一般社団法人日本推理作家協会

推理作家協会賞

2024年 第77回
2023年 第76回
2022年 第75回
2021年 第74回
2020年 第73回
2019年 第72回

推理作家協会賞を検索

推理作家協会賞一覧

江戸川乱歩賞

2024年 第70回
2023年 第69回
2022年 第68回
2021年 第67回
2020年 第66回
2019年 第65回

江戸川乱歩賞を検索

江戸川乱歩賞一覧

2016年 第69回 日本推理作家協会賞 短編部門

2016年 第69回 日本推理作家協会賞
短編部門受賞作

おばあちゃんといっしょ

おばあちゃんといっしょ

小説宝石十二月号 掲載

受賞者:大石直紀(おおいしなおき)

受賞の言葉

 小説家になって十七年になりますが、「推協賞」は夢のまた夢の存在で、自分の作品が候補にあがることなど、一度も考えたことはありませんでした。
 だいたいが、ここ七~八年は映画のノベライズが仕事の中心で、自分の小説は片手で数えられるほどしか刊行できていません。小説誌に作品が掲載されることも皆無でした。
 それなのに、久し振りに発表した短編が、こうしていきなり受賞してしまうのですから、人生何が起きるかわかりません。あきらめずに、しぶとく書き続けてきて、本当によかったと思います。
 原稿を依頼してくれた「小説宝石」編集部をはじめ、これまで支えてくださった方々に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
 これからは、受賞作がフロックだったと言われないように、面白い作品を書き続けなければなりません。
 ややプレッシャーです。

作家略歴
1958~
 1958年静岡県生まれ。
 大学卒業後、ドサ回りのローカルタレント、北海道での牧夫(カウボーイ)、食料品会社の冷凍庫作業員等職業を転々とする一方、アジア、中東、ヨーロッパ、北アフリカ、中南米各地を、延べ5年半に亘って旅する。
 スウェーデンで日本語教師をしている間に、日本では完全にバブルが崩壊。帰国後ほとんど失業状態にあったとき、有り余る時間を使って小説を執筆したところ、その作品が第1回「日本ミステリー文学大賞新人賞」の最終候補に残り、本格的に小説家を目指す。翌年2作目の長編『パレスチナからきた少女』(光文社刊)で同賞を受賞しデビュー。2016年「おばあちゃんといっしょ」にて第69回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
 作品には他に『誘拐から誘拐まで』、『サンチャゴに降る雨』(いずれも光文社)がある。

2016年 第69回 日本推理作家協会賞
短編部門受賞作

ばばぬき

ババ抜き

「アンソロジー 捨てる」文藝春秋 掲載

受賞者:永嶋恵美(ながしまえみ)

受賞の言葉

 アンソロジー作ったり、女子会やったりする会があるんだけど入らない?と、お誘いを受けたのは一年前でした。アミの会(仮)です。
 それは、「短編不遇の時代とか、短編氷河期とか、そんなギョーカイの空気はブッ飛ばして、思いっきり楽しく短編小説を書こうよ!」という、ワクワク感に満ちた集まりでした。あの明るく、のびのびとした場の中から「ババ抜き」は生まれました。アミの会(仮)があったからこそ、書けた作品でした。
 候補作に入ったと聞いたとき、小説の神様が「オマケをあげよう」とウィンクしてくれた気がしました。受賞の連絡をいただいたときには、「キミたち全員にね」と言われたのだと思いました。私個人にというよりも、短編小説を愛している私たちに与えられた賞なのだと。
 今は、「先はまだ長いよ?」と、小説の神様がニヤニヤ笑いを浮かべているように感じます。精進せねばと思っています。
 予選委員の皆様、選考委員の皆様、選んでくださってありがとうございました。

作家略歴
1964.8.26~
福岡県生まれ。広島大学文学部哲学科卒。
2000年『せん-さく』(幻冬舎)でデビュー。
2016年「ババ抜き」にて第69回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。

代表作:『転落』(講談社)
趣味・特技等:1/6ドール収集

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 第六十九回日本推理作家協会賞(ミステリーグランプリ)の選考は、二〇一五年一月一日より二〇一五年十二月三十一日までに刊行された長編と連作短編集および評論集などと、小説誌をはじめとする各紙誌や書籍にて発表された短編小説を対象に、昨年十二月よりそれぞれ予選を開始した。
 長編および連作短編集部門と短編部門では、例年通り各出版社からの候補作推薦制度を適用した。
なお推薦枠を持たない出版社からの作品については、従来通り予選委員の推薦によって選考の対象とした。
 長編および連作短編集部門では出版社推薦と予選委員の推薦による一〇八作品、短編部門では出版社推薦と予選委員の推薦による四一九作品、評論その他の部門では三三作品をリストアップし、協会が委嘱した部門別の予選委員がこれらの選考にあたり、各部門の候補作を決定した。
 本選考会は、四月十九日(火)午後三時より新橋第一ホテル東京にて開催された。長編および連作短編集部門は、あさのあつこ、逢坂剛、大沢在昌、黒川博行、道尾秀介(立会理事・北村薫)、短編部門・評論その他の部門は、井上夢人、北方謙三、真保裕一、田中芳樹、山前譲(立会理事・月村了衛)の全選考委員が出席して、各部門ごとに選考が行われた。
 受賞作決定後、午後六時より北村薫理事の司会進行により、長編および連作短編集部門受賞者の柚月裕子氏、短編部門受賞者の大石直紀氏、永嶋恵美氏、評論その他の部門受賞者の門井慶喜氏を迎え記者会見が行われ、黒川博行氏、真保裕一氏からそれぞれの部門の選考経過の報告があった。その後、柚月氏、大石氏、永嶋氏、門井氏が受賞の喜びを語った。
 詳細な選考経過は以下の通り。
閉じる
月村了衛[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今年度の選考は短編部門、評論その他の部門ともに共通する特徴的な経過を辿った。すなわち両部門とも最初の投票で候補五作のうち二作が抜きん出て点を集め、他の三作にはほとんど点が入らないというスタートとなったのである。この特徴は短篇部門でより顕著であった。ために議論は両部門とも自ずと二作品の検討に絞られた。
 まず評論その他の部門であるが、『サスペンス映画ここにあり』は、映画寄り過ぎて原作小説への言及が少ないなどの欠点が指摘された。『マジカル・ヒストリー・ツアー』は批評精神の有無などについて懐疑的な意見があったものの、全委員の賛同を得て受賞となった。
 次に短編部門であるが、最初の投票では『おばあちゃんといっしょ』の方がわずかに『ババ抜き』よりも高得点であった。両作品とも欠点を指摘する意見もあったが、議論の結果、最終的に同点となり、異議なく二作受賞となった。
閉じる

選評

井上夢人[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 まず、申し上げておきたいことがあります。
 今回の日本推理作家協会賞・短篇部門五篇の候補作中四作が、評論その他の部門では五作中二作が女性の手によるものでした。しかし、それを銓衡する委員五人全員が男なのです。中には明らかに女性の読者を想定して書かれているものがあるにも拘わらず、男の目と頭だけの銓衡はいかがなものかと、どこかで罪悪感のようなものさえ抱きました。むろん銓衡委員の人材不足は聞いておりますが、候補作の半数以上が女性の作品というある意味で理想的な状況でもあるのですから、女性が一人も加わらない銓衡会について、運営側のご一考をお願いしたいと思います。
 短篇部門の二作授賞という結果はとても好ましいものだと受け止めておりますが、個人的にはやはり短篇の置かれている苦しい現状が見えるように感じます。「サイレン」報復を法的に認めるという特殊設定を読者に納得させる工夫がなくて、小説の落としどころもあまりに想像通りでありすぎます。「グラスタンク」どんでん返し必須の小説にはそこに到る自然な説得力が必要ですのに、手続きが粗すぎました。「リケジョの婚活」折角の構図の面白さが話の運びの単一さによって退屈に思えます。盗聴装置のだめ押しが効いていただけにもったいなく感じました。「ババ抜き」リドルストーリー的な面白さを感じましたが、個人的には殺人ゲームの後の計画が考慮されているようには思えずに消化不良でした。「おばあちゃんといっしょ」読者の興味を次へ次へと引っ張る作者の手際にとても興奮させられました。ただ私には、プロローグを終えて本篇に突入した途端に小説の構造が見えてしまったことがとても残念でした。
 評論その他の部門に挙げられる候補作を読み量るだけの力が私にないために、かなり偏った見方をしてしまった虞があります。『マジカル・ヒストリー・ツアー』はとても興味深い演出のなされた読物として楽しむことができました。評論としては、著者の感覚にかなり重きが置かれているために牽強附会を感じる部分もありましたが、面白い経験をさせていただきました。『サスペンス映画ここにあり』達者な語り口に記憶を甦らされたり未見の作品を探したくなったりさせられました。ただ、かなりのネタバレ、スジバレが見受けられる点でガイドブックとして疑問を持ちました。『乱歩ワールド大全』まるで怪獣図鑑とかウルトラマン百科を読んでいるような楽しさが充溢した労作に読んでいてワクワクさせられました。私はこれを一番に推しました。『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』ガイドブックはどうあるべきかを徹底して深めたものになっていると感じました。女子ミステリーという括りを設けて見渡すとこんな世界が拡がるのだと嬉しい発見もいただきました。『探偵小説のペルソナ 奇想と異常心理の言語態』について語れることは、私には何もありません。読者をもてなす意図をまるで持たない論文の集積は、私には難解すぎました。
閉じる
北方謙三[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 久しぶりの、短篇の選考であった。読みながら、いい短篇を希求している自分の感性が、よくわかった。小説の大きな魅力のひとつに、切り口の鮮やかさがある。長篇が、大木を丸ごと一本描くものだとしたら、短篇は小枝の切り口、葉の一枚を描いて、木全体を想像させてしまう、というものではないだろうか。私は短篇をそんなふうなものだと考えて、候補作にむかい合った。
「サイレン」は、描かれている空気に特異なものがあったが、切り口が切り口になり得ていない部分を感じる。長いものの一部と感じさせれば、物語は美しく閉じないと思う。
「グラスタンク」もまた、世界が閉じきっていないと感じさせるところがあった。ここから発生する、別の小説的要素が続いている、という気がしたのだ。被害者の少女の姿など際立っていたので、いささか惜しい。
「リケジョの婚活」は、ある女性の生き方を描こうとしたのか。発想はいいが、深いものが出てこない。そういう書き方をしたように私は感じられ、推せなかった。
「おばあちゃんといっしょ」は、冒頭が秀逸であった。どこへ持って行かれるかわからない、少女の不安。老女の諦め。物語の基盤にそれがあることで、かなりめまぐるしいその後の展開も、リアリティを失うことはない。詐欺の話だが、読む者を思い切りふり回してくれるのだ。テンポよく、文章に無駄なところのない、完成度の高い作品だと言えるだろう。作者は、かなりの経験を積んだ、ベテランなのだという。短篇小説の存在感を際立たせるような、今後の活動を期待したい。
 もう一作、票が集まったのが、「ババ抜き」であった。こちらは、動きのあまりない作品である。女三人が、延々とババ抜きを続けている、温泉宿の一室が舞台なのだ。負けた人間がやらされる告白の罰ゲームで、次第にそれがただのゲームではないことが明らかになっていく。そのあたりは、人物は動かなくても、心理が激しく動き、ダイナミックなシーンとして読める。心理の深さ、広さにはかぎりがないから、人が動くより動的なこともあり得るのだ。
 二作受賞となったのは、票が集中したからである。較べにくい作品が二作、高得点で並んだのだから、二作受賞は必然性があったのだと思っている。
 評論その他の部門は、私には馴染みの薄いジャンルであった。一番面白く読んだのは、『サスペンス映画ここにあり』で、それは小説の評論ではなかったから、と言えるかもしれない。『マジカル・ヒストリー・ツアー』は、視点が定まっている評論だった。俯瞰した論より、切り口がはっきりしている方が、私のような者にはわかりやすい。再読すれば、もっとさまざまなものが伝わってくるのだろうと思ったが、選考会までにその余裕はなかった。いい受賞作を出せた選考会だった、といま思っている。
閉じる
真保裕一[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今回も短編部門の候補作には、連作ものの中の一編が三本も選ばれていた。そのせいもあってか、連作の設定に頼った筋運びが、残念ながらマイナスに判断された。そもそも根本となる連作設定への疑問も感じた。キャラや特異な設定を使って書いていくのは、最初の一歩としては有効だろう。連作にしないと商売になりづらい現状もある。が、それらに頼りすぎては、筆力の向上につながらず、先細りになる恐れもあるのではないか。キャラと設定に頼らない連作もできるはずで、次なるチャレンジに挑んだ短編作品をぜひとも期待したい。
 その意味から、受賞が決まった二作品に票が集まったのは当然だったと言えるだろう。『おばあちゃんといっしょ』は描写より説明によって話が進んでいく点が気になったものの、これは枚数制限の問題もあったかもしれない。この中身であれば中編にすべき、と語る選考委員もいて、腑に落ちた。が、短くまとめたために密度が高まった部分もある。『ババ抜き』はタイトルと設定からニヤリとさせられる。何でもない話と思わせておいて、ブラックな雰囲気が効いてくるところに、作者の計算と筆力が感じられた。ただ、わざと負けるにしても、手の中に何枚ものカードが残ることはない。評価に直結する部分ではないが、老婆心ながら気になった。
 評論その他の部門は、非常に悩まされた。というのも、評論なのか、その他なのか、の線引きによって評価が変わってきそうに思えたからだ。ガイドブック的な作品は、評論として読めば、残念ながら物足りなく感じられる。が、ミステリを広く紹介するには打ってつけで、作者の目のつけどころが読んでいて楽しい部分も多いのだ。もちろん、その他の部門であろうとも、評論的なエッセンスは重要になってくると考える。
 個人的には、『サスペンス映画ここにあり』の中で、同性愛の視点から作品を論じた部分に、興味を引かれた。その方面の知識がまったくなかったためだが、確かに小説も映画も、ハードボイルド系作品には男の友情や美意識があふれている。光の当て方で、別の景色が見えてくるのだろう。『乱歩ワールド大全』は、愛ゆえの記述に何度も笑わされ、大真面目な分類表も楽しめた。怪獣図鑑的な面白さがあるという評も出た。が、賞という枠を当てはめてみた場合、やはりガイドブック的なものは不利になると思わされた。
『マジカル・ヒストリー・ツアー』は、書き下ろしだからこその長所が大きかった。構成が練られており、記述も周到だったからだ。ミステリの発祥を論じるのに、社会情勢を踏まえるのは常道でも、そこに美術と“視点”を持ち出し、作者ならではのロジックがあった。やや強引な論法でも、このまま騙されたいとさえ思わされたのは、筆力のなせる技だったろう。多くの人に読んでもらいたい好著だと思う。
閉じる
田中芳樹選考経過を見る
 短編部門は「ババ抜き」と「おばあちゃんといっしょ」との二作同時受賞という結果となった。昨年は受賞作なしだったので、にぎやかな結果となって喜ばしい。
「ババ抜き」は「読ませる」という技術において一頭ぬきんでており、辛辣なブラックユーモアをたたえた作風にも印象的なものがあって、高得点を得た。技巧派として今後が愉しみである。
「おばあちゃんといっしょ」は、挿画ですこし得をした感もあるが、主人公と祖母との関係がよく描かれ、登場人物に対して感情移入させるという一点においては、「ババ抜き」をしのぐものがあった。詐欺の話だが、つい、「ほのぼの」という形容を使いたくなった。これも今後を期待したい。
「サイレン」は、死刑制度、未成年者犯罪、私的制裁など重い社会的テーマをつめこんだ力作だったが、それらをまとめて解決するために「平等応報罪業法」なるものが成立したという事情に説得力がなかった。
「グラスタンク」も私的制裁の話だが、結末がわかってしまうので迫力が空転し、さらに連作中の一篇ということで、独立した作品としては弱かった。
「リケジョの婚活」は、週刊誌の特集記事っぽいタイトルを見ただけで、主人公の逆転負けという結末がわかってしまう。世相諷刺のユーモア小説としては、それなりに娯しめたが、ミステリーとしては評価できなかった。
 評論その他の部門においても、めでたく受賞作が出た。
『マジカル・ヒストリー・ツアー』は、ミステリーを美術という視点から再評価するという試みが斬新で、構成もたしかであり、説得力もあって、完成度が高く、異存なく選出された。いますこし意地悪く対象作品を批評する目がほしかった気もするが、今後は「ミステリーと音楽」などという作品の出現も待ってみたい。
『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』は、読みたい人が読めばいい、という類のガイドブックだが、選ばれた作品がいちじるしく玉石混淆で、男女の別なくミステリーの読者の鑑賞に資するとは思えなかったのが残念である。
『サスペンス映画ここにあり』は、個人的には好感を持ったが、原作のある映画作品に関しては、原作と異なる点を追究して映画の創作意図を明らかにするなど試みれば、ガイドブックの域を脱することができたであろう。
『探偵小説のペルソナ 奇想と異常心理の言語態』は研究論文であって、文章、内容分析、いずれも一般読者に対しては不親切であるといわざるをえない。
『乱歩ワールド大全』は、無数の先行作品に挑む意思と、よく整理されている点は買えるが、それだけに既視感があり、新鮮味に欠けるのをいかんともしがたかった。
閉じる
山前譲[ 会員名簿 ]選考経過を見る
「納得の結果」

【短編部門】
 短編ミステリーは難しい。もうあらゆるパターンの作品が書かれてしまったのではないか。候補作を読むと、まずそう考えてしまうのだった。
 秋吉理香子「リケジョの婚活」は現代の世相がよく捉えられている。しかし、ミステリーとしてはもうひと工夫欲しいところ。主人公のストーカー的なキャラクターをもっとデフォルメしてあれば、また違った読後感だったろうか。
 小林由香「サイレン」と日野草「グラスタンク」の二作は、やはり連作のなかのひとつという印象がぬぐえない。一冊にまとまったときにはまた別の味わいが出てくるのだろうが、単独で読むと印象が薄く、無理な展開が目立った。
 大石直紀「おばあちゃんといっしょ」は、仕掛けに一番工夫がある。宗教がらみの詐欺は目新しくないけれど、ミステリーとして何か驚きを読者に感じてもらいたいという姿勢が感じられた。
 永嶋恵美「ババ抜き」は、トランプのババ抜きがダラダラとつづけられるなかで、主人公の「秘密」が明らかになっていく展開の妙が、サスペンスを高め、最後の不気味な余韻を印象づけている。ただ、ミステリー的にはもう少し伏線の欲しいところだ。
【評論その他の部門】
 この部門においても、やはり読者の存在を意識しないわけにはいかないだろう。その意味において、大矢博子『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』、小松史生子『探偵小説のペルソナ 奇想と異常心理の言語態』、野村宏平『乱歩ワールド大全』の三冊は、それぞれに意味合いは違うけれど、作者の意図が読者にきちんと伝わるのかどうか、疑問を持った。
 川本三郎『サスペンス映画ここにあり』は、映画への愛と同じくらい、小説への愛も注いで欲しかった。ミステリーのファンとしてはやはり、原作者や脚本家の索引がないと十分には楽しめない。意外な作品が映画化されていたり、意外な作家が脚本を書いていたりと、最初から通読すれば色々と発見はあるので……。
 その点、門井慶喜『マジカル・ヒストリー・ツアー』は読者をぐんぐん自説に取り込んでいく語り口が秀逸だった。実際の大学の講義としてはお馴染みのテクニックだろうが、それを活字の世界で展開するのはなかなか難しい。歴史ミステリーが主題ながら、ミステリーの起源や名探偵とワトソン役の本質を語り、さらに視点の問題を論じたりと、示唆に富む一冊だった。
閉じる

立会理事

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第69回 日本推理作家協会賞 短編部門 月刊ジェイ・ノベル十二月号 掲載
『リケジョの婚活』 秋吉理香子
[ 候補 ]第69回 日本推理作家協会賞 短編部門 小説推理七月号 掲載
『サイレン』 小林由香
[ 候補 ]第69回 日本推理作家協会賞 短編部門 野性時代三月号 掲載
『グラスタンク』 日野草