1971年 第24回 日本推理作家協会賞
1971年 第24回 日本推理作家協会賞
該当作品無し
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
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第二十四回日本推理作家協会賞の選考委員会は、去る二月二十七日午後六時より、虎ノ門晩翠軒において行われた。
島田一男、中島河太郎、土屋隆夫、有馬頼義(書面参加)、松本清張(欠席)ら選考委員の手で、さきの予選委員会で選出した左の候補作
都筑道夫 「くらやみ砂絵」
森村誠一 「新幹線殺人事件」
森村誠一 「虚構の空路」
夏樹静子 「天使が消えていく」
高橋泰邦 「偽りの晴れ間」
草野唯雄 「北の廃坑」
の六篇について慎重な審議を行なった結果、本年度の協会賞は授賞作なしと決定した。閉じる
選評
- 島田一男[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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本年の候補作品には偶然にも一種のペダンティックな作品が揃った。森村氏の旅行業、芸能界。夏樹氏の医学。草野氏の鉱山。高橋氏の船舶学。都築氏の江戸雑業・・・。これはバンダイン、或いは小栗虫太郎に於けるペダントリーとは異質なものであるが、わたしにはペダンティックな作品と感じられ、それなりに何れも面白く読むことが出来た。更に、本格推理小説である森村氏の二篇と、夏樹氏の作品には、構成上にも偶然の類似点がある。全篇の四分の三近くは有力容疑者のアリバイ崩しである。そして遂にアリバイの偽装が破られたとき、――わたしが殺しに行ったとき、被害者は既に殺害されていた・・・と告白し、あとの四分の一ほどで真犯人が逮捕される。三篇共この形式であるが、森村氏の場合、同一作者であるだけに、「東京空港・・・」は「新幹線・・・」の二番煎じの感が深い。
個々の作品に就いての感想を述べれば、森村氏の「新幹線」は万博が終った時点では空しさが感じ (一行不明)
い。「東京空港」は刑事と牛乳配達、刑事と週刊誌など、全て偶然の重なりで、伏線の張り方に一と工夫ほしかった。夏樹氏の「天使・・・」は乱歩賞の候補作品と云う点、極めて不利である。作品そのものでは、一般論だが、女性の描く警察官はギコチないし、母親がわが子に対する愛情があのような手段で表現されるとは、作者が女性であるだけにうなずけない。
結局、わたしとしては草野氏の「北の廃坑」が全ての点で最も無難と考えたのであるが、残念ながら推理小説的要素が余りにも少な過ぎた。
都築氏の"ちみどろ"物は昨年も候補に上がり問題になったが、わたしとしては昨年度のほうが遥かに格調が高かったと考える。また高橋氏の作品は大変な力作ではあるが推理作家協会賞の対象としてはどうであろうか?寧ろ他の文学賞の候補作品としてとり上げられる価値を充分に持っているものと云いたい。
以上のような判断から、わたしは本年度は授賞作なしと考えていたし、そのような結果が出たことに、残念ながら満足している。閉じる
- 中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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協会賞は既受賞者を対象にしないという内規があるから、単に候補作品の中からどれかを採るというのではなく、前年度の既受賞者の作品を眺めて、それらに匹敵するものでなければならないと思っている。
わたしは佐野洋氏の「轢き逃げ」、土屋隆夫氏の「針の誘い」、松本清張氏の「アムステルダム運河殺人事件」などを目安にした。
候補作のうちでは高橋泰邦氏の「偽りの晴れ間」が、もっとも読みごたえがあった。洞爺丸事件の真相究明に密着して、却って小説的構成が効果をそぐほどの迫力がある。推理小説を抜きにして、重量感のある労作として、当然表彰さるべきものであろう。
森村誠一氏の活躍は目立ったが、もっと洗練された作品が生まれるだろうと期待される。
都筑道夫氏の「くらやみ砂絵」は、江戸の景物と犯罪のとり合わせに手細工がこんでいるが、現代物と別のおもしろさである。
もっとも無難なものは、草野唯雄氏の「北の廃坑」ということになる。背景が生きているし、サスペンスも充分だが、一本調子の点がものたりなかった。
ぜひこれをという作品を一篇に絞れなかったので、今回は見送ることにした。閉じる
- 土屋隆夫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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候補作品は、いずれも再読もしくは三読した。読ませて頂くのは楽しいが、その優劣をあげつらうのは、心の重い仕事であった。
高橋さんの「偽りの晴れ間」は、読後の手ごたえも確かで、力作感にあふれていた。ただ、これを推理小説の見るのには異論がある。そのためには、私自身の推理小説論を述べるべきだが、いまは紙数がない。しかし、この一篇は、協会賞などとはかかわりなく、独自の存在を主張し得る文学作品だと思う。
草野さんの「北の廃坑」は、作者の体験が見事に結実して、荒廃した鉱山の描写や、登場人物の生活感情が、読む人の心を打つ。私が最後まで惹かれた一篇である。ただ、謎の設定や小説構成の弱さが、強力な支持を得られなかった理由であろう。
都築さんの「くらやみ砂絵」は、捕物帖というより、本格推理をねらった短篇と見た。チェスタートンの日本版である。私には前回の候補作のほうが面白かった。
森村さんの二作が同時に候補作になったのは、むしろ不幸であったといえる。並べて読むと、同じような発想が目立ちすぎるのである。しかし、最も有望な「大型新人」だという点に異論はない。夏樹さんの作品は、新人らしからぬ手なれたものであった。ただ、本格である以上、伏線の張り方には、もう少し留意される必要があろう。特に婦人記者の活躍と警察の捜査を、併行して描写したのは理解に苦しむ。あれが、婦人記者の目を通して書き切ってあったら、と惜しまれる。
結果的には授賞作なし、ということになった。私は、二作の同時授賞を主張したが、弱い作品を合わせて一本にするのは、受賞者としても本意ではあるまい、というほかの委員の意見に承服せざるを得なかった。閉じる
- 有馬頼義選考経過を見る
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手軽に選者をひきうけて、いざ候補作を読む段になって、閉口した。とも角みんな長いのである。しかし、久しぶりに推理小説を読んでたのしかった。手許に回ってきた作品を順不同にあげると
≪偽りの晴れ間≫ 高橋泰邦
≪虚構の空路≫ 森村誠一
≪新幹線殺人事件≫ 森村誠一
≪くらやみ砂絵≫ 都筑道夫
≪天使が消えていく≫ 夏樹静子
≪北の廃坑≫ 草野唯雄
以上六冊の長篇推理小説である。
昔、松本清張氏や水上勉氏や私がそれらしきものを集中的に書いた時季に、古い探偵小説という名称というか、ジャンルというか、そういうものが後退して、私たちは新しい「社会派推理小説」という一種の称号をいただいた。私は二年位で推理小説をやめて昭和史へはいり、推理小説から遠ざかった。これは意識したイメージ・チェンジではなく、自然にそうなったのだ。それから十数年の歳月が過ぎて、私は現在の推理小説にめぐり合ったわけだ。一口に言って、このジャンルの小説は、あの頃とあまりかわっていないと思った。ただ、私自身の好みとして、小酒井不木のような作風を持った<北の廃坑>がいちばんすぐれていると思い、一本だけを推したが、結局受賞者なしということになった。惜しいと思ったが民主主義のルールにしたがった。閉じる