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2001年 第54回 日本推理作家協会賞 短編部門

2001年 第54回 日本推理作家協会賞
短編部門

該当作品無し

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

真保裕一[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 第五十四回日本推理作家協会賞の選考は、例年通り、昨年の十二月より予選が開始された。選考の対象作品は、二〇〇〇年一月一日より同年一二月三十一日までに刊行された長編小説、連作短編集、評論集などと、小説誌を初めとする各紙誌や書籍にて発表された短編小説で、協会員や出版関係者のアンケートを参考に、長編338、連作短編集30、短編769、評論その他39をリストアップした。
 これらの作品を、協会が委嘱した部門別予選委員が選考にあたり、長編および連作短編集25、短編37、評論その他16作品を第二次予選に残し、三月五日と八日に協会書記局にて開催された最終予選会で、既報の通り各候補作を決定した。
 本選考委員会は、五月九日午後三時より、第一ホテル東京にて開催され、長編および連作短編集部門は、大沢在昌、笠井潔、高見浩、西木正明、東野圭吾(立会理事・斎藤純)、短編・評論その他の部門は、阿刀田高、北上次郎、小池真理子、佐野洋、辻真先(立会理事・真保裕一)の全選考委員が出席して各部門の選考がおこなわれた。選考の内容については、各委員の選評を参照していただきたい。
 選考会後の記者会見には、菅浩江氏、井家上隆幸氏、都筑道夫氏の各受賞者が出席し、札幌在住の東直己氏からはFAXによるコメントが寄せられました。
 協会賞の選考には、例年アンケートを実施しておりますが、特に短編部門の推薦作が少なくなっています。年鑑を編纂し、短編ミステリの顕彰に力を入れていきたいという協会の方針もあります。あくまで予選の参考とするためのアンケートですが、会員ならびに賛助会員である出版社の方々に、さらなるご協力をお願いいたしたいと思います。
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選評

阿刀田高[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 ミステリー小説の種類は多種多様だが、その中に知的な作りものを楽しむ、という要素が相当に重要なものとして含まれていることは、どなたも認めるだろう。とりわけ短編ミステリーにおいては、それが珍重される。
 推理作家協会賞の中に、特別に枠を設けて短編賞を置いているのは、まさにこの理由からであり、この選考会で求められ評価されるのは、長編をただ短くしたような作品ではなく、技において、文章の冴えにおいて、いかにも短編小説の名作と呼ぶにふさわしいものであることを知っていただきたい。
 〈奈落闇恋乃道行〉は、推理小説らしい謎を創ってはいるが、全体に平板で、メリハリが乏しい。読んでいて
――どうなるのかな――
 胸の躍ることが少ない。全般的に少し力が足りなかった。
 〈サバイバー〉は、文章が冴えている。とんとんと読ませる力量は充分感じられたが、どことなく長編を短くしたようなもの、と言うより長編執筆の余技のような弱さがあちこちに垣間見えている。この作家はやはり長編の書き手ではないのか。
 〈端午のとうふ〉は手だれである。安心して読める筆力だが、これをミステリーとして読むのは苦しかった。殺人だけがミステリーではないけれど、もう少し謎を究める要素がほしかった。
 〈サージャリ・マシン〉は、ほどのよいSF小説であり、知的な恐怖を創り出していたが、これももっと長くするか、あるいはショートショートで処理するか、短編の名作とするには、ほんの少し足りなかった。
 以上、とても残念だが、短編賞なし、も仕方あるまい。
 評論その他の部門は大豊作で、どれも読みごたえがあった。
 〈近代フランスの事件簿〉は、フローベルの〈ボヴァリー夫人〉が糾弾されたのは姦通を描いたからではなく、結婚の味気なさを突きつけたためだ、という指摘など、大衆心理の実相と犯罪のありようを鋭く剔ったくだりはみごとであったが、後半では平凡な犯罪史に流れがちであった。
 〈ポーと日本 その受容の歴史〉は、学術的な労作であり、教えられるところが多々あったけれど、推理作家協会の賞としては、もう少し読み物としてのおもしろさがほしかった。とはいえ、このあとで触れる二作がなければ、これも受賞の範囲だったろう。
 〈20世紀冒険小説読本〉は、タイトルに偽りがあるけれど、インサイド・ストーリーを手がかりとして二十世紀の日本と世界の紛争史を鮮やかに紹介している。著者の熱気がひたひたと感じられる労作だ。リファレンス・ブックであり、また通読にも充分に適している。
 〈推理作家の出来るまで〉は、この作者でなければ書けないミステリー界の生きた歴史である。これも資料として読み物として卓越している。二作受賞は当然の結果であった。
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北上次郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 井家上隆幸『20世紀冒険小説読本』は、著者の考える「冒険小説」を入口にして、その物語の背景となる事件、政治情勢を詳述したノンフィクションを紹介する書だ。ここでテキストになる「冒険小説」は、私の考える冒険小説とは異なっているし(半分はスパイ小説であり、政治小説だ)、3分の1強は作品的にも秀作とは言いがたいものだが、作品評価を周到に回避していることから明らかなように、これは確信犯といっていい。著者の力点はテキストにあるのではなく、ノンフィクションのほうにある。ここにあるのは世界を読み解こうとする強い意志だ。だから冒険小説に対する見解が異なる私のような読者も圧倒される。ある意味では著者が書き続けてきた論評の集大成とも言えるだろう。日本推理作家協会賞・評論その他の部門賞にまことにふさわしい書だと思う。
 都筑道夫『推理作家の出来るまで』は、昭和初年代の東京の風俗を克明に描く上巻から、時代小説を書いてデビューし、推理小説で一定の方向を打ち出すまでの下巻まで、一気に読まされる秀作で、東京風俗史としても、あるいは戦後のミステリー裏面史としても貴重な書と言えるだろう。
 日本推理作家協会賞・評論その他の部門賞がこの二作の同時受賞になったのは、当然の結果と考える。
 問題は短編部門で、今年は受賞作なしとなった。短編ミステリーの復権を願う者としては淋しいかぎりである。最終候補となった四篇はそれなりに読ませるものの、受賞までに至らなかったのはそれぞれに決め手を欠いていたからにほかならない。内容に合った形式の選択が必要だと思うのだが、これは作者だけの責任ではなく、相も変わらず長編が優先される出版状況にも問題があるようだ。難しい問題だが、そういうふうに短編ミステリーを取り巻く厳しい状況を打破する作品の登場に期待したい。
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小池真理子[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 明治以降、日本の優れた小説はほとんどすべて、短編の形をとって産み落とされてきた。小説の基礎は短編にあり、と言っても過言ではない。いかに巧く装うことができても、作家の真の力量が、恐ろしいほど透けて見えてしまう分野でもある。
 今更、言うまでもないことだが、短編は長編とはまるで異質なものであり、長編を凝縮させたもの、物語を面白おかしく、短くひっつめてみせたものが短編なのではない。あくまでも独立した小説形態として捉えねばならず、たとえて言えばそれは、小さな額縁に囲まれた、上質な一枚の絵のような作品になっていなければならない。全体の構成、作者の掲げたテーマ、扱う素材、文章・・・・・・それらが少しの不協和音を奏でることも許されない。
 その意味で言ったら、小説を書こうとする人間にとって、かくも難しく、覚悟を決めて臨まねばならない分野は他にはないと言える。今回、授賞作なし、という結果が出たのは、残念とは言え、致し方のないことであった。
 草上仁氏の『サージャリ・マシン』と山本一力氏の『端午のとうふ』は、中でもいくらか委員の票を集めたが、私は二作とも押すことができなかった。『端午のとうふ』は、登場人物に魅力が希薄で、平板な印象を受けた。チェス盤の上の駒のように、作者の都合で動かされている。物語は痛快だが、全体が紙芝居のように流されてしまうのが残念だった。『サージャリ・マシン』の着想は大変面白かったが、ロボットに人間のような意志が芽生えていく、その過程をこそ読ませて欲しかった。倍の枚数を費やして、丹念な描写を加えていたら、あるいは出色のものになったかもしれない。
 個人的には、金城一紀氏の『サバイバー』を評価したかったのだが、死を間近にした青年の冷め方が作りものめいていて、今ひとつ、その偏執狂的な残忍さに厚みが感じられなかった。主人公の設定にもうひとつ工夫があれば、と思った。力のある方だと思うので、次作を期待したい。
 評論その他の部門では、井家上隆幸氏の『20世紀冒険小説読本』と都筑道夫氏の『推理作家の出来るまで』が文句なしの満票を獲得し、二作授賞と決まった。二作とも、単なる「大作」「労作」などではない、長年にわたって培われてきた著者の、テーマに向かう徹底して強靭な眼差し、均整のとれた若々しいエネルギーに溢れていた。
 後に続く者たちが辿っていくべき足跡を、このような形で確実に残してくださったご両人の授賞を心から喜びたい。
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佐野洋[ 会員名簿 ]選考経過を見る
【短編部門】
 小説を褒めるのに『息をも継がせない面白さ』という言葉がある。息ができなければ死んでしまうが、読んでいる途中でかかってきた電話をうるさく感じることはよくある。
 しかし、短編部門の四候補作は、いずれもこのように作品の中に私を引き入れてはくれなかった。この段階で、私は「授賞作はなしだな」という感想を持った。
 ことに、ある作品などは、なぜこれが候補作に選ばれたかがわからず、何か重大な読み落としがあったのかと、四度読んだがやはり美点を見つけることはできなかった。
 ただ、山本一力氏の『端午のとうふ』は、面白いアイデアも含まれており、独自の世界も構築されているので、無理にでも授賞作を出さなければならないというのなら、これを推そうと考えて選考委員会に出た。
 しかし、この作品はシリーズの一つとして書かれたものらしく、続編に期待したいという意見が出て、それに賛成した。
【評論その他の部門】
 ことしになって出た『日本ミステリーの一〇〇年』(山前譲氏著)には、例えば一九〇二年の項に「シベリア鉄道、ウラジオストク・ハバロフスク間開通(→西村京太郎『シベリア鉄道殺人事件』)」、またその翌年の項に「夏目漱石、英国から帰国(→山田風太郎『黄色い下宿人』、島田荘司『漱石と倫敦ミイラ事件』)」とあるように、現実の事件とそれを題材にした推理小説との関連が示されている。
 なるほど、こういう形で現代史とミステリーの関係をまとめても面白いな、と考えたのだが、それには先達がいた。
 『20世紀冒険小説読本(日本編、海外編)』の井家上隆幸氏である。
 もっとも、この本の著者は、二十世紀の事件そのものに興味を持ち、その未解決の謎を小説の中に求めているのであり、冒険小説史を書くつもりではなかったようだ。だが、大変な労作であり、冒険小説群の索引、手引き書としての意義も大きい。
 日本の推理小説については、中島河太郎氏のいわば『正史』や、山村正夫さんの『裏面史』があるが、都筑道夫氏の『推理作家の出来るまで』は、さらにその裏面(山村さんより、一歩離れた個所から見ていた裏面)を語ったものとして面白い。
 ことに私は都筑さんと一つ違いで、ほぼ同じ時代に似たようなことを経験しており(どうも都筑さんの方がませていたようだが)、読んでいると戦後の東京が蘇り、まさに「巻を措く能わず」であった。
 そして、この本を読み終わって最も印象に残ったのは、「日本のミステリは、四半世紀もおくれている」という言葉だった。
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辻眞先選考経過を見る
 短編賞候補に協会員の作がゼロだったのも残念だが、その候補作が小説をしてはまだしも、ミステリーとしてはいまひとつ吸引力に欠け、積極的に推すもののなかったことが残念である。『サバイバー』は優れた文章ではあったが、物語自体に魅かれる点が少なく、文学臭がかえって災いした。面白く読ませてくれた『サージャリ・マシン』も、推理作家協会賞として見ると貫目不足の感があり(それでもぼくは、この作を一押しした)、『端午のとうふ』の場合は経済小説であって、ミステリーとして読みにくいのではないか。コン・ゲーム小説のジャンルという説明にうなづいたものの、登場人物に精彩を欠く点は依然として気にかかった。連作短編の第一作らしく、おいおいキャラクターひとりひとりにスポットを当てる構想であろうが、この一本を見るかぎり短編賞の対象としては半端といわざるを得ない。『奈落闇恋乃道行』は様式化の基準があいまいで、文章に生硬さが散見される。語り口で読ませるなら、もっとミステリーらしい工夫がほしいところだ。選考委員内部では、『サージャリ・マシン』と『端午のとうふ』に若干の支持が集まったけれど、最終的に今回は受賞作ナシの結論にいたったのは、ミステリーのルーツというべき短編だけに、残念という言葉をもう一度くりかえしておく。
 それに比して、評論その他の部門は質量ともに豊作であった。『近代フランスの事件簿』はなるほどこういう見方もあるのかと、合点しながら読んだが、それ以上でも以下でもなかった。『ポーと日本 その受容の歴史』はこまめな取材に感服した。だが筆者自身はポーをどうとらえているのか、書き手の肉声が聞こえないのがもどかしい。ぼくの個人的な考えだが、物書きのひとりとしてなんらかの意味で感奮させられる――ひらたくいえばそれを読んだおかげで、猛然と書きたくなるたぐいの作品を歓迎したい。筆者の膨大で該博な知識にねじ伏せられた『20世紀冒険小説読本』も、精細きわまりない市井文化の抽出に興奮させられた『推理作家の出来るまで』も、趣は違うがともに優れた成果であり、できることなら二作授賞をと願っていただけに(どうやらそれが選考委員の共通した気持ちだったらしい)、願い通りの結果となってとても嬉しい。あらためて両先輩におめでとうといわせてください。
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立会理事

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第54回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『サバイバー』 金城一紀
[ 候補 ]第54回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『サージャリ・マシン』 草上仁
[ 候補 ]第54回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『奈落闇恋乃道行』 翔田寛
[ 候補 ]第54回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『端午のとうふ』 山本一力