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1975年 第28回 日本推理作家協会賞

1975年 第28回 日本推理作家協会賞
受賞作

どうみゃくれっとう

動脈列島

受賞者:清水一行(しみずいっこう)

受賞の言葉

   受賞のことば

 いままでわたしは、ミステリー作家の頭脳構造は、わたしたち凡夫とは、根本的に違うのではないかと、秀れたミステリー作品を読む度に驚嘆してきました。
 驚きは同時に憧憬でもありました。
 長いこと、いつかわたしもミステリーを書いてみたいと考えてきました。
 二年前です。初めてミステリー類似の・・・手法で、企業小説を書く機会があり、しかし結局わたしには、本格的なミステリーなど到底書けないのだと、自分の能力の限界を痛感したのです。にもかかわらず、なおミステリーの面白さが忘れられず、わたしなりにアタックのできる可能性を試しつづけてきました。
 動脈列島は言うならば、わたしの試行錯誤の一つの過程で、それだけに今回の受賞は望外としか言いようのない喜びです。
 わたし自身は、この受賞を契機に、さらに勉強してゆきたいと思っています。

作家略歴
1931.1.12~2010.3.15
東京向島生まれ。早稲田大学法律学科中退。昭和二三年四月全日本産業別労働組合会議本部書記。労働調査協議会出版部員を経て、週刊誌のフリーライターに。一方で藤原経済研究所所属。この藤原経済研究所時代の一〇年間に、企業についての基礎的な勉強をした。昭和四一年三月小説「兜町」発表。昭和五〇年「動脈列島」にて、日本推理作家協会賞受賞。今日に至る。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 本年度日本推理作家協会賞選考委員会は、三月十二日午後六時より、有楽町"山水楼"において開かれた。出席者は佐野洋理事長をはじめ、笹沢左保、角田喜久雄、中島河太郎の各選考委員で(横溝正史委員は病気欠席のため書面回答)、さきに予選委員会の選出した左記の候補作
 海渡英祐「おかしな死体ども」
 清水一行「動脈列島」
 草野唯雄「女相続人」
 都筑道夫「情事公開同盟」
 仁木悦子「灯らない窓」
の五篇について審議の結果、満場一致で清水氏の「動脈列島」を授賞作に決定した。
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選評

笹沢左保[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 仁木悦子氏、都筑道夫氏の両ベテランの作品について批判めいたことを言えるぼくではないし、またそうする必要もない小説である。それだけに、両氏にとっては損な結果になったようだ。
 水準以上の作品であって当たり前、それに両氏の作品群の中の最高傑作かどうかという見方、これはベテランの宿命と言えるだろう。協会賞を意識してかかれた作品ではないのだから、尚更のことである。
 海渡英祐氏の場合も、候補作になった作品の形式で損をしたと思う。主人公は同じでも、いわゆる連作形式の作品であった。推理小説というものは、長篇であってあらゆる効果が十二分に発揮される。
 そのために連作小説は長篇小説と比較されると、どうしても不利になる。迫力、読後の満足感の点で、長篇に圧倒されてしまう。もともと雑誌のために書いた作品で、それなりの効果を狙っているのだから、一冊の本になった時点で作者の計算が生きて来るということはあり得ないのだ。
 草野唯雄氏は、水準以上の推理小説をよく書かれている。前年度にも候補作となっているし、その作品をぼくは推した記憶がある。
 それでまた、草野氏も損をされているのだと思う。
 前年度も今年度も、草野氏らしい力作であり十分に楽しませてもらった。だが、そこでどうしても、前年度の候補作と比較したくなる気持が働く。
 正直に言って、ぼくには前年度の候補作のほうが面白かったという判断があった。その結果、草野氏は前年度よりも面白い作品を今後に発表されるに違いない、という期待を強く持ってしまう。
 清水一行氏だけが、ほかの四氏のような損をしなかったと、ぼくは思っている。それは『動脈列島』が、これまでの清水氏になかった作品だからである。
 清水氏が、ついに推理小説を書いた――。『動脈列島』を読み出して、ぼくはまずそう感じた。新鮮であった。迫力があった。読了して満足した。清水氏の努力と工夫が、完全な効果となって表われていた。
 その新鮮さが、何よりも素晴らしかった。今後の清水一行氏の推理小説が、楽しみだと思った。それで『動脈列島』を授賞作に推すことを決めて、選考会に臨んだのである。
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佐野洋[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 受賞作「動脈列島」については、他の選考委員の方が、触れられることと思い、多少違った角度から感想を述べたい。
 一般的に、協会賞の選考委員会の席では、比較的新しい傾向の作品、或いはいわゆる力作感のあるものに、票が集まるようだ。
 これは、選考委員の多くが実作家であることにも関係があるかもしれない。小説を書くものは、常に、自分でも、何か新しい試みをしたいと考えているため、そういう作品に接すると、まずは何をおいても拍手を送りたくなる。一方、力作感の溢れるものについては、出来栄えを論ずる前に、執筆の労苦に同情してしまう・・・。
 そういう意味で損をしたのは、仁木悦子氏の「灯らない窓」である。作品自体には、とりたてていう暇もなく、「猫・・・」以来の仁木さんの世界を書いた佳作であることは、全委員が認めながらも、例えば「動脈列島」とくらべると、やはり弱いと感じてしまう。
 逆に草野唯雄氏「女相続人」は、力作であった。しかし、敢て言わせていただけば、力作すぎたと言うことか。余りにも力み、欲ばったため、小説のバランスが崩れてしまっている・・・。冒頭の皆生温泉のトーンで全編が貫かれていたら、と惜しい気がしてならない。
 ところで、私は「動脈列島」のほか、候補に上った二つの短編集のどちらかを選び、今回は二人の作家に贈呈ということにできないものか、と個人的に考えていた。
 都筑道夫氏のキリオン・スレイ物にしても、海渡英祐氏の吉田警部補物にしても、それぞれ特異な人物を主人公に設定した、優れた連作短編集で、雑誌ジャーナリズムの要求に応えながら、一つの姿勢を貫く両氏の試みには、常々に共感の拍手を送っていた。
 短編集の場合、長編と並ぶと、どうしても軽く見られ勝ちだし、私としても、「動脈列島」を退けてまで、短編集の一つにとは思わなかった。そこで、どちらかというと海渡氏の『おかしな死体ども』をとる、と意見を述べたのだが、他の方々の賛成は得られなかった。
 反対の根拠は、「動脈列島」と一緒だと、どうしても、お添え物という印象がし、いわゆる「お情け」と受けとられかねない。それでは、両氏も嬉しくないだろう。というもので、そう言われてみると、たしかにその通りかもしれない。
 最後に清水氏に一言。多才な氏の本領は、恐らく推理小説以外の面にあるのであろう。従って、今後の活動も多岐にわたるだろうが、これを機会に、推理小説の分野にも、いくつかの意欲作を試みていただきたい。
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角田喜久雄[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 動脈列島(清水一行氏)
 新幹線公害問題をとりあげているが、よく消化されていてイデオロギー過重の生硬さは感じられない。資料の使い方も過不足なくバランスがとれているし、小説としての流れもスムーズだし、最後まで緊張を持続させた手腕は見事だと思う。アラ探しをすればきりはないが、そんな事も気にならないくらい良く書けているとも言える。文句なく推薦に値すると思う。
 灯らない窓(仁木悦子氏)
 仁木さんらしい明るい、好感のもてる作品だし、子どもの使い方なども面白かったが、動脈列島に較べると重量感に於いて、もの足りないようだった。
 女相続人(草野唯雄氏)
 書き出しのあたり、うまいものだし興味をそそられたが、その筋が中断する辺から事件が複雑化しはじめ、それが却って大きな盛上がりをなくしているという印象をうけた。力作だけに惜しいと思ったが、力みすぎが裏目に出たということではあるまいか。
 情事公開同盟(都筑道夫氏)
 おかしな死体ども(海渡英祐氏)
 推理小説の場合、短編集を長編と一緒に選考するとどうしても損をすることは、これまでもよく問題になったが、この二作は独特の味もあるし工夫の跡も見られる。もし、推薦作二本ということならこの中のどれかを、とも思っていたが、来年度から短編賞が出来るということなので見送ることに同意した。
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中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 長篇三作と連続短篇集二冊が俎上にのぼったのだが、執筆の趣旨の異なるものを、同列に扱うのはやはり難しい。
 短篇はそれぞれが雑誌のなかにおさまっているときは、各作家のヴァラエティを彩って効果的なのだが、こうして一巻に纏められると、主人公が同じなだけに、おもしろさを相殺しがちである。
 それに一篇だけなら、短篇独自のよさを発揮する場合もあるのだが、たくさん並ぶと出来不出来があって、かえって他の足をひっぱりかねない憾みさえ生じる。
 長篇では仁木悦子氏の「灯らない窓」にさわやかさを覚えた。父親と息子の視点から交互に描かれているが、家庭的な雰囲気を醸し出す手腕はさすがだが、ストーリーの進行につれて、少年が次第に大人的な思考に移ってしまうのが気になった。
 殊に事件の解明が犯人の口を通してなされたのは、もの足りなかった。この点、もうひと工夫あって欲しかった。
 草野唯雄氏の「女相続人」もいろいろ工夫を凝らしてある。遺産相続者を探す趣向は珍しくはないのだが、構成の点でも、犯罪工作の上でも新味を盛ろうとした苦心が窺われる。
 古い器に新しいものを狙ったため、結末に至って釈然としなかった。別に犯罪計画者に対して応報の必要はないが、その過程が明確に示されて、実現の必然性がなければならぬと思う。その点、意外性にとらわれて、作者が筆を惜しんでいるのが気になる。
 清水一行氏の「動脈列島」は、おもしろさでは抜きんでていた。これも犯人側と捜査側との両側面から描かれているのは、サスペンス小説の常套だが、新幹線の妨害が実現するかどうかという、卑近な素材を捉えただけに、狙いは容易に成功している。
 鉄道関係の説明はすべて信ずる他はないし、公害への義憤という動機も肯けなくはない。推理小説仕立てに見限りをつけて、サスペンス小説として徹しようとしたので、目立つような難点を抑えることができた。
 考え抜いた推理小説を期待する点では人後に落ちないが、どの作家も新機軸を競っている現時点では、飛びぬけた成果というと、なかなか至難であろう。
 出来上ったおもしろさからいって、「動脈列島」が一歩先んじていた。ケレン味のない作風でも、腑に落ちる作品があればいいのだが、ことしは清水氏の筆力には叶わなかった。
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横溝正史[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 私は候補作品五篇を「灯らない窓」「女相続人」「おかしな死体ども」「情事公開同盟」「動脈列島」の順で読んだのだが、みんな立派なものだと思った。考えてみると、しかし、これは当然のことであろう。みんな一家をなしたひとたちが自信をもって世に送り出した作品なのだから。協会賞としてどれを推してもおかしくないと思えるのである。そういううちにも最後に読んだ、
 「動脈列島」
 には圧倒された。メカニズムにヨワい私は、はじめのうちは多少、抵抗を感じたものだが、筆が犯人側に転じるに及んで俄然興を催してきた。よく調べて書かれているが、調べたことが全部小説のなかで生かされている。犯人側からの叙述と捜査陣からの描写が交互に出てくるが、その比率がうまくいっているので、読者を最後までひっぱっていく力をもっている。犯人も捜査陣の最高責任者もひじょうに誠実な人物に書かれているのも爽かである。結末もよく、後味も悪くなく、私みたいな古い読者にも共感の持てる力作である。やはりこれが一番だろう。
 「灯らない窓」
 小説としてはこれが一番楽しく読めたのである。団地の殺人としては面白くできている。しかし、真相が犯人から小学六年生の少年にむかって語られるという形式になっているのはどうであろうか。読者は真相を知ると同時に犯人が罰せられるのを希望するのではないか。小学六年生の少年の証言に証拠力があるかどうか心配だし、だいいち適確に把握できたかどうか疑問である。仁木さんたるものもうひと工夫ほしかったと思う。
 「おかしな死体ども」
 「情事公開同盟」
 近頃私はふとした気まぐれから延原謙訳の「シャーロック・ホームズ物」を二三篇読み返してみたが、昔ほど感動できない自分を発見したことである。われわれはもう長篇推理小説の洗礼を受けてしまっているらしく、そういう意味でこういうシリーズ物には限界があると思った。しかし、海渡氏の吉田警部補ものも都筑氏のキリオン・スレー物も、また新しい作品が出来たら読んでみたいという楽しさはある。
 「女相続人」
 よく調べて書かれているが、調べたことによって小説に一貫性が欠けてきたのが残念である。作者たるもの調べたことは全部書かなければならぬという法則はない。もう少し押えて書いたほうが、小説として一貫性が出たのではないかと残念である。力作であることを認めるのにはやぶさかでない私なのだが。
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選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第28回 日本推理作家協会賞   
『灯らない窓』 仁木悦子
[ 候補 ]第28回 日本推理作家協会賞   
『女相続人』 草野唯雄
[ 候補 ]第28回 日本推理作家協会賞   
『情事公開同盟』 都筑道夫 (『キリオン・スレイの復活と死』として刊行)
[ 候補 ]第28回 日本推理作家協会賞   
『おかしな死体ども』 海渡英祐