2019年 第72回 日本推理作家協会賞 長編および連作短編集部門
受賞の言葉
推理作家協会賞は、ミステリー作家の肩書きを持つ者にとっては、特別な意味を持った賞です。今回それを賜れたこと、大変光栄に思っております。
受賞作『凍てつく太陽』の舞台は終戦間際の北海道です。戦後の平和な東京で生まれ育った私が縁もゆかりもない土地の戦渦を描いていいものか、執筆中、ずっと自問自答を繰り返しておりました。
その中で私は、たとえ自分と関係の薄い時代や土地を舞台にするとしても、今、自分が書く意味についてはしっかり見据えたいと考えるようになりました。
そこで本作では、七十年以上前の北海道のことを語りつつ、読者が行間に普遍性と現代性を読み取れるものにしようと、筆を振るったつもりです。
選考ではまさにその部分を評価する声があったと聞き、大変嬉しく、また励みになりました。
今回の受賞を糧に、より豊かな作品を書けるよう精進していきたいと思います。
- 作家略歴
-
1976.3.1~
作家、ライター。
2009年児童向け小説「ライバル」で角川学芸児童文学優秀賞受賞(はまなかあき名義)。
2012年「ロスト・ケア」で日本ミステリー文学大賞新人賞受賞。
2019年「凍てつく太陽」にて第21回大藪春彦賞と第72回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を受賞
2022年「灼熱」にて第7回渡辺淳一文学賞を受賞
代表作:
「ロスト・ケア」(光文社・2013年)
趣味:
映画鑑賞、将棋
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
- 北村薫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
-
『碆霊の如き祀るもの』のミステリとホラーを高いレベルで、融合させようとする試み、『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』の才気と個性、『それまでの明日』の文章を、それぞれ評価する声もあったが、これら三作は高い合計点数を得られず、残りの二作に絞られた。
『ベルリンは晴れているか』が労作、力作であることは選考委員が一致して認めた。しかしそれだけに過剰な情報量が小説の邪魔になった面があり、一方、伏線として足りないところがあると指摘された。
『凍てつく太陽』は、緻密な取材を踏まれ、見事に構成されているが、人間心理など類型を超えた深みに至っているか、という声もあり、またこちらも伏線の不足がいわれた。それぞれの文章についての討議もなされたが、現代性のある良質な物語に仕上がっているとして、『凍てつく太陽』を授賞作とする結論に至った。閉じる
選評
- 垣根涼介[ 会員名簿 ]選考経過を見る
-
『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』――独特の文体リズムに最初は戸惑うが、慣れてくるとクセになる味がある。悪徳宗教家である色川親子の言動も、徹底した手前都合の小気味の良さだ。彼らの支配に無自覚な依子に、切なく苛立つ。その依子を「姉さん」と慕う葵のボケ具合も現実から絶妙に浮遊しており、存在が光る。しかし、物語全体として俯瞰した場合、構成の甘さが目立つ。盛り上がりの場面になると、ひたすら映像的手法になるのも残念だ。それでも時に転調し、スイングする文章のセンスを、私は評価したい。
『ベルリンは晴れているか』――対象への情熱のあまり、書きたいことを「全部盛り」にする。結果、表現に抑制が利かず、かえって行間の余韻が薄れ、各センテンスでのフォーカスもぼやける。複文の多用も気になる。小説世界の割符の片方は作者が握っているにしろ、他方の割符は、もう少し読者の想像力に委ねてはどうか。逆に幕間では、言葉を適切に絞り込んでいる。文体が引き締まり、戦前戦中の雰囲気が滲む。読みどころだったのは、終盤のギジの手紙だ。国家と戦争という観念論を、きっちりと個人の心情の中に落とし込んでいる。その意味で文章もよく踊っており、小説の主題が最後にまとまっていた。
『それまでの明日』――二〇一一年当時の舞台設定だとしても、私立探偵・沢崎の言動には、既に時代との齟齬を感じる。関連して、彼を取り巻く人間関係にも違和感がある。準主役の梅津にしろ、聞き込みが稼業の沢崎に不用意に胸襟を開く。特に、多様な人間が出入りする老舗料亭の経営者が、身元不詳で名刺も出さない沢崎を相手に、いきなり店の売却話を打ち明けるなど、現実的ではない。人への距離の詰め方が甘く、要所で主人公に都合のいいほうへと会話が転がっていく。根本となる依頼人の動機も弱い。
『碆霊の如き祀るもの』――視点の位置取りが不安定で、神視座も不意に現れ、個人的には可読性に難を感じた。また、キャラ立ちの拙い人物が多く、本筋とは関係のないエピソードや、主人公と女性編集者の記号的な掛け合いも多々入るので、謎解きとしての物語がしばしば停滞する。結末も、動機が異なる複数犯の連鎖殺人というもので、肩すかしを食らう。村伝説の要因も、ほぼ陸の孤島で漁獲量の乏しい漁村という初期設定から、かつての海賊行為が透けて見える。
『凍てつく太陽』――戦時下の人種差別という主題、全体の構成、人物の配置という三要素が、平易な語り口で過不足なくまとまっており、候補五作品中では最もエンタメ性が高かった。特に網走刑務所からの脱獄の場面は、カミサマの正体と相まって、面白く読めた。反面、主人公が米軍の攻撃によって、ある意味で二度も危機的な状況を脱するなど、安易な展開が見られる。逃亡中の相棒とのやり取りも、やや表面的だ。が、それらの瑕疵も評価を大幅に減ずるものではない。授賞は妥当だと思える。閉じる
- 門井慶喜[ 会員名簿 ]選考経過を見る
-
最後まで深緑野分さんの『ベルリンは晴れているか』を推しました。ミステリとしての欠点はあるものの、濃密でしかも筋が通った風景描写(ときに挟まれる嗅覚描写がなまなましい)、たくみな比喩、元動物園飼育員のヴィルマのような印象的な脇役の像など、「ふつうの小説」としての魅力が欠点を上まわると思ったからです。
しかしながら選考会では、この「ふつう」の要素が問題になりました。描写がうるさい、読みづらい、脇筋が多すぎて話が先に進まない、等々。
私には今回いちばん読みやすかったのですが、しかし人間関係のつくりが甘いという指摘には、正直、たじろがざるを得ませんでした。例の、ミステリ部分の欠点とも関係があります。歴史の用意してくれた事実の細部をおもしろがるその意識を、あと一割か二割、自分の用意した架空の人物の世話を焼くことへ振り向けてくれていたらと、そのことが残念でなりません。
しかしながら最初に高得点をつけたのは、原尞さん『それまでの明日』のほうでした。ハードボイルドの古典的な様式美をよろこんだのです。けれども「これは古典ではない、二〇一八年に刊行された現代小説だ」と言われ、その現代小説としての違和感をいろいろ挙げられると、白旗をあげざるを得ませんでした。おふたりには力不足をおわびします。
呉勝浩さんの略称『ヒナキャン』は、才気あふれる作品ですが、才気以外の何かにとぼしく、推すことができませんでした。ユーモアの網をかければどんな非現実的な情況もそれなりに格好がついてしまうという物語一般の危険性に対して、もう少し警戒的であっていただけたらと思いました。
とはいえ、読んでいて作品よりも作家のほうが大きく見えたことも事実なので(それは欠点でもあるのですが)、このあたり、将来大成のにおいがします。
葉真中顕さん『凍てつく太陽』は、話はこびが本当にうまい。ストーリーがテキパキ進むのですが、そのテキパキのために描写を、ことに心理描写を犠牲にしすぎている気がしました。
「一人だけ生き残ったことの孤独と罪悪感が、まだ幼い八尋の心に沈澱した」(一三九ページ)。こういう要約みたいな文章で主人公に共感するのは、私には少しむつかしいことでした。もちろん作者は意図的にそうしているのでしょう。
三津田信三さん『碆霊の如き祀るもの』は、逆に、もうちょっとテキパキ話を進めてほしかった。構成上はプロローグと呼ぶべき四つの前史を延々百二十ページも読まされるのでは、早く本題に入ってくれ、と言いたくもなります。伏線を張る必要はじゅうぶん察するにしてもです。閉じる
- 深水黎一郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
-
『凍てつく太陽』と『碆霊の如く祀るもの』の二作を推す心算で選考会に臨んだ。
『凍てつく太陽』は、主人公が次々苦難に直面して読者を飽きさせない王道のエンタメ小説でありながら、同時に民族や戦争について、深く考えさせる内容になっているのが大きな美点である。一回目の投票時点で頭一つ抜け出ており、結果としてそのまま受賞作となった。
推した人間の一人として敢えて厳しい注文をすると、マイノリティ=善、マジョリティー=搾取する悪という単純な描かれ方は若干気になった。時代背景を考慮しても、現実はもっと複雑に入り組んでいる筈である。三影が最後主人公に銃を託す場面の存在が、そんな単純な善悪二元論からこの作品を救った。
『ベルリンは晴れているか』は労作にして力作である。戦後の分割統治されたベルリンの街の描写は詳細かつ繊細で、最後の二作まで残った。
惜しむらくは、描写に力が入り過ぎて本筋がなかなか進まない点である。過剰すぎる描写は時に読者の想像力を削いでしまうことを踏まえて、本筋の展開にもう一ひねり加えることができていたら、結果は違っていたかも知れない。
『それまでの明日』は、シリーズの続編を長い間待ち望んでいたファンにはたまらない一冊だろう。私もその一人として、ブルーバードがレンタカーに変わっていたり、粗暴だった男が親孝行キャラになっていたり、時間の経過によって変わっていく部分と、昔気質の主人公の内面の相克を、大変楽しく読んだ。
ただ時代に抗う主人公の変わらなさが大きな読みどころなため、初めてこのシリーズを手に取る若い読者に対する訴求力は、受賞作に比べると弱い。シリーズ全体ではなく単体としての評価が求められる本賞においては、残念な結果になった。
『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』は、不思議な魅力を持った作品である。主人公は紛れもなく不幸であるが、自分が不幸であることすら認識できないため、その境遇に相応しからぬ、のんきな独白で話が進む。そのギャップが面白い。人間が人間を食い物にする恐ろしさも良く描けている。フラッシュバックの多用を控え、構成を整理したらもっと読みやすく、高い評価を得られたことだろう。
『碆霊の如く祀るもの』はホラーと本格ミステリーを高いレベルで融合させたシリーズの最新作である。怪異が迫り来る雰囲気の描写は秀逸であり、ラスト前で謎を列挙する箇所は圧巻であった。冒頭に述べた通り、『凍てつく太陽』とのダブル受賞を目指したが、残念ながら支持を得られなかった。候補作中、ミステリーの原点である謎解きの愉しみを最も味わわせてくれた作品だけに、他の選考委員から寄せられた厳しい意見は、正直意外だった。閉じる
- 薬丸岳[ 会員名簿 ]選考経過を見る
-
さすが日本推理作家協会賞の候補作だけあって力作や意欲作が揃っていた。これらの作品を選評することにためらいはあるが、自戒をこめつつ各作品の感想に触れる。
『碆霊の如き祀るもの』――犢幽村をはじめとする架空の村々の風習や歴史などの世界観が魅力的で、愉しみながら読み進めた。第一の犯行のトリックはいたく感心させられたし、七十もの謎を列挙し、推理を展開させていく終盤も非常に読み応えがあった。ただ、推理を何度も反転させていくぶん、真相への期待値が上がっていった面もあり、最終的に示された真相に大きな驚きはなかった。また第一と第三の犯行において、あのような状況下にありながら当事者が心理的にああいう行動をとるだろうか、またとらせるだろうか、と納得できなかった。最後に示された動機については胸にすとんと落ちるものがあっただけに、その点が残念だった。
『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』――主人公のキャラクターや語り口に妙な魅力を感じて読み進めていたが、登場人物みんなが変わり者を通り越して変人で、次第についていけなくなった。物語の推進力になっている事件の真相についても、あるキャラクターの行動に首をひねり、受け入れることができなかった。ただ、それまでの作品と比べて作者のふり幅の広さに驚くとともに、そのチャレンジ精神には敬意を示したい。
『それまでの明日』――作中での強盗事件をきっかけにどんどん外に向かっていく話に思えたが、最終的には狭い人間関係のそれぞれが抱えている事情に収斂していく。丹念に構築された真相への道筋を追っていくうちに、いくつか連なる大きな偶然性が非常に気になった。また、これだけ個人情報の扱いに敏感になっている現代において、会う人会う人が知り合ったばかりの探偵にこれだけの情報を提供することも出来過ぎのように思えて、強く推せなかった。
『ベルリンは晴れているか』――この世界を描きたいという作者の熱量をひしひしと感じる力作で、わたしは二番目にこの作品を推していた。ただ、ミステリーとしてとらえると弱いと言わざるを得ない。他の描写はこれでもかというほど濃密なのに、ミステリーとして読者が知りたいと思う事柄は簡単に流されていて消化不良だった。
『凍てつく太陽』――戦時中の特高と軍との対立を軸にしたスケールの大きな話で、展開も自分の想像を超えたところに二転三転し、良質なエンターテイメントを読んだという満足感があった。戦時中を舞台にした作品に自分が強く感情移入できたのは、現代にも通じる問題がちりばめられていたからだろう。いくつか都合のいい展開が見受けられ、他の選考委員が指摘された欠点についても頷く面はあったが、それでもこの作品の価値が大きく損なわれるものとは思わず、授賞作に推した。葉真中さん、受賞おめでとうございます。閉じる
- 山前譲[ 会員名簿 ]選考経過を見る
-
太平洋戦争末期の日本を舞台にしているが、これは今だからこそ読む価値のある作品ではないか。そう思ったのは葉真中顕『凍てつく太陽』である。過酷な労働現場での内密な捜査から始まり、その捜査で手柄を上げた刑事がなんと網走刑務所送りとなり、そこから脱獄して……展開がよく練られている。テンポのいい文章も心地いい。後半、うまく行き過ぎというところもあるけれど、それはエンタテインメントとして許される範囲ではないだろうか。
何より、ここで描かれているアイヌ民族や外国人労働者の差別問題は、七十年以上経ってもまだ解決されていないのだ。安易に作品の時代を選んではいないという、作者の強い意志が感じられる。
奇しくも同時代を描きながら、まったく舞台が異なるのは深緑野分『ベルリンは晴れているか』だ。敗戦直後、分割して占領されているベルリンに起こった殺人事件の犯人の心理が、巧みに隠されている。ユダヤ人迫害は知っていても、それ以上の知識を持っている人は少ないだろう。だから作者は「幕間」を挟んで世界史的な流れを語っている。だが、複数の視点が交錯するそのパートがあることで、物語の勢いが殺がれているのではないだろうか。
視点というところで気になったのは三津田信三『碆霊の如き祀るもの』だった。中盤、名探偵が単独で行動するようになると謎解きの興味がどんどん高まっていくのだが、それまでは視点が定まらず、じつに不安定である。事件の伏線がそこにあるにしても、もっと繊細な叙述が必要ではなかっただろうか。また、不可能興味はたっぷりだが、図面がないのでその状況がよく分からない。後半、謎がたくさん列挙されてもそそられなかった。
原尞『それまでの明日』の小説としての安定感は圧倒的である。久々の沢崎の探偵譚を堪能した。ただ、事件が拡散するばかりでちょっと不安になったところで、最後に現実社会に引き戻されてしまったのには、そこまでの展開と違和感があった。
呉勝浩『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』は、江戸川乱歩賞を受賞してから精力的に作品を発表してきた作者の新境地には間違いない。物語を引っ張っていくふたりの女性の、微妙な意識のすれ違いが独特だ。そんなキャラクターの魅力を相殺してしまうのが、マインドコントロールの主である。そこにカリスマ性をまったく感じないのだ。なにかできることがあっただろうに、と疑問を抱いてしまう。候補作中では最も先鋭的な物語で引き込まれたのだが。閉じる