1962年 第15回 日本推理作家協会賞
受賞の言葉
受賞の決った日
前の晩、東京一帯に珍らしく雪が降り、朝一面に白く積っていた。
「丁度二二六と同じだな」
会社で、年配の人がそう言っていた。
十時頃、私は同僚と一緒に車で横田の方にある工事現場へ向った。着いたのが丁度お午ごろ。
目的は、ジェットエンヂンの試運転室の構造体が、その噴流から受ける影響を計測することである。測定装置をセットして、エンヂンを始動したのが十六時九分。
エンヂンは少し休んでは次第々々に推力を上げ、やがて最大出力に達した。四角な塔のようなコンクリートの建物は、高熱にうなされたように震えていた。流れる記録用紙の上で、その震動を伝えるペンが、狂ったように踊っていた。
私達はそれを見ながら
「凄いな、これじゃたまらないや」
と驚嘆していた。
既に日が暮れかかり、小粒の雨が降って来た。私達は、計器類の上に黒い雨合羽を被せて、針の動きを眺めていた。
すぐそばの飛行場では、ジェット機が離着陸していた。飛び上る時、ジェットエンヂンのアフターバーナーが、ピンク色の焔を夕闇の中に吐き出し、その焔には、明暗の綺麗な縞模様が現れていた。
どういうわけで、そんな縞模様ができるのか、私には分らなかったが、あるいはそれが建物の受ける震動と関係があるのかしらんとぼんやり考えていた。
仕事が済んで家に戻ったのは夜の十時頃であった。玄関に、画用紙に書いた子供の字がピンで止めてあった。
『パパ おめでとう』
それがクラブ賞のことであることは、すぐに察しがついた。よかったと思った。
その夜、妻といろんなことを話し合って、なかなか寝つかれなかった。
それから四五日経った今、私の気持はひどく滅入ってしまっている。それは、気ぜわしい新聞記者達とのインタビューや、新聞紙上に一身上のことをいろいろと書かれたり、喋った言葉が、変ったニュアンスの文になっていたりすることに原因があるのかも知れない。
それから又これからは、あまり変なものは書けないという気持も手伝っているのだろう。
しかし、やがて全てこんなことは流れ去ってしまう。私は、私のペースで、自分に納得できるものを書いて行こうと思う。出来るものなら、少しずつ質を上げて行きたい。
最後に、私の書き始めの時から、常に面倒を見てくださった江戸川先生に心からお礼を申し上げたい。先生の力がなかったら、私は今小説を書いていない筈である。
それから、前から私を励ましてくださった中島さん、渡辺剣次さん、島田さんそのほかの方々にお礼を申し上げる。又今まで、勇敢にも私の文章を活字にしてくださった出版関係の方々にお礼を申し上げる。
- 作家略歴
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1921~2021.2.5
出身地・山口県。
学歴・東京帝国大学工学部卒業。職歴・清水建設(株)技術研究所長、工博、一級建築士。
デビュー作・「犯罪の場」。代表作・「細い赤い糸」(日本探偵作家クラブ賞)。
趣味・陶芸、読書、サッカー観戦、最近は庭仕事、それぞれほどほどに。
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
- 中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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クラブ賞選考経過
昭和三十七年の探偵作家クラブ賞候補作の選出にあたって、例年のように、作家会員並びに推理小説関係の評論家に優秀作品の推薦を求めた。
その集計の結果は、高点順にすると次の通りであった。
危険な童話(土屋隆夫)、細い赤い糸(飛鳥高)、秘密パーティ(佐野洋)、仲のいい死体(結城昌治)、枯草の根(陳舜臣)、短篇集(星新一)、異郷の帆(多岐川恭)、ホームズの知恵(長沼弘毅) その他
一方予選委員として、大内茂男、黒部竜二、千代有三、中島河太郎の四氏を委嘱し、協議選考した結果、次の六氏を候補として推薦することになった。
「危険な童話」 土屋隆夫
「細い赤い糸」 飛鳥 高
「仲のいい死体」 結城昌治
「秘密パーティ」 佐野 洋
「異郷の帆」 多岐川恭
「人造人間」他二短編集 星 新一
二月二十六日、田村町キムラヤにおいて、クラブ賞選考委員会が開かれて、多岐川、高木両氏を除く十三名が出席した。はじめ三篇以内を選出したところ、上位を飛鳥、土屋、星氏の順で占め、討議の後、満場一致で、飛鳥高氏の「細い赤い糸」(光風社版)に、第十五回日本探偵作家クラブ賞を送ることに決定した。(中島河太郎)閉じる
選評
- 江戸川乱歩[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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候補作長篇五つのうちで、最後まで私の心に残ったのは、飛鳥君の「細い赤い糸」と土屋君の「危険な童話」であった。この二篇には同じくらいの感銘を受けたが、オリジナリティでは、土屋君のはトリックなど部分的の創意であり、飛鳥君のは全体の構成についての創意なので、この方にやや高い点がはいるのではないかと感じた。このプロットにはウールリッチの「黒衣の花嫁」などの先例があるという説も出たが、私はそれの模倣という感じを受けなかった。何かあれよりも違った要素が加わっているように感じた。又、土屋君の作風はロマンチックで、やや古風だが、飛鳥君のはドライで現代風な特徴もあった。
もう一つの候補作、星新一君の短編集三冊を通読した。単なる宇宙小説というようなものも多いけれど、文明批評、社会批評を含んだ作品も相当にあり、又、怪談では「おーい、出てこうい」など最も深い感銘を受けた。独自のショート・ショートを創造した才能は高く買わなければならないと思った。
そこで、私の順位は、(1)星君の諸短篇(2)飛鳥君の「細い赤い糸」(3)土屋君の「危険な童話」となり、これが私の投票として計算せられたのである。閉じる
- 渡辺啓助[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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こんどのクラブ賞選考に当って、最終的には満場一致、飛鳥君の「細い赤い糸」を推すことに決まった。しかし必ずしも委員達の間に異論が皆無というわけではなかった。個人的意見はそれぞれ違っていて、傾聴すべき論点も相当あった。私個人の場合でも、たとえば星君など受賞資格充分と最初考えていた。しかしいかに、その独創性に於て卓抜であっても、他の作家の候補作と比べると、そのあまりに軽妙洒脱であることが、探偵小説を本命する場に於ては、若干場違いの感じは否みきれない。近き将来、S・F・賞が設定するような運びになったら、その系列に於て比類なき実力者として星君を第一番に推したいと念願して、この際あきらめざるを得なかった次第である。
土屋君も私の敬愛おかざる作家だ。地方にあってコツコツと地道に精進している得がたき存在である。同君の「危険な童話」もその結実として力作たる量感を充分持っていた。私は九〇パーセントまで同君を支持していたのだが、飛鳥君の受賞作とくらべてみると、あまりに力みすぎていて探偵小説の臭味が強きに失し、その点、次回を期待せざるを得なかった。
飛鳥氏は二十二年宝石の第一回懸賞に当選して第一位を獲得した秀才である。それから長い間沈黙が続いて殆どその存在を忘れられかけていたくらいである。しかし、その状態は怠慢でもなく創作意慾の衰退を意味するものでもなかった。同君の潔癖な性格からして軽々しくブームなどに便乗することなく、ひたすら自己の充実につとめていたものと考えられる。
それは受賞作を読了されると当然うなずかれる事実だ。すでに人生経験も充分であり、かつての宝石の当選作と比較しても、そのスタイルに於て、その構成に於て、格段の成長を示している。今度のクラブ賞は、当然行くべきところに行ったと考えていいと思う。閉じる
- 大下宇陀児[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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「細い赤い糸」については、殺人動機の最後まで読者に気づかせぬトリックの妙と相まって、人間探究一の作者の意慾が適度に籠められている点を、ぼくは高く買った。そのことから、第二作以後を強く期待するものだが、ここには、近頃の易ばやりにかぶれて、この作者の前途を占ってみたい。
ブームではあるが、飛鳥君も、同じ傾向のものをそうたくさんには書けまい。ということは、この作品のようなものは、たくさん書けぬのが当然だからだ。陳君にも同じことがいえる気がするが、トリックへの綿密な思慮にプラス他の綿密な思慮が必要だと思う。幸いにして飛鳥君も陳君も、書くことと衣食とが別であっても困らないのであろう。じっくり書いて、そのかわり長いうち書き続ける型だ。いまはビルの基礎が固まったところ、威風堂々たるビルの完成は、ずっとあとになると占っておく。あたるも八卦、あたらぬも八卦。とりあえず-。閉じる
- 木々高太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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今度は全部よんでいなかったので選考会へ出るのも気が引けた。よまないもののうちによいものがあって、僕がそれに反するような選評をしてはよくない。
読んだうちでは、僕は「飛鳥高」か「星新一」のつもりだった。出来ればこの二つに出し度いという考もあった。
そこで恐る恐る幹事会に出てみると、選考以外にも重要な問題があったし、出てよかったと思ったことであるが、さて並居る諸君の顔色をうかがってみると、やはり
出ているのが土屋隆夫と飛鳥高と星新一である。
一寸驚いたことは多岐川恭を二人か三人推している。吉利支丹もの語りで題材は面白いし、僕の好みでもあるが、今度の多岐川君のものはテンポがのろくて読みづらい。そして吉利支丹らいしいひたむきなところがない。吉利支丹にしてもそれを捨てたものにしても、何かひたむきなものがあるのがほんとうで、従って殺人も安易な意味のものではなく、とに角吉利支丹を構えての殺人である可きである。
さていよいよ選考の結果、飛鳥高君になったのは、ぼくも賛成である。
然し、そうなってみると、甚だ惜しいのが星新一君で、これは去年出しておき度かった。新しい一つの形式を発明したということ、それが推理小説というよりむしろ科学小説であっても、それまで現在の日本の推理小説は包含しているのだから、十分賞に値する。
何か別の名称をつけた賞という考えもあったが、やがて賞は一本、という純粋論が座の心をも占めた。星のおちたのは惜しいと今でも考えている。(一九六二・三・一五)閉じる
- 水谷準[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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旅行その他の障害のため長篇を読み揃えることができなかったわたしは、星新一君の短篇集の入賞を支持した。短篇、というよりも掌編を書いている作家は、クラブ賞では損な立場にいることは、すでに城昌幸さんが大いなる経験をしている。独自性において一歩も劣るはずはないのは、掌編が一夜にして成り、長篇は数日又は数ヶ月の労働を要するから、それだけ優先的であるというもっともらしい議論に選者の諸兄の意見が大体において一致しているようだから、星君の入選見送りもまたやむを得ないであろう。且つ、星君の短篇は推理的というよりも、サイエンティフィックであるという批判も強かったようだ。
しかしわたしは、推理小説の要素は意外性に欠くべからざるもので。星君の作には推理小説に必要な高度のその要素はあることを認める意味で推奨したものだ。当落については、単独入選が建前となった以上、これまたやむを得ないことである。閉じる
- 城昌幸[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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今年度の候補作品六篇は、今までのうちで最も粒よりのものではなかろうか。衆目の見るところが一致するという作品に到達するまで、相当、困難した。特に僕は。
六篇、ことごとく面白いからだ。三四年前だったら、このどれ一つでも優にその賞に値したであろう。推理小説ブームというが、もう現在では一時的現象ではなく、所謂定着した感じである。小説と云えば、そのうち、推理もののことになるかも知れない。面白い六篇を読んで強くこう思った。クラブ賞の選考は、愈々その困難の度を増すだろう。
多岐川氏の円熟味、佐野氏の着想点、結城氏の適格性、土屋氏の情熱、星氏のひらめき、そして飛鳥氏の構成力、いづれも一級だ。
激しい紆余曲折の後、飛鳥氏にきまった。「宝石賞」第一期の作家でもある氏だ。妥当だと思う。閉じる
- 角田喜久雄[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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候補作品の選ばれた六氏のものは皆力作で出来ることなら全部の作品に賞を差上げたかった。
いつも平均した水準以上の佳作を書かれる佐野氏の力価には敬服するほかはない。唯こういう選の場合、多少軽すぎるという感じがあって次点に廻されるのは誠にお気の毒だと思うが、氏の実力を以てすればこれからもいくらでもチャンスがあるように思う。結城氏のものは、独特の味が誠に好もしいが、事件の中核になる薬袋と犯人の提出に無理があったようだ。多岐川氏のものは(5字不明)面白かった。普通なら極力推したいところだが、氏はすでに大きな賞を二つ受けていられるし、他に殆ど遜色ない力作が沢山控えているので、今度は遠慮してもらった。土屋、飛鳥両氏のものは何れも個性のある力作でどっちともいえなかったし、星氏のものは、探偵小説の本筋からはややそれるが、独自の新しい世界を創造した功績に対して是非報いたいと思ったが、一本に絞らねばならないとすれば、土屋、飛鳥、星三氏の内、どれでも良いという意見を出し、投票の結果、飛鳥氏に決着した。閉じる
- 日影丈吉[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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飛鳥さんはだいぶ前には、かなりむずかしい短篇を書いていた。おそらく数学的な頭のよさでは、現推理小説界に、この人に比肩する者はなさそうだ。今度の受賞作には、そういう才能が適度に発揮され、形式上の冴えでは候補作中第一といえる。この頭のよさで、今後はもっと本格物を書いてもらいたい。
土屋さんの「危険な童話」には愛着を感じる。この作品は審査会でもっと温かく受け入れられてもよかったと思う。ただ、飛鳥さんのには、つつかれる疵がほとんどなかった。それだけに魅力もうすいが-
作品としては、ぼくは多岐川さんの「異郷の帆」に感心し、これを第一に推した。これだけ作中人物に対面して書いたものは、これまでの同君の仕事でも少いのではないか。注文をつけたい点もあるが、いちばん内容のある作品だった。だが、受賞は無理だろうと考えていた。作品の内容ということは、推理小説の場合ほとんど問題にされない。
星新一という作家をクラブ賞の範囲に入れるか、ということで議論があったが、ぼくは入れるべきだと思う。ただ、今度のような持ち出し方でなく、作品本位でやりたい。今年の候補者の全部が、受賞資格のある人達だから、やはり作品で決する他はなかろう。
土屋さんは、ちょっと惜しかったが、飛鳥さんの受賞には賛成である。閉じる
- 島田一男[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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候補作品を読んだあとで、私は第一席"細い赤い糸"第二席"危険な童話"。そして星新一氏のショート・ショート集は別格という結論を出した。
委員会の席上でも、この結論によって発言したが、星氏の作品集については、"授賞に反対"とゆう表現を使った。精根を傾けた幾百枚かの長篇を、僅か数枚のショート・ショートを同じ条件で論ずることに抵抗を感じたからである。
結局、委員会では、始めから"細い赤い糸"の得点が多く、クラブ賞の決定委員会としては、珍しくスムースに議事がはこび、飛鳥氏に決定した。始めから"細い赤い糸"を推していた私としては満足な結果であった。
ひと言つけ加えるなれば、私がショート・ショートに反対したことであるが、短篇だけを書いている作品は、―短篇といへども心血をそそいだ作品である・・・とゆうであろう。そうゆう意味で、クラブ賞はやはり、長篇賞短篇賞の二本立てがよいような気がする。いまのような書きおろし長篇時代では、そうでもしなければ、短編作家は、受賞の機会を与えられないことになりそうであるから・・・。閉じる
- 山田風太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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私の推したのは「危険な童話」と「細い赤い糸」。
「危険な童話」は推理小説に苦労しぬいたひとの力作といった感あり、作中納得できないふしもあるが(例えばこの犯人がなぜわざわざ当局の心証を害するような態度をとるのか)しかし「秀作ではあるがこれこれの欠点あり」というより「これこれの欠点はあるが秀作である」と敬意を表したくなる作品である。
「細い赤い糸」サス・ペンスでは第一、これはその簡潔重厚な文体にもある。ただこの構成上のアイデアが、ウールリッチの某作に先例があるように思い、それがあまりにも根本的なアイデアであるために、この点だけにためらいをおぼえた。乱歩先生は「少しちがう」といわれたが、会員諸氏の意見は如何。
欠点がないという点では「異郷の帆」、新分野開拓の功績者としての星氏、その他結城氏のユーモア、佐野氏の軽快さ、もしこの候補作「その他」という選び方をすれば、この六人すべてが受賞しても異存はないほどである。
それにしても飛鳥高氏の受賞はうれしい。「飛鳥高」-「明日書こう」-その「明日」はついにきたわけである。閉じる
- 中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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今年の候補作にはそれぞれ、すぐれた特色が見られた。推理小説の盛況がかえって作家をスポイルするのではないかという懸念も、これらの成果を眺めるなら、杞憂に過ぎなかったようである。やはり作家の人柄で、着実な足取りを選ばざるを得ないたのもしい人たちがいるのだ。
中でも飛鳥氏は戦後登場の作家では、もっとも古い一人であった。堅実な持味が一般雑誌への進出を妨げていたかもしれないが、近年は数種の長篇を手がけて、筆も伸びてきた推理小説を少々読んだだけで、長篇を書きたがる傾向がむやみに増えたが、さすがに飛鳥さんは年期のいった読者であり、作者であるから、まやかしものではない。
こんどの「細い赤い糸」は、氏の作品の中でも異色があるし、斬新な構成法が見事に成功している。いわば飛鳥さんの建築学が、小説に具現されたような興味を覚える。この作品については、発表された当時、「毎日新聞」紙上で紹介したから触れないが、氏がこれまでの業績の上に、更にどんな構想を用いて、新しい建築美を示して下さるか、大きな愉しみがひとつふえたことになる。閉じる
- 大河内常平[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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今年度の第十五回探偵作家クラブ賞を、飛鳥高氏が受賞されることになった。
おもえばクラブ賞も探偵作家クラブも、ずいぶんと年をとったものだ。またクラブ賞も年とともに権威を増してきたもので、次第にマスコミにもとり挙げられはじめ、受賞の決定日前後になると、とやかくと各方面から、クラブ事務局へ問合わせが殺到するようになった。
どんなストオリイですか?と、「細い赤い糸」の梗概を電話で聞いてくる厚かましいところも幾つかあり、テープレコーダーがほしいほどであった。
飛鳥高氏は香山氏や山田氏とともに、宝石賞の第一面に戦後いちはやく作品を発表されているから、わたしたちよりもだいぶ先輩にあたる。
建築関係のお仕事をずっと続けながら、とくに本格色の強い佳作を休まず書いて、ついに今年の栄誉を獲得された。
何人か消え去られた先輩もあるなかで、まことに飛鳥氏の御努力は、敬服にたえないところだ。ますます快心の作を読ませて下さい。閉じる
- 大内茂男[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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予選は、日本探偵作家クラブ副会長中島河太郎氏、会員鈴木幸夫氏、同じく萩原光雄氏それに非会員の私が加わって、4人の討議によって行った。この場合、ヒッチコック・マガジン三月号掲載のベストテン表がたいへん参考になった。一度受賞したことのある作家は除くという方針だから、予選通過作五本を選び出すには、さして苦労はなかった。こうして選出されたのが次の五作品であり、いずれも五・六年前ならば、文句なしに受賞できたような佳作ばかりである。最近は探偵小説全般のレベルが著しく向上してきており、これは客観的にみてきわめて歓迎すべき傾向であるが、作家の例としては、余程ずば抜けた秀作を書かぬ限り、予選に入ることすら難しくなってきている。
○ 危険な童話(土屋隆夫氏)-この作品はトリックの創造において抜群である。クイーンの「Yの悲劇」のトリックを裏返したような着想だが、その卓抜なアイデアをお得意のローカルカラーの中に生かし切った手腕は、さすがである。
○ 細い赤い糸(飛鳥 高氏)-これは、構成の巧さにおいて秀抜な作品だ。このような構成のトリックとでも呼ぶべきものは、欧米の作品に前例がない訳ではないが、飛鳥氏の大胆な試みは、そのカテゴリーを一歩前進させた。
○ 仲のいい死体(結城昌治氏)-これはまた獅子文六や井伏鱒二張りに機知とユーモアと風刺において秀逸な作品である。探偵小説の無限の多様性を示唆してくれた意味で、里程標的な作品と呼んでいいものであろう。
○ 異郷の帆(多岐川恭氏)-珍しい時代探偵小説の傑作。長崎出島を密室的に扱おうという大胆不敵な企ては、ころび切支丹の卓抜な描出と相まって、異例の成功を収めている。これまた、その意味で里程標的作品だ。
○ 秘密パーティ(佐野 洋氏)-才人佐野の良い面が遺憾なく発揮された、軽探偵小説のモデルとも言うべき作品。探偵小説を遊戯文学と見なす人には絶大な魅力だが、もっとシリアスなものを求める人には失望を与えかねない憾みはある。
これら五編の中から、最終審査で飛鳥氏の作が入賞した訳である。私個人の好みとしては、土屋氏の方に軍配を挙げたい気持であるが、もちろん飛鳥氏の受賞になんら異論がある訳ではない。閉じる