1969年 第22回 日本推理作家協会賞
1969年 第22回 日本推理作家協会賞
該当作品無し
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
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第二十二回日本推理作家協会賞選考委員会は、三月十五日(土)午後五時より、虎ノ門晩翠軒本館において、荒正人・城昌幸・多岐川恭・角田喜久雄(松本清張委員は所用のため欠席)四選考委員出席のもとに行われた。
先に予選委員会より回付された「影の座標」海渡英祐(講談社刊)、「愛と血の炎」斎藤栄(三一書房刊)、「ゆっくり雨太郎捕物控」多岐川恭(新潮社刊)、「紅蓮亭の狂女」他 陳舜臣(講談社刊)の四候補作について、慎重な審議が進められ、まず選考委員各氏が一致して推した陳氏の参考作品「玉嶺よふたたび」が、奥付の日付上、来年度との対象になるため圏外に落ちた。つづいて、海渡・斎藤両氏の作品について各委員が活溌な意見を述べ、さらに多岐川委員に席をはずしていただいた上で、残る三委員より、氏の作品についての選評を述べられた。その結果、長時間の論議の末、本年度の日本推理作家協会賞は授賞作なしに決定した。
なお荒委員より、多年にわたる推理小説功労者を別途に表彰する方法を考えてはどうかとの提案があり、改めて理事会に計ることになった。閉じる
選評
- 荒正人選考経過を見る
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私は、推理作家協会賞は、作品よりも、人物(?)に与えられるものかと思い違いをしていた。それで、陳舜臣を第一に考えていたところ、意外な点で、失格であることがわかった。それは、『玉嶺よ、ふたたび』が、厳密な意味で、昨年度の作品に該当しないということである。つぎに、海渡英祐のものと、斎藤栄のものに関し、委員たちの間で、率直な意見が長い時間にわたって交換されたが、ついに一致点を見出されたかった。私は、斎藤栄のものでもよいと思ったけれども、昨年度のものに比べてかなり劣っているという反対意見が強く、それもそうだと思った。
つぎに、代案として、長沼弘毅さんの仕事を賞の対象にしてはと発言したところ、予選に入っていないものに関しては、論議しないことになっているという内規があるとのことであった。しかし、長沼弘毅さんの仕事に関しては、理事会で別に考慮するということになった。マニヤやディレッタントの仕事は授賞の対象にならないという意見もあるかと思うが、私は少し違う。探偵小説の発展に貢献した仕事の範囲をできるだけ広く解釈したほうがよくはないかと思う。
なお、多岐川恭さんの場合も議論の対象になった。これに関しては、私なりの考えがある。選考委員の仕事は、どんなにすぐれていても、授賞の対象からはずしたほうがよくはないかと思う。文学賞のなかには、選考委員が、自分で自分の賞を決めるという無邪気な習慣がないわけでもない。だが、そういう習慣は次第に影が薄くなっている。
なお、賞は一方的に与えられるべきものではない。必ず内意を聞く必要がある。あの委員がいる選考委員から、授賞されるのはいやだという場合が出ても、当然だと思うし、ある場合には、それもはりあいがある。閉じる
- 城昌幸[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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候補作のうち、陳舜臣氏の「玉嶺よ、ふたたび」と、斎藤栄氏の「愛と血の炎」の二篇を問題にする気になった。前者は、その小説としての、うまさ、面白さに於て。後者は、その探偵小説というものの持ち味に於て。
ところが、「玉嶺よ、ふたたび」が今年の出版だからという理由で外すことになったので、「愛と血の炎」を推したのだが、出席の選考委員の全員一致が得られず、委員四人の熟考の後、本年度は授賞作無しと決した。残念だとは思ったが。
他の二作品、海渡英祐氏「影の座標」は、余りにも玄人読者のトリック見破りを意識し過ぎた為か小説興味が薄く、多岐川恭氏「ゆっくり雨太郎捕物控」は、半七調を取り入れた新機軸は成功を見ているが、廿五枚という短篇ゆえの物足らなさを否定出来なかった。閉じる
- 多岐川恭[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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選考委員の作品が候補に上がってくるのは、自他共に当惑させる事態である。しかしこれは、今後もあり得ることだろう。こういった場合、委員を辞退することも考えられるが、後任を直ちに選出するのも困難だし、抜けるだけなら、選考が不備になる。
今回は、私が普通に選考に参加し、私の作品を選考する場合には、別室に退くというやり方をした。あまりいいものではないが、と言って、他に方法も見当らない。
また、捕物帖の取扱いも問題だろう。捕物帖も、推理小説の一ジャンルであることには間違いなく、除外すべきではないが、捕物帖は推理の部分のほかに、さまざまな面を含んでいる。一般の時代小説作家も、捕物帖を書くわけである。捕物帖を選考対象にすれば、例えば柴田錬三郎、五味康祐といった作家のものも、当然取りあげられねばならなくなる。時代物の一つと見るか、推理小説の一つと見るかは、結局内容の問題で、予選などの段階で検討すべきものだろうが、機械的に別けられるようなものではないので、実際にはかなり困難だろう。将来も捕物帖を取り上げるかどうか、一度話し合ったらいいと思う。
他の候補作のうち、陳氏の長篇「濁った航跡」は、これまでの同氏の諸作品に比して、少し内容が落ちると思った。「玉嶺よふたたび」は、委員が一致して推したが、発刊が本年に入っているというので見送られた。
海渡氏の「影の座標」は本格物としてよくまとまっており、優等生的な作品だが、それだけに新味に乏しい。筋の運び、登場人物の描写なども、ありきたりの感を免れない。もう少し大胆に、個性を出してもらいたかった。
それにくらべると、斎藤氏の「愛と血の炎」は、より意欲的で、トリックや舞台装置にも新機軸を出そうという意気込みが感じられた。一方、フェアに手掛かりが示されていない点、犯人のアリバイが粗略である点などに不備があった。(動機は、私はあれでいいと思うし、面白かった)私が最も不備としたのは、夫婦愛の描写が、いわば微温的で、彼等のギリギリの行動ではなく、探偵ごっこと感じられたことである。
完成度なら、「影・・・」が上だと思うし、面白さは「愛・・・」は上だと思う。どうしても選ぶなら斎藤氏、と思っていたが、積極的に推すことはできなかった。同氏の前作のことがあり、あの方がいい。また、作風は違うが、「影・・・」とほとんど逕庭はない。両作がよほどすぐれていれば、両作に授賞ということも考えられるが、残念ながらいま一歩といった感じなので、結局授賞作なしと決まった。閉じる
- 角田喜久雄[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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陳さんの「玉嶺よふたたび」が佳作であることを満場一致で認めながら、本の発行日の関係で次年度送りとし、選考の対象からはずさねばならなかったのは残念だが、やむを得なかった。
残った候補作の中では、斎藤さんの「愛と血の炎」が勝れているということで、これまた全委員の意見が一致したが、ややあ力が弱く、積極的に推せなかった。斎藤さんのものでは昨年候補になった作品が勝れたものだっただけに、それとこれが入れ代ればと愚痴も出たが、こういう選考では常に運不運がつきまとうので仕方がないことだろう。しかし、テーマやトリックに一作毎に新鮮な工夫を試みられるのは、作家としても登り坂にみられる証拠だし、その努力に敬意を表したい。
純本格に取組んでいる海渡さんに、私は大いに期待してきたし、今度の候補作も努力賞に値するものだと思うが、やや硬くなりすぎたようだ。
多岐川さんの作品も、多岐川さんらしい味が出ているし、制限された少い枚数でまとめ上げるための新しい形式も面白かったが、この程度のもので受賞されることは却って多岐川さんにも気の毒ではないかと思う。
話は別になるが、候補作品を未受賞者の中から選ぶという選考規約を何とか改正しなければという意見は前々から出ていたが、そろそろ本気になって研究してみる時期に来ているのではなかろうか。
未受賞者を対象とする今迄と同じ賞のほかに、既受賞者を含めて特別に勝れた作品が出た時の賞を別に作るか、全部ひっくるめて最高作品に賞を出すようにするかの何れかだと思うが、協会としては資金の問題はあるにしても、創作慾を刺戟する材料にもなることだし、是非考えて頂きたいと思う。閉じる