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2010年 第56回 江戸川乱歩賞

2010年 第56回 江戸川乱歩賞
受賞作

さいかい

再会(「再会のタイムカプセル」を改題)

受賞者:横関大(よこぜきだい)

受賞の言葉

 毎年一本の長編小説を書き上げて、江戸川乱歩賞に応募する。そう決めたのは二〇〇二年、今から八年前のことでした。
 思えば長い助走でした。しかし意味のある助走であったと、今は思っています。
 歴代の受賞者の中には、最初の応募で華々しく栄冠を射止めた方もいらっしゃいます。それに較べて私の場合、泥に塗れるという表現の方が相応しいのかもしれません。
 遠回りをしたとは思っていません。むしろ私ほど乱歩賞に鍛えられた者はいないのではないかと、内心自負しています。
 年長者の玩具に憧れる子供のように、背伸びをしようとしていた時期もありました。さまざまな試行錯誤を経て、辿りついたのは自然体という言葉でした。
 大袈裟なセットはなくても、物語は書ける。派手な個性がなくても、物語は書ける。それに気づいたときにプロとしてのスタート地点に立てるという奇妙な符合に、私は運命めいた何かを感じずにいられません。
 今回の受賞を良い意味でのプレッシャーとして捉え、これからも物語を書き続けていきたいと考えています。
 最後になりましたが、今回の選考に関わられた関係者、選考委員の皆さまに深く感謝いたします。
 この作品ができるだけ多くの人に届くこと。今はそれだけを心の底から祈ってやみません。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 本年度江戸川乱歩賞は、一月末の締切までに応募総数三八七編が集まり、予選委員(石井千湖、佳多山大地、香山二三郎、末國善己、杉江松恋、細谷正充、吉野仁の七氏)により最終的に左記の候補作五編が選出された。

 〈候補作〉
ヘブン・ノウズ       川瀬 七緒
ベタ記事          伊兼 源太郎
警察と戦うという選択    藤井 貴裕
ルカの方舟         伊予原 新
再会のタイムカプセル    横関 大

 この五編を五月十四日(金)、午後三時より帝国ホテルにおいて、選考委員の内田康夫、恩田陸、今野敏、天童荒太、東野圭吾の五氏による協議の結果、横関大氏の「再会のタイムカプセル」を本年度の江戸川乱歩賞と決定した。受賞式は九月九日(木)午後六時より帝国ホテルにて行われる。

なお、応募時のタイトルは「再会のタイムカプセル」であったが、受賞決定後に「再会」に変更された。
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選評

内田康夫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今回、最終選考に残った五作品はなかなかの粒揃いといってよかったと思う。粒揃いだが、それぞれに瑕疵もある。もう少し緻密な推敲を加えていればと惜しまれるケースもあった。以下、その点を中心に選評する。

『ルカの方舟』
 サイエンスミステリーと呼ぶべきものか。とにかく学術的な記述が多く、丁寧に読むにはかなりのエネルギーを要したが、この蘊蓄を面白いとすることもできるだろう。書き込んである膨大な情報の中に必要な情報が埋め込まれているだけに、それをどう伝えるかが見どころ。難しい話を会話形式で説明しているのは好感がもてた。たとえば、競馬中継を見ている背景として、秘密の会話を聞かせる設定は、かなり強引だが面白かった。隕石発見にまつわるトリックはさほど目新しいものではない。ただし隕石周辺の氷の溶け具合から偽装を見破ったというのは、説得力があった。登場人物の造形はまあまあなのだが、肝心の探偵役のキャラクターをもう少し書き込んで欲しかった。学術的な部分に比べて、警察の捜査の話になると見劣りがする。刑事の高圧的な態度なども型通りで物足りない。文章はうまく、難しいテーマにしては読みやすい。乱歩賞候補に名を連ねるだけのことのはあると思った。

『ヘブン・ノウズ』
臓器移植にまつわる犯罪はいまや古典的といっていいテーマで目新しさはないが、法医昆虫学という未知の分野の話で、興味を惹かれた。この作品の特色はそれに尽きる。順位を狂わされ娘を死なせた親と、ドナーになるために殺された娘の父親が、怨念に燃えて、不正を行った者どもに復讐するという、よくありそうなストーリーをいかに演出するかに作者は腐心している。舞台を牧歌的な山村に選んだのは面白い。澤木という人形作家を狂言まわしにして、人柱の言い伝えを掘り起こしたり、村の因習を背景に雰囲気づくりをして、ある程度成功している。ハッチョウトンボやサギソウを小道具に、犯行現場の特定に結びつけたこと。またカレッジリングのエピソードも効果的だった。だたし、なぜ田舎に集まってきのたのか、それにまつわるエピソードに説得力がない。ロッカールームがらみの仕掛けについても、犯罪目的が「悪人」の罪業を社会に暴くことというのであれば、もっと単純に晒し者にすれば事足りるのではないかと、いささか白けた。また、法医昆虫学の成果が、直接、事件解決に役立ったとも思えない点、羊頭狗肉の感が否めない。犯人側の描写は希薄というより、あざといほど隠しすぎる。善人らしき人々が突然変異するのは相当無理なように思えた。総じて、文章は上手く、始終、面白く読めた。ラストにきて少しバタバタした観があるけれど、読後感も悪くなかった。物語を整理して、一本、筋の通った構成にすればと惜しまれる。

『ベタ記事』
 前回応募作品の『七年誘拐』よりはるかにいい。新聞社の内情、記者と警察官の関係、四課の人間とやくざの関係など、記者経験が豊富でないと、なかなか書けないリアリティがある。その反面、事件全体はさほど新鮮味がない。事件の背景にあるものも、そういうことなのだろうなと納得と同時に予想のつくものだった。細かい点というか、基本的なことというべきなのだろうけれど、及川が殺害されたのではないかと考えるきっかけとなった、見通しのよい二車線道路で、「歩道に真っ直ぐ突っ込んだ」「ブレーキとアクセルを間違えたという供述」などは、記者でなくても疑問に思うレベルの違和感であり、警察が早い時点で、単なる事故ではなく故意だと判断しそうなものだ。これが最後までひっかかった。探偵役の記者が何かに気づく場面がしばしばあるのだが、思わせぶりに終わって、何にどう気づいたのか先送りされる不満があった。文章におかしな表現が頻出する。たとえば、「しかし、繋がりは暗渠となって存在していた」「舌先を常に錆で覆われたようなあの感覚」「沢村は炎症した感情を封じ込め」等々、やめた方がいい。

『警察と戦うという選択』
 タイトルがよくない。そもそものことをいうと、五億円という金額が老舗の菓子メーカーにとってどれほどの金額なのか疑問。これまでの蓄積で賄える金額ではないだろうか。亀山の行為は詐欺とは言えない。現に株取引直後は利益が上がっている。暴落後も丸々消えてしまったわけではない。証券会社の甘言にのってその程度の損失を被った人は数知れず、殺害の動機としては弱い。それ以前に、出資の方法が不鮮明。作者は株取引のことをあまりよく知らないのではないかと思った。井本と亜希子の会話を中心に不自然さを感じた。「御令嬢」という呼び方をしながら、時には呼び捨てにしたり、言葉遣いがなっていない。殺人を犯した後の亜希子の言動が、あっけらかんとしているのもいかがなものか。二重誘拐事件の演出はそれなりに評価できるが、早い時点でそのカラクリが推測できてしまう。亜希子が井本の娘であることも、読者側は早く気づいているにもかかわらず、亜希子が気づくタイミングを引っ張りすぎだ。探偵不在で犯人側の視点でストーリーが進行するので、どういう落とし方をするのかが焦点になるのだが、これも破綻の仕方が予測どおりで、虚しい気分だった。

『再会のタイムカプセル』
登場人物それぞれの視点でストーリーが進行するので、見えていないものが信用できないという、いらいら感があるけれど、それも一つのレトリック効果と考えることはできる。文章は簡明で読みやすい。現在起きている事件と、二十三年前の事件とをからめて、複雑な人間模様を織り上げている。プロット作りが苦手な私の目から見ると、想像を絶するほど苦心のあとが窺える。ただ、それだけにややご都合主義的な面がないわけではない。ネタバレになるので、細かい部分は指摘しないが、登場人物の行動や心理の描写に、フェアとは言えないようなミスリードを感じた。家を飛び出した博美が偶然(!)東京へ向かう万季子親子と一緒になり、行動を共にするという設定はご都合主義の典型で、同じ行動を共にするにしても、ほかに方法がなかったのか気になった。過去と現在、タテ軸とヨコ軸を複雑に交錯させているのは、いささかサービス過剰ではないかとさえ思った。大きなウネリや衝撃的なクライマックスはなく、むしろたんたんと読ませるのだが、よく練られたプロットと平明な文章力に力を感じさせ、受賞にふさわしい作品ではあった。
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恩田陸[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今年も五作、ハイレベルでほとんど差が感じられなかった。逆に、やや決め手に欠けたかなという印象で、選ぶのにかなり迷った。『ヘブン・ノウズ』は小説も上手だし、内容も盛りだくさん。法医昆虫学や湿地帯の植生がヒントになるなど細部は面白いのだが、田舎への都会人の移住、村の祟りの伝説、球体関節人形、移植医療と場面ごとにジャンルが変わる感があり、警察小説なのか伝奇モノなのか幻想系なのか社会派なのかと読みながら落ち着かず、乗り切れずに終わってしまった。タイトルの意味不明。『ベタ記事』は昨年に引き続き今回の作品も新聞記者の仕事を丁寧に描き、コツコツ事件の全容を掘り起こしていくところに読み応えがあり面白かった。が、こういう典型的なハードボイルドで典型的なハードボイルドタイプの人物しか書けないのではないかと一抹の不安が。これしかないのは分かるけれど、だったらタイトルは『ベタトラ』のほうがよかったのでは。『ルカの方舟』、隕石発見場所捏造という真相は面白い。目に見える成果を求められる昨今の学問の世界、ポスドクの就職難問題や世界的に増える論文捏造問題など、タイムリーな話題満載で、科学的説明も無理なく分かりやすい。去年の選評もふまえてご自身の専門分野で勝負してきてくれたのだと思うが、小説としてのうまさが昨年よりも薄れた感じが。しかし、この学習能力と幅の広さはすごい。よそでも受賞されているので、ご活躍を期待します。『再会のタイムカプセル』、目新しい題材は何もないのに、面白く自然に読ませるところに感心した。話作りも丁寧で安定感は抜群。何度も落選すると相当凹むものなのに、粘り強く書き続けてこられたのには本当に頭が下がる。受賞おめでとうございます。今後とも精進してください。さて、今回私がいちばん評価したのは『警察と戦うという選択』だった。読み始めた時は亜紀子というヒロインがあまりに変で身勝手だし、周りの人物も類型的なので期待しなかったのだが、ダブル誘拐を計画するあたりから、いったいこの先どうなるのかと一気に引っ張っていく異様なグルーヴ感に興奮した。他の選考委員からいろいろ誘拐計画の穴は指摘されたけれど、何より私が評価したのは、有り金全部はたいてでもこれを書く、みたいな潔さを感じた点だった。読み手をアッと言わせる作品を書ける人だと思うので、ぜひまた挑戦していただきたい。もちろん、プロデビュー後を見越して、ある程度そのあとの執筆計画を立てておくしたたかさ(出しおしみとも言う)も必要だけれど、すべてを吐き出さないと新たに吸い込めないのも事実。一作ごとに全力で勝負していかないと成長はないのだなあ、と自戒を含めて痛感させられた四年間の選考会だった。
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今野敏[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今回の、五作品は、いずれも一長一短あるものの、レベルは高かったと感じた。すべてを読み終わったときに感じたのは、今さらながらだが、ミステリーとは何かということだった。
優秀なエンターテインメントでありながら、無理やりにミステリーに仕立てようとしたがために、破綻や物足りなさを感じる結果になった作品もあった。
 受賞作の『再会のタイムカプセル』は、私以外の選考委員の評価が高かった。私は、持って回った言い回しや、読者に隠し事をしているような書き方が、実はあまり好きではなかったのだが、それは、本格推理や新本格ではよくある手法だと、他の選考委員に指摘された。ミステリーの読み方を勉強させられた気分だ。
 『ヘブン・ノウズ』と、『ルカの方舟』は、たいへん楽しく読んだ。双方とも、見事なエンターテインメントだと思う。情報とディテールに圧倒される思いだった。
 ただ、『ヘブン・ノウズ』については、警察の捜査があまりにいい加減だという他の選考委員の意見に、納得せざるを得なかった。
 『ルカの方舟』、殺人事件よりも、論文捏造の謎解きが面白かった。もっと殺人事件と捏造疑惑が有機的に絡めば、一級の作品となったに違いない。
 『ベタ記事』は、新聞社の記事作りの臨場感に圧倒された。ただ、過去のこの応募者の作品に比べて、スケールダウンしているという指摘に、これも納得するしかたなかった。文章表現にわかりにくいところが多々あるのも残念。
 『警察と戦うという選択』については、感情的に人を殺してしまった人を、警察に捕まらないようにするという発想自体に、乗れないものを感じてしまった。犯罪を隠すためにさらに犯罪を重ねる主人公に、感情移入するのは難しいと感じた。
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天童荒太[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今回の候補作はみな叙述が達者で、熱心な勉強のあともみられる。だが物語の肝となる謎の核心や発火点にミスや弱点を持つことも共通していた。新人の方々は、自分の発見した物語の源流を見極め、その部分にまず揺るぎない杭を打ち込んでほしい。
 『ベタ記事』は、前回の候補作同様、新聞社の事情に関してとても面白く読める。会話の短いやりとりにはセンスも感じた。ただ、不要な語りが多過ぎる。ハードボイルド調の語りなのに、主人公の自嘲的な内面吐露が頻出し、全体のトーンが緩んでしまっている。
 そして、末期がんの警官の妻が、麻薬系の鎮痛剤を拒否して、医者を遠ざけ、あげく覚醒剤を使った、という話は認めがたい。自宅療法でも医者が診察していないと、死亡の際に死亡診断書を書いてもらえないし、鎮痛剤は非麻薬系も多い。さらに覚醒剤は中枢神経を興奮させる薬で、鎮痛作用はない。物語の中心を貫く謎の答えだけに、看過できなかった。
 『ヘブン・ノウズ』は、虫や昆虫の話など、蘊蓄的な部分が面白く読める。死体の描写や情景描写、村の昔話、人形との会話なども、説得力を持ち、オリジナルな才能を感じた。ただ警察の捜査については不勉強が目立ち、また犯人の犯行意図は、世間に真実を知らせるためと書きながら、手がこみ過ぎて、知られない可能性の方が高いのは矛盾する。
 そしてこの物語の発端の肝に関し、「喘息の重積発作のため低酸素状態になる。救急搬送中に心停止と呼吸停止。搬送先の病院で脳死判定を受け、家族同意ののちに心臓摘出」と作者は書く。心停止した人を脳死判定し、止まった心臓を移植ができるだろうか。
 『ルカの方舟』は、冒頭から宇宙の壮大な物語へ広がる予感がして、わくわくした。けれど物語はどんどん縮小して、肝心の謎については、解決がやや粗いものとなった。主人公の教授や、サブキャラの言動、警察の捜査のあり方などには、テレビの脱力系推理ものの既視感が漂う。前のめりに読めたのは「科学小話」の部分で、涙滴型の磁鉄鉱」は物語とからんで魅力があり、これを軸に謎の作り込みにしっかり取り組んだほうがよかったのではないか。別の大きな賞を受けた方だと聞く。前回の候補作も拝読し、筆力があるのはわかっている。才能をさらに磨き、独自の物語世界を開拓していただきたい。  
 『警察と戦うという選択』は、物語の発端が弱かった。あの程度で五億出すだろうか。ここが弱いので、つづく殺人にも読み手の共感を誘えない。そして身代金の引き出し方に難がある。警察も銀行も馬鹿ではない。アイデアを検証し、補強案を見つけてほしかった。
 だが、この作者は全体を大きく構想し、その構想をなんとか「言いくるめよう」と骨を折っている。言いくるめるのが小説家の大事な能力だと、私は思っている。傷は小さくないものの、「言いくるめようとする努力」にチャンスを与えてもいいと思い、二作受賞の一篇に推したが、上記の大きい弱点を多くの選考委員には看過してもらえなかった。
 『再会のタイムカプセル』の作者の作品を拝読するのは三度目だが、格段に上達された。状況説明や人物説明など、地味な場面も端的な文章で表現できる力があり、章の転換も、以前はシナリオ風の「ここでCM」的な切り方だったが、今回はぽーんと前に弾む感がある。視点が変わるごとに、人物それぞれが隠し事をしていたことが明らかになり、視点転換がトリックのようなかたちで活きている。さらには刑事を一人かませて、倒叙型の推理も加わり、次第に謎全体の形が変化し、人物関係も変化する。その変化の推移にカタルシスがある。事件の派手さではなく、語り口で引っ張ったことを、高く評価したい。
 瑕疵はある。物語の発端が弱く、銃声のトリックも、真犯人の行動も、実はかなり苦しい。ただし読者の目にふれるときには、推敲によってほぼ解消されているものと信じる。
 何度も繰り返し挑戦し、ついに大きな成果を得た受賞者に、心より拍手を送りたい。
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東野圭吾[ 会員名簿 ]選考経過を見る
『ヘブン・ノウズ』
 おそらく作者が強い思いを込めて書いたと想像される。法医昆虫学に関する蘊蓄と、まるでドラマ化を意識したかのような女性学者が、じつは本作品には全く不要だという点が最大の欠点だ。ここで描かれた事件は、警察が通常の捜査をすれば容易に真相に辿り着けるケースである。ストーリーが長くなったのは、無駄なエピソードが多い上に、作者が警察を無能にしたからにほかならない。専門知識や特殊な職業を扱ったからといって、小説として価値が上がるわけではない。まずは一本筋の通ったミステリを書いてほしい。
 『ベタ記事』
昨年の作品よりは現実感のある作品を扱っている。だがその分、スケールが小さくなってしまった。覚醒剤を巡るヤクザと警官の癒着──大きな事件だとは思うが、小説の題材としては新鮮味を感じられない。また探偵役の新聞記者が、やたら内省的になり、後悔やら回想やらを繰り返すのは煩わしいだけだ。記者の探偵手法が、知り合いの警察官に話を聞いて回るだけ、というのも物足りなかった。記者経験を生かすのはいいが、新聞社以外の世界を描くことにも挑戦してみてはどうか。
『警察と戦うという選択』
 不自然な点や細かい傷はあるが、序盤から中盤までは非常に面白く読めた。二つの誘拐事件を、一方は犯人として、もう一方は被害者として同時に操るという発想には驚かされた。だが後半に入り、期待は失望に変わった。誘拐を扱った小説の場合、読者が最も期待するのは、犯人はいかにして身代金を奪うかという点だ。銀行に振り込ませて、それを第三者に引き出してもらうという手法では、おそらく殆どの読者が納得しない。共犯者たちが都合よく殺し合ってくれる展開も白けてしまう。しかし小説の骨格は、受賞作に次いでしっかりしていた。書き上げた作品を、あら探しをするぐらいのつもりで客観視できれば、きっとうまくなると思う。
『ルカの方舟』
この作品にも『ヘブン・ノウズ』と同様、テレビドラマ化を見据えたような変人学者が出てくる。そういったキャラクター作りは、こうした賞選考の場合、決して有利には働かない。キャラクターを際立たせるために語られる蘊蓄も長すぎる。当然、事件が起きるのは遅くなり、小説全体のバランスが悪くなっている。警察が無能というのも、『ヘブン・ノウズ』と共通している。変人学者が謎解きをするのはいいが、解明の手順にもっと工夫がほしかった。とはいえこの方はすでに他の新人賞を受賞されているそうで、たしかに小説を書く力は抜きん出ている。もうこちらに応募されることはないかもしれないが、どうか油断せず、常に賞を狙うぐらいのつもりで精進していってもらいたいと思う。

『再会のタイムカプセル』
 文章力という点では『ルカの方舟』と双璧だった。幼なじみの男女四人に共通の憎むべき人間がいて、ある日何者かに射殺される。使用されたのは二十三年前に殉職した警官の銃で、じつは四人がタイムカプセルに隠したものだった──ここまでの展開で、すんなりと作品世界に入っていくことができた。現在進行形の事件で主人公たちが翻弄されているはずが、じつは二十三年前の事件の謎が解かれようとしている。という流れにも快感を覚えた。この方の作品が最終候補に残るのは四度目らしい。背伸びすることをやめ、「乱歩賞の傾向と対策」のようなものから解放されたのが勝因だと思う。欠点は、万引き少年の心をフォローしていない点と、メイントリックに難がある点だが、解決策はあると思うので一考してもらいたい。
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候補作

[ 候補 ]第56回 江戸川乱歩賞   
『ヘブン・ノウズ』 川瀬七緒
[ 候補 ]第56回 江戸川乱歩賞   
『ベタ記事』 伊兼源太郎
[ 候補 ]第56回 江戸川乱歩賞   
『警察と戦うという選択』 藤井貴裕
[ 候補 ]第56回 江戸川乱歩賞   
『ルカの方舟』 伊予原新