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1971年 第17回 江戸川乱歩賞

1971年 第17回 江戸川乱歩賞

該当作品無し

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

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 昭和四十六年度第十七回江戸川乱歩賞は既報の通り応募作品百十二篇中より予選委員会で五篇が候補作品に選ばれた。
 この五篇を本選考委員に回読を乞い、去る七月一日午後五時から第一ホテル桃山の間で選考委員会を開いた。
 出席者は高木彬光、角田喜久雄、中島河太郎、仁木悦子、横溝正史の五委員(五十音順)で、松本清張委員は所用で欠席した。
 中島委員の司会で各委員がかわるがわる意見をのべ、慎重審議を重ねたが、残念ながら本年度は授賞作なしとなった。
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選評

高木彬光[ 会員名簿 ]選考経過を見る
選評

 残念ながら、今年は乱歩賞に値する作品はなかった。
 私事にわたるが、私は半年神経痛になやまされ、ずっと病床にあったために、一つ一つの作品の読みはいくらか浅かったと思う。そのために、どなたかがどれかの作品を強力に推されればあえて異をとなえないつもりだったが会の結論が一致したのだからしかたがない。
 会にはどうにか出席できたが、その翌日からふたたび倒れ、この選評も激痛をこらえながら病床で書いている。入院直前のような状態だから、意をつくせぬところはお許しいただきたい。
「テロリストへの挽歌」、この賞は処女性を尊びたい。同一のテーマで百枚の作品を他誌に投稿し、五百枚の形で本賞をねらうことは、メイントリックが共通する以上、授賞の対象には出来ないと思う。
「藤大夫谷の毒」、小説にはタブーとされているテーマがある。そのテーマをあつかった作品は、かりに小説としてどれほどすぐれていても発表は不可能に近い。
「幻の罠」、現実の世界で、何人組かの犯罪というのはいくらも例があるだろう。しかし、推理小説の世界で、殺人や死体遺棄などのテーマをあつかって、多数の共犯者の犯行を読者に納得させるように描き出すのはむずかしい。市立病院内の医師たちの派閥争いや、映画の製作のために、数人のインテリたちが、殺人や死体遺棄に協力できるだろうか。
「そして死が訪れる」、推理小説の理想は九割までのデーターを読者に与え、あと一割で勝負というところにあるだろう。作者がデーターをかくせばかくすほど結末の意外性は出て来るにもせよ、読者のほうでは不愉快な読後感をおさえることは出来ない。この作品を私がいやになって投げ出したのは、決して病気のせいだけではなかったろう。
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角田喜久雄[ 会員名簿 ]選考経過を見る
選評

 フィルムの葬列(小林久三氏) 文章やシチュエーション設定のうまさに於ては抜群であった。トリックに映画的手法を用いたのも新鮮で面白く、特に書出しから主役女優の失踪する辺りまでの筆力は相当なものだし、末尾の一章も鮮やかだったが、残念なことに欠陥が余りにも多すぎた。詳しく述べるスペースが無いが、トリックに無理や矛盾が多過ぎたし、犯罪の動機も書込みが足りず説得力にかけた。トリック部分に十分時間をかけた想を練った次作を、是非期待したい。
 藤大夫谷の毒(藤本泉氏) 偏境の地に埋もれた山村を舞台にして、宿命的な人間関係をからませながら謎を解いてゆく一種のスリラーで、余計なトリック等一切使わず、すっきりと纏めあげた好もしい佳作だった。乱歩賞の性格上どうしても複雑なトリックを使った味の濃厚な応募作が多い中で、時にはこういう味のものもと、推薦したい気持は十分だったが、そうは出来ない事情があって残念ながら断念した。
 そして死が訪れる(中町信氏) 二つの事件を一つに重ねたこの作家の着想自体は新鮮で面白かったが、如何にも無理が過ぎて推薦出来なかった。しかし、この着想をこのままにしておくのは勿体ない。中町さんは本格ものの構成に勝れた手腕をもつ人だから、十分推敲してこの着想を見事に生かしきるものを書いて戴きたいと思う。
 幻の罠(金井貴一氏) 金井さんは三年続いて最終選考に残ったことでも、勝れた才能に恵まれていることが分るが、今度は材料を盛込みすぎてごたついた。それに、独特の妖しいムードをかもし出す個性が消えてしまったのは固くなりすぎたためだろうか。
 テロリストへの挽歌(福田洋志氏) この作品中に出てくるトリックが、福田さん自身によってではあるが、すでに他誌で活字になっているとあっては、選考から除外せざるを得なかった。
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中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
すべて慊(あきた)らず

 今年の候補作は低調だった。折角、推理小説の書き下し長篇で賑わっている時期だから、いきのいい新人が現われたらと願っていたのに、野に遺賢のなかったのはくやしい。
 福田洋志氏の「テロリストへの挽歌」は、地味な捜査小説で、その限りでは好感がもてるのだが、ついせんだって小説サンデー毎日賞の佳作に入選したばかりの、同じトリックが使われている。自分の思いつきとはいえ、二股かけた応募は、新人の気概に乏しい。
 藤本泉氏の「藤大夫谷の毒」は、推理味は稀薄だが、家系の誇りに執着する未亡人を中心にした伝奇小説的素材で、もっとも読みごたえがあった。しかし、テーマに重大な難点があって、作家を志そうとする人とも思えない。
 金井貴一氏は連続三回の候補者なのだが、「幻の罠」はこれまでの氏の持味を殺して、こしらえもののトリック小説を手がけている。動機といい、方法といい、読者を納得させるものがなかった。
 その点では小林久三氏の「フィルムの葬列」も同断である。文章ではいちばん秀でていたのだが、推理小説としての構成は粗雑だった。自分のイメージに酔って、肝腎のものを置き去りにしている。
 トリックのおもしろさを過信して暴走してしまったのは、中町信氏の「そして死が訪れる」である。読者は盲点をつかれてこそ、かえって作者の技倆に快哉を叫ぶのだが、この作品は単に読者をペテンにかけるだけにすぎない。すぐれた着想だけに、もうひとひねりもふたひねりもしたら、驚嘆させられたのに、このままでは至って後味が悪い。
 この五人の候補者は三十代の半ばから、四十代の半ばまでで、足並みは揃っているのだが、作品はどこか均斉を欠いている。
 推理小説という以上は、最低限度の文法を守らなければならぬと思うが、そういう顧慮を払わぬ傾向が現われはじめたのが気がかりである。
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仁木悦子[ 会員名簿 ]選考経過を見る
残念な結果

 今年の作品はどれも相当なレベルに達していたにもかかわらず、それぞれに大きな問題点があり、遂に当選作なしという結果に終ったのは残念というほかない。
「テロリストへの挽歌」は、主人公の右翼少年がよく描けているが、全体の印象が弱いのと、トリックの扱いに重大な問題があった。
「幻の罠」の作者は昨年一昨年と続けて最終選考に残ったかたで、注目すべき才能の持ち主である。今年のはこれまでとくらべて文章などに進歩がみられる。が、その反面常識的になり、この作者のもっていた一種もの淋しい不気味な味が薄れたのは物足りなかった。
「フィルムの葬列」は、一般人のあまり知らない撮影所内の情景や人間関係がよく書けているし、映画の撮影技術を利用したトリックも独創的でおもしろかった。ただ、あまりにも無理で実行不可能と思われるトリックや、説明不足の箇所があった。
「藤大夫谷の毒」は構成・文章その他、すぐれた作品だった。トリックも犯人探しもない、いわゆるサスペンス小説というべきものだが、読者を最後までひきずってゆく力がある。江戸川賞は推理小説の最高の賞ではあるが必ずしもトリックを重視した本格物だけに限るわけではない。サスペンス、ハード、スパイ物など本格以外の作品が出てくることも大いに望ましく、従来それらがすくなすぎた嫌いがある。そのため、この作品を受賞作にしたいというのが本当の気持だったのだが、テーマに如何ともしがたい問題点があり見送らざるを得なかったのは残念でならない。
「そして死が訪れる」は卓抜な着想に感心させられた。アンフェアになりやすい構成なのだが、その点かなり工夫してある。私は受賞作にしてもよいのではないかという意見を出したが、結局授賞該当作なしとなった。自分の意見を強いて押し通すことをためらわせる弱点がこの作品にあったことも事実だった。しかし、今後大いに頑張って欲しい作者である。
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横溝正史[ 会員名簿 ]選考経過を見る
選者の弁

 私は「藤大夫谷の毒」「テロリストへの挽歌」「そして死が訪れる」「フィルムの葬列」「幻の罠」の順で原稿を読んだ。
「藤大夫谷の毒」のことはさいごにいうとして、あいかわらず原稿に誤字の多いのはこまりものだが、さすがは予選をパスした作品だけあって、四篇とも力作感にあふれ、どの作品に賞を与えてもよいではないかと思われるくらいであった。
 しかし、これを裏返していうと、どの作品もいちおうの水準に達してはいるが、さてこれという傑出した作品がなく、今回は該当作品なしという結果におわったのは、まことに遺憾千万であった。
 この四篇をつうじていえることは、どの作品もトリック過多であるということである。そこに無理が生じ、作者の脳裡では解決されているのかもしれないが、それが説明されていない以上、矛盾撞着は避けがたく、読者にたいする納得性に欠けているのが残念である。四篇ともここまで欲張って、トリックを盛りこむ必要はないのではないかと思われた。みな力作であるだけに惜しい。
 この四篇に比較して、「藤大夫谷の毒」は無理なトリックも少なく、人物関係もおもしろく、すんなり書けているところに魅力があり、だいぶん選考委員の同情票もあったが、この小説のテーマ自体が、活字として刊行することに無理がある。なかにはほかの世界におきかえたらとまで執着した委員もいたが、それもむつかしいようだ。
 それからもうひとこといっておくが、「藤大夫谷の毒」以外の四篇のうち三篇までが、列車の時間表をトリックに使っている。これではまたかの関の感をまぬがれないし、他の作家の着想と、偶然暗合するという危険性もある。げんにこんどの二篇にもそれがあるようだ。なかにはここまでやらなくともというのもあった。つまりトリック過剰なのである。注意してほしい。
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松本清張選考経過を見る
来年を期待したい

 今回は残念ながら当選作なしと決った。候補作はそれぞれ力作であり、水準作だったと思うが、どれも今ひとつ決め手がなかった。
「テロリストへの挽歌」は、総学連内部の派閥争いと、右翼の狂信的少年の行動を併行して描き、これが右翼の大物の会社乗取りの策謀につながって行く筋で、話としてはよく考えられているが、全体に起伏に乏しい。トリックも余り目新しいものはなく、特に電話のそれは、本人が別の小説で使っているものの再使用或は重複使用で、感心できない。
「藤大夫谷の毒」は候補作中で一番文章が出来ていた。本格推理ではないが、藤大夫谷に君臨する帯金家の過去を探る帯金家の一人娘多江の行動を描いて、人間葛藤の歴史を解き明かして行く過程は、抜群の面白さがあり、自己の出生の秘密がそこに隠されている所など、心憎い構成である。しかし、授賞作とするには、いささか疑問があり、推薦しなかった。
「幻の罠」は市立病院の内部に学閥争いがあり、内科部長のポストをめぐって院長派と外科医長派との対立が激化した時、院長が何者かに殺され、連続殺人に発展して行くという筋である。トリックもまあまあであり、最後のドンデン返しもよいが、動機に非常な無理があり、この事件の背景になっている病院内の派閥争いの描写も類型的常識的である。水準を抜く作品とならなかった所以であろう。
「フィルムの葬列」は作者が映画関係者なので、映画界のことがよく描かれており、トリックにも専門的なことが使われていて興味があった。しかし、現実として無理な点がいくつかあり、推すことができなかった。
「そして死が訪れる」は、一年前と現在を曜日のずれで表わし、それをトリックにしていることの是非で意見が分れ、支持者が少なかったため見送りとなった。一応面白く読める作品なのであるが、反対者のフェアでないという意見にも一理あり、敢えて推さなかった。
 どの作者にも来年を期待したい。
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選考委員

候補作

[ 候補 ]第17回 江戸川乱歩賞   
『フィルムの葬列』 小林久三
[ 候補 ]第17回 江戸川乱歩賞   
『テロリストへの挽歌』 福田洋志
[ 候補 ]第17回 江戸川乱歩賞   
『藤大夫谷の毒』 藤本泉(『地図にない谷』として刊行)
[ 候補 ]第17回 江戸川乱歩賞   
『幻の罠』 金井貴一
[ 候補 ]第17回 江戸川乱歩賞   
『そして死が訪れる』 中町信(『新人賞殺人事件』として刊行)