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1953年 第6回 日本推理作家協会賞

1953年 第6回 日本推理作家協会賞

該当作品無し

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

島田一男[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 授賞作品なし
   ―本年度クラブ賞―
 昭和廿七年中の作品に対する探偵作家クラブ賞の銓衡は、二月十四日決定委員会の席上遂に授賞作品なしとの結論に達した。眞に淋しき限りではあるが、例年二月の例会を飾る授賞式も本年は取りやめとなったのである。
 既に前会報上で中間報告を行った通り、クラブ賞予選委員会は、昨年度中の全作品を検討、候補作品として三十一篇を選び、四次に亘る詮衡の結果、1月下旬、次の九篇を決定委員会に推薦した。(順序不同)
 大下宇陀児 宣傳殺人事件(オール読物)
 木々高太郎 夜光(宝石)
 城 昌幸  絶壁(〃)
 仝     猟銃(〃)
 香山 滋  ローソク売り(〃)
 仝     キキモラ(〃)
 渡辺啓助  聖ジョン学院の悪魔(〃)
 高木彬光  殺意(小説公園)
 島田一男  誤報殺人事件(オール読物)
 一方、これと併行して、事務当局においてクラブ員の推薦投票を整理した結果、百八十通の紹介に対して返信のあったもの僅かに四十五通、内推薦に値するものなしとするもの十七通、残り二十八通の推薦投票の集計は、次の如くである。
 五票 夜光(木々高太郎)、五票 幽溟荘の殺人(岡田鯱彦)、四票 聖ジョン学院の悪魔(渡辺啓助)、三票 風にそよぐもの(大河内常平)、三票 猟銃(城昌幸)、三票 巫女(朝山蜻一)、三票 幻想曲(木々高太郎)、三票 誤報殺人事件(島田一男)、以下二票十篇、一票四十一篇。
 右により決定委員会は、十四日開催、江戸川、大下、木々、水谷、大坪、香山、高木、島田の八委員が出席(山田委員は欠席)、まず、予選委員会より廻付の九篇について各自の意見を発表したのち、挙手採決を行ったが、上位作品は、次の四篇であった。
 一位 夜光(木々高太郎)     五点
 二位 宣傳殺人事件(大下宇陀児) 四点
 仝  絶壁(城 昌幸)      四点
 四位 キキモラ(香山 滋)    三点
 ここに於いて―既授賞者に対しては再授賞せず―との原則に基き、当然城氏の「絶壁」が検討の対象となったが、果然委員会は論議沸騰、二時間余に亘って検討を続けた。その論議の中心は大体次の三点である。
 第一―「絶壁」は探偵小説なりや。
 第二―「絶壁」の長さ。一転して長篇、短篇、並にコントに於ける作者の努力の比較。
 第三―「絶壁」が占める城氏作品中の地位。
 かくて、熟慮の結果得たところの結論は、長短の問題は度外視するとして、城氏には過去に於て、「絶壁」より、遥かに探偵小説的な作品が発表されている―と云うことであった。依って、最後の採決を行った結果、六対二を以て、本年は授賞を行わずと決定したのであった。 この間、水谷委員より、木々氏作「心の底」が推薦され、また、島田委員は事務当局者として、会員投票に於て「夜光」と共に上位にある岡田氏作「幽溟荘」の考慮を求め、委員会では両作品を検討したが、結局、一位「夜光」、二位「宣傳」「絶壁」の線は動かず、委員会は直ちに、五三年度版「探偵小説年鑑」の編集委員を、次の六氏に依嘱した。
 編集委員長 大下宇陀児、委員 香山滋、高木彬光、山田風太郎、大坪砂男、島田一男
 よって編集委員は、その場に於て、次の十二篇を収録作品として内定した。
 宣傳殺人事件=「剣と香水」と改題(大下宇陀児)、夜光(木々高太郎)、誤報殺人事件=「誤報」と改題(島田一男)、絶壁(城昌幸)、巫女(朝山蜻一)、轢死経験者(永瀬三吾)、赤い月(大河内常平)、リラの香する手紙(妹尾アキオ)、殺意(高木彬光)、青い帽子の物語(土屋隆夫)、生きている屍(鷲尾三郎)、聖ジョン学院の悪魔(渡辺啓助)―以上順序不同
(島田記)
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選評

江戸川乱歩[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 予選通過の九篇は皆面白かった。さすがに新人作品の選をする時とは、全く感じが違っていた。皆一応感心したが、受賞候補作として五篇以内を選べと云われると、三篇だけ選びたいと思った。私の見方では九篇のうち水準を抜いているものが三篇あり、他はいくらか落ちるように思われた。香山君の作には感心し、殊に「蝋燭」が好もしかったが、どこかに完全心酔をさまたげる思考の間隙のようなものがあった。渡辺君の作は、この作者のロマンチシズムを、一沫の夾雑的通俗性が邪魔していた。
 私の三篇は、木々君の「夜光」、大下君の「宣傳殺人事件」、城君の「絶壁」であった。木々君のは、この作者の最高品ではないが、題材も、描写もしっくりと板についていて、難点がない。大下君のは、大下流の本格探偵小説であって、巧みな技術に破綻がなく、敬意を表せざるを得ない。しかし、三篇のうち、巧拙を超えて私を最も深くうったものは城君の散文詩であった。單なるアレゴリー以上に私を神の迷路にいざない、恐怖せしめるものがあった。これは探偵小説ではない。怪談ですらない。だから探偵作家クラブの賞にふさわしくないという説が多数であった。しかし城君は二十数年来この傾向のものを書いて探偵作家と認められている。私はその傾向の高度の作としてこれに授賞してもよいではないかと主張したが、賛成者少く、結局二十七年度受賞作なしと決定した。 
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大下宇陀児[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 クラブ賞は、既受賞者には遠慮してもらう。そして五つの作品を選び、その中にはいった未受賞者に、授賞しようという申合せがある。
 ところが、今年は、それがなかった。
 順位という点だけでは、城昌幸君と渡辺啓助君がはいった。もしくは、はいりそうであった。しかし、そういう機械的な操作だけでは、受賞者を決定しなかったのである。
 よかった、と思う。
 本心は、なるべく受賞者があって欲しい。それは誰もが考えている。が、賞のレベルが自らあるはずのものである。それがなかったら賞の権威が疑われることになるのだから。
 今度は、是が非でも、賞に値する作品を発見したいものである。
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木々高太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今年のクラブ賞はナシということになったが、残念だった。私は投票の時に、一、渡辺啓助 二、大下宇陀児 三、島田一男 四、香山滋 五、香山滋といれた。渡辺君を一にしたのは少し政策的な点はあるが、然し十分に責任を持つ順位でも、やっぱり一にしたかった。
 ところが、結果をみると渡辺君は五位のうちに入ってゐなかった。城君のものはいいものだったが、あの四五枚のものを、長篇賞も短篇賞もこめた今年の受賞作にすることは、常識からは外れてゐると思ってゐたので、結局ナシにしたのは賛成である。
 然し、これでは困る。とに角、来年は新人のうちで、抬頭してくれる人、力倆安心の人がないと困る。
 このためには、やはりクラブの幹部の諸君が、今までのようでなく、探偵小説の発達のために刺戟となるような風のカケ声を必要としないか。
 文学ではいけない。トリックが第一だというカケ声では、新人はますます干からびた作品にのみはしるのではないか。白石潔君も大分考えが変って来たと聞いているが、同君の再来の評論を聞きたいものである。
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水谷準[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 このところ探偵小説も沈滞している。活躍すべき舞台がないからである。探偵小説が雑誌のアクセサリー的存在である限り、いわゆるクラブ賞的作品を待望することはだんだん無理になってくるだろう。そこでクラブ賞の性格をこのへんで、もう少しはっきりして、その線に沿うて予選や準備をした方が無理がないのではないかという気もする。要するに探偵小説が盛んになって、面白くて、よい作品がでるようにするのが目的なんだから、目的さえ決っていれば手段はいくらでもあろうし、その都度手段を変えていったって構はぬだろう。以上抽象的な概論だけ云わせて頂く。
 手許に来た諸作のうち木々氏の「夜光」に気品を感じ、香山氏の二作に一歩前進を感じ、これに木々氏が「小説公園」12月号に書いた「心の底」を單独推薦した。この作はモチーヴは探偵小説的だが、それだけに終わらせてあり、探偵小説には無理としても立派な作品である。城氏の「絶壁」その他の作も、相変らずいいものだが、これを探偵小説として賞の対稱とし得るかどうかとなると、ぼくも頭をひねった。彼の前年度にだした「スタイリスト」などはまさに探偵小説だが、「絶壁」はそういう構成を欠いている。
 大下、高木、島田氏等の諸作も凡作である。この程度のものが賞の対稱になるのでは話にならない。それは去年もそうだったのだが、自分のことだったから云えなかったのだ。
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香山滋[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 予選、決定両委員を併せ仰せつかって、数度の会合で論議をつくした結果、“受賞作ナシ”の結論に到達してみると、やはりなにかさびしい気持である。
 しかし、正直に云うならば、今回はこれでよかったのではないか、と思うと同時に、すっきりした後味さえ感じられる。
 第一回予選の際、受賞候補作品が、三十何篇もならんだのを見た時、私は、これは決定作が出ないな、と心の中で予感した。ひどく分散的で、議論の焦点となる公約数的作品がどこにも見当たらない。だんだん、それを煮つめていって、最後にとりあげられた城氏の「絶壁」、渡辺氏の「セント・ジョン学院の悪魔」のニ篇にしても、受賞、非受賞の激論の的となりながら、何故か強力に押し出すほどの空気が醸し出されてこなかった。
 作家会員の作であれば、たとえ探偵小説的要素が稀薄でも、べつの意味で傑出した作ならばクラブ賞を与えるというのでは、対外的に賞の権威が低くなる。今回の決定は、その危機を切り拔けて、作品絶対主義の建前を維持し、クラブ賞作品の本質的向上を期待するに役立ったことは、決して無意味ではなかったと考えたい。
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山田風太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 推薦された十数篇の作品、いずれもそれぞれ感服しましたが、クラブ賞受賞作品というには、それほどの新鮮感、重量感をもって、これはと圧倒するようなものはなかったと思います。とくに、その作者の大半が過去の受賞者であり、その受賞作に少くとも一歩はゆずるものである以上、問題になりません。
 ただ、城昌幸氏の「絶壁」これは城氏の過去の一連の作品に比して、断然傑出したものとはいえないまでも、長年こつこつと、ポーの系譜にしたがう作品を首飾りの妖麗な珠玉をつらねるようにかきつづけてこられたことをふりかえり、ここでクラブ賞をお贈りするのは決して無意義なことではないと思いました。そういう例は過去の授賞にもあった例だと思います。特に、たとえば昨年の年鑑中でも、城氏の「その夜」は瓦礫中の珠玉のごとくにひかってをり、さらに四五年前の「幻想唐草」に至っては、終戦直後の探偵文壇の作品中、屈指の名篇であると私は考えております。
 しかし、クラブ賞の基本的性質として、その年度々々でくぎりたいこと、なるべく純探偵小説にちかいものであってほしいこと等の気持ちがあり、本年度は無授賞ということになったのは残念です。
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高木彬光[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 依然として健康もすぐれず、気力もまだ十分に回復していない為に、今年も昨年と同じく選衡委員、決定委員ともに、その責任を完全に果たせなかった事を、クラブに対しても申し訳なく思ってゐる。その為に、個々の作品について、積極的な発言も出来る資格がないが、城氏の作品については、賛否が相当に別れたし、その論戦が探偵小説全体の本質にふれる大問題である為に私個人の感想を述べてみたいと思ふ。この作品の出来栄え如何に関しては、決定委員達の間にも何等の問題は存在しなかった。ただ、これが探偵作家クラブ賞を授くべき作品か否かといふ事についての、対立した意見があったのである。探偵作家が書いた作品、総てが探偵小説でない事は明かである。それでは、その枠をどこ迄ひろげるか、例えばポーの作品中、「モルグ街」「黒猫」となると、これは誰しも異論がない。然し散文詩「影」となると、私は探偵小説としては少し首をひねらざるを得ない。私は例へポーの作品であるとしても、これは探偵小説とは認めかねるのである。この点が、ポーの作品全部が探偵小説なりとする大坪氏などの意見と食い違うところであった。「影」にして尚然りとすれば、それより更に、ミステリー性のうすい、城氏の作品を探偵小説として認めがたいのは当然である。ここまで押しつめて考へれば、その先は各自の主観に存する問題で、最早妥協の余地もない。これが私の寸感である。
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島田一男[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 予選委員会が推薦した作品を、私は二度読み返して見た。その結果、私は第一位に木々先生の「夜光」を、第二位に香山氏の「キキモラ」を推したのである。城先生の「絶壁」は、私の考えでは第三位であった。
 「夜光」は、実に気持ちのよい作品であった。静かな舞台、静かな登場人物、しかも、読後の印象は、まことに強烈で、その上すがすがしい。この小説には、孤島脱出の極めて簡単なトリックが使われている。私はそれを眞っ正面から考え、まんまと足をすくわれて実に楽しかった。最后の主人公の少年が生きていたと云う結末、このあと味のよさも、「夜光」の値うちを高めるものである。
 香山氏のものでは、探偵小説的には、「ローソク売り」の方が優れていると思う。しかし、作品から受ける感じは、やはり「キキモラ」を推す気持ち、ここにも探偵小説の宿命を感じる。
 「絶壁」は恐ろしい詩である。これを読んだ探偵作家は、一応考えさせられるのではあるまいか。しかし、授賞と云うことを考えると、これでは城先生が気の毒になる。過去の優れた作品の影が薄くなるからである。私は「スタイリスト」を、より高く評価している。
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大坪沙男選考経過を見る
 探偵作家クラブ賞の決定委員会でなした私の三つの発言は左の通りであります。
 (1)城昌幸氏「絶壁」木々高太郎氏「夜光」高木彬光氏「殺意」を昨年度のベスト・スリーと認め、このうち「絶壁」は城氏が次々と発表しておられる独自な作風の、ほとんど頂点を示す逸作と信じて推薦いたしました。
 (2)クラブ賞とは別に、相当数の「奨励賞」を設け、力作、秀作、野心作等に対して鞭撻鼓舞する意味をこめてはどうか、と提案いたしました。
 (3)由利澹(田中西二郎)氏が翻訳された、グレアム・グリーンの「愛の終り」は名訳であると云う定評あり、この際「翻訳賞」を特に考慮してはどうか、と発言しました。
 以上の三案は、いずれも過半数を得られず否決されました。
 尚(1)について附言すれば「絶壁の文学的価値は認めるが探偵小説に非ず」と云うのが多数の見解でありました。江戸川氏は、これを「怪談」の変形として支持され、私はポー文学の雰囲気であると力説しました。これに対し、参考になる意見として、高木氏は「ポーの作品の中でも、アッシャ家は探偵小説の内、『影』などはその外におくのが適当であろう、『絶壁』は『影』の類である」と、巧妙な分類法を示されました。併し、探偵作家を世界的にミステリー・ライターと呼ぶなら、「絶壁」「影」もミステリーの内だと私は信じている次第です。
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選考委員

候補作

[ 候補 ]第6回 日本推理作家協会賞   
『宣傳殺人事件』 大下宇陀児 (『宣伝殺人事件』として刊行)
[ 候補 ]第6回 日本推理作家協会賞   
『夜光』 木々高太郎
[ 候補 ]第6回 日本推理作家協会賞   
『絶壁』 城昌幸
[ 候補 ]第6回 日本推理作家協会賞   
『猟銃』 城昌幸
[ 候補 ]第6回 日本推理作家協会賞   
『ローソク(蝋燭)売り』 香山滋
[ 候補 ]第6回 日本推理作家協会賞   
『キキモラ』 香山滋
[ 候補 ]第6回 日本推理作家協会賞   
『聖ジョン学院の悪魔』 渡辺啓助
[ 候補 ]第6回 日本推理作家協会賞   
『殺意』 高木彬光
[ 候補 ]第6回 日本推理作家協会賞   
『誤報殺人事件』 島田一男