2017年 第70回 日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門
2017年 第70回 日本推理作家協会賞
長編及び連作短編集部門受賞作
ぐしゃのどく
愚者の毒
受賞者:宇佐美まこと(うさみまこと)
受賞の言葉
図書館で出合った一冊の写真集。炭坑で生活する人々を撮ったものでした。その中の一枚から、一人の男子中学生が、鋭い視線を私に投げかけてきました。隣には、あっけらかんと笑う女の子。学校帰りの同級生を写したものでしょう。
卒業後、この子達はどんな人生を歩んだのだろう。二度と会うことはなかったのかもしれない。この子達のその後の人生を描いてみたい。それが、『愚者の毒』の始まりでした。物語の種はどこにでも落ちています。私はデビューが遅かっただけに、書きたいことは、たくさんあります。物語の種を芽生えさせ、あらゆる意味で、読み手を欺き、戦慄させる書き手でありたいと思います。
日本推理作家協会賞という権威ある賞を頂いた『愚者の毒』は、私にとっても、今後の方向性が明確になり、書き続ける覚悟ができたと思える作品でした。受賞は、私の背中を押してくれる頼もしい力です。ありがとうございました。
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
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第七十回日本推理作家協会賞(ミステリーグランプリ)の選考は,二〇一六年一月一日より二〇一六年十二月三十一日までに刊行された長編と連作短編集および評論集などと、小説誌をはじめとする各紙誌や書籍にて発表された短編小説を対象に、昨年十二月よりそれぞれ予選を開始した。
長編および連作短編集部門と短編部門では、例年通り各出版社からの候補作推薦制度を適用した。なお推薦枠を持たない出版社からの作品については、従来通り予選委員の推薦によって選考の対象とした。
長編および連作短編集部門では出版社推薦と予選委員の推薦による一〇九作品、短編部門では出版社推薦と予選委員推薦による四三二作品をリストアップし、協会が委嘱した部門別の予選委員がこれらの推薦にあたり、各部門の候補作を決定した。
本選考会は四月二十日(木)午後三時より、新橋第一ホテル東京にて開催された。長編および連作短編集部門は、あさのあつこ、逢坂剛、黒川博行、長岡弘樹、麻耶雄嵩(立会理事・北村薫)、短編部門・評論その他の部門は、大沢在昌、北方謙三、真保裕一、田中芳樹、道尾秀介(立会理事・月村了衛)の全選考委員が出席して、各部門ごとに選考が行われた。
受賞作決定後、午後六時より月村了衛理事の司会進行により、長編及び連作短編集部門受賞者の、宇佐美まこと氏、短編部門受賞者の薬丸岳氏を迎え記者会見が行われ、あさのあつこ氏と大沢在昌氏からそれぞれの部門の選考経過の報告があった。その後、宇佐美氏、薬丸氏が受賞の喜びを語った。
詳細な選考過程は以下の通り。閉じる
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『ノッキンオン・ロックドドア』については、よい意味の軽さがあるという声もあったが投票の点数にやや低く、また『半席』は短篇としては見事でも、連作短編集としてはどうかという意見が多く、見送られた。
ここから、残りの三作の討議に入り、『坂の途中の家』は、心を扱ったホラーであり、心理ミステリともいえるが、推理作家協会賞を与える作品としては、他の二作の方が、よりふさわしいということになった。
『涙香迷宮』は、乱歩の少年物の暗号小説を読んだ頃のときめきがよみがえって来ると、積極的に押す委員もいたが、一方で、事件の部分が弱く、賛成できないという委員もいた。
『愚者の毒』は、丁寧に書かれ、その力量を認められたものの、こちらもトリックの扱い方を含め、後半の弱さが指摘された。
双方に支持者がいて結論が出ず、結局二者択一で問うことになり、三対二という僅差で『愚者の毒』の受賞と決まった。閉じる
選評
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選評
色も匂いも手触りも、まるで違う候補作五編だった。戸惑うほどに個性的で特異な物語たちだった。読み手としては幸せな読書体験をさせてもらったが、選考委員としては迷い、悩み、自分にこの作品たちを評価し、あまつさえ、一つを選び出す資格があるのかと自問せざるをえなかった。わたしは物語に何を求めているのか。何を欲し、何に惹かれるのか。自分に問い、自分で答えをまさぐる。久々に、青臭い、けれど大切な経験をさせて頂いた。役得だったと思う。
『坂の途中の家』を推すつもりで選考会に臨んだ。裁判員制度をからめながら、主人公が薄皮を剥ぐように己の心の形に気が付いていく過程を書き切る。母は子を愛するものだという不文律を揺さぶる。あの乳児を殺した犯人は本当に母親一人だけなのかと問い掛ける。息が詰まり、胸を抉られる気がした。物語の迫力をもっとも切実に感じた一作だったのだ。ただ、これが推理作家協会賞に相応しいかどうか悩んだのも事実だ。そして、もう一つ、赤ん坊、乳児、幼児と育っていく人たちと生きていれば、必ず滑稽な、楽しいとか嬉しいとかではなく、我慢ならず噴き出してしまうようなおもしろおかしい場面に度々出くわす。迫力を歪め、緩める場面も読みたかった。
反対に『ノッキンオン・ロックドドア』は実に楽しく読めた。さらさらと読み進められるこの軽さをどうとらえるかで、評価が割れた。わたしは、二人の探偵が時折同一人物のように感じられ、それが謎解きの淡白さに繋がっているように思えてならなかった。まだ若い作者ということでこれから、どんなものを読ませてくれるのか楽しみでならない。
『半席』は、徒目付の青年を主人公にすえて、武士の矜持ゆえの事件を描いた。息苦しさも含め、武家社会の機微が生々しく伝わってくる。しかし、肝心の事件が似通っていて、その解決もあまりに安易で、主人公直人が探偵の役回りを果たしていない。半席などについて同じような説明が何度も繰り返されるのも些か抵抗があった。
『涙香迷宮』は受賞作『愚者の毒』と最後まで競った作品だった。涙香の遺した、いろは歌の謎に迫る部分はこの作者ならではの力を感じさせて見事だと唸るしかない。しかし、冒頭および豪雨に閉ざされた屋敷で起こる後半の殺人事件の方は、犯人の動機も方法も杜撰すぎる。ものすごくバランスが悪いのだ。読み手を選ぶ作品と言ってしまえばそれまでだが、作品世界の魅力で、囲碁にもパズルにも涙香にも興味がない読み手をぐいぐい惹きつけてもらいたい。
『愚者の毒』は瑕疵の多い作品だ。特に、車の細工とか、烏を使うとか殺害方法にリアリティがない。〝死んだのは誰だ〟という謎、人のすり替わりも意外に早く結果が見えてしまう。しかし、その瑕疵があってなお、この作品には鬼気迫る力があった。筑豊を舞台に必死に生きようとする人々が確かに描かれ、人の犯した罪の姿が刻まれる。殺人者の慟哭を自分のものとした作者に、協会賞はなにより相応しい。閉じる
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選評
『ノッキンオン・ロックドドア』は、いかにも若手作家の手になる、すがすがしい小説だ。今風の語り口ながら、文章もしっかりしているし、何より遊び心が横溢して、読み口がよい。純粋に、論理のゲームという作風で、よくも悪くも生活感がない。とはいえ、ジャンクフードばかり食べている女刑事など、おもしろく書けている。キャリアを積むことによって、この作者は成長していくに違いない。ミステリーを、論理だけで処理するのにあきる時期が、かならずくるはずだ。それを楽しみにしている。
『半席』年輪を重ねた作家にふさわしい、腰の据わった作品集だ。徒目付の、裏仕事を描いた時代小説集で、それはそれなりにおもしろい設定といえる。ただ、その考証解説が作品ごとに繰り返されるのは、間をおいた連載ならばともかく、いささかわずらわしい。一冊にまとめるときに筆を入れて、整理すべきではなかったかと思う。どの作品も、同じパターンで構成されているため、しだいに結末の驚きが薄れる憾みがあって、授賞には少々物足りない気がした。
『愚者の毒』この作者は、非常に文章力のある人だ。凝った文章、気取った文章とは無縁の、まことに読みやすい文章を書く。エンタテインメントには、不可欠の資質を身につけている、といってよい。本作は三章構成だが、第一章と第二章の世界ががらりと変わり、読み手を一瞬とまどわせるわざを見せる。読み進むうちに、この小説の仕掛けがしだいに読めてくるが、それをどう収束させるのかという期待感で、読み手を最後まで引っ張っていく。やや強引な展開も目につくし、現実問題として首をかしげる部分もあるが、ともかく読ませる。結末は、ある程度予定調和的な終わり方ともいえるが、そうしたもろもろの弱点を、文章力でカバーしている。推協賞にふさわしい好編だ。
『坂の途中の家』候補作中、結構からいっても文章からいっても、この作品の完成度がいちばん高いことは、間違いない。子育て中の母親が、同年代の女性の嬰児殺しの裁判の、裁判員を務めるというテーマには、選者にとって理解を超える閉塞感がある。それが、ある意味で根源的な謎になるのだが、その謎がどうやっても解決しないという、二重の閉塞感につながる。男性作家には、こういう小説は書けないだろう。選者としては、なるほどとその閉塞感を理解しつつも、ミステリーとしての収まりどころを見つけられなかった。『涙香迷宮』古典的な本格ミステリーには違いないが、それを一歩も出ていないのが不満だ。しかしながら、作者自身がそれを承知で書き進めている以上、この批判は当たらないことになり、好き嫌いの問題になってしまう。この小説の白眉は、作者がつむぎ出した五十作にもおよぶ、〈いろは歌〉の作品群にあるといってよい。ありていにいえば、殺人事件など二の次で、だれが犯人だろうとかまうものか、という心境になる。ともかく、この作者の執念ともいうべき、ミステリーへの傾倒には敬意を表するが、授賞には躊躇せざるをえなかった。閉じる
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選評
『坂の途中の家』を〇、『半席』を△と考えて選考会にのぞんだ。はじめの投票で『半席』が一位、『坂の~』と『涙香迷宮』と『愚者の毒』が同点の二位となったが、僅差であり、『ノッキンオン・ロックドドア』を含む五作について意見が交わされた。
『ノッキンオン~』は本格派仕立ての短編集だが、軽く明るい反面、難点も多々あり、読むのがしんどかった。探偵ふたりが共同経営する探偵事務所はおもしろいが、ときどき、ふたりのキャラクターのちがいが分からなくなる――、探偵ふたりが殺人現場に入って死体を見分する――、鑑識をさしおいて手がかりを発見する――、極めて実現性の薄い毒物を使う手口――、目撃者の口をふさごうとする動機――など、本格ミステリーは様式美だと理解しつつ、あまりにリアリティーがない。ミステリーは大嘘であり、その大嘘を構築するためにはディテールに齟齬やまちがいがあってはならないと、わたしは考えている。
『半席』は五つの短編のすべてにおいて、〝なぜ〟を探る作品集だが、そのために筋立てが似てしまった憾みがあった。淡い動機を探るばかりで謎解きがあっさりしすぎている。静謐かつ上品な語り口で、実に巧い小説だが、もう少し〝けれん〟があってもいいのではないか。個人的にはいい女と決闘場面が欲しい。また、〝徒目付から旗本への昇進〟〝頼まれ御用〟の説明を何度もされるのは飽きる。これらは発表時期のあいた短編を短編集として単行本にまとめるとき、取捨して読みやすくするのが読者に対する配慮だと思う。
『坂の途中の家』は徹底して主人公の心理を描く小説であり、閉ざされた世界の心理劇がおもしろかった。同じような内省を繰り返し読む感じがなくもないが、しかし、こんな丁寧できめこまかな人物描写はわたしにはできない。ディテールとエピソードを重ねていく小説であり、そのディテールのひとつひとつが興味深かった。『半席』が幅広の筆でさっと刷いたような清澄な日本画なら、『坂の~』は肉厚の筆で盛りあげた濃密な油絵であり、なのに筆の穂先はずいぶん柔らかい。感心した。
『涙香迷宮』は壮大な薀蓄小説だった。これでもかと差し出されるマニアックなパズルについていけるかどうか、読者を選ぶ小説であると理解しつつ、わたしはついていくのに苦労した。冒頭から、部外者である囲碁棋士が殺人現場に案内される――など、警察不在のありえない展開がつづくことにとまどった。
『愚者の毒』は読みはじめてすぐ、今年はこれやな、と思った。小説でしか描けない各々の人生に深みがあり、濃やかな筆致に味わいを感じた。視点人物のひとりが語るヤマの暮らしには圧倒的なリアリティーがあるし、筑豊の方言にも魅了された。――と、期待値は高かったのだが、謎解きに至って失望した。いきなり安易なトリックが出現したのだ。殺したい人物の車のブレーキに仕掛けをして(その手口が書かれていない)崖から落とすとか、そう高くもない木の枝からゴムボートにナイフを落としてパンクさせ、溺死させるとか、あまりにひどい。複数の気室にわかれたゴムボートが風船のように破裂したら、急流下りなど怖くてできない。殺人の動機も希薄であり、謎解きに至ってこの作品は大きく躓いたが、著者の筆力に疑いはない。
授賞対象が『涙香~』と『愚者~』の二作に絞られたとき、わたしは授賞作なしとも考えたが、『愚者~』の前半の味わいを勘案して授賞に賛成した。閉じる
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胸中には二作
できるだけ早めに五作を読み終え、時間を置いてから振り返り、最も胸に残っている作品。それを推そうと思った。困ったのは、心中に浮かんだものが一つではなかったことだ。『愚者の毒』と『涙香迷宮』、どちらにするか最後まで悩んだ。できれば二作受賞、それが無理なら後者かな、と思いつつ選考の席についた。以下、自戒をこめて各作の寸評。
『ノッキンオン・ロックドドア』
ホームズ&ワトソン的主従関係の向こうを張る「対等関係の分業探偵」。この設定は新鮮だった。謎解き後のウェットな感銘といったものは重視せず、徹底してドライに世界を作ろうとする姿勢も潔く、好感を抱いた。これで「髪の短くなった死体」に匹敵する驚きとツイストが他のエピソードにもあれば、不満はなかったのだが。
『半席』
二百年前に生きた人間の微妙な心理の動きを覗き見るのは、スリリングな読書体験だった。特に表題作、作左衛門の思考と行動は実に意外で、アイデアの見事さに感動した。ただ、いくつかのエピソードは、終盤の作り方がもったいない。謎を背負った人物たちは、主人公の訪問を受けると、いともすんなり真相を自白してしまう。この点が、推理小説として見た場合、安直に思えてならなかった。
『坂の途中の家』
被告人と裁判員の境遇をダブらせた着想が優れている。主人公の内面を描く筆も粘り強くて迫力があった。だが、後半で私はこの粘り気に根負けしてしまった。「語るな。見せろ」という言葉に則って言えば、この作品は「語る」が多過ぎ、「見せる」が少な過ぎた。もちろん角田氏は何らかの効果を計算した上でこうした手法を選んだはず。その効果を上手く味わえなかった私は、本作の良い読み手ではなかった。
『愚者の毒』
「殺人トリックに無理がある」との意見が出た。そのとおりだが、車のブレーキに細工をするといった「いまどき」的な手段も、「時代背景にマッチした絶妙な古臭さ」として納得できてしまうほど、物語と登場人物に魅力があった。だから終盤に出てくる、カラスのこれまた強引な使い方にも、ここはどうしてもカラスでなければ、と逆にのせられてしまった次第だ。片方に究極の善人を、もう片方に究極の悪人を置き、二つの大きな重力の間で、四人の主要キャラに善悪の間を揺れ動く軌道を描かせている。一見すると複雑な話だが、人物の配置や動きは星座や天体のようで、実はきっちりと形の整った小説だと感じられた点も好印象。
『涙香迷宮』
「パズル作家」と「ゲーム研究家」など、似た肩書の人物が何組か出てきて、終わりの方になっても誰が誰なのか見分けづらかった。とはいえ、私が感じた難点はその程度。あとは、全編に満ちたレトロな伝奇冒険小説的味わいを、大いに堪能させてもらった。『大金塊』はもちろん、同じ乱歩の『怪奇四十面相』に胸を躍らせた懐かしい記憶まで思い起こされ、読んでいる間はただ心地よく、少々の瑕など全く気にならなかった。何より、これだけの迷宮を建築するために竹本氏が投じたエネルギーの量を考えれば、本作も十分受賞に値することは間違いない。そういまでも確信している。閉じる
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選評
『ノッキンオン・ロックドドア』は各話の出来にムラが少ない安定した連作短編集。不可能犯罪と不可解犯罪のスペシャリストを用意し、なおかつ見かけとは逆のジャンルのトリックを用意するという凝った作りには感心させられたが、制約の分だけどうしても窮屈になり、金看板となるような突出した話がなかったように思える。また連作短編としては物語が始まったばかりで、これから感が否めなかった。
『半席』も同じく連作短編集。旗本になりたい主人公が、武士の意地が招く事件に直面し最後に翻意する構成で、各話のホワイダニットの切れ味が素晴らしかった。ただ一話目から予想された結末に、徐々に段階を踏むことなく最終話でいきなり着地したので、連作短編としては唐突な幕切れに感じられた。
以上二作は、連作短編の賞として一冊の構成を求めると、少し物足りなかった。
『坂の途中の家』は主人公の心理を執拗に執拗に書き連ね、それで長篇を成立させてしまう筆力、胆力に圧倒された。とはいえ、主人公が真相を究明するというより、自分に都合のいい解釈を被告人という鏡を通して自身の内から見つけ出しているだけなので、事件や被告人、裁判員制度はただの触媒であり、つまるところミステリーの賞での評価は筋違いに思えた。
『涙香迷宮』はいろは歌による暗号。五十以上ものいろは歌が惜しげもなくちりばめられ、日本語による暗号ミステリーの大伽藍の趣があった。ここだけなら百点満点中、二百点だろう。反面、殺人事件のパートは被害者の身許特定までは冴えていたものの、別荘に来てからの展開や解決がふんわりとし過ぎていて、まるで続編でひっくり返す予定なのかと勘繰るほど。せっかくの暗号解読の高揚感が、事件の解決によって水を差された格好になったのが残念。せめて順序が逆だったならば。
『愚者の毒』は不幸な境遇の女性たちの描きぶりが達者でページをめくる手が自然と早まった。しかしミステリーの仕掛けが今ひとつでそのたびにブレーキがかかった印象。構成を無理に捻ったために犯人を正面から描ききれず軸がぶれ、筑豊のエピソード等がただのアクセサリーのようにも。そのせいもあり、一九八六年から現在までの三十年間、二人がどういう日常を送ったのか想像しづらかった。
このように肝心のミステリー部分に足を引っ張られているため、ミステリーの賞に相応しいか疑問が残った。加えて、ミステリー部分との融合は書き続ければこなれてくるので、この作者の力量なら瑕疵のない作品でほどなく候補に挙がってくると考え、この分野で二度と現れそうにない、一点豪華主義の極致である『涙香迷宮』を最終的に推した。閉じる
立会理事
選考委員
予選委員
候補作
- [ 候補 ]第70回 日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門
- 『ノッキンオン・ロックドドア』 青崎有吾
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- 『坂の途中の家』 角田光代
- [ 候補 ]第70回 日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門
- 『涙香迷宮』 竹本健治