2004年 第57回 日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門
2004年 第57回 日本推理作家協会賞
長編及び連作短編集部門受賞作
はざくらのきせつにきみをおもうということ
葉桜の季節に君を想うということ
受賞者:歌野晶午(うたのしょうご)
受賞の言葉
受賞の知らせを受けた当日は、ただぼーっと夢の中を漂っているような状態だったのですが、一夜明けて大変なことに気づきました。本賞の第一回の受賞作は、かの『本陣殺人事件』だったのです。その後の受賞作家を思い返してみると――身震いがしてきて、途中でやめました。このような歴史の中に自分が名を連ねることになったとは、最初とは違った意味でぼーっとしてきました。
今の自分はまだこの賞に負けているように思えます。スーツを着ているのではなく、スーツに着られている新卒の社会人のようなものです。早くスーツが似合う人間になれるよう、これから実績を重ねていきたいと思います。
今回のこの栄誉は、私のことを長い目で見てつきあってくださった各出版社の編集者の方々なくしては決してありえませんでした。みなさまには心から感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。
受賞の言葉
この小説の取材で行った、南米でのことだ。
ブラジルの田舎町で土地のブラジル人と仲良くなり、一緒に飯を食いに行った。近隣を案内してもらったお礼に、ぼくが食事を誘ったのだ。とはいえこの男、ブラジル人の典型で、とにかく言うことなすこと調子がいい。「いや、おまえは偉いっ。わざわざ仕事のためにこんな地球の反対側まで来るんだから」……タダ飯が嬉しいせいもあるのだろう、そんなおべっかを身振り手振りで並べ立ててくる。
で、その食事が済んだとき、ちょっとためしてみたくなり、わざと慌てたふりをした。「やべえ、おれ、財布を忘れてきたぞ」と。
相手はしばし茫然とした。挙句、深々とため息をつき、こう耳打ちしてきた。「おまえ、トイレに行くふりをして、ここから先に逃げろ。あとからおれも追いかける」
やはりとんでもない野郎だ。だが、こういう心持ちと、自分を取り巻く世界への広がりかたが、この小説で書きたかったことだ。
- 作家略歴
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1966.4.27~
略歴・代表作:
筑波大学卒。広告代理店、商社、旅行代理店勤務を経て、二〇〇〇年に『午前三時のルースター』(文藝春秋)で第十七回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞し、デビュー。二〇〇四年に、『ワイルド・ソウル』(幻冬舎)にて第六回大藪春彦賞、第二十五回吉川栄治文学新人賞、第五十七回日本推理作家協会賞をトリプル受賞。
二〇〇五年『君たちに明日はない』にて第十八回山本周五郎賞を受賞。
他の著作に、『ヒートアイランド』(文藝春秋)、『サウダージ』(文藝春秋)、『ギャングスター・レッスン』(徳間書店)など。
趣味:水泳。ドライブ。アングロサクソン系諸国以外への海外旅行。
特技:罵詈雑言。
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
- 北村薫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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第五十七回日本推理作家協会賞の選考は、二〇〇三年一月一日より同年十二月三十一日までに刊行された長編と連作短編集、及び評論書などと、小説誌をはじめとする各紙誌や書籍にて発表された短編小説を対象に、昨年の十二月よりそれぞれ予選を開始した。
協会員と出版関係者のアンケート回答を参考に、まず長編および連作短編集三七三、短編六六二、評論その他二七作品をリストアップした。協会が委嘱した部門別の予選委員が、これらの選考にあたり、長編および連作短編集五、短編五、評論その他四作の、各候補作品を決定した。
本選考会は、五月十九日午後三時より、第一ホテル東京にて開催された。長編および連作短編集部門は、黒川博行、直井明、法月綸太郎、藤田宜永、宮部みゆき(立合理事・馳星周)、短編部門・評論その他の部門は、井上ひさし、笠井潔、京極夏彦、桐野夏生、東野圭吾(立合理事・北村薫)の全選考委員が出席して各部門ごとに選考が行われた。
今回は、各部門とも選考開始時から委員の支持が受賞作に集まり、すんなりと結論が出た。結果として、他の賞とのダブル、あるいはトリプル受賞となる作が過半を占めた。詳しい選考内容については、各選考委員の選評を参照していただきたい。
選考後の記者会見には、歌野晶午氏と垣根涼介氏、千街晶之氏が出席し、受賞の喜び、今後の抱負など語った。伊坂幸太郎氏、多田茂治氏からはファックスにて受賞コメントが寄せられた。閉じる
選評
- 宮部みゆき[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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堂々の満票で、『ワイルド・ソウル』と『葉桜の季節に君を想うということ』の二作受賞になりました。鮮やかな力技で語る人間ドラマと、見事な企みで魅せる精緻なミステリの華。組合せとしても、現代ミステリの活況を象徴する最高の二作だと思います。おめでとうございます。
『重力ピエロ』については、選考会で話の花が咲きました。法月さんが「自分はもう古いのかと感じたのですが」と前置きしてご意見を述べられたので、同じように感じていた、さらにちょっと古い私は安心することができました。まったく新しい感覚で書かれた物語に出会った驚きが、期せずしてそういう言葉になったのだと思います。小説としての心地よさはダントツながら、ミステリとしての物差しを持ってきたとき、やや納得のいかない部分が目立ちまして、長編部門では受賞に至りませんでしたが、短編では見事にご受賞。この結果は、伊坂さんの創作世界の広さを逆に証明したようなものですね。
『月の扉』、たいへん楽しく読みました。ハイジャックの最中の殺人事件という大胆な設定、それを書いてやろうじゃないかという心意気に、まず拍手を送ります。この種の大仕掛けは、鍵が解けてしまうと話も小さくなってしまうという宿命を背負っており、残念ながらこの作品もそこで損をしてしまいました。不可能犯罪の魔法が解けて、探偵役による理詰めの解決という現実が戻ってきたとき、しぼみかけた物語世界をしっかりと背負って立つのが、人物の魅力だと私は思います。この場合の「魅力」は、プラス方向のものでなくてもかまいません。マイナスの方が強烈に焼きつくことも多々あります。『月の扉』で、この負の魅力を持っている人物はズバリ被害者でした。彼女がなぜその飛行機に乗り合わせ、例のペンダントを身につけていたのか。この謎解きに私は膝を打ちました。犯罪を企み、仕掛けた側と、それを解こうとする側にも、彼女と同じくらいの強いベクトルが感じられたら、もっともっと推せた作品でした。
解説や帯を書いているくらい、私は柄刀一さんの作品の愛読者なので、選考委員として『OZの迷宮』を読むのは、何とも照れくさくて困りました。長編作品では、最先端科学や考古学の知識を土台に緻密な謎解きを繰り広げ、一方短編では奇想というか、SFファンタジー的な設定も怖がらずに使いつつ、本格ミステリのロジックはけっして外さないという、贅沢な二刀流の使える作家です。この連作では、三人の探偵役がバトンタッチしながら登場しますが、一人目は善悪未分化の頭脳の人、二人目は、名探偵として自らの役割に目覚めつつ、若さと人の好さが裏目に出て命を落とし、三人目に至ってようやく、頭脳と正義感と、死に際で助けられたという出来事によって得た達観を以って、名探偵として完成されるという段取りが面白い。この構成だけでも充分に魅力的なので、むしろ「オズの魔法使い」という外枠は要らなかったのじゃないかなと思いました。閉じる
- 藤田宜永[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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候補作のほとんどが型破りな作品、という印象を持った。
『重力ピエロ』に○をつけて選考会にのぞんだが、票は集まらなかった。軽い装いをしているが、作品世界はほの暗い。"春"の微風に潜む悪魔という感じ。近代文学、現代哲学、制度、因習、意味づけ等々から逃れたいと躍起になっている若者の姿(過激さと恐怖心)を興味深く、かつ肯定的に読んだのだが、ミステリ的な部分が若干弱いのは否めない。短編で受賞したと聞いたので、この場を借りておめでとう、と言っておきます。
『月の扉』は着想の面白さに惹かれるものがあったが、ハイジャックと密室を同時に扱うという大仕事が必ずしも成功していないように思えた。臨場感のないハイジャックを意図的に仕組んだとしたのなら、もう少し工夫が必要だったのではなかろうか。
『葉桜の季節に君を想うということ』にも○をつけた。騙し絵の謎解きをされたような感覚を味わった。普通、ミステリの謎はその小説世界の内部にあるのだが、この小説は外部に大きな謎が仕掛けられていた。このアイデアが浮かんだときに、半ばこの小説は成功したと言っていいだろう。途中、筆がすべりすぎているのではないか、と思ったが、それもそのはず、最後のどんでん返しを切り札として持っているのだから、いくらでも作者は愉しめたはずである。
『ワイルド・ソウル』は痛快な超一級品のエンタテイメント小説。当然、満票だった。通念の組み合わせ、コンビネーション・プレイに作者の並々ならぬ才を感じた。常識人の考え方をベースに、登場人物たちが非常識なことを企て、それを実行に移すというのが、痛快なドラマの基本。この作品はそれを実に見事に消化している。ブラジル移民のことだけでなく、他の面の取材も丁寧で、そのしっかりとした土台の上に、冒険、アクション、大義、ユーモア・人情を過不足なく描き、おまけにヒロインのキャラはアニメの女の子を彷彿させるように出来上がっている。軽い乗りの面も、主人公たちがラテンの風土で育った日本人だから、ちっとも浮いた感じがしない。重いテーマである"棄民"のことを、今更、クソ真面目に扱い、したり顔になる"偽善"から作者は逃れたかったに違いない。
『OZの迷宮』は候補作品の中では一番、古典的なニオイの強い作品である。この中では"絵の中で溺れた男""ケンタウロスの殺人"が好きだった。ただトリック、特に密室トリックは正直言って分かりにくかった。密室トリックの基本は心理的トリックだという人がいる。それも含めて僕は鮮やかさを求めてしまう。よく考えたら不合理な点があったとしても、読み終わった瞬間に、作者の美的マジックに引っかかりたいのである。それがフィクションのリアリティというものではなかろうか。島田荘司さんの作品なんかはそういう点において鮮やかだ。閉じる
- 黒川博行[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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『ワイルド・ソウル』を◎、『葉桜の季節に君を想うということ』を○、と考えて選考会にのぞんだ。たぶん二作同時受賞とみていたが、結果はそのとおりであり、スムーズで和やかな選考会だった。
『月の扉』はハイジャックと密室殺人をとりあわせた興味深いストーリーだが、設定がむずかしすぎると感じた。本来ハードボイルドであるハイジャックと本格パズラーである密室殺人を無理なく同時進行させるのはよほどの力業が必要で、困難な長編ミステリーに挑戦した石持さんの志は称賛されるべきものと思う。また、こういうミステリーを読ませてください。
『OZの迷宮』は奇想の小説であり、三人の主人公が名探偵として登場する。八つの短編は探偵を媒介にしてゆるやかにつながっており、なるほど、こういう連作形式もあるのかと感心した。難をいえばトリックが複雑すぎて、すんなり頭に入ってこない短編も中にはあった。翻訳調のセリフと地の文はアメリカを舞台にしたときに映える。細かな描写をないがしろにしない柄刀さんの目配りが効いている。
『重力ピエロ』は一風変わった新感覚の小説であり、ミステリーでなくても楽しめる反面、推理作家協会賞には弱いのではないかといううらみがあった。残念ながらミステリーとして読むときは伏線が浅く、早くから犯人が割れてしまう。個人的にはトリックが弱かろうと犯人が判ろうと、おもしろければいいというスタンスだが、割り切って考えることはできず、強くは推せなかった。選考委員みんなの意見も同じようなものが多かった。
『葉桜の季節に君を想うということ』は、ハードボイルドタッチでありながら、本格ミステリーとして申し分のない伏線とストーリー性をそなえている。各登場人物にキャラクターがあり、語り口も正統で手堅い。探偵事務所に就職した主人公がヤクザ組織にあっさり溶け込めるところなどに不自然さを感じたが、それは瑕瑾だろう。映画の「シックス・センス」や「アザーズ」に通じるラストのどんでん返しには正直、驚いた。歌野さんの着想の勝利である。
『ワイルド・ソウル』は乾いた文章が快く、ときおりハッとひかれる表現がある。垣根さんは取材した知識をしっかり自分のものとし、そこから無理のない大きな小説世界を作りあげている。登場人物に矜持があり、警察捜査にもリアリティーがある。とりわけ後藤という人物が秀逸で、南米での過酷な人生が小説全体に深みと広がりをあたえている。濃やかな情景描写とストーリー展開にひきこまれ、冒頭から巻末まで一気読みした。閉じる
- 直井明[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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『葉桜の季節に君を想うということ』と『ワイルド・ソウル』の二作への授賞を提案するつもりで出席。立合理事の馳さんから候補作を○△×に分類せよとのご指示が出て、蓋をあけてみると、この二作に集中していた。それから、作品ごとに各委員が意見を述べる。
『葉桜』は本格物というよりは、れっきとした変格作品だと思うが、授賞決定後、著者と雑談の機会があり、彼は、本格物のコア部分のちょっと外側だと思うと自作を位置づけた。結末の意外さの前評判は聞いていたが、アリバイ崩しとか犯人当てのような謎の提起がないので、何が焦点なのかなと不審に思っていたら、全く意外な展開になり、面白かった。この着想は、二度は使えないし、映像化したら面白さは半減以下になってしまうのが惜しいが、みごとな出来である。
『ワイルド・ソウル』は一気に読める冒険小説で、政策批判のメッセージがこめられている復讐譚であるが、血なまぐさい殺戮を起こさずに目的を果たす設定に好感を持った。外務省のブラジルへの棄民政策は明治・大正時代の昔話だと思っていたら、一九六一年になっても行われていたと本書で知った。六一年と言えば、ほんの昨日のことだ。著者のサイトにある南米取材旅行記を併読すると、現地で拾った実話が作品にリアリティを添えているのがわかる。
『重力ピエロ』は、書きようによっては不快な暗い話になるものを、のびのびとした明るい青春小説風に描いている。文体の良さは抜群。知識欲旺盛な著者なのか、主人公たちが実に多岐にわたる情報を話題にする。選考委員の中にはペダンティックで嫌味だと感じた方もおられたが、私には「玩具箱をひっくり返したような」((C)歌野晶午氏)面白さがあった。しかし、前二者に比べ、ミステリとしての味がうすい。
『月の扉』は、ハイジャックと密室と幻想的な結末を組合わせようとした作品だが、うまく調和しておらず、機中の密室の死も計算ずくの人為的な要素が少ないため、解明されても、斬新な驚きがなかった。作中の師匠と呼ばれる男は重要な存在なのに、カリスマ性が伝わってこないのが不満だった。
『OZの迷宮』は、連作短編という形式を活用して、探偵、犯人、被害者などが入れ替わって行き、あとがきで意外な結末をつける着想や、密室トリックを冒頭で説明しておいてから事件に入るといった工夫が凝らされているのは評価するが、箇々の短編に魅力が乏しい。
トリヴィアルな誤り、説明不足、欠点はどこにでもあり、揚げ足取りになるが、候補作の中でも、たとえば(1)同志になるのかも判らぬ男の名義の銀行口座を第三者がさっさと開設して二百万ドル振込むのは法的に手続可能か、(2)会社負担で役員(と思うが)に保険をかけ、他の役員が保険金の受取人になるなんてあり得るのか、(3)アメリカが舞台なのに鍵に鈴がついているのは、持主が日本人であるのを暗示しているのか、(4)22LR弾は滅多にお目にかかれない特殊な弾薬だと数回出てくるが、最も普通のありふれた弾丸であるなど、それに、(5)七十歳の売春婦なんて非現実的だと言ったら、選考委員諸氏に、新宿に行けばいるぞと訓示され、おのれの無知を暴露するはめとなった。閉じる
- 法月綸太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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選考会では、候補作に対する各自の評価を○△×の三段階で示すように求められ、私は『葉桜の季節に君を想うということ』と『ワイルド・ソウル』に○を、『重力ピエロ』『月の扉』『OZの迷宮』に△を付けた。
まず△を付けた三作について、伊坂幸太郎『重力ピエロ』は、同じ作者のほかの長編と比べて、推理小説的なプロットが上滑りになっている。落書きと放火をめぐる謎が為にするものであると、早くから透けて見えたせいだろう。春という主人公の設定は、中上健次の『秋幸三部作』を若干意識しているふうだが、深刻な主題にまとわりつく「重さ」を振り払おうとするあまり、物語の「慣性」に足を取られてしまったのではないか。
石持浅海『月の扉』は、センスのいい本格で、感心させられるところが多かった。謎解きのパーツとレイアウトは申し分ないし、ハイジャックという状況下であっけらかんとした推理ゲームが行われるのも、作家の持ち味だと思う。ただ議論に参加するメンバーと、その他の登場人物の描写バランスに偏りがあって、サスペンスと真相のインパクトを殺いでしまったような気がする。
柄刀一『OZの迷宮』は、面白い趣向の連作ミステリ。どの短編もよく練られているのだが、段取り消化的な書き方のせいで窮屈な印象を免れず、特に「奇想」を軸にした作品が同傾向の長編に比べると精彩を欠いて見える。連作を締めくくるフィニッシュも、説明に終わっているだけなのが惜しい。
○を付けた二作は、どちらも現代ミステリとして完成度が高いうえに、読者を選ばない良質なエンターテインメントになっている点を評価した。歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』は、作者と語り手の間の距離の取り方が絶妙で、ユーモラスでアクロバティックな語り口が、馬鹿話の一歩手前のような物語をリアルなファンタジーにまとめ上げている。冷静に考えると、ものすごく陰惨な話だし、そこまでやるかというぐらいあくどい書き方をしているのだが、読後感は不思議と爽やかだ。もちろん、近年の歌野作品の充実ぶりを見れば、本書がアイディア一発に頼ったフロックでないことは明らかだろう。
垣根涼介『ワイルド・ソウル』は、戦後の日系ブラジル移民が強いられた悲惨な境遇をベースにした雄編。題材の重さにかかわらず、それを凌駕するようなラテン系の楽天的筆致で、痛快無比な復讐劇を描ききった作者の力量に圧倒された。中盤以降はまさに巻措くに能わずというやつで、取材力の確かさといい、キャラ立ちのよさといい、犯人側の計画をもう少し伏せた書き方をすれば、ジェフリー・ディーヴァーも裸足で逃げ出すのではないかと思ったほど。とりわけ日系ブラジル人二世ケイの二面的な「本気度」百パーセントの造形が見事である。
○を付けた二作に関しては、最初から選考委員諸氏と意見が一致して、すんなり二作同時受賞という結論にまとまった。選考後、立合理事の馳星周氏から「これほど荒れない選考会は近年珍しい」という感想が出たが、いずれも推理作家協会賞の名にふさわしい傑作であり、当然の結果だと思う。閉じる