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2017年 第63回 江戸川乱歩賞

2017年 第63回 江戸川乱歩賞

該当作品無し

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

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 本年度江戸川乱歩賞は、一月末の締切までに応募総数三二六編が集まり、予選委員(香山二三郎、川出正樹、末國善己、千街晶之、羽住典子、三橋暁、吉野仁)により去る四月三日(月)講談社会議室で行われ、最終的に左記の候補作五編が選出された。

〈候補作〉
「バイオスフィア3」 栁沼 庸介
「タンポポの種は蒔いてはいけない」 竹原 千尋
「夜のトリケラトプス」 山田 風太
「古傷同志」 牧本 圭太
「アップルピッキング」 光月 涼那

 この五編を五月十五日(月)午後四時より帝国ホテルにおいて、選考委員の有栖川有栖、池井戸潤、今野敏、辻村深月、湊かなえの五氏による協議の結果、本年度は授賞作なしとなった。
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選評

有栖川有栖[ 会員名簿 ]選考経過を見る
選評

 乱歩賞にとって四十六年ぶりの「受賞作なし」となった。ミステリファン、関係各位、すべての応募者の失望を招くことになろうとも、重い決断を下すよりなかった。
 『タンポポの種は蒔いてはいけない』は、少年たちが都市伝説を発展させて作り上げてしまう〈宗教〉に魅力や新味がなく、作者が言わんとすることに混乱が見られる。あの人物を犯人にするのなら、もっと早くから登場させるなどミステリとして工夫が欲しいし、造形も曖昧。
 『古傷同志』は、狂言誘拐など捻りを加えているが、ミステリファンを喜ばせるに足るプロットではなく、全体的に粗い。IQ150の少年・純など書きようによっては面白くなりそうなのに、総じて人物が充分に活かされていない。
 公安外事二課や北朝鮮のスパイが絡む『アップルピッキング』は、ストーリーも人物も既視感たっぷりで、目の覚めるような展開やシーンを欠き、強引さが目につく。新種の米スーパーライスという素材はいいので、そこからもっと発想を広げて独創的な謀略小説が書けなかったものかと惜しまれる。『バイオスフィア3』は、宇宙ステーションでの連続殺人を描いたSFミステリ。その舞台ならではの不可解な状況が盛り込まれ、「受賞したら乱歩賞のバラエティが増すな」と期待したが、いくら討議しても合格点に届かなかった。これだけの舞台を用意したわりには謎の粒が小さく、中編ですっきりまとめられそうである。また、アシモフのロボット三原則を援用したのはいいとして、アシモフがロボットものの諸短編で披露した機知を超えていないし、作中のAIの判断に納得しかねた。乗組員たちの会話も、もっと知的であって欲しい。
 私が一作選ぶとしたら『夜のトリケラトプス』なのだが、賛同者が得られなかった。この小説はある読み方をすればとても面白い。主人公は、四十代後半の男。五年前に幼い息子が旅先で姿を消し、その後に妻に去られて虚ろな日々を送っている。一念発起して妻の行方を追い始めると、思いがけない真相が……というストーリー。その真相は何やら伝奇小説的な趣もあり、座りがよくないのだけれど、そこに妙味がある。新人類とも呼ばれなかった彼に思いがけぬ大きなドラマが起きるとすれば、そんな突飛なものがふさわしいのだ。団塊の世代の後塵を拝してきた私は、革命の夢など見たこともない彼らの世代の『テロリストのパラソル』としてこの作品を読み、共感を覚えた。
 今回の候補者のうちの誰かがいずれ受賞者になった時、「二〇一七年に落選した際は悔しかったけれど、こっちの作品で受賞してよかった」と言ってくださればよいな、と心から思っている。
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池井戸潤[ 会員名簿 ]選考経過を見る
選評

 今回の候補作をみるかぎり、「受賞作なし」という結果は已むを得ない。
 無理に出したところで、一番苦労するのは受賞者本人だ。力も備わっていないのに乱歩賞作家として世間の厳しい評価に晒されるのだから。そして江戸川乱歩賞に対する信用もまた毀損する。賞の水準を保ち読者の信頼をつなぎとめるためにも、「受賞作なし」は選考におけるひとつの見識である。
 『バイオスフィア3』
 AIにコントロールされている宇宙船内で起きる事件という設定はさほど悪いとは思わないが、作者は宇宙船の実験環境を考えることで燃え尽きてしまった感がある。登場人物の造形は薄すぎて感情移入もできず、人類の危機を救うために集められたクルーにしては、言動があまりに低レベルで真実味に欠けた。主人公による終盤の捜査も、身の危険を冒して宇宙船内でやるだけの意味はない。明かされる犯行の動機も陳腐だ。
 『タンポポの種は蒔いてはいけない』
 ひたすらわかりにくい作品である。脈絡のつかみづらい会話が頻発し、そのたびに立ち止まって読み返すのだがわからない。これには相当苛々させられた。小説の雰囲気を推す選者もいたが、如何せん小説作法が水準に達していない。内容以前に、作者にはまず技術的な問題がある。会話を整理し、ストーリーの根幹となる謎と解決までのアプローチをもっと明快にしてはどうか。
 『夜のトリケラトプス』
 妻に出ていかれ、気力を阻喪して呑んだくれている中年男の日常は悪くなかった。文章は候補作中もっとも読みやすく、こなれている。実は中盤までは、この小説が受賞作になるだろうと思って読んでいた。ところが後半以降、物語は一気に迷走し、崩壊する。リアルで詳細なデッサン力が光っていた前半に比べ、真相は荒唐無稽、さらに子供や妻を巡る主人公の言動には違和感しか感じなかった。
 『古傷同志』
 ストーリーを複雑にしすぎて、いくら読んでも物語の輪郭が浮かんでこない。挙げ句、真相もよくわからないまま終わってしまう。中盤以降の主人公のヤクザと少年の逃避行は見せ場なのだろうが、現実ならば早い段階で少年を警察に保護させてヤクザひとりで行動するだろうからこんなことは起こりえない。警察内部の人間関係も煩雑でわかりにくい。そうした諸問題はさておき、一番の問題は、受賞作に求められる新しさが本作にないことだろう。
 『アップルピッキング』
 これも新しさを感じない小説だ。主人公のキャラ設定もいまひとつなら、北朝鮮の女スパイの造形もリアリティがない。このふたりによる恋愛もどきのやりとりに至っては、説得力もなくただ胸焼けがする。主人公と妻のエピソードなど構成上の無駄も多い。この小説の構造を支え、緊張感を保ちつつ読者をひっぱるだけの腕力に欠けた。
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今野敏[ 会員名簿 ]選考経過を見る
選評

 乱歩賞のような応募原稿による賞の場合、候補作には何が求められているのだろうか。ベテラン作家のような熟練の技など期待すべくもない。
 ほとばしるような情熱。書きたくてたまらないという熱意。果敢に挑戦する勇気。私はそのようなものを求めている。小手先の器用さなどは必要ない。荒削りでも、作者の何かを伝えたいという気持ちを大切にしたい。
 ましてや、傾向と対策など笑止千万だ。最近は、文学賞に投稿する人たちが集まるネット上のサロンのようなものがあるらしい。そこでは、「今年は一次まで行った」とか、「ようやく最終選考まで残った」というようなやり取りがあるという。厳しい言い方になるが、勘違いしてほしくない。受賞者以外は、皆同じ敗者なのだ。一次通過も、二次通過も最終選考も同じことだ。それはプロとアマを分けるラインなのだ。
 プロになること。さらには、プロとして活躍しつづけることは、それくらいに厳しいことだと肝に銘じ、魂の叫びをぶつけてほしい。
 『バイオスフィア3』は、ミステリとしては館もののバリエイションだと言えるだろう。誰も体験したことのない環境を書くのだからある程度は仕方のないことだと思うが、地の文でも台詞でも説明が多すぎる。しかしながら、ロジックを駆使して書かれた作品としては評価できると思う。ただ、もう少しすとんと腑に落ちるロジックがほしかった。ロボット三原則を扱っているが、アシモフ自身がとてつもない小説の巧者なのでそれだけで損をしているのではないか。
 『タンポポの種は蒔いてはいけない』も、同様にロジックが先行している作品だろう。プロットが複雑過ぎる感があるし、理屈がよく理解できない部分もあった。にもかかわらず、私はこの作品を高く評価した。共同体の中で、噂が都市伝説になり、やがてそれが宗教になっていく過程をけっこう面白く読ませてもらった。さらに私は読後感がよかったと感じた。私はこの作品を受賞作に推した。
 『夜のトリケラトプス』は、ミステリというより純文学を志向した作品のように感じられた。もちろん、そんなジャンル分けは無意味だとは思う。それでも、ミステリならば、もっと物語が謎に集約されていくべきだろう。真相が終盤で駆け足で明かされるやり方も、ミステリとしてはうまいやり方とは言えない。
 『古傷同志』は、いろいろなストーリーが錯綜しており、まとまりがない。プロットはもっと単純でいい。読者は、誰に感情移入していいかわからなくなる。もっと整理できたと思う。
 『アップルピッキング』は、全体につたなさや雑さが目立った。主人公が警察官だし、警察小説としても読めるのであえて指摘するが、警察組織に関する間違いや勘違いがあまりに多すぎる。警察署に部や捜査一課などがないことは、今時の警察小説の読者ならよく知っていることで、それだけで、物語のリアリティーがほとんど失われてしまう。物語自体もありふれた話で、新しさを感じなかった。
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辻村深月[ 会員名簿 ]選考経過を見る
選評

 最終候補のうち、一番、評価が高かったのは、『バイオスフィア3』でした。火星開発のために建設された宇宙船バイオスフィアは、設定が魅力的で、冒頭に掲げられた図表にも期待が高まりました。船内の生活感、また死刑回避にまつわる人工知能のあれこれも好みだったのですが、肝心の殺人事件があまりにもぬるく、ミステリとしては評価できませんでした。そこが、私が受賞作として推せなかった一番の理由です。
 管理官になりさえすれば火星に行ける、という動機ひとつとっても、一人殺すだけならまだしも、二人殺さなければ達成されないというのでは目的達成までがあまりに遠い。やむにやまれぬ事情から起こったものではなく、作者の都合で作り上げた「事件」のように見えてしまいました。ラスト、火星まで行ってしまう展開は可能かどうか含め賛否両論あるところだと思いますが、私はその思い切りのよさは好きです。
 『タンポポの種は蒔いてはいけない』。宗教を作ってはいけない、というタイトルとテーマに対し、ラスト、キリストになぞらえて復活を子どもたちに見せてしまう矛盾にどうしても目を瞑れませんでした。ただただ謎と情報の開示だけを繰り返す書き方も読者を置いてけぼりにしている気がします。
 『夜のトリケラトプス』。こちらも読者を置いてけぼりにした主人公の独白が続き、謎が謎として機能しておらず、今何のために何をしているのかが伝わりにくい。息子の失踪で始まる物語のラストには、やはり息子もともにいなければならないと思うのですが、それがなかったことで、著者が主人公の人生をあくまで妻や女性たち中心のものとして描いているように見えてしまったことも残念です。
 『アップルピッキング』。五期作できる米の設定は面白いと思いつつも、実験段階で奇形のマウスが生まれてしまうような、安全性が確保されていないスーパーライスを「祖国の子どもたちのために」と言われても、物語に乗ることができませんでした。北朝鮮の工作員が工作員なのに香水をつけること、彼女がオリジナルブレンドの香水を英語で「アップルピッキング」と名付けることにも疑問。タイトルに冠している以上、もう少し考えてほしかったです。
 『古傷同志』。リーダビリティがあり、〝古傷同志〟の二人の結びつきにも好感を持ったものの、一貫して新味がない。今なぜこの作品なのか、という何かがほしかったです。
 今回、四十六年ぶりに受賞作なし、という結果になり大変残念です。賞金はキャリーオーバーされないそうですが、私たち選考委員の期待値の方はキャリーオーバーされます。
 来年のご応募の際には皆さま、どうぞタイトルから魅力あるものを、という意気込みでお願いします。今回、候補作のすべてがタイトルの魅力に乏しいと感じました。来年はタイトル、そして一行目からこちらを惹きつけてくれる魅力的なミステリが読みたいです。
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湊かなえ[ 会員名簿 ]選考経過を見る
選評

 江戸川乱歩賞をはじめ、すべての新人賞はプロの小説家になるための予選会なのではないか。オリンピックの陸上競技など、たとえ日本の選考会で優勝しても、標準記録を突破していなければ出場することはできません。それと同じなのではないかと今回強く考えさせられました。では、乱歩賞の標準記録とは何か。私は過去の受賞作だと考えます。
 『バイオスフィア3』に私は高得点をつけました。冒頭、アシモフのロボット工学三原則で、オリジナルの四原則目が加わっている展開を期待しましたが、三原則のままで終わってしまい残念に思いました。しかし、全体的にはこの作品をとてもおもしろく読ませていただきました。宇宙船に地球上の六つの生態系を再現したバイオームがあり、乗組員たちは宇宙食ではなく、バイオームで採れた魚や作物を当番制で料理して食べる。ある晩の食材はサバとアボカド。どんなメニューになるのだろうと考えるだけでワクワクしました。朝食はヤギのミルクで作ったパンケーキ、レモネードやお茶は飲み放題、コーヒーの木が生長するのが待ち遠しいなど、うっとりするようなエピソードばかりです。最後、火星に向かう場面でもその展開に驚きつつ、祝杯をあげるためのビールに代わるお酒の造り方に心奪われ、このラストもアリだなと納得してしまいました。しかし、乱歩賞はミステリの賞です。ミステリパートで私が一番気になったのは、「管理官になって、火星に行きたかったから」という殺人の動機を主人公が指摘した後、犯人が黙り込んでしまうところです。我こそは火星に一番乗りするのにふさわしい人物なのだ、特殊なアレルギー体質で地球の環境下では生きられない、火星に行けたら片思いが成就する。何でもいいので、犯人の理屈がほしかった。その思いで突き進み、荒唐無稽な殺人事件を起こしたのだなと、強引にでも捩じふせられていたら、私はこの作品を受賞作として全力で推したと思います。どうしても書きたい物語があるのなら、きれいにまとめることよりも、捨て身で挑むことの方が、時には必要なのかもしれません。
 『タンポポの種は蒔いてはいけない』は「ありえない偶然」と「茶番」という言葉が多用されており、作者自身が言い訳しながら書いているように思いました。
 『夜のトリケラトプス』はバブルを引き摺る男性の自分語りが延々と続くばかりで、行方不明の息子や家出した妻の姿が最後まで浮かんできませんでした。
 『古傷同志』は誤字脱字が三百ヵ所以上ありました。一度でも読み返せば、登場人物の職業意識の低さ、謎や真相の曖昧さに気付くことができたのではないかと思います。
 『アップルピッキング』は不完全なスーパーライスをなぜ命がけで奪うのか、政治家が一番悪いのか、刑事とスパイが互いに一目ぼれ? など疑問点が多く残る作品でした。
 最後に、過去の受賞作を読み、自分の書いたものが一番おもしろいと自信を持てる作品で挑んでください。
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立会理事

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第63回 江戸川乱歩賞   
『バイオスフィア3』 栁沼庸介
[ 候補 ]第63回 江戸川乱歩賞   
『タンポポの種は蒔いてはいけない』 竹原千尋
[ 候補 ]第63回 江戸川乱歩賞   
『夜のトリケラトプス』 山田風太
[ 候補 ]第63回 江戸川乱歩賞   
『古傷同志』 牧本圭太
[ 候補 ]第63回 江戸川乱歩賞   
『アップルピッキング』 光月涼那