2001年 第47回 江戸川乱歩賞
受賞の言葉
五歳の時、母が夜な夜な物語る怪談話に取り憑かれました。
七歳の時からハリウッド映画に夢中になりました。
そして気がついてみると、多くの書物に記された犯罪や冒険の物語に耽溺していました。
私を魅了した文芸や映画は、芸術ではなく娯楽でした。その世界にどっぷり浸かるうち、いつしか自分も、同じような物語を作って、たくさんの人々に楽しんでいただきたいと思うようになりました。
それから長い間、自主映画を作ったり、世に出ることのない小説を書いたり、あるいは脚本家として映画やテレビ番組制作に携わったりと、自分にできる精一杯のことをやってきました。不遇の時代も経験しました。諦めずに続けてこられたのは、たくさんの恩人や友人たちの励ましと、そして子供の頃から体に叩き込まれたエンターテインメントの力を信じた結果であるように思えます。
今後も気取ることなく、誠心誠意、低俗ではない娯楽作品を作り続けていこうと思っております。おそらくそれが、江戸川乱歩賞という大きな賞をいただいたことへの、ささやかな恩返しになるだろうと考えるからです。
末筆ではありますが、今回の受賞に際し、選考に関わられた多くの方々、そしてお世話になった皆さま方にお礼を申し上げます。
どうもありがとうございました。
- 作家略歴
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1964.10.26~
ロサンゼルス・シティ・カレッジ映画科中退
映像業界の現場スタッフとして働いた後、脚本家となる。
代表作:13階段
趣味:読書と映画。
特技:特技は自主映画製作。脚本、演出、撮影、照明、編集とメインパートはほとんど一人でこなせる。
2011年『ジェノサイド』にて第2回山田風太郎賞を受賞。
2012年同作にて第65回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門を受賞。
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
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本年度乱歩賞は、一月末日の締切りまでに応募総数三二五編が集まり、予選委員(小梛治宣、香山二三郎、新保博久、千街晶之、豊崎由美、吉野仁の六氏)により最終的に下記の候補作五編が選出された。
候補作
きみは嘘を詠う 新井吾土
13階段 高野和明
グッバイ、ジャズ・ライン 廣島節也
接続 匠 勇人
機械室 白石 泉
この五編を五月二十四日(木)、「福田家」において、選考委員・赤川次郎、逢坂剛、北方謙三、北村薫、宮部みゆきの五氏(五十音順)の出席のもとに、慎重なる審議の結果、高野和明氏の「13階段」に決定。授賞式は九月二十一日(金)午後六時より帝国ホテルにて行われる。閉じる
選評
- 赤川次郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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今回は、『13階段』が候補作の中でも、構成、展開、キャラクターの存在感など全体にわたって抜きん出た巧さを示し、ほとんど問題なく受賞作に決った。
偶然性や、多少の後味の悪さなど気になる部分はあったが、許容範囲の内であろう。注文をつけるとすれば、視点は主人公二人に絞るべきだということと、「仮釈放中で何か問題を起すと刑務所へ戻される」という主人公の「枷」を、ストーリー展開に活かしていたら、もっとサスペンスが盛り上がっただろうという点である。
描かれた世界に魅力があるという点では、『機械室』も評価できた。特に、記憶を失った少年が発見される冒頭から、一気に四十代になった時点へ飛ぶ辺りは上手いものだが、何といっても、「記憶が戻ったら、すべてが明らかになる」というのでは、ミステリーとして弱すぎる。
ホラー風の味付けも、却ってミステリーとしては欠点になっており、不必要な残酷描写と共に、すっきりしないものが残る。
『グッバイ、ジャズ・ライン』は、天才ジャズピアニストの両手首を切断された死体が見付かるという謎は魅力的だが、展開の平板なことと、人物に魅力が乏しいのが大きな欠点。
『接続』は、コンピューターに侵入して大事故を起させる「サイバーテロ」という今日的な題材に、父と子の確執を絡ませた着想は悪くないが、展開、解決に至る段取りに工夫が足りない。
『きみは嘘を詠う』では、酷使されるタレントを逃がすという仕事そのものに必然性が感じられないので、一向にハラハラできない。ミステリーと呼ぶには不向きな内容だろう。
全体に、タイトルの付け方が安易過ぎる気がした。閉じる
- 逢坂剛[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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『きみは嘘を詠う』は、芸能業界を扱った饒舌な風俗小説で、ミステリといえるかどうか微妙なところだ。若いタレントを海外に逃がす、ハケ屋と称する仕事をしている男が主人公なのだが、商売になるほど需要があるとは思えないし、人間的な魅力にも欠ける。ギョーカイものに、怪しげな機密文書の話を持ち込んだのは、むしろ失敗だったのではないか。
『13階段』細かい欠点はあるものの、この小説にはそれを吹き飛ばすパワーが感じられる。スリル、サスペンス、謎、意外な展開と、優れたエンタテインメント小説が備えるべき条件を、過不足なくクリアして間然とするところがない。伏線の張り方もうまいし、死刑制度の問題などに対する考察も、きちんと行なわれている。素人ばなれした腕前、といってよい。選考委員全員が一致して推したのは、最近では珍しいのではないか。ここ十年ほどの乱歩賞受賞作の中でも、出色の佳作だと思う。
『グッバイ、ジャズ・ライン』この作品の最大の欠点は、探偵役を務める一人称の女性主人公に、感情移入できないことだった。登場人物の人間関係に、少しずつ作者の思惑とはずれるキズがあり、それが全体として大きな違和感につながった。多重録音のトリックも、音楽関係者ならすぐに分かる程度のもので、ミステリ性にとぼしい。
『接続』サイバーテロという、きわめて今日的なテーマを取り上げた小説で、コンピュータ社会に警鐘を鳴らすという意図も、それなりに伝わってくる。その意欲は認めるが、三分の二くらいから突然どたばたの活劇に変わったのには、心底驚かされた。随所にいいところはあるのだが、主人公が最後の方でスーパーマンになりすぎて、小説の結構を崩してしまった。
『機械室』無理にミステリの味付けなどせずに、ホラー小説として書き切った方がよかった。こういうタイプの小説は、細部のリアリティによほど意を注がないと、嘘っぽくなってしまう。擬音の多様にも辟易した。しかしこの作者には、おもしろい小説を書こうとする気迫が感じられるし、ストーリーテリングの才能もあると思う。精進してほしい。閉じる
- 北方謙三[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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そこそこに、悪くない候補作が並んだ。そこそこと表現してしまうのだが、私の選考委員としての欲だろうか。
『接続』は、それなりに面白く読めた。ただ新しさを装っているが、小説そのものは古いかたちから脱却していない。その構造が透けて見えるし、しかも最後にはドタバタで収束してしまったところがある。
『きみは嘘を詠う』は、一人称の視点が、作者の視点としばしば重なっているのではないか、と感じた。また一人称では、なにを書かないかによって、アンフェアになることもある。そのあたりを、もっと注意深くやって欲しい。ハケ屋という裏稼業も、どこか安直で思いつきという感じがある。脇役に魅力的な人物がいるので、惜しいという思いがつきまとった。
『機械室』は、筆力は充分である。ただ、衝撃的なところが、おどろおどろしい場面だけというのは困ったものだ。夢と記憶の入り組んだ描写が、ここまで必要なものかとも首を傾けさせた。書く意欲とは別に、整理しなければならないものを多く持つ書き手だと思った。
『グッバイ、ジャズ・ライン』は、専門的な音楽知識をもって書かれたミステリーで、ひとりの天才ピアニストの姿が、物語の中で立ちあがってくると感じた。構造もわかりやすい。ただ、富塚という医師については、もっと伏線に工夫をこらすべきではなかったか。
受賞作は、かなり重いものを含有した内容だが、一気に読み通せる迫力が漂っていた。文章もいいし、リアリティという点で、他の作品より頭ひとつ抜けていた。ミステリーとして曖昧に流してしまった部分、もしくは作者だけがわかっている、というような部分がいくらかあったような気がするが、まずは充分に水準に達した作品であった。オーソドックスな手法を取りながら、特異なものを描ききった力量は、評価されて然るべきであろう。この賞は、今回もいい作品を得たと思う。閉じる
- 北村薫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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今回も候補作に、多様で、それぞれ捨て難い作品が並んだ。選考会の始まる前の雑談で、「評価が、割れるのではないでしょうか」と述べた。しかしながら案に相違して、すんなり『13階段』と決まり、異論も出なかった。わたしも、この作を第一位に推した。
入り組んだ真相が最後に現れて来るところなど、実によく考えられている。登場人物達の行動の意味が、そこに至って霧が晴れるように見えてくる。ミステリの醍醐味を味わい、まことに感心した。細かい点で、いくつか気になるところはあったが、それらを超えて、読ませる力があり印象に残る場面があった。
『13階段』の場合には、ミステリ的要素がそのまま物語を動かし、一つの世界を作り上げていた。選考会が紛糾しなかったのは、これに続く作品に、その点で問題があったからだろう。
『グッバイ、ジャズ・ライン』における、秋の終わりに夏の日を回想するような、人の繋がりの描き方は、わたしには魅力的だった。好きな作品である。それだけに、古典的な、女主人公の「名探偵ぶり」が浮き、またミステリとしても弱いところがあった。
『機械室』も、ミステリ的な部分がなければ、実によく書けた幻想小説である。一例をあげれば、盆踊りの場が絞首刑のシーンにすり替わるようなところも、書き手に力量がなければ、むしろ滑稽だろう。それが見事に悪夢として立ち上がって来る。ラストが怪談になるところも、まったく違和感がない。凡手ではない。しかしながら、犯罪に関する部分には納得できないことが多い。
これら二作は、小説にミステリとしての要素が加わることで、作品のバランスが崩れてしまった。難しい問題だ。
『きみは嘘を詠う』は、すらすらと読ませるうまさを持ち、『接続』には、サイバーテロという素材の面白さはあった。しかし、他の三作と比べた場合、一歩譲ることになった。閉じる
- 宮部みゆき[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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『13階段』の受賞を強く推しました。すんなりと決まり、選考を終えた後も、この作品について話が弾んだのは嬉しいことでした。死刑に関わる刑務官の心情を描くことも、主人公の一人に、過去に傷害致死事件を起しているという深い闇の部分を背負わせたことも、どちらも勇気のある試みですが、その試みを成功に導くだけの熱意と集中力が文章のそこここに感じられ、安心して読み通し、高く評価することができました。
『機械室』も好ましい作品でした。肝心の謎解きが、主人公の記憶の回復に従ってスルスルと進んでしまうので、ミステリー的な興趣に欠けていたことが、何とも惜しい。むしろ幻想小説に徹した方がよかったのではないでしょうか。
『接続』と『きみは嘘を詠う』は、脇役がとても魅力的なのですが、二作とも、本来いちばん陰影に富んで立体的な人物であるべき主人公の影が薄いように感じました。どちらも、後半で大変なアクションを演じるヒーローたちであるだけに、皮肉な感じがします。主人公に「何ができるか」を描くよりも、「何ができないか」を描く方が難しいのですね。
『グッバイ、ジャズ・ライン』は、最初の謎設定がユニークで、この点では受賞作よりも優れていたと思います。ただ選考会で、この仕掛けは、現在の音楽業界の人たちを相手にした場合はまず適用しないという指摘を受けたことと、わたしには、どうしてもこのヒロインの心情や言動に共感することができないという二点で、推すことができませんでした。後者については、けっして個人的な好き嫌いではなかったようです。プライドの高い自己中心的な人間を主人公にしてはいけないというわけではありません。そういう要素は、現代人ならば誰でも持ち合わせているものなのですから。問題は、「誰の目で」「どこから」「どう書くか」ということなのだと思います。閉じる
選考委員
予選委員
候補作
- [ 候補 ]第47回 江戸川乱歩賞
- 『きみは嘘を詠う』 新井吾土
- [ 候補 ]第47回 江戸川乱歩賞
- 『グッバイ、ジャズ・ライン』 廣島節也
- [ 候補 ]第47回 江戸川乱歩賞
- 『接続』 匠勇人
- [ 候補 ]第47回 江戸川乱歩賞
- 『機械室』 白石泉