2011年 第57回 江戸川乱歩賞
受賞の言葉
「水道の蛇口から、ひたひたと水が落ちる。長い月日をかけてコップの水はいっぱいになり、ついには溢れて幾筋にも流れ出した。」
四年前、突如として物語を書きたい衝動にかられた私は、その日から全力疾走を始めました。盆も正月も発熱したときでさえ書くことをやめず、終いには夢も活字でみるようになったほどです。常に背中を押されているような状況でしたが、そうまでなった理由が未だにわからないままです。
だから私は、この現象を「幸福な整備不良」と呼ぶことにしました。思考の漏れを長年ほったらかしてきたからこそ、あらゆるガラクタが入り混じって書くことの喜びに出会えたのだろうと。
自分にとって江戸川乱歩賞とは、夢のような憧れであったと同時に、怯えさえ感じる大きすぎる存在でした。その畏怖の念のようなものは、別の感情をもって今も膨らみ続けています。
果たして私は、この賞を受けるに値するだろうか。常に頭をよぎるのは、喜びより高揚より正直なところ不安です。ですが、物語を書き続けようという決意は、むしろ揺るぎのないものになったように感じます。そして、この作品がたくさんの人の手に取られることを願ってやみません。
最後になりましたが、厳しくも愛のあるご意見をくださった選考委員のみなさまと、今回の選考に携わったすべてのみなさまに、この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にどうもありがとうございました。
受賞の言葉
旅をするのが好きだ。
駄菓子屋や友だちの家へ自転車を飛ばすことが、幼いころの旅だった。
ある日、本を開いて驚いた。そこに「冒険」という名の旅が待っていたからだ。近所の公園や校庭を駆けまわっていた私がひとっ飛び。ページをめくった瞬間、見知らぬ国へ運ばれた。
ミステリーとの出会いは、正直、早くはなかった。犯人を追う。真相を探る。そこにも様々な「冒険」があると知ると、私はそれまで以上に、忙しい旅人になった。
何度も何度もだまされた。細心の注意を払っていても、罠にはまった。やられた! 口にするたびに、快感を味わった。これこそが、ミステリーの醍醐味なのだろう。
期せずして大きな賞をいただいた。無上のよろこびを感じながら、その重さにおののいている。
これからの私は水先案内人。自分の描く世界を、読み手に旅してもらわなければならない。
日常では味わえない「冒険」を描けたらと思う。旅の終わりに、「ドキドキした」、そう言ってもらえたら最高だ。
ようやくスタートラインに立った未熟者である。それを肝に銘じ、だからこそ失敗を怖れず、大きなしかけを用意して、旅の参加者を待ちたい。
選考委員のみなさま、選考に関わられたみなさま、ありがとうございました。精進して参ります。
- 作家略歴
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1964.2.20~
中央大学商学部卒業
代表作:
完盗オンサイト(講談社)
趣味・特技等:
残念ながら、特技はありません。
選考
以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。
選考経過
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本年度江戸川乱歩賞は、一月末の締切までに応募総数三二四編が集まり、予選委員(石井千湖、円堂都司昭、香山二三郎、末國善己、杉江松恋、細谷正充、吉野仁の七氏)により最終的に左記の候補作五編が選出された。
〈候補作〉
よろずのことに気をつけよ 川瀬 七緒
卒業試合 伊兼 源太郎
クライミング ハイ 玖村 まゆみ
牙を剥く大地 下村 敦史
放獣区 森岡 英貴
この五編を五月十六日(月)午後三時より帝国ホテルにおいて、選考委員の内田康夫、京極夏彦、桐野夏生、今野敏、東野圭吾の五氏による協議の結果、川瀬七緒氏の「よろずのことに気をつけよ」および玖村まゆみ氏の「クライミング ハイ」の二作を本年度の江戸川乱歩賞と決定した。授賞式は九月十六日(金)午後六時より帝国ホテルにて行われる。
なお、玖村まゆみ氏の作品は応募時のタイトルは「クライミング ハイ」であったが、受賞決定後に「完盗オンサイト」に変更された。閉じる
選評
- 内田康夫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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人間の美意識というか審美眼というか感受性というか、そういったものがいかに千差万別であるかを、いやというほど思い知らされた。僕が最低点をつけた『クライミング ハイ』がなんと、みごと受賞したというのだから驚く。この作品の本質は「皇居内の盆栽」「ロッククライマー」「三人の病人」を三題噺的に組み合わせたことに尽きる。水沢浹が世界的なクライマーという設定や、かつては伊藤葉月の「恋人」であり、一夜を過ごそうとした「公園」が実は寺の境内であり、国生元が病的な肥満体で大会社の専務を務めていたり、その他の設定がすべて「絵空事」で説得力に欠ける。マンガの原作程度にしか評価できない。小説は所詮絵空事だから何でもありということなのか――といまだに「?」のまま。
『放獣区』は筆力は申し分ない。過不足ないごく自然な表現で、端正な印象を与える。社会復帰センター、更正保護施設という舞台設定は面白い。種々の事件の「結果」として現状があるという説明は一応、得心できる。もっとも、現実に凶悪犯・悪質犯の受刑者がほとんど野放し状態で居住するようなことがありうるのかは疑問で、やはり何でもありのご都合主義で成り立っているとすれば、受賞には値しないだろう。
『卒業試合』はとにかく癖のある気取った文体に悩まされた。たとえば〔強張りが絡みつき、短い脈動が耳元で暴れた〕とはどのような状態を意味しているのだろう? きわめて陳腐なことを麗々しく叙述する癖を直せば、物語を創り出す才には恵まれていると思う。野球の世界に材を取ったのは出色なので、今後の「野球ミステリー」のような分野で書き続けたら独自の存在になるかもしれない。
『牙を剥く大地』は物語世界のスケールが大きい点にまず好感を抱いた。カンボジアが舞台とあって、とっつきにくそうだが最初から引き込まれた。それは巧みな筆力のせいだろう。簡潔な表現で難しい状況を鮮やかに描いて、ポル・ポト以降のカンボジアや「国連地雷除去信託基金」という、われわれの知らない世界を面白く見せてもらった。この作品を最高点に推したのだが、委員諸氏の同意を得るには至らなかったのは残念。
『よろずのことに気をつけよ』は問題なく面白く読めた。四国地方のある地域に呪術師あるいは呪術師の集団があるというのは、研究書もあり単なる「絵空事」ではない。過度に専門知識を振り回すこともしていないので、素人の読者でもついてゆける。文章は今風で軽い筆法だが、なかなかに巧み。会話のリズムもテンポよく飽きさせず、先へ先へと興味を繋いでゆく。経文のような願文のような「唄」やタンチョウヅルにまつわるもろもろは実在なのか創作なのかは知らないが、面白い。完全な悲劇に終わらせなかったことで読後感も悪くない。粗削りな面を割り引いても十分、受賞に値する。閉じる
- 京極夏彦[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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基本的に小説は何をどう書いてもいいものである。作品として完結しているなら、書かれている内容がどれほど荒唐無稽であろうと非現実的であろうと、それは一向に構わないだろう。作品の“リアリティ”がどうのという批評はよく耳にするが、そもそも小説の描写には限界がある。限界を超えてリアルさを想起するのは常に読者の方なのであり、それも、作者の思惑通りになるとは限らない。
不特定多数に供されるテキストにおいては(小説“お約束”も含め)受容のされ方にかなりの幅を持たせ得る技量が求められることになる。
さらに問題にすべきなのは、作品中の描写や情報量の“不均衡さ”ではないだろうか。作者が知っていることや学習したことに就いての記述は詳細且つ正確に記されているのに、そうでない部分がぞんざいに書き飛ばされているならば(それがたとえストーリー上重要でない瑣末な部分であったとしても)、“リアリティ”は一気に殺がれてしまう。小説には無駄なところなどはないし、だからこそすべての記述は同じレヴェルで書かれるべきである(始終間違った歪つな情報で綴られる作品に於いては、間違った歪つさこそが作中のリアリティとなるだろう)。
瑣末な部分の処理の仕方が、ストーリーやプロットといった大きな構造自体を侵食してしまうことは、ままあることである。
今回、複数の候補作に対し、複数の選考委員から「警察の描き方があまりにもお粗末である」という指摘がなされた。犯罪を題材として扱う場合、警察(乃至それに類するもの)をどう扱うかという問題は必ず発生するだろう。犯罪は社会制度と関わる形で構成されるものだからである。社会と切り離された犯罪小説は、多分成立しない。虚構世界の物語であったとしても、虚構の社会制度を作り上げなければ犯罪は描けない。そして、多くの場合は現実のそれを流用する形で書かれるだろう。多くの先人が“謎”を“謎”として成立させるため、警察を無力化する工夫を凝らしてきた所以である。
そのために費やされた労は大きい。しかし、そうした手続きを一切踏まず、無自覚のうちに「無能な警察機構」が事件そのもの=作品の成立に不可欠になってしまっているようなケースは、やはりいただけないだろう。
だからといって犯罪を扱う小説を書く場合は警察に就いての知識を「必要以上に」学ばなければならないということでは決してない。これはやはり、作中リアリズムのレヴェルの問題なのである。
現実を“借り物”とすることで紡がれる物語である以上、どの程度“借りる”のかは予め定めておくべきなのだ。そうしたバランスの悪さ(バランスの悪さが露呈してしまう書き振り)こそが小説全体を稚拙なものに見せかけてしまう。それが時に“リアリティ”がないという評価に繋がる。
この傾向は受賞二作品にもいえることである。特に『よろずのことに気をつけよ』は、作品の根幹を成すだろう知見に対する無理解や誤謬が散見し、それは致命的なレヴェルにまで達していた。材料に対する基礎的な知識不足の感は否めない。反対に『クライミング ハイ』は扱う事象のレヴェルに関する配慮が必要以上になされている。ただその姿勢が却ってヴォリュームの不均衡を招き、結果プロットが破綻しかねない程、歪つな配分の構成となってしまった。
ただそれでもこの二作が受賞したのは、「小説として面白く書けていたから」に他ならない。
前者は、致命的な瑕疵を退けるだけの筆力と構成力を備え持っていた。表現力、構成力、キャラクター、題材、すべてが作品のために貢献している。
後者は奇抜なアイディアとストーリーが、構成力の拙さや筆力の至らなさを押し退けている。
勿論、瑕疵は少ないに越したことはない。しかし欠点はいくらでも修正できる。だが、魅力を後から足すことはできない。瑕疵がなくとも魅力に乏しい優等生的な作品よりは、壊れていても面白い作品の方が磨き甲斐はある(とはいえ、修復不可能な壊れ方の作品は、どれだけ魅力的であっても商品にならないのであるが――)。
惜しくも選を逃した三作も充分に力はあったと考えるが、残念ながら魅力の点で一歩及ばなかったということだろう。応募するために書かれた作品は、そうした弱点を持っているようだ。「傾向と対策」めいた精進をするよりも、受賞作は「商品化される」ということをより意識すべきなのだろう。閉じる
- 桐野夏生[ 会員名簿 ]選考経過を見る
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『クライミング ハイ』
軽妙なロッククライミング小説が展開するのかと思いきや、皇居に潜入して盆栽の名品を盗む、という突飛さが面白かった。東京のど真ん中にあるのに誰も知らない場所、皇居を「オンサイト」で登ろうとする天才クライマー。その矜持が、犯罪をいとも簡単にゲームに変えていしまい、愉快でもある。また、この著者は人物造型もなかなか巧みだ。特に葉月という女性クライマーの存在がリアルだった。世事に疎く、甘いところがありながらも魅力的な女。葉月のその後が、もっと読みたかった。
勿論、問題もなくはない。気になったのは、視点の混在だ。岩代が出てくると、なぜか視点が振り子のように揺れる。読者は主人公に同化しているのだから、違和感が大きい。
それと、後半は収束を急いでか、無理な展開や説明不足が増える。夜の作業小屋に置き去りにされた子供は、さぞかし怖かったことだろう。母親の元に帰せばいい。という問題ではないはずだ。とはいえ、大きな才能のある方だけに、このご受賞はとても目出度い。今後のご活躍に期待している。
『よろずのことに気をつけよ』
文章は安定しているし、タイトルも悪くない。人物造型も、人物描写もそれなりに読ませる。私が気になったのは、登場人物たちが会話で蘊蓄を語っている点である。知識が血肉にまで達していない上滑りな感じがあるのと、地の文が薄い分、冗長になる。そのせいか、呪いとは何か、という芯を捉えていない気がした。だから、高齢の復讐者には、恐怖というよりは滑稽味を感じてしまう結果になった。しかし、筆力のある書き手であることは間違いない。ご受賞おめでとうございます。
『牙を剥く大地』
著者は現実に取材に行ったのだろうか。力作である。大量の地雷処理に苦しむカンボジアの現実が、ただ悲惨なだけでなく、関わる者の思惑や強欲で一層悲惨さを増すことなど、ディテールは面白く読んだ。しかしながら、物語の運びはかなり苦しい。例えば、主人公のディマイナーは、かつて同じ仕事をした父親の現況をなぜ把握しようとしないのか。単純な疑問を解決しておかないと、ネタばれとなりやすい。モールス信号や新型地雷を出すよりも、もっとシンプルなやり方があったように思うのだが。
『卒業試合』
文章は簡潔で歯切れがよく、スピード感もある。だが、要らない登場人物や、必要のないエピソードが多い。浩司の高校時代の事件をきちんと作っていないために、現在進行形の事件にうまく結びついていない。核がないと、物語はどうしても散漫になる。
『放獣区』
「就業支援センター」という名の私的復讐施設という発想は面白い。しかし、大量の登場人物は名前だけで、判別しにくいし、話の筋が途中で見えなくなる。構想を練り直して、書き直した方がいいだろう。が、チェーンソー、毒キノコ、大岩、熊。この著者にしか書けない野蛮で奇抜は発想な驚きの連続であった。閉じる
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今年は、減点法で選り分けるのではなく、ファンを獲得できる作家であるか、という基準で作品を見ることにした。それは、つまり、私自身がファンになり得るかという観点でもある。
受賞作の『よろずのことに気をつけよ』は、読者を引き付ける魅力にあふれていると感じた。書きすぎず、隠しすぎずというバランス感覚が優れていると思う。会話で、過剰な部分もあり、好き嫌いが分かれるところかもしれないが、私は、それもたいした傷ではないと感じた。大事件が起きているにもかかわらず、警察の関与が曖昧だという、他の選考委員の意見にも納得したが、それでも、充分に推せると判断した。
これも受賞作である『クライミング ハイ』は、前半がかなり冗漫。さらに、視点の乱れも気になった。だが、途中から物語が加速し、抜群に面白くなる。何より、奇抜なアイディアが秀逸。登場人物も魅力的に描かれている。この一作の中で、作者が進歩していると感じた。
『牙を剥く大地』は、なかなかよく調べているという印象。読んでいると勉強になる。だが、物語としては魅力に乏しい。土地の風土と情勢に拠りすぎているのではないか。いくつかのトリックや謎解きを配しているが、それが物語全体に関与していない。登場人物も類型的だと感じた。主人公の父親のことなど、いくつか謎を提供しているのだが、読者には早い段階でわかってしまう。それでも終盤まで秘密にしたまま引っぱるのがつらい。
トリックに策を弄するより、物語の必然性をよく考えて作品を書く工夫が必要だろう。
『卒業試合』は、なかなかの労作だと思う。だが、登場人物の書き分けがうまくできていないので、将棋の駒のように感じる。また、主人公を含めた登場人物たちが過度に内省的なのが気になった。文章の表現の不自然さも気になる。何より、犯行の動機がよく分からない。もしかしたら、書き手自身が動機に納得していないのではないかと疑ってしまった。
『放獣区』は、施設のアイディア自体は面白いと感じた。だが、冒頭から主人公の日常がえんえんと描写されており、なかなか事件が起きない。さらに、事件が起きても、警察官である主人公が、あまりに無関心、無感動。『牙を剥く大地』とも共通するが、トリックを提供しているのだが、それが物語全体と直接絡んでいない。また、トリックの一つは解決していない。読者が早々に気づいてしまうような事柄を、後半まで伏せている。再犯と刑罰という問題を扱っているが、この程度の掘り下げでいいものだろうかという疑問も残った。
今回選にもれた作品には、ひとつの共通点があるように感じる。それは、必然性だろう。必然性がなければ、すべてのトリックは無意味になってしまう。閉じる
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『卒業試合』
贖罪のため失明覚悟でメチルアルコールを飲みながら、一方でプロ野球という夢にしがみつくのはおかしい。殺人事件の動機にしても、作者自身、途中から不自然だと気づいたのではないか。そもそも本物のプロのスカウトの情報網は、この程度のものではない。ストーリーに合わせて人間を動かすのではなく、人間に合わせてストーリーを作ってみたらどうだろうか。若さを感じさせてほしい。社会派なんか意識するな。
『放獣区』
とにかく展開が遅すぎる。作者は次々に入居者が死ぬことを謎に据えたつもりだろうが、主人公がその謎を追いかけないのでは、それは謎として機能しない。前半部は、田舎に赴任した若いおまわりさんの日常が描かれているだけだ。もっと早く、主人公に謎を追わせるか、復讐計画を立てさせるかしてほしかった。陳腐なトリックは不要。破天荒にやりたいなら、もっと徹底的に。こんなのでは生ぬるい。
『牙を剥く大地』
いろいろな話が錯綜して提示されるが、優先順位が不明瞭だ。十年前の謎の日本人が主人公の父だったというオチは意外性がない。人身売買組織は、こんな面倒臭いことをするだろうか。結局新型地雷も除去が可能なら、何のための隠蔽工作だったのか。ただし、カンボジアの状況については臨場感があった。シーンごとのエピソードも面白い。文章力は候補作中ナンバーワンで、総合的に見ても受賞二作より目立った欠点は少なかった。しかし無難なだけでは受賞できない。次は日本を舞台にすることを考えてみたらどうか。
『よろずのことに気をつけよ』
物語の流れを早く作るという点では、この作品が一番よくできている。謎を提示し、それを解くべく主人公たちが行動すると、さらにまた次の謎が出てくるという構成はよく練られている。呪いに関する記述は興味深く、おそらく相当に勉強したのだろうと思われる。しかし私は辛い点をつけた。主人公の学者は、ずいぶんと早い段階で呪禁師の仕業だと見抜いているのに、なぜ学者と警察が組んで捜査にあたるという提案が、どちら側からも出ないのか。そうすれば簡単に捜査が進んだし、主人公たちが窮地に陥ることもなかった。しかし、「自分は気にならずに没頭できた」と断言する選考委員がいたのも事実だ。熱い主張を聞くうち、ファンを獲得できる人材かもしれないと思い、授賞に同意した。
『クライミング ハイ』
天才的クライマーを雇い、皇居の盆栽を盗み出すというアイデアは、馬鹿馬鹿しい故に好感が持てた。最後に明かされる動機にしても、不気味な依頼者にふさわしく、不条理なのがいい。そしてじつはこの小説の登場人物たちの殆どが、理屈では説明できない奇妙な行動を取り、物語をかき回していく。そこに作者の都合が感じられない点が気に入った。とにかくそうしたかったからそう書いた、後のことはあまり考えなかった、といったところではないか。したがって多くの事柄が投げっぱなしになって話は終わるのだが、私は目をつむることにした。物語をうまく収束させる技術など、これからいくらでも身につく。良い意味で、後先を考えない才能を評価したい。無論、運が味方をしたことは否めない。選考委員の顔ぶれが違っていたら真っ先に落ちたかもしれない。特異な魅力で受賞をたぐり寄せたが、刊行までにできるだけ手直ししてもらえればと思う。閉じる