? と言われるとやはり首をかしげざるを得ないのも事実なのである。選考会では本当に困ってしまった。SFとしては、破滅SFで海洋SFというジャンルのためか、読んでいて何度か「あれ、似たような小説を読んだことがあるな」と既視感を覚えた箇所があった。過去にも何度も言われていることであるが、候補作の選び方には課題があるように思う。
閉じる
北村薫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 『華竜の宮』と『折れた竜骨』を推した。
 推理作家協会賞の候補となる作品は、毎年、同じ物差しで計れないものが多い。今回はSFの『華竜の宮』があったため、それが際立った。私はSFは全くといっていいほど読んでない。したがって、その枠の中での評価は出来ない。だが、五作を並べた時、小説としての魅力は『華竜――』が飛び抜けていた。
 過去に『日本沈没』など、SFの受賞もあった。協会賞受賞作の幅は広い。《名誉も誇りも関係ない。私たちは為すべき場所へ行って、為すべきことをするだけだ》という青澄や、ツェンの姿勢は、《汚れた街を行く探偵》という、ハードボイルドの典型でもある。また『鷲は舞い降りた』などの主人公に通じるものも感じた。
 海上民と魚舟の繋がりなど、描かれる世界に小説の喜びを感じつつページをめくった。一方、陸地が水没を迎える物語を《今、読む》ということに、特別な思いもあった。
 評価のベクトルが違うため、他の作に厳しかったかもしれないが、どうしても《この一作をとり、他の四作からもうひとつを選ぶ》という形の選考にならざるを得なかった。『華竜――』と他の作では、比べようがなかったのだ。
 『折れた竜骨』は、舞台をパラレルワールドのヨーロッパに持って行き、破綻を見せなかった構成力、筆の運びにうなった。米澤さんの才気が物語と見事に結び付いた。これまでの代表作だと思う。
 前半の討議の中で、『明日の雨は。』と『華竜――』が落ちた。『明日の――』は、第一話の「ミスファイア」が、ミステリの要素と物語を巧みにからめた秀作で、それだけに以降の物語の展開に同程度、あるいはそれ以上のものを期待してしまった。その点で不満が残った。
 さて、残り三作となると、それぞれに魅力的であり、二作授賞の道をとりたくなった。
 『隻眼の少女』を推す委員と『アルバトロスは羽ばたかない』を推す委員に分かれた。
 『アルバトロスは――』はまことにうまい。心憎い――というところまでいっている。この二者の間で迷ったが、協会賞は作家の過去の業績も考慮していい――という、特別な賞でもある。つまり、《作家》に与える賞という面がある。それを踏まえ、今まで、他に比べようのない独自の作を発表し続けてきた麻耶さんに、一票を投じることにした。
 『隻眼の少女』は通常の小説に対する目で見れば、様々な点で無理の多い作である。常識的な目で批判するのは簡単だ。しかし当然のことながら、作者は――先刻承知で、自分の世界を作っている。通常の物差しを越えたものがある。この、ある意味、異様な、一人で麻耶派――とでもいうべき個性は尊重すべきだ。そう考え、最終的には『折れた竜骨』『隻眼の少女』の二作授賞に賛同した。
閉じる
佐々木譲[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 当たり前のことを、まず確認しておきたい。
 推理作家協会賞は、ミステリーの(主に)実作者による、その年の最も優れたミステリー作品を選ぶ文学賞である。とくに、実作者による、という部分が肝心だ。というのも、ミステリーは数あるエンターテインメント文芸の中でも様式性の強いジャンルであり、他のジャンルの作品を読むときとは違う基礎教養が必要となる。少なくともミステリーとしての価値を評価するには、実作者である、という程度の条件は必要だろう。オペラの公演を批評できるのは誰か、を考えてもらえば早い。
 くだけた言い方をすれば、ミステリー作家なら、ストレート・ノベルしか読んだことのない評論家や別ジャンルの作家に、たとえば「人間が描けていない」といった評価をされたくはない。作家が書くつもりもなく、書いてもいないことを、不足なり、不十分さとして指摘されたくはない。もちろんその作品を、それらの評者が「ストレート・ノベルとしても面白い」と評価することは可能だろうが。
 同じことはSFやファンタジーというジャンルについても言える。たまたま予選委員から最終候補作として挙がってきたからといって、ミステリー作家がしたり顔でそれらのジャンルの作品を論ずることが慎まねばならないはずである。これらのジャンルの作品について、原典は何で、先行作品にどんなものがあり、どの部分がオリジナルで、どの部分が様式なのか、ミステリー作家がどれだけ語りうるだろう(もちろん、できるひとも少数いるだろうが)。
 だからわたしは今回、上田早夕里『華竜の宮』、米澤穂信『折れた竜骨』を、推理作家協会賞の授賞対象として論じることに反対した。後者については「本格推理としても読める」という理由から、ほかの選考委員の方々の賛同をもらえなかったが、前者については賛同をいただき、以降の議論に入ることとなった。
 このことは『華竜の宮』の小説作品としての価値とは別個の問題である。推理作家協会賞の性格について、委員がより慎重に規定し、他ジャンル作品について高みから批判する倨傲と愚をあらかじめ退けたということである。それ以上の意味はない。それを、次回の予選のことも考えて、あえてここに記す次第だ。
 さて、私が推したのは、七河迦南『アルバトロスは羽ばたかない』だ。学園ものでもあり、実に計算された巧緻な叙述ミステリーである。どんでん返しの爽快さは、いちばんだ。また、何より読後感がいい。エンターテインメントにまず救いを設定する作者の、その創作姿勢が好ましかった。
 伊岡瞬の『明日の雨は。』も学園ミステリーであり、日常性の中の小さな謎を題材にしているが、『アルバトロスは羽ばたかない』と印象がかぶってしまった。
 麻耶雄嵩『隻眼の少女』は、キャラクター小説としての側面は楽しめたものの、舞台の設定になかなか入ることができなかったのが残念である。
 米澤穂信の『折れた竜骨』に関しては、先に挙げた理由から、わたしは判断を控えた。
閉じる
新保博久[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 これまで五十回以上、新人賞を含めて予選に携わったはずだが、本選は初体験に近く、胃が縮むほど緊張して(しかし腹は凹まぬ)臨んだ。推薦作は一作に絞れず、麻耶雄嵩氏の『隻眼の少女』、米澤穂信氏の『折れた竜骨』を推させてもらった。麻耶氏は登場したころのやんちゃな才気を矯めることなく、旧弊な読者(私だ)にも納得しやすい世界を紡いでくれた。人物に存在感が乏しいという至極もっともな批判も出たが、人形芝居の残酷劇さながら、首がとんでも残虐にならない効用もあるだろう。米澤氏は異世界ファンタジーにおける純粋謎解きにと、芸域を拡げつつも揺らぎがない。あえて毛を吹いて疵を求めるなら、麻耶作品は真犯人の動機と事件の大きさとが見合っておらず、米澤作品は八人の容疑者を一人ずつ減らしてゆく推理がほとんど同じ原理の消去法であることに物足りなさを覚えた。それが一作に絞れなかった理由だが、いっぽう、これら二作の趣向の一部にたまたま酷似した点があり、二作を同時に顕彰するのにも躊躇があった。だが偶然類似していても、個々の作者作品の責任ではないと諭され、二作授賞に賛成した次第。麻耶氏には特に、協会賞作家だからと手堅い路線に転換したりせず、放恣に暴れまわってもらいたいものだ。
 上田早夕里氏の『華竜の宮』は、語り部としての力量は受賞の二作以上とも言えた。だが、本書のもたらす興奮は、冒険小説やポリティカル・フィクションというより、SFならではのイマジネーションに負うようで、推理作家協会賞という枠内で積極的に推す理由が見出せなかった。七河迦南氏の『アルバトロスは羽ばたかない』の結末は、デビューを飾った前作『七つの海を照らす星』からの読者にこそいっそう効果的と思われる反面、伏線の張り方が充分でない。しかし連作短篇的な個々のエピソードは前作より変化にも説得力にも富んで進境いちじるしく、次作の楽しみな作家であることは間違いない。伊岡瞬氏の『明日の雨は。』も、七河氏のと同様「日常の謎」的な連作短篇かと見受けられながら、後半へ行くほどミステリ的興味が希薄になるのが不満だった。あるいはこれは、小学教師を主人公にした犯罪のないハードボイルドを意図した作品ではないかと選考後に気づき、そちらに狙いを絞ってもらえていれば、また違った評価が出来たものをと惜しまれた。
 残念といえば、島田荘司氏の『写楽 閉じた国の幻』が候補に上がってこなかったことを、予選過程に口出しする権利はないとは承知しながら、個人的には口惜しく思う。
閉じる

立会理事

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第64回 日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門  
『明日の雨は。』 伊岡瞬
[ 候補 ]第64回 日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門  
『華竜の宮』 上田早夕里
[ 候補 ]第64回 日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門  
『アルバトロスは羽ばたかない』 七河迦南