2019年 第72回 日本推理作家協会賞 短編部門
受賞の言葉
受賞作はデビュー作以降、KADOKAWAで書き続けている「比嘉姉妹シリーズ」のスピンオフ短編ですが、だからといって安易にキャラクターに寄りかからないようにしよう。まず最初にそう決めました。また仕事である以上、編集者からのお題である「ミステリを書け」「幽霊を出せ」に応えつつ、シリーズの他作品と矛盾のないようにしなければならず、自分としては「怖くて」「びっくりして」「面白い」小説を何としても書きたい。
多くの関門があって悩んでいる最中、妻に癌が見つかりました。
困惑と苦しみと悲しみの中で執筆に取り掛かり、第一稿を書き終えたのは手術の三日前でした。
幸い手術もその後の放射線治療も問題なく終わり、妻は今のところ転移もなく過ごしております。それだけで私としては充分ですが、この度このような形で評価していただけたことも本当に嬉しく、どんなに苦しくても娯楽小説を書き続けることができるという自信になりました。ありがとうございます。
- 作家略歴
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1979.11.14~
略歴:
第22回日本ホラー小説大賞<大賞>受賞(『ぼぎわんが、来る』)
2019年「学校は死の匂い」にて第72回日本推理作家協会賞短編部門を受賞
代表作:
『ぼぎわんが、来る』(KADOKAWA)
『ずうのめ人形』(KADOKAWA)...第30回山本周五郎賞候補
『ししりばの家』(KADOKAWA)
『恐怖小説 キリカ』(講談社)
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
- 月村了衛[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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短編部門
短編部門の選考は、各委員による最初の投票で「学校は死の匂い」が他を圧する高得点を得た。「くぎ」がそれに続いたが、全作品について真摯な議論が交わされた。
「埋め合わせ」はリアリティに難があるとする声が多く、さらに厳しい指摘も相次いだ。「イミテーション・ガールズ」を推す委員もいたが「減点がない故の消極的評価」とのことで、積極的な支持は得られなかった。「東京駅発6時00分 のぞみ1号博多行き」は「偶然が多すぎる」「倒叙物としての面白さを生かし切れていない」等の意見が大勢を占めた。「くぎ」は作者のエネルギーを評価する声もある一方、主人公の書き込み不足等が指摘され、同時受賞とはならなかった。最後にもう一度投票が行われたが、着眼点・動機・リーダビリティその他の点について完成度が高いとの評価を得た「学校は死の匂い」の高得点は変わらず、満場一致で授賞が決まった。
評論・研究部門
今回最大の争点となったのは『日本SF精神史【完全版】』で、過去に出版された『日本SF精神史』と『戦後SF事件史』の合本である上、各原本が刊行時にそれぞれ推協賞の候補となっている点、SF関係の賞を得てすでに充分評価されている点が、推協賞に適するか否か、最後まで議論された。結論として授賞ということで全委員の一致を見た。次に得点の高かった『乱歩謎解きクロニクル』は、読み易さへの評価がありつつも、乱歩研究についての独自性や新事実の有無に疑問を呈する委員が相次ぎ、同時受賞とはならなかった。『怖い女』は新たな解釈の不在、牽強付会の傾向、例証不足を指摘された。『娯楽としての炎上 ポスト・トゥルース時代のミステリ』はまず読み辛さが指摘され、「評論の一番悪い例」という声もあった。『刑事コロンボ読本』は、ガイドブックとしての貴重さを評価されつつも、ムックとしての性格が強いことから、推協賞の対象外であると判断された。閉じる
選評
- あさのあつこ選考経過を見る
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小説での“短編”という形式についてどこまでも深く、執拗に考えさせられた選考会だった。短編を短編として成立させ、独自性を与えるのは何か。生来の怠け癖と力量不足から知らぬふりをしていた難問(飽くまで個人的に、です)を鼻先に突きつけられた気がしたのだ。候補作五作は、当然ながらそれぞれの個性と読み応えを有していた。なのに、どうしてもこれをと推したい作品が掴めぬままの選考会出席となった。
受賞作「学校は死の匂い」は、文句なしにおもしろかった。自分の構築した世界にごく自然に読み手を誘い込み、虜にしてしまう作家の力量は卓越している。この先、澤村伊智という書き手がどんな世界を見せてくれるのかを思えば、胸が高鳴る。学校を舞台にして、幽霊の真実、人間の真相をつまびらかにしていく展開は魅力的だった。最後の二行に余韻と謎が美しく漂う。見事だなあと感嘆するしかない。ただ、比嘉姉妹の妹美晴の語りなので仕方ないと言えば仕方ないのだが、小学生たちが口裏を合わせて級友の事故死を隠蔽する、その事実の裏打ちが弱くはなかったか。十一、二歳の少年少女が眼前での死に口をつぐむだけの何かが書き込まれていなかった。わたしにはそれが、短編には許されない緩みと思えてしまったのだ。「埋め合わせ」は勢いのある作家の一編で期待しながら読んだ。秀則が足掻けば足掻くほど深みにはまっていく過程はさすがに上手い。しかし、必死になってミスをごまかそうとする秀則に心が寄って行かなかった。ミスが明らかになって秀則が失うものは、子どもに罪を擦り付けても埋め合わせしなければならぬほどのものだったのか。首を捻る。「東京駅発6時00分 のぞみ1号博多行き」は、シリーズでおなじみの福家警部補が登場する。倒叙ものは、やはり共感というか、追い詰められていくときの緊張感を犯人側に立って味わう、味わえることが肝だろう。短編であるためか、そこが薄れた気がしてならない。「くぎ」のどこまでも暗い、人のうちと外にある闇の描き方には震えた。独特の世界を書きあげられる作家だ。前半と後半のくぎが繋がらず、女子高校生の存在が唐突であり過ぎた。物語が二分しているのではないか。「イミテーション・ガールズ」はよくまとまり、安定感では一等だとわたしは感じた。少女たちの抱えた問題や想いに、作者が真摯に目を向けていればもっと違った展開になったのではと悔しい思いがしている。
[評論・研究部門]
『刑事コロンボ読本』は読んでおもしろくはあったが、コロンボシリーズの紹介の枠を出ていないのでは、『怖い女』も力作ながら、新しい女の怖さにまで到達していないのでは、『娯楽としての炎上……』は、難解な文章のわりに、時代とミステリーへの肉薄が足らないのでは、『乱歩謎解きクロニクル』は乱歩愛はわかるのだが新たな乱歩像が見えないのではなどの想いから協会賞に推すことを躊躇ってしまった。『日本SF精神史【完全版】』はたいへんな労作で、著者の博覧強記ぶりに圧倒された。今このときの世界にSFが投げかける意味について、もう少しわかりやすく、踏み込んで欲しかった想いはするけれど。また、合本であることが影響しているのか前半の鮮やかな展開が後半やや色褪せたように感じもした。とまれ、この一冊の熱量と迫力、力は並外れていると唸らざるをえなかったのは事実だ。閉じる
- 逢坂剛[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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[短編部門]
今回は、強く反対するほど弱い候補作はなかったものの、逆に積極的に推せる作品も見当たらず、正直なところ選考に苦慮した。最終的に、受賞作に消極的な賛成票を投じる結果になったのは、いささか残念だった。ほとんどの候補作が、分かりやすく読みやすい文章で書かれ、会話にもそれぞれ工夫があって、その点はすなおに評価できる。
「埋め合わせ」 高校の教師が夏休み中に、うっかり校内プールの水を抜いてしまう、という失敗から話が始まる。巨額の水道代を請求されるのを恐れ、それをなんとか別の原因にすり替えようと、四苦八苦するところがおもしろい。一難去ってまた一難という展開は、それなりにサスペンスがあるし、最後の着地もひねりがきいているが、いくら糊塗してもいずればれることは明らかで、そうなるとむだな努力を読まされた、という気分になってしまう。
「イミテーション・ガールズ」 私立探偵の父親を持つ女子高生が、クラスメートの女生徒から、スケバンと人気教師の秘密を探ってほしい、としつこく頼まれる。何度も断わりながら、しまいには家に火をつけると脅され、最後には引き受けてしまう。そのあたりの展開が、いかにも無理筋に思える。実は、頼む方も引き受ける方も、別の下心があったとあとで分かるのだが、そのあたりの心理のあやが、十分に描けていなかった。
「東京駅発6時00分 のぞみ1号博多行き」 長編ならば、もっと説得力のある伏線が張れただろうが、短編のためにそれらがすべて偶然による、都合のよすぎる組み立てになってしまった。今どき、犯人が靴みがきから領収証をもらう、などという設定はいただけない。物語のテンポはいいのだが、短いスペースに話を詰め込みすぎたようだ。
「くぎ」 暴力を核にした短編、というより断片と呼ぶべき小説で、作者の視点がどっしりとしていてぶれず、ある種の怨念のようなものが惻々と、伝わってくる。これを、ハードボイルドと呼ぶのは簡単だが、それとは異なるものがこの作者にはある。好みが分かれるだろうが、一つの世界を持った書き手であることは、確かだと思う。
「学校は死の匂い」 一応ホラーの範疇にはいるだろうが、短編でぞっとさせるほど怖い小説を書くのは、至難のわざだろう。ミステリーに、超常現象をからませるのは、アンフェアとまでは言えないにせよ、どうしても説得力が弱くなる。授賞に関して、消極的賛成に回ったのは残念でもあり、申し訳なかったと思う。今後の精進に期待したい。
[評論・研究部門]
小説も評論も、書き手にしか書けないテーマを、だれにでも分かるように書くのが、文章の要諦である。先人の業績に依拠しながら、独自の視点を構築しなければ、読者を納得させることはできない。書き手の意図が、読み手にすなおに伝わらなければ、独りよがりに終わってしまう。どの候補作にも一長一短があって、選考でもだいぶ意見が割れた。ただ『日本SF精神史【完全版】』は、前半部分が明治に始まるSFだけでなく、それ以外の小説にも目配りが行き届いており、後半部分のちぐはぐさをマイナスしても、授賞に足る労作だった。閉じる
- 黒川博行[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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短編は登場人物のキャラクターとディテールをじっくり書く枚数がないため、長編とはまたちがった切れ味が求められるように思う。わたしは「くぎ」と「学校は死の匂い」を〇と考えて選考にのぞんだ。
「東京駅発6時00分 のぞみ1号博多行き」は、偶然が多すぎる。公園のごみ箱で拳銃を拾うとか、銀行の天井に向けて撃った銃弾から旋条痕が検出される(ひしゃげているのに)とか、首をかしげる記述が多々あった。この作品のキモは刑事がなぜ被疑者に疑いをもったかということだが、それも新幹線のグリーン車に同乗したという偶然だった。
「埋め合わせ」もまた偶然が多く、動機が不自然だった。教員の過失でプールの水が半減し、その責任を追及されるのを恐れたというものだが、たった十三万円の弁済(普通、学校のライフラインは料金が半額だから、実質は六万五千円)など求められるはずがない。以前、千葉の小学校で給水栓を閉め忘れてプールの水を十八日間も流出させた教員と、校長、教頭が四百数十万円を弁済した事例があったことはあったが……。
「イミテーション・ガールズ」は、ストーリー全体にリアリティーがないと感じた。登場人物が作者の都合で動かしているコマになってしまっている。もう少しキャラクターとその心理に気配りが必要だと思った。
「くぎ」は、語り口が柔らかく、会話が説明ではなく描写になっていた。テンポと流れもいい。塗装店に就職した鑑別所あがりの青年の日常が過不足なく描かれている。ただ、ひとりの職人の逮捕で塗装店の寮が真夜中に捜索され、全員が採尿までされるのは警察捜査としてありえない。また、好奇心の強すぎる主人公の行動に違和感があり、あとひとひねりが欲しいとの意見もあって、この作品を最後まで推すことはできなかった。
「学校は死の匂い」は、文章が巧い。平明、簡潔で、セリフも自然だった。各登場人物にキャラクターがあり、主人公の三姉妹もいい。ホラーミステリーとしてのリーダビリティーもある。ただし、大きな難点は、小学六年の同級生九人がひとりのクラスメートの事故死を自死と偽って団結することの不自然さであり、選考委員のあいだではこの部分が長く議論されたが、最終的に授賞と決まった。
評論・研究部門候補五作のうち、わたしは『日本SF精神史【完全版】』を〇と考えて選考会にのぞんだ。
『怖い女』は、取りあげられた作品に多くのパターンがあり、古い怪談、古い怪異伝承の読み解きは興味深かったが、現代の小説における分類と解説は蛇足かもしれず、牽強付会かとも思われる論説もあった。
『娯楽としての炎上 ポスト・トゥルース時代のミステリ』は、文章が難解で、「現代ミステリーこそがポスト・トゥルース時代に抗する」という論は普遍性に乏しいと感じた。
『刑事コロンボ読本』は、ガイダンスとしては貴重かつ有用だが、ムック本、ファンブックであり、評論ではないのではという意見が多かった。
『乱歩謎解きクロニクル』は、数ある乱歩研究本のひとつとして興味深く読んだ。トリックをめぐる乱歩の志向や「自伝と少年ものを二本の支柱とする」乱歩の姿勢を指摘したところなどは優れた論評だと思ったが、それらが新しい知見かどうか、わたしには判断できなかった。
『日本SF精神史【完全版】』は、まさに博覧強記、視野の広い作品だった。SFとSFにまつわる文化、現象等に対する包括的通史とその論考は申し分のないものであり、この一冊で日本のSFを語れる労作だと感じた。前後半が馴染んでいないのは瑕瑾だろう。閉じる
- 長岡弘樹[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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[短編部門]
「良い作品なら読後感は短くなる」とは誰の言葉か忘れたが、言い得て妙だ。短所については論う文句が簡単に出てくるが、長所の前ではまず唸るだけである。一編読み終えるごとに感想を書き留めていったところ、その分量が最も少なかったのが「学校は死の匂い」だった。
「埋め合わせ」――主人公にとっての危機意識が、こちらにとってはさほどのものとは思えず、いま一つ物語に入り込めなかった。ただ、プールの管理ミスというのは新鮮な題材で、その点は十分に楽しめた。
「イミテーション・ガールズ」――教師の身辺調査を依頼した真相に意外性がやや乏しく、結末で物語が大きく広がらなかったのは残念だが、読みやすい文章は高く買いたい。
「くぎ」――こちらはどこか引っ掛かるような文章で、その無愛想さを利用し、荒んだ作品世界を実に上手く作っている。落ちていた五寸釘の用途にも衝撃があった。とはいえ、それが明らかになった時点で即エンディングでは少し物足りない気もする。あとひと捻りの展開を望むのは欲張りか。
「東京駅発6時00分 のぞみ1号博多行き」――靴を汚した理由や銃声のタイミングなど、いずれの手掛かりもシンプルだが意表をついていて見事だった。本作にも○を付けたが、残念ながら賛同を得られなかった。
「学校は死の匂い」――後味の悪さがいくぶん気になった。しかし、幽霊の抱えた動機がもたらす静かな驚きは、文句なく受賞に値するものだろう。また、この霊に「耳を塞がせた」あたりにも、澤村さんがミステリ作家としてたいへん優れたセンスをお持ちであることが窺える。
[評論・研究部門]
その道の専門家が丹精込めて手がけた仕事に、外野席にいる身がどうこう言うのは難しい。記述された情報の一つ一つについて、どの程度価値のある知見なのか的確に判断できれば問題はないが、それは無理な相談だ。こうなったら無垢な一読者の目で、物語を楽しむようにその本と向き合うしかない。そうして「読書中にどれほど心が躍ったか」を評価の基準とした結果、『日本SF精神史【完全版】』を推すと決めた。
『乱歩謎解きクロニクル』――「涙香」ではなく「絵探し」だったとは。乱歩の原点を探るくだりにはたいへん興奮した。
『怖い女』――世界中の神話から最近の日本映画まで。渉猟した資料の幅広さが大きな読みどころだった。
『刑事コロンボ読本』――評論・研究というよりファンブックといった体裁だが、それゆえにコロンボ好きには嬉しい本である。これまであまり語られることのなかった七四年時ブームの掘り起こしも貴重な仕事だと思う。
『娯楽としての炎上 ポスト・トゥルース時代のミステリ』――文章の硬さには閉口した。しかし「書くこと」「読むこと」が人を殺しもするこの時代には、書かれるべき一冊だろう。
『日本SF精神史【完全版】』――SFへの愛情がこれでもかと詰め込まれている一方で、読み物としての面白さも冷静に考慮されている。このバランス感覚を特に評価したい。閉じる
- 麻耶雄嵩[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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まず短編部門から。「学校は死の匂い」は幽霊という超常現象を扱った作品だが、それを活かした手垢に塗れていないトリックやロジックが見事に決まり、新鮮な興奮をもたらしてくれた。主人公や関係者が小学生であることを瑕疵と捉えるむきもあったが、授賞に値する傑作だと思う。
「イミテーション・ガールズ」は親が探偵なだけで自身は探偵に全く興味がない主人公が依頼を引き受ける理由が弱く、学内ならともかく女子高生が夜の風俗街まで尾行をするのは不自然に感じられた。
同様に「くぎ」もどこか人生に醒めた印象がある主人公が単に好奇心だけで他人の家に侵入する流れが苦しく、書きぶりは素晴らしいのにミステリの展開の都合で性格が豹変したように見えるのが勿体なかった。
「東京駅発6時00分 のぞみ1号博多行き」は倒叙作品で小気味いいロジックもあったのだが、”なぜ犯人だと気づいたのか?””どうやって犯人を追い詰め、観念させたか?”という倒叙物の快楽ともいうべき最初と最後の部分が小ぶりだったのが残念。
「埋め合わせ」は流出したプールの水をどう埋め合わせるかという導入にとても興味をそそられたが、中終盤に大きなサプライズがなく小綺麗に終わってしまった。もちろんそれが悪いというわけではないのだが、他の候補作と比べるといささか物足りなかった。
続いて評論・研究部門。『怖い女』は引用されるミステリや都市伝説の数が少なく感じた。結論がある種の定型なのだから、大量のデータから傾向を分析して初めて説得力を持たせられるのではないかと。
『娯楽としての炎上~』はサイバーミステリの潮流を読みとろうとするあまり、牽強付会な部分が目についた。そのため波は存在するのかもしれないが、むしろまだ訪れていないという印象を抱かせる皮肉な結果に。
『乱歩謎解きクロニクル』は乱歩にとっての謎と秘密の違いといった件は面白かったものの、毎年刊行されている乱歩本のなかで、授賞に値する目新しさがどこまであるのかという疑問が残った。
逆に『刑事コロンボ読本』は稀少なコロンボ本として興味深く、候補作の中では一番の好みだったが、ファンブックやムックに近い軽さが評論部門に相応しいのか、という選考委員の意見にも頷けるものがあった。
『日本SF精神史【完全版】』は博覧強記な内容の充実ぶりは申し分ないが、既刊二冊の合本であること、前半が本家のSF畑で既に日本SF大賞と星雲賞を獲得していて今さらな点、前半がSF通史に徹した反面、後半が自身も内部にいるためか情緒的で、合本にしたせいで逆に軸がぶれてしまった点などが目についた。とはいえ出来は頭一つ抜けており、最終的に本作を受賞させるか受賞作なしにするかの二択になったのも当然だろう。閉じる