一般社団法人日本推理作家協会

推理作家協会賞

2024年 第77回
2023年 第76回
2022年 第75回
2021年 第74回
2020年 第73回
2019年 第72回

推理作家協会賞を検索

推理作家協会賞一覧

江戸川乱歩賞

2024年 第70回
2023年 第69回
2022年 第68回
2021年 第67回
2020年 第66回
2019年 第65回

江戸川乱歩賞を検索

江戸川乱歩賞一覧

1998年 第44回 江戸川乱歩賞

1

1998年 第44回 江戸川乱歩賞
受賞作

とぅえるう゛わいおー

12〈twelve Y.O〉

受賞者:福井晴敏(ふくいはるとし)

受賞の言葉

 特に文学指向だったわけではなく、湯水の如く金をかけたハリウッド製冒険アクション映画に憧れ、邦画では描けないその醍醐味を表現する手段として小説を選んだだけの自分が、江戸川乱歩賞という大変栄誉ある賞を頂けた僥倖に、今はまだ呆然自失の思いです。そうそうたる過去受賞者の名に恥じぬよう、これからより一層の精進を重ね、読者の方々に「買って得した」と感じて頂ける本を書いてゆければと思っています。本当にありがとうございました。
 今、この国は変革の陣痛の最中にあります。保護統制を基調とした旧来のシステムを失い、私たちの社会は新たな枠組みの創造を内外から求められていますが、それができずに痛みだけが長引いてしまうのも、長い間「国家」と「個人」とを結びつけて考えようとせず、経済大国という肩書き以外に自らを語る言葉を持てなかった、我々日本人の精神的空白が横たわっているからなのかもしれません。
 かつて、その様を「十二歳の子供」と評した戦勝国の人物がいました。この物語は、その言葉の呪縛を断ち切るために血みどろの闘争を宿命づけられた男と、彼を取り囲む人々それぞれの想いと戦いを描いたものです。彼らが手にする「救い」と「希望」は凡庸なものかもしれませんが、その中にこそ現在の閉塞を突破する可能性があると信じたいのです。

作家略歴
1968~
東京生れ。私立千葉商科大学中退。
警備会社に勤務のかたわら、一九九七年「川の深さは」を江戸川乱歩賞に応募、受賞は逸したものの高く評価され、のちに刊行されて好評に迎えられた。翌九八年、第四十四回乱歩賞を受賞した「Twelve Y. O.」は毀誉褒貶分かれたが、前記二作と三部作をなす「亡国のイージス」は各方面から絶賛され、第五十三回日本推理作家協会賞を受賞している。作品には、ほかに「∀ガンダム」がある。
2003年『終戦のローレライ』にて第23回吉川英治文学新人賞を受賞

1998年 第44回 江戸川乱歩賞
受賞作

はつるそこなき

果つる底なき

受賞者:池井戸潤(いけいどじゅん)

受賞の言葉

 子供のころからあこがれていた江戸川乱歩賞を受賞することができました。私の作品を選んで下さった選考委員のみなさん、この作品を書き上げるまでに様々なアドバイスと激励を頂いた方々に心から感謝のことばを申し上げます。
 ありがとうございました。
 受賞作は、私がかつて勤めていた銀行で本当にあった倒産とそれに関する様々な出来事をモチーフにした金融ミステリーです。実際に事件とかかわった身としては、書きたくて書いたというより、どうしても書かなければならなかったと言ったほうがしっくりくる、因縁の作品といっていいでしょう。
 本当は忘れてしまいたいような出来事なのに、忘れられない。心の中でしこっていたものをなんとか整理するために書いたその小説が江戸川乱歩賞という幸運を引き当て、新たな途を切り拓いたのですから、なんとも不思議なことがあるものです。
 銀行を退職して三年になりますが、いまようやく自分の選択が正しかったと心から思えるようになりました。
 作家になるのは私の夢(Vision)です。
 今回の受賞で、私はその夢を実現させるための挑戦権を得たに過ぎません。受賞することではなく、書き続けることが作家になるということだからです。本当の挑戦はこれからですが、書きたいことはたくさんあります。ジャンルにこだわらず、どん欲に幅広いエンターテインメントを書いていくつもりです。どうぞお楽しみに。

作家略歴
1963~
岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。
1998年 『果つる底なき』にて第44回江戸川乱歩賞を受賞。
2010年 『鉄の骨』にて第31回吉川英治文学新人賞を受賞。
2011年 『下町ロケット』にて第145回直木賞を受賞。

趣味: ゴルフ、写真、フライフィッシング

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 本年度乱歩賞は、一月末日の締切りまでに応募総数二九九篇が集まり、予選委員(香山二三郎、郷原宏、関口苑生、松原智恵、山前譲、結城信孝の六氏)により最終的に左記の候補作五篇が選出された。
<候補作>
 ビッグタウン         賀芳 文吾
 カマクラ動乱         犬神 鳴海
 12〈twelve Y.O〉       福井 晴敏
 天馬誕生           中野 順市
 果つる底なき         池井戸 潤
 この五篇を六月二十三日(火)「福田家」において、選考委員・阿刀田高、大沢在昌、北方謙三、高橋克彦、皆川博子の五氏(五十音順)の出席のもとに、慎重なる審議の結果、池井戸潤氏の「果つる底なき」、福井晴敏氏の「12〈twelve Y.O〉」の二作に決定。授賞式は九月二十五日(金)午後六時より帝国ホテルにて行われる。
閉じる

選評

阿刀田高[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 小説には、それぞれの作品が担うべき特徴があるようだ。ざっくばらんに言えば、ユーモアで売るもの、トリックで売るもの、主人公の恰好よさで売るもの、思想の深さで売るもの、文章の精緻さで売るものなどなどである。
 本当の意味での優秀作は、この特徴のほかにプラス・アルファを備えているのだが、それは別格として、とにかく担うべき特徴を外していては話にもならない。
 「カマクラ動乱」は、仕掛の複雑さとユーモアが売りの作品と見たが、どちらも成功しているとは思えなかった。
 「ビッグタウン」は、都会の闇を舞台にしたハードボイルドが売りである。政治家の暗躍、隠し子、やくざ、探偵、そこそこには書けているのだが、どれも月並で、新しい魅力を作りえなかった。
 「天馬誕生」は、人工生殖を扱い、仕掛はおもしろい。が、それなりの良識を持つ人たちが、
――ここまでやるかなぁ――
 思考と行動のリアリティに納得できないところがあって、おもしろさのわりには高い評価がためらわれてしまった。
 「12」は力の溢れる作品である。戦闘の場面など高揚した情況の描写力には舌をまく。だが、作者の胸中に溢れるものが多すぎて、それが随所に、ちょっと抑制を欠いて饒舌に語られてしまううらみ、なきにしもあらず。私にはところどころ読みづらかった。腕力は申し分ない。大成を期待したい。
 「果つる底なき」は、読みやすい。銀行の内幕を描いて、
 ――こういうミステリーもあるんだ――と、膝を叩いた。
 あえて、言えばこれは銀行ミステリーの誕生を宣言する作品だ。弱点は登場人物に読者の胸をおどらせる魅力がないこと。このかたにも大成を期待したい。
閉じる
大沢在昌[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 各作について感想を述べていく。
 「ビッグタウン」
 新宿を舞台に元マル暴刑事の私立探偵、やくざ、国会議員、家出少女という配置は、あまりにもオーソドックスである。この方の文章には妙なツヤがあり、好感は抱けたが、ハードボイルドは現代ミステリの激戦区のひとつであり、この道具立て、ストーリーでデビューを果たせるとは思えない。主人公を現在の境遇に追いこんだ暴力団組長とあっさり友情を通じさせてしまうことへも違和感をもった。また「新宿の熊」や「新宿署のマムシ」という表現もどうだろうか。風俗や警察組織に関する情報は、週刊誌の記事の域をでていない。もっとオリジナリティにこだわった作品で勝負していただきたい。
 「天馬誕生」
 遺伝子を題材にすえた作品は、国内外を問わず、力作が次々と発表されている。アイデアは良いのだが、組織の描き方に強引さと失敗がある。「闇の巨大組織」を描くのなら、白地の紙に「組織」と大書するのではなく、「組織」という文字以外の部分を塗り潰す方法をとるべきだろう。日本の霊長類研究所が、アメリカの国家秘密にも匹敵する遺伝子をあっさり手に入れたり、殺し屋を雇ったり、ついにはマスコミすらコントロールしてしまうという設定にはついていけない。
 「カマクラ動乱」
 ミステリにおけるユーモアの活用法を誤っているとしか思えず、劣悪なコメディに等しい作品となってしまった。本格とユーモアを合体させたものを書きたいのならば、腰をすえ、正攻法で勝負していただきたい。
 「果つる底なき」
 昨年も候補にあがった方だが、見事に開花した、という印象を受けた。銀行業務における情報の処理、銀行マンとしての主人公のプライド、事件、人物の動かし方、ある選考委員が「ひと皮むけた」と表現したが、その通りだろう。受賞作とすることに異存はなかった。おめでとうございます。
 「12〈twelve Y.O〉」
 この方の文章は、今年も私に鳥肌を生じさせた。私は彼のファンである。行き場のない男たち女たちの、勝ち目のない戦いへ身を投じていく、意地と哀しみを描かせて秀逸。欲をいえば道具立てが今回、あまりに大げさすぎた。しかし冒険小説界を震撼させるこの才能を、二年つづけて埋もれさせることは、選考会がためらった。
 受賞おめでとう。だがここに先輩、及び未来の商売敵として忠告をさせていただく。
 作者の、安保と自衛隊に関するこだわりは、昨年今年と、二作つづけてゆるがぬその視点から了解した。あるいはまだ述べ足りぬものがあるかもしれない。しかしエンターテインメントの書き手としてより大きくなることを信じ、期待する者としては、今しばらくその情熱を抑制していただきたい。
 巨大な戦闘を描く力は誰もが認める。その迫力は、希有の才能。だからこそ、次は卑小で卑近な戦いを描いて読ませてくれ。昨年の候補作「川の深さは」に涙した読者として、これはお願いでもある。
 もはや私は、作者の次作を待ち望んでいる。
閉じる
北方謙三[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 乱歩賞が、エンターテインメント小説の登竜門になってから、すでに久しい。その伝統が新しい才能を集めていると、今回もしみじみと感じた。
 候補作五本のうち、「カマクラ動乱」と「ビッグタウン」は、作品の傾向は違うが、ともに似たような欠点があると感じた。小説として、筋肉が惰弱すぎるのである。その結果どうなるかというと、説明が多くなる。描写で、整合性をつけきれなくなる。読んでいて臨場感が欠落してくるので、入りこめない。小説の命がなにかということを、もう一度考え直すべきであろう。
「天馬誕生」という作品には、私は関心を持った。傑作になり損なった力作である。スリリングで、読んでいて恐怖に襲われるところもあるが、穴も目立つ。全体としては緊密さを保っていて、よく書いたという印象を持った。しかし拭い難い欠点があった。舞台装置を大きくしたために、かえって物語が小さく縮んでいるのだ。病的な情熱に憑かれた医者や研究者と、その被害に遭った母子の物語にすれば、読者に与える恐怖はもっと大きくなったはずだ。組織など、書けば書くほど安っぽくなる。物語の大きさは、装置の大きさではなく、人の心の中にあるのだということを、よく認識して、次に挑んでいただきたい。
 受賞した二作は、ともに力量充分で、しかも作品の質がまるで違うため、甲乙をつけるのが非常に困難であった。
 「12〈twelve Y.O〉」は、とにかく熱気と力で押し切った。瑕瑾さえも、エネルギーで呑みこんで、読む者を圧倒する。しかも主人公が、しょぼい落ちこぼれの自衛隊員というのが、秀抜でさえあった。
 「果つる底なき」は、抑制の利いた、緊密で上質なミステリーとして成立していた。文章に無駄がない。すでに、プロの腕である。
 この受賞二作が、乱歩賞の幅を示したのだと思えば、一作に絞れなかった悔いもない。
閉じる
高橋克彦[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 五篇の候補作のうち、結局はダブル受賞となった二作品が圧倒的に抜けていた。他の三篇とて決して酷いレベルではない。前年度候補作として残ったお二人のパワーに抗えなかったということだろう。最初から二作受賞が許されるなら今回ほど楽な選考はなかったはずだが、やはり甘くはなかった。可能であれば一本に絞ろうとの意見が席上で出されて、それから地獄の選考が再開された。この場合、お二人とも前年の候補作品が選考委員のだれの頭にもあるので、さらに厄介となる。強烈な個性と抜きんでた描写の光る「12」に対して、まったく独自の視点で切り込んで来る「果つる底なき」。あまりにも極端に離れた世界なので判断がむずかしい。そもそもこれは同列に扱って優劣を比較する作品ではないのかも知れない。では、どちらがいわゆる乱歩賞的かと言うと、また迷う。ミステリーぽさではもちろん「果つる底なき」が近いだろうが、本格でもなければ、探偵ものでもなく、警察ものでもない。新しい分野としか言い様がない。選考会はしばしば途方に暮れた。乱暴な言い方となるが私は「二作受賞が許されないのであるなら、受賞作なし」とまで発言した。どちらかを選んで片方を落とすということができなかったのである。結果がこのようになって心底喜んでいる。正反対の個性だが、お二人とも間違いなく多数の読者を獲得できる才能の持ち主だ。どちらも驚異の目で迎えられるに違いない。このような書き手が一挙に二人も出現したことはミステリー界にとっても刺激となろう。
 ただ、惜しむらくは今年も優れた本格物が候補作に残ってこなかったことである。この二作品と競うような正統的なミステリーを読んでみたかったような気がする。
閉じる
皆川博子[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 乱歩賞は新人賞なのだから、最初から完成度の高いものを求めるのは無理なのかもしれない、とは思う。けれど、受賞作が後続の応募者の指針にもなることを思うと、私はハードルを低く設定することができない。
 小説に対する私の好みが偏向していることはみとめるが、選考のときは、好みはわきにおいて、それぞれの作品の特質を汲み取るべくつとめているつもりだ。それでも、<いずれ頑な資質を全面に出した由梨は聞く耳を持たず><意外なものを見つけた護の目が向けられたが><投資家たちをしぶつかせ>というような意味のとりにくい文章が数ページごとにあらわれる作品を、積極的に推すことはできない。
 受賞作「12〈twelve Y.O〉」のことである。しかし、他の四篇は、私の評価はさらに低い。
 「12・・・・」は、緊迫した山場になると、文章の傷が消え、描写はすばらしい迫力をもって、たたみこんでくる。こねくる余裕がなくなるのが、かえって好い結果を生んでいるのだろう。文章の傷は修復可能だ。
 「果つる底なき」は、他の選考委員のみなさん最高点をつけられ、私だけが評価が低かった。銀行内部の事情、金の動きは、素人にもわかるように書かれている。つまり、情報を読者に伝達する部分は丁寧なのである。銀行問題はいま社会的に関心を持たれているので、たぶん、興味を持つ読者は多いことだろう。しかし、情報部分をのぞくと、その他は凡庸であり陳腐である。人物に個性も魅力もなく、意外性も物語の起伏もない。この傾向は、候補作の多くにみられる。
 「天馬誕生」は、面白くなりそうな期待を持たせながら、やはり、情報以外の部分は落ちる。その落差がひどい。
 取材や資料によって収集した情報は、物語に巧みに溶け込ませてこそ生きるのだということを、応募者は一考していただきたい。
閉じる

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第44回 江戸川乱歩賞   
『ビッグタウン』 賀芳文吾
[ 候補 ]第44回 江戸川乱歩賞   
『カマクラ動乱』 犬神鳴海
[ 候補 ]第44回 江戸川乱歩賞   
『天馬誕生』 中野順市