2014年 第67回 日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門
受賞の言葉
近代以前の日本は、文化文明の光から目をはなせば、闇そのものではないでしょうか。そこら中で日常茶飯事に起こる神隠し、子殺し、跳梁跋扈する殺人者たち。人が人を喰う飢饉に疫病、人権など概念すら存在しない圧政、搾取。一方、自然豊かで、神も妖怪も生きていた時代。
私はこの世ならぬ世界に、魅かれてしまう性質で、デビューも日本ホラー小説大賞でした。今回は何が起こっても不自然ではない気がする近世の山村を舞台に設定し、後の昔話のルーツがそこらに転がっているようなところで、理不尽な運命に抗い、懸命に生きる人たちを描きました。
金色機械は、自作品で、最長かつ、最も手間暇をかけた作品です。書き終えた時は気が抜けて呆然としておりました。光を当てていただき、報われた気持です。
今後もいろいろ挑戦していこうと思います。ありがとうございました。
- 作家略歴
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1973.8.18~
略歴:
05年に「夜市」で日本ホラー小説大賞
14年に「金色機械」で推理作家協会賞
現在沖縄在住
趣味特技
海、山、川でソフトに遊ぶのが好きです。
特技はありません。
最近は料理にもはまってますが、レベルは低いです。
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
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第六十七回日本推理作家協会賞(ミステリーグランプリ)の選考は、二〇一三年一月一日より二〇一三年十二月三十一日までに刊行された長編と連作短編集および評論集などと、小説誌をはじめとする各紙誌や書籍にて発表された短編小説を対象に、昨年十二月よりそれぞれ予選を開始した。
長編および連作短編部門と短編部門では、例年通り各出版社からの候補作推薦制度を適用した。なお推薦枠を持たない出版社からの作品については、従来通り予選委員の推薦によって選考の対象とした。
長編および連作短編部門では出版社推薦と予選委員の推薦による一一五作品、短編部門では出版社推薦と予選委員推薦による四四六作品、評論その他の部門では三六作品をリストアップし、協会が委嘱した部門別の予選委員がこれらの推薦にあたり、各部門の候補作を決定した。
本選考会は四月二十二日(火)午後三時より、新橋第一ホテル東京にて開催された。長編および連作短編部門は、井上夢人、北方謙三、真保裕一、田中芳樹、山前譲(立会理事・北村薫)、短編部門・評論その他の部門は、恩田陸、香納諒一、貴志祐介、新保博久、貫井徳郎(立会理事・道尾秀介)の全選考委員が出席して、各部門ごとに選考が行われた。
受賞作決定後、午後六時より北村薫常任理事の司会進行により、谷口基氏を迎え記者会見が行われ、井上夢人氏と香納諒一氏からそれぞれの部門の選考経過の報告があった。その後、谷口基氏が受賞の喜びを語った。また司会の北村薫常任理事より、恒川光太郎氏からの喜びのメッセージが読み上げられた。
詳細な選考経過は以下の通り。閉じる
- 北村薫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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最初の投票で点数的に下位となった『ブラックライダー』『深紅の碑文』『ビブリア古書堂の事件手帖4』について検討がなされたが、積極的に推す委員がいなかった。
その途中で、以下が確認された。推理作家協会賞は、作家を顕賞する意味合いをも持ち、選考に際し当該作者の過去の業績を加味することを妨げない。しかし、候補作の評価については、シリーズ物であっても単独の作品として検討する、ということである。
残った二作のうち『幻夏』については、ミステリ的面ではある程度の評価はあったものの、書き方などの点で不満とする意見が多く、受賞には至らなかった。『金色機械』については、物語の持つ力が今回の候補作中、飛び抜けていることを各人が認めた。推理作家協会賞受賞作とするべきかどうかについて意見が分かれたが、論議の末、本作を今回の受賞作と決定した。閉じる
選評
- 井上夢人[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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日本推理作家協会賞の長篇および連作短篇集部門の候補となった作品は、その作品のみで評価・銓衡されるべきであり、その作者の別の作品を考慮すべきではないと考える。もちろんシリーズ物を拒否するわけではないし、連作短篇は各篇が同一の登場人物によって編まれることも多いわけだから、先行作品の有無を論うものではない。ただ、先行作を考慮するかしないかで評価が分かれるような作品は、この賞の候補として相応しくないと思うのだ。候補作五篇中三篇がシリーズ物で、そのうちの二篇については明らかに先行作の存在を前提にして書かれている。前を読んでいる銓衡委員と読んでいない委員とでは作品に対する理解に差が生じた。予選委員の方々と候補作の推薦に当たられる方たちには、今後選定の際にご考慮をお願いしたい。
私は『ブラックライダー』の良い読者ではなかった。正直なところ、面白さがまったくわからない。そもそもマッドマックス的な核戦争後の荒廃した地球という設定に「またか」という感覚を抱いてしまうし、人間同士での共食いを阻止し新たな食料を確保するために生み出されたものが絶滅種の牛と人間の遺伝子を合成したものだという造りの粗雑さ。食料に何故人間を混ぜるのか? 西部劇を模した展開やアクションもこなれているとは感じられなかった。最初から最後まで読むのが苦痛だった。
『ビブリア古書堂の事件手帖4』は平面的な小説に思えた。主要な登場人物は前作以前で紹介されているためかその魅力が充分に描かれておらず、江戸川乱歩本については薀蓄を語るのみの「借り物感」がつきまとう。仕掛にせよ暗号にせよ、オリジナルに乏しい印象を受けた。
『深紅の碑文』もシリーズの先行作品を読んでいない者にとっては「魚舟」や「獣舟」などイメージしにくい描き方が作品の理解を妨げた。終末を迎える主人公三人それぞれの生き様には息詰まる展開が描かれて面白いところも多いのだが、一方で傍系の設定に造りの粗さが目立った。「見えない十人」や「DSRDの反対派」などもう一つ徹底した作りがほしかったし、なにより「終末感」の描き方にもっとリアリティを感じさせて貰いたかった。
候補作五篇中、唯一推理小説的な興味で読ませてくれたのが『幻夏』だった。この作品もシリーズだが、前を読んでいなくても支障なく作品を愉しめるような書き方がなされている。良質のテレビドラマを観るような面白さが随所に感じられる。ただ「冤罪捜査」の取り上げ方に新味が欠ける。幾度も取り上げられてきたテーマには新しいものを期待してしまうのだ。しかも、この犯人(たち?)の取った行動は、冤罪事件を描く物語で許される限度を超えている。作者はその嫌悪感を読者に与えようとしたのかもしれないが、だとすれば逆効果だとしか思えない。全体に文章がこなれているとは言いがたく、それも読んでいてかなり気になった。
『金色機械』は、他の銓衡委員から「推理作家協会賞」の対象にはできないのではないかという疑義が出された。ジャンルの枠をどこに設定するかは難しい問題だが、私はこの作品を大いに愉しんで読んだ。時代劇によくある不可思議な設定(幽霊だの怨霊だの呪いだのといった)ではなく、まったく新しい世界の構築に成功している。年代を切り貼りし構成し直して読ませる手腕も秀逸で、それがストーリー展開上の謎を生み出している。今回の受賞はこれ以外に考えられなかった。閉じる
- 北方謙三[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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技価卓抜
協会賞の選考に携わるのは、何年ぶりであろうか。ずいぶん前に、やったような気がする。やってみた印象は、候補作がずいぶん様変わりした、というものであった。なにがミステリーか明確な規定をなし得ない以上、どんなものでも読む覚悟はしたが、それを超えて意外性があった。
『深紅の碑文』は、一部分が、私にとって迫力があり、面白かった。たとえば、果敢な闘いを続け、負傷して消えていく男の姿などである。しかし、戦闘そのものを見ると、新旧の武器が混在し、生物の乗りものや、殺戮に仕事を特定されたロボットなどが出てくるので、混乱した。大いなる想像力というより、野放図な想像力と感じられ、読了には忍耐を要することになった。想像力が節度を失うと、同時に普遍性も失う、ということだろう。
『ブラックライダー』も、一度歴史が終わったあとの世界が描かれていて、こちらは西部劇ふうで、物語の舞台そのものは、追いつけないほど広くはなかった。しかし、細部で、私はわからなくなる。虫に、何かの寓意性があるのか。人が人を食い、食料にするために作られた人間牛だか馬だかが、なぜ人間を襲うのか。読了に、忍耐を要した。世界が一度終わっているという設定の必然性はなんなのか。必然性などを考えて、読んではならないのか。小説を読む愉しみが、私には訪れてこなかった。
『ビブリア古書堂の事件手帖4』は、登場人物に深さがない。シリーズの四作目で、前の三冊を読んでいれば、もう少し存在感を感じることができたのだろうか。乱歩が出てくるが、研究家は相当いるはずで、そういう人たちを納得させるだけの出来になっているのか、私には疑問であった。軽い洒落た小説なのだろうが、軽いゆえの難しさというのは、あるはずである。軽いものを軽く書くというこの手の小説を、私は認める気になれない。
『幻夏』は、情念が表出した作品だった。それだけでも、私には受け入れやすかった。冤罪が生む復讐のドラマだというふうに私は読み、それなりの迫力を感じた。しかし、視点の整理など、訓練が足りないところも見える。訓練は、やればいいのである。やっていないだけで、小説全体が未熟に感じられてしまう。冤罪で出てきた父親に、息子兄弟の兄の方が石を投擲し、死なせてしまうというのは、過剰なトラウマの持たせ方だとも感じた。
『金色機械』は、力量がひとつ上だった、という気がする。無駄のない文体で、小説はやはり描写力だと思わせるものがあった。熊悟朗物語としては、立派に成長している作品で、私はそこを中心に読むしかなかった。金色様については、主従というある寓意性は見つけることができて、ロボットもなんとか受け入れることができた。時制を操るセンスなど卓抜で、技価としても受賞作にふさわしい。私は、この作品の授賞を主張し、結果が出たので、ほっとした心境になった。閉じる
- 真保裕一[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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推理作家協会賞とは何かを、あらためて自分の中で再確認してから選考の場に臨むことになった。というのも、王道たるミステリ作品とは言えない候補が目立ち、深く考えさせられてしまったからだ。今さらミステリの定義を問い直すのもむなしくなるほど、商業化の波に押されてレッテルは無軌道な拡散を遂げ、愚直かつ地道な作品にスポットが当たらない傾向はますます強まっていくのだろう。
三上氏の『ビブリア』はシリーズ物の一作であり、その点でかなり損をした。しかも初の長編でありながら、乱歩を取り上げたためか、語りたい知識のみが目立ち、人物たちの思いが薄くなっていた。ただ、筆力と構成力はあるかたなので、いずれ独立した作品で必ず傑作を書いてくれると信じている。
太田氏の『幻夏』は、作者の意欲に技術が追いついていなかった。私も映像の出身なのでよくわかるのだが、サービス精神で安易な盛り上げを狙うと、いくら書き込んだつもりでも、単に役割を与えられた人物になってしまう。犯人だけでなく、主要人物たちの進むべき道が、やむなき選択とは納得できず、作者の都合を優先させた結果としか思えなかった。強引さは、人物の思いまでをむなしくさせてしまわないだろうか。
東山氏の『ブラックライダー』を個人的には面白く読みながらも、本当にこの形での出版がよかったのかと思わされた。一部の読者は喜ぶかもしれないが、多くの読者は置いてけぼりにされる。せっかくのいいシーンや台詞も、韜晦を狙ったのかと勘ぐりたくなる記述の物量作戦に埋没してしまう。相変わらず自分を追い込まずに書いていると思えてしまった。力がある人だけに残念でならない。だが、作者の生き方までに注文は出せない。
上田氏の『深紅の碑文』は、既視感に襲われた。前作との違いはどこにあるのか。シガラテとの交渉がラブカに変わってはいるが、ロケットの打ち上げも同じであり、作者の新たな取り組みの意図がどこにあるのか読めなかった。
恒川氏の『金色機械』は簡潔な文章が心地よく、人物描写と物語性は図抜けていた。特に、時制の変化が人物の思いと直結し、作者の腕を堪能させてくれる。評価の問題点は、タイトルにもなっている金色機械だろう。人物の心情を映し出す鏡の存在ではあるものの、能動的にも動きすぎてしまい、ラストの活劇シーンには違和感をぬぐいきれなかった。作劇上の問題なのだが、何でもあり、の展開でいいのだろうか。潜入や戦闘のアイディアを作者が出すことはなく、金色様の存在そのものと文章力で乗り切ってしまう。もちろん作者には、はなからミステリを書こうという意志はないのだろうが、気になった。ただ、力量は間違いない。それに、大いなる古典『モルグ街の殺人』も、言っちゃあおしまいだが、何でもあり、のラストではある。その先例を思い起こしつつ、実力者の受賞を喜ぶことにしたい。おめでとうございます。閉じる
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疲れました……。
今回より選考委員会の末席を汚すこととあいなった。私などに選考される著者の方々には災難であろうが、運命と思ってご許容いただきたい。
私が当賞の存在を知ったのは、故小松左京氏の『日本沈没』が受賞したときだから、間口が広く奥行きの深い賞だな、という印象は持ち続けていた。それを証明するかのように、今回の候補作五篇も多彩だったが、ガチガチの本格ミステリーがなかったことは、個人的には残念である。
さて、今回の受賞作は、恒川光太郎氏の『金色機械』と決まった。ただ、選考委員の全員一致とはいかず、熱のこもった激しい討議の末、何とか、消極的な同意を得て決まった。やれやれというのが実感である。私自身ずいぶん迷って決めかね、他の方々の熱議を聴いて、双方の理にうなずくばかりだった。意見が二対二となって、五人め、つまり私の意見が事を決しそうな事態になり、泡をくった。初回から醜態をさらし、赤面の至りである。
結局、消極的ながらも受賞に同意したのは、発想のユニークさ、文章力の安定感、破綻のすくなさ等の点で一番すぐれていると思われたからだ。さまざまな読みかたのできる作品だが、私の場合は、熊悟朗という登場人物を主人公とする一種のピカレスク・ロマンとして、けっこう楽しんで読めた。ただ、ささいなことだが、江戸時代の話であるのに「三週間」などと無造作に記されているのはいただけない。
いろいろと失礼なことを書いたが、個性豊かな作品の書ける人であり、一読者としても、今後が大いに楽しみである。
受賞作以外の作品についてもすこし。
『ブラックライダー』は一種のデストピア小説として、なかなか読みごたえがあったが、カニバリズムが常態化した後の世界で、旧来の国家や社会体制、人間関係がそのままつづいている、という設定に、違和感を禁じえなかった。
『幻夏』は、批判性や問題意識に富み、良心的な作品として好感を持てたが、視点がいちじるしく不安定で、正直読みづらかった。また、これは作者の責任でも作品の罪でもないが、帯に「慟哭必至」と記されているのに、うんざりした。ミステリーはいつからお涙頂戴を売り物にするジャンルになったのだろう。
『深紅の碑文』は、破綻を前にした人類の諸活動を描いて、力作ではあったが、長大な作品のどこを読んでも既視感をぬぐえなかった。残念だが、足し算だけでつくられたような作品世界であった。
『ビブリア古書堂の事件手帖4』は、親しみやすい作品で、類書の中では人気も群を抜いている。ただ、シリーズ途中の一篇であることや、親しみやすさが読みごたえの不足に転じるという皮肉もあって、受賞を逃した。
それにしても、自分のことを棚にあげて、同業者の作品を選考するのは、気疲れすることである。閉じる
- 山前譲[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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候補作のなかには、シリーズということをかなり意識しなければならない作品があった。
大きな地殻変動が迫る地球を舞台とした『深紅の碑文』は、日本SF大賞受賞作『華竜の宮』の姉妹編であり、いくつかの短編と世界を共通にしている。最初は海洋冒険小説としてじつに楽しく読んだ。だが、やがてそれらを前提とした物語になる。だから、用語や人間関係、そして、そもそもの舞台設定を理解していないと、もどかしさを感じるばかりである。やはり、この作品単独での評価は難しいのではないだろうか。
『ビブリア古書堂の事件手帖4』は、タイトルにあるようにシリーズの第四作である。そして、過去三作で積み重ねられてきた人間関係と謎が、背景となっている。この一作だけ切り取ることはできないだろう。また、江戸川乱歩作品をテーマにしているだけに、これまででもっともミステリーの読者の興味をそそる物語だが、やはり借り物のレベルに止まってはいないだろうか。あまりにも乱歩作品が人口に膾炙しているだけに、読者の視線も厳しいものとなるはずだ。
『幻夏』もシリーズ作ではあるが、内容的には前作『犯罪者 クリミナル』をほとんど引きずっていない。ただ、そこにも登場した三人の探偵役ほか、多視点での叙述はかなり混乱している。三人のうちのひとりが事件の重要な関係者であり、犯人の設定に意外性を織り込んでいるだけに、ミステリーの小説作法としては、もっと繊細な描写が必要とされるはずだ。冤罪といういささか手垢のついたテーマにもかかわらず、冤罪と分かったところから新たな謎が生まれる展開で、ひと味違ったミステリーとなっている。それだけに、より視点のふらつきが気になるのだった。
『ブラックライダー』は最初、異世界の西部劇小説として、あるいはノワールとして、どんな物語になるのだろうかとワクワクした。大きな地殻変動や気候の変化などによって、極限状態におかれた人間の行動にもそそられた。ところが、人喰い蟲が出てきたあたりから、これも物語に弾むものがなくなった。前半のとてつもなく変わった設定に比べると、クライマックスとなるバトルシーンが「普通」に感じられてしまう。そして最後まで、物語の背景となる人間社会の、全体像がつかみきれなかった。
『金色機械』は、時系列に沿っては書かれていない物語を、自分の中で再構築して読み解くという意味で、謎解きを堪能した。そうやって、入り組んだ人間関係を解きほぐしていくと、簡潔な文体のなかに潜む、人間の悲哀が浮かび上がってくる。しかし、狂言回しかと思っていたら最後に大活躍する金色様の正体からすると、やはりこれはファンタジーであって、ミステリーではないだろう。もっと広い範囲のエンタテインメントを対象とした文学賞で評価されるべきではないか。
まぎれもなく多彩な候補作ではあったが、これぞ推協賞、と強く推せる作品に出会えなかったのは残念である。閉じる