一般社団法人日本推理作家協会

推理作家協会賞

2024年 第77回
2023年 第76回
2022年 第75回
2021年 第74回
2020年 第73回
2019年 第72回

推理作家協会賞を検索

推理作家協会賞一覧

江戸川乱歩賞

2024年 第70回
2023年 第69回
2022年 第68回
2021年 第67回
2020年 第66回
2019年 第65回

江戸川乱歩賞を検索

江戸川乱歩賞一覧

1970年 第23回 日本推理作家協会賞

1970年 第23回 日本推理作家協会賞
受賞作

ぎょくれいよふたたび

玉嶺よふたたび

受賞者:陳舜臣(ちんしゅんしん)

受賞の言葉

   受賞の記

 堅苦しいことを言うようですが、受賞というのは、自分の仕事をふりかえってみる機会を与えられることだと思います。つまり、いくらか興奮し、いくらか良い気分になり、そして大量の冷汗をかくことのようです。
 これまでの仕事については、不満も少なくないのですが、やはりそれを踏み台にして、つぎの仕事を続けて行くほかありません。その踏み台のうえに、先輩や友人が親切にスプリング・ボードをとりつけてくれるのが『受賞』ではないでしょうか。
 いま私は、その前に立たされて、さてどんなふうに跳べばよいのかと、ためらっているところです。
 数年前から、私は伝奇性と推理小説を結びつけることを考え、短篇でおずおずと試みたことはありますが、まだ本格的には取組んでいません。このおずおずがいけないのでしょう。殻を破ろうとしてなかなかそれができないのも、自分に対する不満の一つです。が、思い切って、跳躍台を強く踏みつければ、なんとかなるかもしれません。
 跳躍台を前にして、私はそんなことを頭にうかべ、あれこれと迷っています。それは、どうやらたのしい迷いです。
 受賞決定の電話を山村さんからいただいた三月十日の晩は、ちょうど月刊誌の短篇がすんでほっとしたところで、仕事を休んで妻を相手に、お酒をのみながらおしゃべりをしていました。抱負めいたことも語り合ったのですが、あまり気負ったことを書けば、あとがしんどいので、おしゃべりの内容は公表しないことにします。なんといっても、作家はじっさいの作品を世に問うしかないのですから。
 受賞のことばといっても、ごく月並みに、「一生懸命やりますから、これからの仕事をごらんください」と言うしかありません。もっとも、このことばにしても、ずっしりと重くのしかかってくるのですが。

作家略歴
1924.2.18~2015.1.21
神戸市生れ。大阪外国語学校(現大阪外国語大学)インド語科卒。
家業の貿易商に従事していた一九六一年、「枯草の根」で江戸川乱歩賞を受賞。つづいて、「三色の家」「弓の部屋」「怒りの菩薩」などを発表。六九年に「青玉獅子香炉」で第六〇回直木賞を、七〇年に「玉嶺よふたたび」「孔雀の道」で日本推理作家協会賞を受賞する。また、「敦煌の旅」で大佛次郎賞を、「諸葛孔明」で吉川英治文学賞を受賞。

1970年 第23回 日本推理作家協会賞
受賞作

くじゃくのみち

孔雀の道

受賞者:陳舜臣(ちんしゅんしん)

受賞の言葉

   受賞の記

 堅苦しいことを言うようですが、受賞というのは、自分の仕事をふりかえってみる機会を与えられることだと思います。つまり、いくらか興奮し、いくらか良い気分になり、そして大量の冷汗をかくことのようです。
 これまでの仕事については、不満も少なくないのですが、やはりそれを踏み台にして、つぎの仕事を続けて行くほかありません。その踏み台のうえに、先輩や友人が親切にスプリング・ボードをとりつけてくれるのが『受賞』ではないでしょうか。
 いま私は、その前に立たされて、さてどんなふうに跳べばよいのかと、ためらっているところです。
 数年前から、私は伝奇性と推理小説を結びつけることを考え、短篇でおずおずと試みたことはありますが、まだ本格的には取組んでいません。このおずおずがいけないのでしょう。殻を破ろうとしてなかなかそれができないのも、自分に対する不満の一つです。が、思い切って、跳躍台を強く踏みつければ、なんとかなるかもしれません。
 跳躍台を前にして、私はそんなことを頭にうかべ、あれこれと迷っています。それは、どうやらたのしい迷いです。
 受賞決定の電話を山村さんからいただいた三月十日の晩は、ちょうど月刊誌の短篇がすんでほっとしたところで、仕事を休んで妻を相手に、お酒をのみながらおしゃべりをしていました。抱負めいたことも語り合ったのですが、あまり気負ったことを書けば、あとがしんどいので、おしゃべりの内容は公表しないことにします。なんといっても、作家はじっさいの作品を世に問うしかないのですから。
 受賞のことばといっても、ごく月並みに、「一生懸命やりますから、これからの仕事をごらんください」と言うしかありません。もっとも、このことばにしても、ずっしりと重くのしかかってくるのですが。

作家略歴
1924.2.18~2015.1.21
神戸市生れ。大阪外国語学校(現大阪外国語大学)インド語科卒。
家業の貿易商に従事していた一九六一年、「枯草の根」で江戸川乱歩賞を受賞。つづいて、「三色の家」「弓の部屋」「怒りの菩薩」などを発表。六九年に「青玉獅子香炉」で第六〇回直木賞を、七〇年に「玉嶺よふたたび」「孔雀の道」で日本推理作家協会賞を受賞する。また、「敦煌の旅」で大佛次郎賞を、「諸葛孔明」で吉川英治文学賞を受賞。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 本年度の日本推理作家協会賞選考委員会は、三月十日午後六時より、虎ノ門晩翠軒において開かれた。
 出席者は城昌幸、島田一男、中島河太郎の三委員(松本清張委員は欠席、荒正人委員は所用のため電話回答)で、予選委員会より回された、都筑道夫「血みどろ砂絵」(桃源社刊)、陳舜臣「玉嶺よふたたび」(徳間書店刊)「孔雀の道」(講談社刊)、斎藤栄「紅の幻影」(講談社刊)、草野唯雄「抹殺の意志」(三一書房刊)の五篇(既報)について、慎重な討議が行われた結果、全委員一致で陳舜臣氏の「玉嶺よふたたび」と「孔雀の道」を授賞作に決定した。
閉じる

選評

城昌幸[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今年度の候補作は、斎藤、草野の両氏と都筑氏と、陳氏と、この三ツの傾向に、はっきりと分れていた。
 「紅の幻影」と「抹殺の意志」は、一応、同傾向のものとして目される。そして、奇妙なことには両者の筋が、他人の小説に依って事件が運ぶという設定だ。これが伏線だ。これが、作者の狙ったトリックなのだが、遺憾ながら不自然が目立った。十重廿重に企んだ意外性が却って効果を消すかに思える。余りにも、見破ろうとする読者の目を、意識し過ぎた幣に陥ってしまった。智的遊戯の度を越えた、きらいがあるようだ。
 猶、これは余計なお節介だが、斎藤氏の場合、前半の作中小説の文体を変えたら、よかったのではないか、と思った。例えば「です」口調などに。
 都筑氏の捕物帖は、凝りに凝った苦心の作だ。新風をこの世界に吹きこもうとする野心に敬意を表するに吝ではないが、些か、その戯作者的な点が、わが手でわが足を引っ張っているように思う。惜しい。
 陳氏の「玉嶺よふたたび」と「孔雀の道」の二作は、どちらも安定した面白い小説で、何の抵抗もなく楽しめる。それに、どちらを採るかという甲乙も附け難かったので、二作共に推した。
閉じる
島田一男[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今回の銓衡委員会は極めて平穏で、波乱もなく全委員一致で陳舜臣氏を推し、授賞が決定した。この結果に委員のひとりとしてわたしは満足している。
 候補作品の中に陳氏の作品が二ツ含まれていたが、読み物としては"玉嶺よ、ふたたび"の方が格調が高く、推理小説としては"孔雀の道"の設定が優れていた。何れにしても、二作品共デッサンがガッチリしており、文章も確かで全篇を通じて独特のエキゾチックなムードが流れ、いかにも陳氏らしい作品であった。
 それにしても、乱歩賞、直木賞についで協会賞と、正に三冠王となられた陳氏に対して、心から拍手を贈りたい。
 "抹殺の意志"の草野唯雄、"紅の幻影"の斎藤栄両氏の努力は買わねばなるまい。新しい推理小説を生み出そうと意図し、体当たり的に本格モノと取組んだ懸命さは、社会派・変格モノの多い今日に於ては真に貴重である。ただ惜しむらくは、本格にこだわり過ぎたところに破綻が生じたのは残念であった。
 都筑道夫氏の"血みどろ砂絵"は、始め従来の捕物帖のワクを脱したかに見えたが、結局はこのベテランにしてなお捕物帖のパターンを破り得なかったと云わざるを得ない。
 これは今後の問題であるが、捕物帖は協会賞の対象になり得るのかどうか、はっきり決めておく方がよいのではなかろうか・・・。
閉じる
中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 既授賞者は遠慮してもらうことになっている現在の内規のもとで、候補作を選ばねばならないのだから、予選委員は苦心されたことだろう。
 候補作の中で都筑道夫氏の「血みどろ砂絵」は異色であった。選後間もなく制定された本賞では、意識無意識に捕物帳は選考の対象外になっていたが、近頃はそういう枠も意識されなくなったらしい。この連作は別に捕物帳形式を考慮に入れなくても、怪奇現象を畏怖せずに人為的な謎として解こうとするセンセーが異彩を放っている。
 都筑趣味はそれなりに楽しいのだが、稀少価値のおもしろさで、やはり真向から現代の謎に取り組んだものに目を向けたかった。その点では斎藤栄氏、草野唯雄氏ともに真摯な努力を重ねておられるが、陳舜臣氏の作品に一日の長がある。
 「玉嶺よふたたび」は甘く感傷的で、引きのばさないほうがよかったと思ったが、一気に読ませる魅力を具えている。「孔雀の道」の謎解きに織込まれて、展開される東洋対西洋の問題に興味を覚えた。表面だけかい撫での作品では、どうにもならなくなっていることを、痛感させる好例である。
 推理小説らしい作品が乏しくなりつつある現今、珍重すべき収穫として、「孔雀の道」を推した。
閉じる
多岐川恭[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 「神戸という町」という著書が陳氏にある。もちろん小説ではなく、一種のガイド・ブックだが、これを読んで私は驚嘆した。そのことは御本人に話したことがあるが、あまりうれしそうな顔はしなかった。それはそうだろう。小説以外の作物をほめられても、作家としてはあいさつに困るわけである。
 しかし、とにかく、陳氏の愛読者で、この本を未読の方は、ぜひ読まれるといい。ここには陳舜臣のベストが含まれている。
 
 陳氏は中国人と言うより、日本人と言ったほうがよさそうだ。中国語より日本語のほうが上手だといつか聞いたことがある。神戸に生まれて神戸に育った人だから、当り前だが、案外「ほう、そうか」と思う人があるかもしれない。
 しかし、彼の作品はどこか中国風なところを持っている。息が長くて、ねばりがある。長篇推理には最適だと言える。また、独奏的ではなくてシンフォニックである。即興的ではなく、構成的である。

 陳氏はこれまでに、多数の長篇を書いている。私などのように、気息奄々でやってきたのと違い、余裕たっぷり、つまり彼は非常にエネルギッシュである。私の読んだ限りでは、駄作、失敗作といったものは一つもなかった。これは相当なことである。だが一方、これが代表的名篇で、現代推理の金字塔だというほどのものは、まだないようだ。これから、そういうものを書くだろう。私は彼に最も期待をかけていると言っていい。

 波の少ない人なのだろう。少くとも表面的には、そう見える。作風も合理的で、おだやかである。恐怖、怪奇といった要素は、あまり見られない。エロティシズムは多少あるが、はにかみ勝ちである。
 陶展文という探偵は、陳氏の作品世界の象徴であるかもしれない。円満で、健全で、聡明なのだが、ヒーローとしては、少し癖がなさすぎる。陶氏はあまり活躍しないが、それは、やはり作者が、この人物に飽き足りないものを感じているからに違いない。 
 この辺に、今後陳氏が突き抜けなければならない壁があるのではあるまいか。

 もう一つ。陳氏は学者である。それもペダントリーといったものではない、本物なのだ。良賈は深く蔵するというが、陳氏はこの中国のことわざを思い出させる。何よりも力強い武器であろう。こんどの彼の書下ろしは、中国近代史の一コマに取材したものだと聞いた。私は今から楽しみにしている。
閉じる
荒正人選考経過を見る
 推理作家賞として、一作だけ推薦せよ、ということになれば、陳舜臣の『玉嶺よふたたび』ということになろう。私は、雑誌に発表されたとき、感心した。徳間書店版によれば、それをもとにして、長篇にしたものだという。確かによくなっている。欠点が改まったというのではない。作品として、充実したものになっていることを言っているのである。一度、発表したものは、手を加えないというのも立派な見識である。だが、不満があればなんどでも手を入れるのがよい。鮎川哲也なども手を加えている。――『玉嶺よ、ふたたび』の舞台や題材は、この作者にとって、特別の意味を持っている。それを十分にいかしたのも心にくい。この作者は、江戸川乱歩賞を受けてから、急速に成長している。陳舜臣を最も強く推した江戸川乱歩のためにも、こんどの授賞を心から喜びたい。『孔雀の道』も劣らず面白い作品である。
 斎藤栄の『紅の幻影』は、つぎのような理論を前提としているらしい。――「推理小説と言うのは、小説構成の面白さを、犯罪に関する謎と言う一種の限界状況の中で、それを極端に強調した文学である」
 私は必ずしもこの理論のすべてに賛成ではない。だが、自分なりの理論を前提として、本格ものに取り組んだ態度には感心した。最近の作家のなかには、理論などなしに、マス・コミの注文に受動的に応じている人たちがいないわけではない。斎藤栄の態度を見ならうべきだと思った。作品だけで点をつければ、好みは別として『紅の幻影』も『玉嶺よ、ふたたび』も甲乙がない。ただ、推理作家協会賞には、純然とした作品賞のほかに、功労賞ふうの要素が加わっているかと思う。これは、私だけの受取り方かもしれぬ。斎藤栄は、つぎの機会を待つことになったのである。
 なお、都筑道夫さんのものは、読者を狭く限定している点が長所でもあり短所でもあろう。成熟を期待したい。
 私は、選考委員会のとき、三つほど会合か重なり、それにどうしても家をあけられぬ事情があり、三つとも失礼してしまった。推理作家協会賞の選考会には、出席の義務を最も強くかんじていたのだが、大層申し訳ないことをしてしまった。――推理小説の今後は必ずしも楽観をゆるさないように思う。その理由はいろいろある。マス・コミの要求がはげしすぎるということもある。それに対抗して、自分の作品を守っていくためには、相当の覚悟が必要だと思う。推理作家協会賞が、その支えになればと思っている。
閉じる

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第23回 日本推理作家協会賞   
『紅の幻影』 斎藤栄 (『勝海舟の殺人』として刊行)
[ 候補 ]第23回 日本推理作家協会賞   
『抹殺の意志』 草野唯雄
[ 候補 ]第23回 日本推理作家協会賞   
『血みどろ砂絵』 都筑道夫 (『ちみどろ砂絵』として刊行)